エピローグ、墓参り
エリュはカ・レア島にやってきていた。彼女は今では二十一歳になっていた。ここ五年はあっという間だった。あれから時は移り変わっていった。テルムイたちの戸籍が作られ、ラル・トル島に彼らの町も出来た。手に職を持つ者も現れ、人間と結婚した、という話も聞こえてきた。
三つの塔の誓いが破棄されたことにより、〈探求者の塔〉、〈預言者の塔〉は取り壊され、王城が政の中心となった。まだ幼かったアティテル王女が即位し、宰相のムーファとハーゼンの意見を仰いで政務を全うしている。
エリュはテルムイの社会進出を訴える活動を続け、二者の隔たりを壊し、手を取り合うように努力している。
だから、カ・レア島の帰りは遅くなってしまった。カ・レア島は久し振りだ。十年前よりも活気は失われたように見えたが、それでも彫刻家の腕が落ちることはなかった。
エリュも彫刻を彫ってみたくてうずうずした。彼女は父であるオロンと親しかったジェデムの元を訪ねた。ジェデムはエリュの訪問に驚いたようだった。
「エリュちゃんか? いやぁ、大きくなったな」
「ええ、もう二十一歳になります」
「そっかそっかぁ、オロンはあんたが生まれるとき、すごくおろおろしてさ、作りかけの作品が壊れても気づかなかったんだ。いやぁ、あんなにパタパタしたオロンは見たことがなかったな」
エリュは想像出来なかった。
「あの足に根っこが生えそうな父さんが?」
ジェデムは大口を開けて笑った。
「そうそう――ところで工房を訪ねてきたってことは――?」
「彫刻作りたいなって――」
ジェデムはがくっと肩を落とした。
「依頼じゃないのか?」
「依頼するにはジェデムさんの腕が鳴らないっていうか……」
「なぜ?」
「だって、お墓を作りたいんです」
「ああ、なるほどね」
カ・レア島では墓標は人の形の彫刻にする。それは目鼻立ちがやっと分かる程度に作られるのが一般的だ。あまりに忠実に故人に似せて作ると、そこに魂が宿ってしまうと信じられているからだ。ラヴェ・エスタ人は魂が自然に転生する方が幸福だと考えているのだ。
「まあ、そういうことなら道具を貸すよ」
ジェデムは道具をエリュに手渡し、墓標に使うゲクナ石を用意してくれた。
「よし、早速彫るか。根気のいる作業だからおれも手伝うよ」
二人は彫刻を彫り始めた。エリュはすぐに父がしていたことが自分の思っていた以上に難しく、根気のいる作業だということを実感した。
何とか次の日の昼頃には完成させることが出来た。
「やったな」
目鼻立ちのやっと分かる粗い作りだったがエリュは出来栄えに満足していた。
「父さんは褒めてくれるかな?」
ジェデムがエリュの肩に手を置いた。
「ああ、あいつだったら自分の作品を壊しても気づかないほど喜ぶだろうさ」
エリュはふっと笑った。
「さあ、運ぶか。荷車を貸すよ」
「ありがとうございます」
二人は荷車にやっとのことで彫刻を乗せると、ジェデムが荷車を引いて、エリュが後ろから押して運び出した。
「本当にそんなところでいいのかい?」
「あそこがいいんです」
しばらく森の中を進むと、墓が並ぶ道に入った。
「ちょっと止まるぞ」
ジェデムは一つの墓の前で荷車を引く手を止めた。
「オロンの墓だ」
エリュは墓の前に進み出た。彼女は父の名前が書いてある墓にしゃがみ込み、拝んだ。ジェデムもかつての仕事仲間を想って一緒に拝んだ。
「行きましょう」
拝み終えると、二人は再び墓を目的地に運んだ。
二人は目的地に辿り着いた。そこはエリュが家族で過ごした家だった。
ヘオルグに助けられる直前まで住んでいた家。
「じゃあ、降ろすぞ」
ジェデムはエリュの指示に従って庭に降ろした。シェサーナの遺体はまだ出ていないぞ。ジェデムは言えなかった。まだ行方不明という扱いになっているが、エリュは墓を作った時点でシェサーナの死を受け容れたんだ。おれがえぐっていいものじゃない。
エリュは墓の前でしゃがみ込んだ。
「ジェデムさん。ありがとうございます」
「ああ、お安い御用さ」
エリュは振り返った。
「最後に拝んでくれませんか? 母さんも喜びます」
「そうするよ」
ジェデムは墓の前でしゃがみ込み、拝んだ。エリュが拝まなかったのは気になったが、彼は立ち上がった。
「じゃあな、依頼してくれたら何か作るよ」
「お世話になりました」
ジェデムは軽くなった荷車を引いて、去っていった。
残されたエリュは森に入り、ナリュハの花を集めた。それは根を傷つけないように土から掘ったものだった。
「あいさつ遅くなってごめんね」
エリュは花を墓の前に植えた。植え終えると、彼女は墓の前に座り込んだ。
「ここでいいんだよね? 『この家が帰る場所』だって言っていたもん」
エリュは墓の前で静かに数度うなずいた。それは聞こえぬ声に耳を傾けているようだった。
「ここ五年いろんなことがあったの。テルムイは生活を得てきている。でも、まだテルムイとの溝は埋まっていない。霊名術が失われたことで、わたしだけじゃなくてテルムイを責める人もいる。だからわたし、新しい技術を探しに行こうと思うの。いろいろな国を巡って、何も犠牲にしない技術を探そうと思う」
墓が語ったのは沈黙だけだった。エリュは続けた。
「心配かけちゃってごめん。でも、わたしたちは互いに精霊。その行動が六道界で様々な結果を生み出している。わたしの行動がどんな結果を生み出すか分からないけど、前に進みたいの。だから――」
エリュは首にかけていた黄緑色の小袋を墓の像の首にかけた。
「行くね。また帰って来るから」
彼女は墓に背を向け、歩み出した。声が聞こえた気がしたが、振り返るとそこにあったのは墓の彫刻だけだった。黄緑色の小袋が風で揺れていた。エリュは苦笑した。
「もう、心配しすぎだよ」
(終)




