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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第十八章 シャロンとランス降伏/戴冠式

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18.2 ランスの町(1)主君を変える奸計

(⚠️念のため補足:ランス(Reims)の町は、フランス王が聖別されて戴冠式を挙げるノートルダム大聖堂がある。フランス北東部シャンパーニュ地方の都市で、今回の遠征の最終目的地。当時はイングランドとブルゴーニュ公の支配下にあり、シャルル七世からすれば敵地に侵入するも同然だが、各都市の門をひらかせることで真のフランス王が誰であるかを知らしめる効果がある)



 ランス市民はきわめて慎重に行動した。


 フィリップ公(ブルゴーニュ公)およびブルゴーニュ軍とイングランド軍の隊長たちに使者を派遣して、「フランス王が町の近くに到着したら、町の門を開かざるを得ない」ことと、これまでに把握している「王軍の進行状況」を伝えて、敵の進軍に対抗するよう要請した。[1480]


 しかし、ランス市民は救援を得ることを急がなかった。

 もし援軍が来なければ、ブルゴーニュ側から非難されることなくシャルル王に降伏できる。どちらの陣営からもおびやかされる恐れがないようにと企んでいたからだ。


 しばらくの間、ランス市民は両陣営への忠誠を維持した。

 このようなやり方は、非常に困難で危険な状況下では賢明な判断だった。


 シャンパーニュ地方のこれらの町が、いかに巧妙に「主君を変える」奸計を駆使していたかを観察する際には、彼らの生命と財産がかかっていたことを忘れてはならない。



 早くも7月1日には、フィリベール・ド・モラン隊長(トロワに駐留していた守備隊の隊長)がノジャン=シュル=セーヌからランス市民に手紙を書き送った。彼はブルゴーニュ軍とともそこに滞在中で、「もし救援が必要なら、善良なキリスト教徒として助けにいく」と伝えた。[1481]


 ランス市民は、この申し出を理解できないふりをした(無視した)。


 結局のところ、フィリベール・ド・モランは、ランス市民が当てにできる隊長(指導者)ではなかった。彼の提案は、彼自身が言うように、キリスト教徒としての慈悲心・慈善行為にすぎなかった。


 本心では援軍を望んでいないランスの有力者たちは、何よりもまず、彼らランス市民のもともとの解放者であり、町の総督かつフランス大執事長を務めるシャティヨン卿の動向に用心しなければならない。[1482]


「Et tribuit eis petitionem eorum.(神は彼らの要求を許した/願いを叶えた)」


 イスラエルの民のようにならないよう、ランス市民は「願いが叶わない方法」で助けを要求しなければならない。



(⚠️シャティヨン家(Chastillon):シャンパーニュ地方の伯爵家。サン=ポル、ブロワ、パンティエーヴル、シャルトルなどフランス各地に分家が拡散し、いずれも有力貴族。なお、シャルル七世に仕えるランス司教のルニョー・ド・シャルトルは分家筋)


(⚠️イスラエルの民(Israelites):旧約聖書『出エジプト記』からの引用。虐げられていたイスラエルの民(ヘブライ人、ユダヤ人)は奴隷の身分から解放されたが、居場所を失い、長い間荒野をさまよう)



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