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心の声がだだ漏れのモブ令嬢、推したちに全部筒抜けなんて知らない~どうせ17歳で死ぬので~  作者: なち
1章

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第14話 頭数に入れなくていいわよ

【リーゼside】


テオの3枚目の肖像画は、まだ仕上がっていなかった。


「色が決まらないんだ」


画架の前で、テオは筆先を見つめていた。画布の中のリーゼは、髪も輪郭もできあがっている。頬のあたりだけが、下地の白のまま残っていた。


「急がなくていいのよ。来週でも、その次でも」


「……うん」


テオはパレットを布でぬぐった。何度も混ぜては消したのだろう。布は薄い桃色と灰色で、まだらになっていた。


(テオ、こだわるところはお兄様そっくり。原作では絵を描く場面がほとんどなかったから、こういう顔が見られるのは役得ね)


テオの耳が赤くなった。けれど彼は何も言わず、画架に布をかけた。


「今日のお茶、兄様が東通りのタルトを持ってくるって」


「まあ。あのお店、今は行列でしょう」


「並んだんだって。自分で」


リーゼは瞬きをした。宰相府で書類の山と戦っている兄が、焼き菓子の列に並ぶ。想像しただけで少しおかしかった。


(お兄様、蜂蜜タルトのためなら並ぶのね。さすが隠れ甘党。推しの好物がちゃんと推しの口に入るの、いいわね)


テオが画架の布をもう一度直した。直す必要のない角だった。


◇


家族のお茶は、南向きの広間で開かれた。


卓の上には銀器が並んでいる。ポットもカップも、菓子を取り分けるナイフも、すべて磨き上げられて光っていた。リーゼは椅子に座る前に、そっと背筋を伸ばした。


中央に置かれた箱の蓋を、兄が開ける。


蜂蜜色のタルトが六つ、行儀よく並んでいた。焦がした表面が窓の光を受けて、つやつやしている。


「……たまたま、通りかかった」


兄はそう言って、いちばん端の一つを自分の皿に取った。表情はいつもの完璧な無表情だった。


(たまたまで行列に並ぶ人はいないのよ、お兄様)


ヨハンナがナプキンで口元を押さえた。父は黙って紅茶を口に運び、なぜか長く飲んでいる。


リーゼの皿には、いつの間にか2つ目のタルトがのっていた。ヨハンナが置いたのか、テオが置いたのか、よく分からない。


「わたくし、一つで十分ですわ」


「いいから、食べなさい」


父が短く言った。リーゼは小さく礼をして、フォークを入れた。さくりと音がする。蜂蜜の甘さのあとに、焦げた砂糖のほろ苦さが残った。


(おいしい。お兄様が並んだ甲斐のある味だわ)


兄のフォークが一瞬だけ止まった。


そのとき、広間の扉が開いた。


「まあ、皆さまおそろいで」


ベアトリスだった。淡い金色のドレスに、完璧な笑顔。後ろには侍女のマルタが控えている。


「エマのお稽古の帰りに、楽しそうなお声が聞こえたものですから。少しだけご一緒してもよろしいかしら」


誰も断らなかった。断る理由を口に出せる者は、この卓にはいなかった。


ベアトリスは父の隣に座り、リーゼに目を向けた。形のいい眉が、心配そうに寄る。


「リーゼさん、お顔の色が……少し白すぎるのではなくて?」


「季節の疲れだと、お医者様が」


「まあ、いけないわ。マルタ、明日からリーゼさんには滋養のあるお茶を。蜂蜜もたっぷりね」


「かしこまりました、奥様」


マルタが深く頭を下げた。その微笑みは、いつもと少しも変わらなかった。


「お気遣いありがとうございます、お継母様」


(お継母様が、わたしの顔色を? 珍しいこともあるものね。聖女の噂のおかげで、少しは扱いが良くなったのかしら)


父のカップが、受け皿の上でかちりと鳴った。


ベアトリスは紅茶を一口だけ飲み、タルトには手をつけずに立ち上がった。


「わたくし、甘いものは控えておりますの。では、ごゆっくり」


金色の裾が扉の向こうへ消える。マルタもその後に続いた。扉が閉まると、広間の空気が少しだけ緩んだ。


「あのさ」


テオが口を開いた。膝の上で、指をもぞもぞと組み替えている。


「家族の肖像画を描いてみたいんだ。全員そろったやつ。大きいので」


ヨハンナがぱっと顔を上げた。


「素敵ね。広間に飾れるくらいの?」


「うん。父上が真ん中で、兄様と姉様が両側で」


「描いてくれ。楽しみにしている」


父が即答した。兄も小さくうなずく。テオの頬が少しだけ明るくなった。


「それで、姉様は——」


「わたくしは、端で結構ですわ」


リーゼはカップを置いて、穏やかに言った。


「いえ、いっそ描かなくても。お父様とお兄様とお姉様とテオと……エマもいれば、それで絵になりますもの」


口元は、いつものように動かなかった。


(愛されてるのは知ってる。でも頭数に入れなくていいわよ。わたしはそういう役だから)


広間の音が消えた。


父の手が、カップの取っ手にかかったまま止まっている。ヨハンナのカップは、口元へ運ぶ途中で止まっている。テオは口を開けたまま、瞬きさえしなかった。


兄の手が、膝の上で握られていた。


指の関節が白くなるほど強く握っている。兄の唇がわずかに開いた。何か言いかけて、そのまま閉じる。


ゆっくりと、拳がほどけていった。


(あら。みんな、どうしたのかしら)


リーゼは卓の上を見回した。箱の中には、タルトが一つだけ残っている。兄の視線は、ちょうどそのあたりに落ちていた。


(ああ、最後の一つ。お兄様、欲しいのに言い出せないのね。次期当主の威厳って大変)


リーゼは手をつけていない2つ目のタルトを、そっと兄のほうへ滑らせた。


「お兄様、よろしければこちらも。わたくし、もうお腹がいっぱいですの」


兄は皿を見下ろした。


長いあいだ、何も言わなかった。


「……ああ」


やがて返ってきたのは、それだけだった。


【アルベルトside】


リーゼが「少し休みます」と言って広間を出たあと、誰も立ち上がらなかった。


卓の上には、妹が押しやったタルトの皿が残っている。アルベルトはそれを見たまま、フォークを取れずにいた。


「端って、なに」


最初に口を開いたのはテオだった。声がかすれていた。


「描かなくていいって、なに。僕は姉様を描きたくて言ったのに」


「テオ」


ヨハンナが弟の手を握った。その指先も震えていた。


父は何も言わなかった。組んだ両手に額をつけ、目を閉じている。宰相としての父は、どんな議場でも顔を上げていた。こんな姿を見たのは、母の葬儀以来かもしれない。


「そういう役、と言っていたわね」


ヨハンナが小さく言った。


「あの子の言う『原作』に、そう書いてあるのかしら。わたしたちの知らない本に」


誰も答えられなかった。


アルベルトは、さっき握りしめた拳を見下ろした。


あのとき、声が出かけた。お前は家族だ。端ではない。数に入らないなどと二度と思うな。


言えば妹は気づく。自分の心が聞かれていたことに。そして4年前のように口を閉ざす。いや、心まで閉ざすかもしれない。最初の夜にテオが言ったとおりだ。


だから拳をほどいた。ほどくしかなかった。


「……あの子は、いつも一人で茶を飲んでいる」


アルベルトは言った。自分の声がひどく平坦に聞こえた。


「家族の茶の日以外は、ほとんど毎日だ。自室か庭の東屋で、侍女だけを連れて。皆の手をわずらわせたくないのだろう」


「わたしも、何度か声をかけたの」


ヨハンナが膝の上で手を握りしめた。


「そのたびに『お姉様はラルフ卿と……いえ、お忙しいでしょう』って。気をつかっているのは、あの子のほうなのに」


「僕も知ってる」


テオがうつむいた。


「誘おうとしたこともあるんだ。でも姉様、『テオは訓練があるでしょう』って笑って……いや、笑ってはないけど」


笑わない妹の顔が、アルベルトの目に浮かんだ。一人きりの東屋。風の音しかしない午後。そこでもあの子は、自分を数えずにいるのだろう。


協定がある。口では何も言えない。


けれど、黙って隣に座ることはできる。


アルベルトは押しやられたタルトの皿を、箱の横へ戻した。明日の朝も、あの店には行列ができるだろう。並べばいい。何度でも。


「兄様?」


「宰相府の仕事は、午前に回す」


父が顔を上げた。ヨハンナとテオも、アルベルトを見ていた。


アルベルトは立ち上がった。


「……明日から、あの子の一人のお茶に顔を出す」

「頭数に入れなくていい」。リーゼは今日も、自分の数え方だけ間違えています。 次回、兄はタルトの箱を抱えて東屋へ向かいます。第1部の山場です。

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― 新着の感想 ―
救われようとしてない人間を救うのは本当に無理ゲーだからな。 ここから家族が全力出して・・・いやハッピーエンド予告されてるのにハラハラしますね
原作遵守って感じですかね
>「いえ、いっそ描かなくても。お父様とお兄様とお姉様とテオと……エマもいれば、それで絵になりますもの」 リーゼだけでなく、義母も頭数に入っていないところが、闇の深さを物語っている気がします。
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