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婚約破棄された翌日、王家の紋章が私の腕に現れました  作者: あめとおと


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13/13

後日談③ 失ってから気付いたもの




 エレノアとレオンハルトの結婚式から半年後。


 王都の社交界では、ある話題が定着していた。


 ――グレイソン侯爵家の嫡男は、自ら最高の縁談を捨てた。


 誰も口には出さない。


 だが誰もがそう思っていた。


◇◇◇


 アーネストは侯爵家の執務室で書類に目を通していた。


 以前とは違う。


 遊び歩くこともなくなった。


 仕事を覚え。


 領地経営を学び。


 次期侯爵としての責務を果たそうとしている。


 だが。


 ふとした瞬間に思い出す。


 あの日のことを。


「アーネスト様」


 執事が声を掛ける。


「本日の予定です」


「ああ」


 書類を受け取りながら頷く。


 視線を落とした瞬間。


 ある名前が目に入った。


 王宮主催慈善事業。


 主催者。


 エレノア・アルディオン。


 手が止まる。


◇◇◇


 その日の午後。


 王都中央広場では大規模な慈善市が開かれていた。


 孤児院支援。


 貧民街支援。


 戦災孤児保護。


 エレノアが中心となって進めている事業だ。


「こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 笑顔で応対するエレノア。


 その隣にはレオンハルトがいる。


 二人はよく似合っていた。


 誰が見ても。


 幸せそうだった。


◇◇◇


 少し離れた場所から見ていたアーネストは、自嘲気味に笑った。


「本当に変わらないな」


 昔からそうだった。


 困っている人を放っておけない。


 見返りを求めない。


 誰かのために動く。


 婚約していた頃は当たり前だと思っていた。


 だが違った。


 あれは当たり前ではなかった。


 貴重なものだったのだ。


◇◇◇


「アーネスト様?」


 声を掛けられる。


 振り返るとセシリアだった。


 以前のような派手さはない。


 婚約後しばらくして、二人の関係は終わっていた。


 理由は単純だった。


 恋ではなかったから。


 ただ周囲が見えなくなっていただけだった。


「久しぶりですね」


「ああ」


 穏やかな会話だった。


 もう昔のような感情はない。


「お元気そうで何よりです」


「君も」


 二人は少しだけ笑った。


 それだけだった。


◇◇◇


 再び視線を向ける。


 エレノアが笑っている。


 その隣でレオンハルトも微笑んでいる。


 不思議だった。


 胸は痛む。


 だが。


 嫉妬はなかった。


 ただ。


 後悔だけがあった。


◇◇◇


「失ったんだな」


 ぽつりと呟く。


 地位ではない。


 王家との縁でもない。


 もっと大切なもの。


 どんな時も味方でいてくれた人。


 自分を信じてくれた人。


 未来を共に歩いてくれた人。


 それを自分の手で捨てた。


 今さら取り戻せるはずもない。


◇◇◇


 その時だった。


 広場の向こうでエレノアがこちらに気付く。


 一瞬だけ目が合う。


 昔なら駆け寄ってきてくれただろう。


 けれど今は違う。


 エレノアは微笑み。


 小さく会釈した。


 それだけ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 過去の知人への礼儀。


 そして。


 完全な決別。


◇◇◇


 アーネストも静かに頭を下げた。


 もう十分だった。


 謝罪はした。


 許してもらった。


 だからこれ以上を望んではいけない。


 彼女には彼女の人生がある。


 自分には自分の人生がある。


 それでいい。


◇◇◇


 帰り道。


 アーネストは空を見上げた。


 春の青空が広がっている。


「幸せになれよ」


 その言葉は風に消えた。


 誰にも届かない。


 けれど。


 不思議と心は軽かった。


 後悔は消えないだろう。


 一生抱えていくのだと思う。


 それでも。


 前を向いて歩くことはできる。


 失敗したからこそ。


 愚かだったからこそ。


 今度こそ誰かを大切にできる人間になろう。


 そう思えた。


◇◇◇


 一方その頃。


「何を見ていたのですか?」


 レオンハルトが尋ねる。


 エレノアは小さく微笑んだ。


「少し昔を思い出していただけです」


「そうですか」


 それ以上は聞かない。


 彼らしい気遣いだった。


 エレノアはそっと夫の腕に触れる。


 レオンハルトも自然に手を重ねた。


 温かい。


 大切な人の温もり。


「帰りましょうか」


「はい」


 二人は並んで歩き出す。


 その先には家族が待っている。


 祖父がいて。


 王妃がいて。


 叔父たちがいて。


 養父と養母がいて。


 たくさんの愛情がある。


 婚約破棄されたあの日には想像もできなかった未来。


 けれど。


 だからこそ。


 今の幸せは何よりも尊かった。







【後日談③ 完】







――婚約破棄された翌日、王家の紋章が私の腕に現れました 完結―






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― 新着の感想 ―
実父の正体が一切言及されなかったことがなんとも不可解と感じました。
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