プロレスゲームの哲学
## GIANTGRAM2000 全日本プロレス3 栄光の勇者達
### ― プロレス哲学ではない。だが、プロレスゲームに必要な“最低限の技術”の話 ―
一応、始めに念押ししておくと、
ここで書くのは プロレスの哲学ではない。
プロレスの哲学ではない。
大事なことなので2度繰り返す。
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## ジャイアントグラムの時代、「プロレスをわかっていない」という言葉
あれは
GIANT GRAM 全日本プロレス2 IN 日本武道館
がリリースされた頃だったか。
個人的な肌感では、
ジャイアントグラム2000の前作である
ジャイアントグラムのほうが対戦で賑わっていた 記憶がある。
その頃、よく耳にした言葉がある。
> 「あいつはプロレスをわかっていない」
おそらく「プロレスを理解してプレイしろ」という意味なのだろうか?
正直、当時の私はよくわからなかった。
もちろん、私もプロレスゲームのファンなので、
“自分のプロレス”をしたい気持ちは理解できる。
だが私は、
自分のやりたいように遊べばいいんじゃないかな?
と思っている。それがゲームだ。
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## それでも「あえてプロレスを理解しろと言うなら」こうなる
もし本当に「プロレスを理解してプレイしろ」と言うなら、
私の見解はこういうことになる。
### プロレスというのは“プロの仕事”である
プロレスに限ったことではない。
- 舞台の俳優
- アニメの声優
- バンドのギターやボーカル
これらもすべて プロの仕事 だ。
プロレスラーが何年も血の滲むような練習(受け身や基礎体力作り)を経てリングに立つように、
プロレスゲームを「プロレスの再現」として遊ぶ以上、
最低限の技術(操作、システム理解、魅せる意識)を習得していることは
プロのリング(土俵)に上がるための絶対条件 になる。
その視点から見ると、
「自分のプロレス」や遊びが“論外”と言わざるを得ない理由が3つ出てくる。
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## プロレスを理解していないと言われる3つの理由
### 1. 技が出せない =練習不足の素人
ボタン操作が分からず技が出せない状態は、
現実のプロレスで言えば、
ロープに走ることも、安全に投げられることもできない素人がリングに上がっているのと同じ。
### 2. ゲームシステムを理解していない =ルールの無視
カウントの返し方や攻防の仕組みを知らないのは、
プロの演者が舞台の進行(台本や段取り)を無視して暴れている状態。
興行が成立しない。
### 3. 見る人を想定していない =プロ意識の欠如
プロの表現(俳優、声優、ミュージシャン)は、
常にお客さんという「受け手」がいて初めて成立する。
画面の向こうや隣にいる人を意識せず、
自分のプロレスを見せるのは、
客席に背を向けて自己満足で演奏しているバンドと同じ。
ちゃんとお客さんの見たいものを見せるプレイが必要になる。
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## 私に「プロレスを理解してやれ」と言うなら、こう答える
こういう答えになる。
しかし――
個人的には、これではゲームが楽しめない。
ゲームが面白くなくなる要因になり得る。
もし仮に、ジャイグラを使ってプロレスの興行をやるなら、
こういうことを考えなければいけなくなる。
こんなこと考えてプレイしても、つまらないだろ?
というのが私の考え方だ。
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## やはり、プロレスゲームは“みんなで楽しむ”のが最高だ
プロレスゲームは、
みんなで楽しんでプレイできることが最高に面白い。
もちろん、パフォーマンスとして
「これが俺たちのプロレスだ!」「これは、しょっぱい!塩だ!」
と言うほうが盛り上がる場合もある。
ただし――
面白いか、面白くないかの微妙な線引きができていないとダメだろう。
別に「プロレスを理解していない」と言われても構わない。
ただ、こう思っている人もいるよ?
というだけの話だ。
もう、25年以上も前の話を「何をいまさら」という、どうでもいい話ではある。
しかし、だからこそ、もう時効だろう。
27年後に書かれても、気にする者はいないだろうという判断で書いてみた。




