ゲームデザインの考察 ②
とりあえず、ストリートファイター2について考えてみたい。
言わずと知れた、今の対戦格闘ゲームのイメージを作った“始祖”のような存在である。
ここで言う「対戦格闘ゲーム」とは、ストリートファイター2以前と以降で、まったく違うものを指す。
たとえば、iPhoneが発売される以前にも「スマートフォン」という概念は存在した。
しかし、iPhoneの登場以降、スマートフォンの考え方そのものが変わってしまった。
それと同じように、ストリートファイター2は“対戦格闘ゲームという概念そのもの”を塗り替えた。
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## 対戦格闘ゲームとは何か
いわゆるコンピュータゲームとは、平面の絵を動かすものだと考えられる。
平面に風景画を描く場合、どの角度を切り取るかが重要になる。
ゲームの場合はさらに重要で、
上から見下ろすか(縦シュー)
横から見るか(ジャンプアクション)
この違いだけで、まったく別のゲームになる。
ストリートファイター2は、
2体のキャラを向かい合わせで横向きに描いたゲームである。
この時点で、ゲームとして“何をするか”の80%以上は決定されたと言っていい。
これはゲームにとって意外に重要で、
パッと見ただけで何をするかわかる
というのは、ビデオゲームにとって最大の利点になる。
特にゲームセンターでは、見た目の印象が非常に大事だ。
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## なぜスト2以前に誰も気づかなかったのか?
「なぜストリートファイター2になるまで誰も気づかなかったのか?」
そう問われれば、答えは単純だ。
最初から作れたら作っていたが、ハードウェアとソフトウェアの進歩を待つ必要があったから。
特に、
- ガードシステム
- 投げ
- あのサイズのキャラでのリアルタイム攻防
これらをスムーズに実現できたのは、アクションゲームで定評のあったカプコンならではだった。
つまりスト2は、
誰も気づかなかったことをやったのではなく、誰もがやりたかったことを最初に解決し実現したゲームだったのだ。
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## バーチャファイターの出現
そして、バーチャファイターが登場する。
バーチャレーシングで“ピットクルーの演出”を解決した経験値をベースに、
自動車ではなく“人間”をプレイヤーキャラとして動かすことを可能にした。
ストリートファイター2が「誰もがやりたかったことを実現した」ゲームだとするなら、
バーチャファイターは“誰も気づかなかったことを先に気づいた”ゲームだと思う。
一見すると、スト2のような対戦格闘ゲームをポリゴンで実現しただけのようにも見える。
しかし、スト2とバーチャでは、考え方自体がまったく違う。
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## 3Dゲームを作るという“サハラ砂漠”
ポリゴンでゲームを作るとなった場合、
2DならX軸とY軸の世界だが、
3Dでは制御する情報が爆発的に増える。
技術的な問題はプロの開発者が解決できる。
しかし、プレイヤーは素人である。
ゲーム作りにおいて最大の課題は、
プレイヤーが理解できないとゲームにならない
という点だ。
映画なら、作り手がすごいものを作れば客は見るだけでいい。
しかしゲームは、プレイヤーが操作できなければ成立しない。
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## バーチャが“最初から完成していた”という異常さ
バーチャファイターは、
- 2体のキャラを置き
- そのうち1体を自分が操作し
- もう1体を倒す
- 操作は8方向レバー+3ボタン
- 360°の角度調整、カメラアングル、視点はすべて自動調整
という“当たり前”の構造を最初から完成させていた。
しかし当時、ポリゴン技術でゲームを作るという状況は、
誰も作ったことのないサハラ砂漠の真ん中に放り投げられたようなものだった。
そんな中で、ここまで気づける者はほとんどいない。
バーチャファイターのすごさは、
徐々に完成度を高めたのではなく、最初からほぼ完成していたこと。
ストリートファイターはどうだったか?
餓狼伝説はどうだったか?
KOFやサムスピのように最初から完成度の高いシリーズを出せるようになるのは、もっと後の時代だ。
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## 3Dだからこそ“やりがちな失敗”を避けた
3Dポリゴンのゲームは、
見たこともない、やったこともない、自由度の高いものを作りがちだ。
その方向性でも面白いものはできるが、
操作が複雑で面倒なものが多い。
バーチャファイターもその危険性を免れてはいない。
しかし、キャラ固有のコマンド操作にまとめることで、
基本操作は簡単、あとは使うキャラの技を覚えればいいという形にした。
これは、スト2以降の対戦格闘ゲーム文化が育てたプレイヤーの経験値をうまく利用した設計だった。
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## 「スト2のバッタもんじゃん」と言われなかった理由
「スト2のバッタもんじゃん」と言われることを恐れず、この世に出した。
実際、そんなことを言う人は一人もいなかった。
そもそもの考え方や方向性がまったく違ったからだ。
最初から中途半端ではない、妥協のない完成度が、それを実現させていた。




