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心の声がだだ漏れのモブ令嬢、推したちに全部筒抜けなんて知らない~どうせ17歳で死ぬので~  作者: なち
1章

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第3話 反応してはいけない朝食

【リーゼside】


本家で迎える最初の朝は、よく晴れていた。


リーゼは鏡の前で髪を整えた。祖母の家の侍女は連れてこなかった。代わりに、侍女長がつけてくれた若い侍女が手伝いに来てくれた。手つきは丁寧で、鏡越しに目が合うと、はにかむように頭を下げる。


(侍女長の人選ね。……笑わないお嬢様の担当なんて、貧乏くじを引かせてごめんなさい)


リボンを結び終えると、侍女は「よくお似合いです」と言って下がっていった。


リーゼは鏡の中の自分を見た。薄い色の髪に、薄い色の目。表情のない顔。祖母は「お母様に似てきたわね」と言ってくれたけれど、リーゼには母の記憶がほとんどない。


(似てるのは顔と、熱を出しやすいところ。……体の弱さまで似なくてよかったのに)


口角を上げてみる。


少しも上がらなかった。


(ま、いいか。モブに笑顔の差分はいらないもの)


◇


食堂には、もう家族がそろっていた。


継母とエマの席は、今朝も空いている。ハインツによれば、お茶会の先方の別邸にしばらく泊まるのだという。


「おはようございます、お父様。お兄様とお姉様も。テオも」


「ああ。おはよう」


父が新聞から顔を上げた。兄が短くうなずき、姉が「よく眠れた?」と微笑む。テオは口の中で何か言って、パンをちぎった。


昨夜より、ずっと普通だった。


(よかった。みんな、昨日は疲れてただけなのね)


リーゼは席に着いた。温かいパンと卵、薄く切ったハム、果物の皿が並んでいる。兄の前の皿を、それとなく確かめた。エビはない。朝だから当たり前だった。


(料理長には、いつ言いに行こう。お兄様に恥をかかせないように、こっそり)


兄のナイフが、ほんの一瞬止まった。すぐにまた動きだす。


リーゼは父を見た。新聞を読む父の眉間には、深い皺が刻まれている。


(朝から宰相府の記事かしら。お父様、新聞を畳む角度まで几帳面。前にもこうやって……)


4年前の朝を思い出しかけて、やめた。代わりに姉を見る。


(お姉様は朝もきらきらしてる。寝起きの概念がない)


ヨハンナが紅茶をひと口飲み、静かにカップを置いた。完璧な所作だった。ただ、ソーサーに当たったカップが、かちゃかちゃと小刻みに鳴っていた。


(……手首、痛めてるのかしら)


テオはさっきから、同じパンに3度もジャムを塗っている。


(テオ、甘いの好きなのね。わたしも好き。4年ぶりの共通点、発見)


テオがジャムの瓶を倒しかけた。隣のアルベルトが無言で受け止め、元の位置に戻す。


朝の食卓は、不思議な緊張に満ちていた。みんな普通に話している。普通に食べている。なのに、なぜか全員の背筋が伸びていた。


(本家の朝って、こんなに厳かだったかしら。お祖父様のお家は、もっとのんびりしてたけど)


父が新聞を畳んだ。


「リーゼ。今日の予定は」


「仕立て屋が来るまで、特にございません」


「そうか。……街を見たければ、馬車を出させる。ヨハンナと行くといい」


姉がぱっと顔を上げた。


「そうね。欲しいものがあったら、何でも言って」


「ありがとうございます、お姉様」


欲しいものは特にない。けれど街と聞いて、リーゼはひとつ思い出した。


原作の、ある場面だった。宰相府で遅くまで働く兄が、帰り道に東通りの長い行列を見る。蜂蜜の匂いが通りまで流れてくる。兄は並びたそうに行列を見て、結局そのまま通り過ぎるのだ。完璧な次期当主が、甘いもののために行列に並ぶわけにはいかない。


ファンブックの小さなコラムで、それを知ったとき。前世の自分は、ずいぶん笑って、少しだけ切なくなった。


リーゼは姉のほうを向いた。


「そういえば、お姉様。来月、東通りに焼き菓子の店が開くそうですの。すぐ行列になりますから、お早めに」


(お兄様、隠れ甘党なのよね。蜂蜜タルトが推し。あの店のは絶品なのに、お兄様は一度も食べられないのよね)


「げほっ」


兄が咳き込んだ。


口元をナプキンで押さえ、横を向いて肩を震わせる。父がゆっくりと新聞を開き直した。姉はうつむいて、膝の上のナプキンを握りしめている。テオは天井の模様を熱心に数えはじめた。


「お兄様?」


「……何でもない。紅茶が、気管に」


(公式設定の胃弱ね。宰相府の激務のせい。朝から紅茶で咳き込むなんて、よっぽど疲れてるんだわ)


兄の咳が、さらに深くなった。


「アルベルト」父が新聞の向こうから言った。「医師を呼ぶか」


「……不要です」


兄は深く息を吸い、ナプキンを置いた。顔が赤い。けれど表情はいつもの硬さに戻っていた。


「東通りの店だったな」


「はい。お姉様が、甘いものをお好きかと思いまして」


「……そうか」


兄はそれきり黙って、卵を切った。


姉が紅茶のカップ越しに、ちらりと兄を見た。父は新聞をめくった。テオは天井を数え終えたらしく、今度は窓枠を数えていた。


(みんな朝は無口なのね。本家の家風かしら)


リーゼは果物をひとつ取った。甘い梨だった。


◇


その日は、何事もなく過ぎた。


仕立て屋との約束は翌日に延び、リーゼは一日中屋敷の中を歩いた。4年ぶりの廊下は記憶より短く、図書室は記憶より広かった。窓辺で本を開くと、午後の日差しが膝の上に落ちてきた。


夕食の席では、兄がいなかった。宰相府で遅くなるのだという。


(お兄様、お忙しいのね。胃弱なのに)


父のスプーンが、かちりと鳴った。


◇


翌朝、食堂の扉を開けたリーゼは足を止めた。


卓の真ん中に、焼き菓子が並んでいた。


貝の形の小さな焼き菓子。木の実を練り込んだ固い焼き菓子。薄く焼いた蜂蜜の菓子。その中央に、つやつやと光る丸いタルトがひとつ。蜂蜜の甘い匂いが、食堂中に満ちていた。


添えられた包み紙には、金の文字で「東通り」と刷ってあった。


(……え?)


「おはよう、リーゼ」


兄が言った。いつもどおりの硬い声だった。


「お兄様、これは」


「もらい物だ」


兄は短く答え、紅茶に口をつけた。


「開店前に、試しに焼いたものを配っているらしい。宰相府の者が持ってきた」


(開店前なのに、もう手に入れてる……!)


リーゼは卓の菓子を見つめた。昨日の朝、話したばかりだった。店の名前も言っていない。「東通り」と「焼き菓子」だけで、一日のうちに探し当てたのだ。


(さすがお兄様。完璧主義だから、情報収集も完璧なのね)


兄が紅茶のカップを、少しだけ強く置いた。


父がタルトを切り分けはじめた。宰相が自らナイフを持つのは珍しい。最初の一切れは兄の皿に。2切れ目は、なぜかリーゼの皿にのせられた。


「わたくしは、あとで結構ですわ」


「食べなさい」


父はそれだけ言って、3切れ目を姉の皿にのせた。


リーゼはフォークを取った。蜂蜜の層がとろりと崩れる。ひと口食べると、焦がした砂糖の香りが鼻に抜けた。


(……おいしい。前世で何度も絵を眺めたタルト。本当にこんな味だったんだ)


口元は動かなかった。いつものように。


向かいで、兄がタルトを口に運んだ。ゆっくりと噛む。硬かった眉が、ほんのわずかにほどけた。


(お兄様が、蜂蜜タルト食べてる)


リーゼは瞬きも惜しんで兄を見た。


(しかも、ちょっと幸せそう。……この顔を見られただけで、本家に戻ってきた甲斐があったわ)


兄の手が、フォークごと止まった。噛んでいたはずの口も動かない。耳だけが、みるみる赤くなっていく。


姉がナプキンに顔を埋めてむせた。テオはタルトを皿ごと持ち上げ、顔を隠している。父だけが無表情で、自分の皿のタルトを小さく切っていた。


(お兄様は固まるし、お姉様はむせるし。今朝もみんな、なんだか忙しい)


リーゼは首をかしげて、2口目を食べた。


◇


朝食のあと、リーゼは図書室へ向かった。


厨房の前の廊下を通りかかったとき、中から話し声が聞こえてきた。昨日の朝、食堂で給仕をしていた若い侍従の声だった。


「だから、リーゼ様がおっしゃったんだって。来月、東通りに焼き菓子の店ができるって」


「まだ看板も出てないのに?」


「そうだよ。俺、昨日の昼に東通りを通ったけど、ただの空き家だった。それが今朝、若様が本当にその店の菓子を持って帰ってきたんだ」


リーゼは足を止めずに通り過ぎた。


噂話には慣れている。4年前は、金色のリボンの侍女たちに散々言われた。それに比べれば、「笑わないお嬢様」が「変わったお嬢様」になるくらい、どうということはなかった。


背中のほうで、侍女の弾んだ声がした。


「……リーゼ様って、よく当たるらしいわよ」

お兄様、2度むせました。協定、2日目にしてなかなかの試練です。

東通りの蜂蜜タルト、わたしもひと切れ食べたいです。 「家族、がんばれ」と思っていただけたら、ブックマークや★をぽちっとお願いします。


本日はこれで投稿終了です。

次回は日曜日の9時に投稿します。

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― 新着の感想 ―
天井を数える??? とは???
みんなと一緒に顔に出すの我慢しちゃう笑 真顔で読んじゃう笑
お姉様アウト!!!ですよ(笑)
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