↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心の声がだだ漏れのモブ令嬢、推したちに全部筒抜けなんて知らない~どうせ17歳で死ぬので~  作者: なち
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話 お一人のときは、どうぞお気楽に

【リーゼside】


銀の盆の上に、手紙が山になっていた。


「本日の分でございます、リーゼ様」


執事代理の老僕が、申し訳なさそうに頭を下げる。リーゼは盆を見下ろして、そっとため息をついた。


封蝋の色はさまざまだった。伯爵家、子爵家、名前も聞いたことのない商会。開けてみなくても、中身の見当はつく。


――聖女様に、ぜひ一度お目にかかりたく。


ハインツが屋敷を去って、10日が経っていた。


執事が衛兵に引き渡されたこと自体は、ちょっとした醜聞で済むはずだった。ところが話は、妙な方向へねじれた。次女が書斎に入った翌日に、執事の悪事が明るみに出た。その前には、焼き菓子の店も工房の納期も言い当てていた。


気づけば、「アーレンスの次女は未来を視る聖女」ということになっていた。


(どうしてこうなったの。わたし、ちょっと先の予定を知ってただけなのに)


手紙だけならまだいい。困るのは、手紙の返事を待たずにやってくる人たちだった。


◇


その日の午後、応接間には3組目の客が座っていた。


恰幅のいい商家の奥方だった。息子が来月、王立学院の試験を受けるのだという。合格するかどうか、ひと目見て教えてほしい。


リーゼの両隣には、ヨハンナとテオが座っている。客の相手を一人でさせるわけにはいかないと、姉が言い出したのだ。テオは騎士見習いの稽古を抜けてきたらしく、袖口に土がついていた。


「聖女様。どうか、ひと言だけでも」


奥方は身を乗り出して、リーゼの手を取らんばかりだった。


リーゼは静かに首を振る。


「わたくしはただ、少し勘がいいだけですわ。聖女などと呼ばれるような者ではございません」


(ごめんなさい。原作を知ってるだけです、ほんとうにごめんなさい。学院の試験なんて、原作に一行も出てこないの)


ヨハンナが、すっと目を伏せた。テオも膝の上の自分の手を見ている。


二人とも、客の必死さに胸を痛めているのだろう。リーゼはそう思った。


「ご子息が毎晩遅くまで机に向かっていらっしゃるなら、それがいちばん確かな答えではございませんか」


奥方ははっとした顔をして、それからハンカチで目元を押さえた。


「そう……そうですわね。あの子、本当に頑張っているんです」


奥方は何度も頭を下げて帰っていった。扉が閉まると、ヨハンナが扇を開いて、ゆっくりと息を吐いた。


「リーゼ。今のは、とても良い答えだったわ」


「ありがとうございます、お姉様」


(言いながら冷や汗かいてた。聖女の演技、これで3回目よ。わたしに向いてない役だわ)


テオが、なぜか小さく咳き込んだ。


◇


その週から、アーレンス家には新しい決まりができた。


週に一度、家族そろって午後のお茶をする。言い出したのは父だった。理由は何も言わなかった。


(お父様、家の行事をきちんと整えたいのね。宰相らしい几帳面さ)


庭に面した広間の卓には、銀器がずらりと並んでいた。銀のポットに銀の砂糖壺、銀のカップに銀の匙。窓からの光を受けて、どれもまぶしいほど磨かれている。


貴族の家では昔から、食卓に銀を使う習わしがある。どこの家でもしていることだが、これだけ並ぶと壮観だった。


父が上座に座り、兄と姉とテオが続く。今日は継母とエマも席についていた。


「まあ、にぎやかでいいこと」


継母のベアトリスは、非の打ちどころのない笑顔で言った。エマは母の隣で、黙ってリーゼを見ている。


「聖女様ですって。お姉様」


エマが口を開いた。


「笑わない聖女なんて、聞いたことがないわ」


「エマ」


継母がやんわりとたしなめる。けれど、その目は少しも娘を叱っていなかった。


「わたくしもそう思いますわ。ですから、聖女ではないのでしょうね」


リーゼは静かに答えた。エマはつまらなそうに唇をとがらせ、焼き菓子に手を伸ばした。


(12歳でこの切れ味。社交界に出たら、きっと敵なしね)


兄が、カップを持つ手をいったん止めた。


ベアトリスがカップを置いたのは、お茶が2杯目に入ったころだった。


「そうそう、リーゼ。あなた、帰ってきてから決まった侍女がいないでしょう」


「はい。手の空いている方に、その都度お願いしております」


「それでは不便よ。聖女様がお困りでは、家の名にかかわりますもの」


継母はふわりと笑い、後ろに控えていた女を手で示した。


「わたくしの侍女のマルタを、あなた付きにしてあげるわ。嫁いでくるときに連れてきた者なの。気の利く子よ」


進み出たのは、30前後の女だった。地味な灰色のお仕着せに、きっちりとまとめた髪。穏やかな顔立ちで、目立つところが一つもない。


「マルタと申します。どうぞよろしくお願いいたします、リーゼ様」


父のカップが、受け皿の上で小さく鳴った。兄がわずかに眉を寄せる。姉はカップを持つ手を止め、テオは継母とマルタを交互に見た。


リーゼは、マルタの顔をじっと見つめた。


(マルタ……? ファンブックにも載ってない。原作に出てこないモブね)


知らない顔だった。


原作の登場人物なら、使用人の端役まで覚えている。ファンブックの人物一覧も、隅の小さな文字まで読んだ。けれどマルタという名前は、どこにもなかった。


(そりゃそうか。侯爵家の侍女一人一人まで、設定があるわけないものね。わたしだって一行だけだし。モブ同士、仲良くしましょ)


「ありがとうございます、お継母様。ご親切に」


リーゼは礼を言って、マルタに小さく会釈した。マルタも深々と頭を下げる。


継母は満足そうにうなずき、またカップを口に運んだ。


父が何か言いかけて、口を閉じた。その横で、兄も同じように口を閉じた。


(お父様もお兄様も、お継母様からの申し出だから気を遣ってるのね。この家の人間関係、ファンブックの相関図より複雑だもの)


リーゼは自分のカップに目を落とした。


銀のカップの中で、紅茶が揺れている。匙も銀、皿の縁にも銀の細工。手に持つとずしりと重い。


(家族のお茶だと銀器ずらりで緊張する……一人のときの、あの素朴なカップのほうが落ち着く)


部屋で一人でお茶をするときは、白い陶器のカップだった。受け皿に銀の匙が一本添えてあるだけの、飾り気のない器だ。祖父母の屋敷で使っていたものに少し似ていて、リーゼはあれが好きだった。


兄の手が止まった。


銀のカップを持ち上げかけたまま、兄はリーゼの手元を見ていた。ほんの一瞬のことだった。すぐに何事もなかったようにカップを口へ運ぶ。


(お兄様も、銀器の重さが気になるのかしら。完璧主義だから、並べ方にもこだわりがありそう)


リーゼは重いカップを両手で持ち、紅茶をひと口飲んだ。


家族のお茶は、嫌いではない。けれど週に一度で十分だと思う。毎日これでは、皆の時間をわずらわせてしまう。


◇


翌日の午後、リーゼは自分の部屋でお茶を待っていた。


家族のお茶の日ではないから、いつもどおり一人だ。窓辺の小さな卓に本を広げていると、扉が叩かれた。


「失礼いたします、リーゼ様。お茶をお持ちしました」


マルタだった。


盆の上には、白い陶器のポットとカップが載っていた。湯気の向こうで、マルタは穏やかに微笑んでいる。手際よくカップを置き、紅茶を注ぐ。焼き菓子の小皿が添えられた。


リーゼは受け皿に目をやった。


いつもなら、そこには細い銀の匙が一本添えてある。今日は、白い陶器の匙だった。ポットの蓋のつまみも陶器、砂糖の器も陶器。盆の上に、銀色のものは一つもない。


(あら、銀じゃない。……ま、わたしの扱いなんてこんなものよね。気楽でいいわ)


リーゼは瞬きを一つしただけだった。


侍女が変われば、支度の仕方も変わる。継母の侍女は、継母の流儀で茶器を選ぶのかもしれない。聖女だと騒がれていても、この家での次女の扱いなど、その程度のものだろう。


むしろ、陶器の匙のほうが手になじんだ。銀の匙はカップに当たると高い音がするが、これは柔らかい音しかしない。


リーゼは紅茶をひと口飲んだ。熱すぎず、ぬるすぎない。悪くない味だった。


「おいしいわ。ありがとう、マルタ」


「もったいないお言葉です」


マルタは盆を胸に抱え、一歩下がった。


窓から午後の光が差し込んで、白いカップの縁を照らしている。静かな部屋だった。誰の手もわずらわせず、誰の時間も奪わない。リーゼの好きな時間だった。


「マルタ。わたくしのことは、あまり気にかけなくていいのよ」


「まあ、リーゼ様」


マルタは顔を上げた。穏やかな、目立つところの一つもない顔が、やわらかくほころぶ。


「お一人のときは、どうぞお気楽に」

聖女の演技は向いていないリーゼと、新しい侍女の回でした。陶器の匙、きっと手になじむのでしょう。 「気になる」と思っていただけたら、ブックマークや★で応援してもらえると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リーゼさん貴族の食器やカトラリーが銀な意味を思い出して~(>_<)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。