ほっぺにチューされても堕ちないんです!
それは徒労であった。
結局のところ、硝子がここに住むことは親同士で決めたことであり、そこに子供に口出しできる隙間など残っていなかったのだ。
私と同じように、学校が遠いとか通学時間が無駄だとか、色々な理由をつけて彼女は一人暮らしを勝ち取った。そして、学校の近くでは私が暮らしていることをお互いの両親は熟知している。そこからはもう、語るに落ちることだろう。
恐らく、今日来ることも彼女自身が伝えるとでも言ったのだ。だから、知らされていなかった私が何か言っても、もう決まったことだから、なんて感じに流されてしまう。
私が反抗することを見越して、サプライズの体をとり、強行突破でこの家に侵略しにきたのだ。告白も、引っ越し日が決まってから仕掛けてきたのだ。そうでなければ入学初日にでも行っている。
彼女が入学してきたことは知っていたが、だからこそ、会わないようにしていたし、見つからないように気を使っていた。
しかし、結局は硝子の掌の上だったということだ。
なにも考えてない風に見えて、強かな人間である。
私は眉にしわを寄せて硝子を思いっきり睨みつける。
だけど、彼女はどこ吹く風で、勝ち誇ったように笑みを溢す。
「紅音ちゃんのお母さんと電話終わった?」
「終わったわよ、つつがなくね……」
ろくな反抗もできなかったことを一部始終聞いていた彼女は、ニヤリと口角を上げた。
「なんでドヤ顔してるの」
「私の用意周到さを褒めて欲しくて」
「連絡してくれたら準備くらいしてたのに」
ため息交じりにそう呟くと、硝子の瞳がきらりと光る。
「パーティーでもしてくれたの!?」
「鍵の変更よ」
「恥ずかしいのと心の準備がいるもんね、でも苦節十五年、そろそろ慣れてもらわないと」
「好意的な解釈ありがとう」
都合のいい耳を持っている彼女は、私の言葉などお構いなしだ。いつも、自分のペースに引きづりこんでいく。
反抗、反論は大抵の場合、意味をなさないことをわかってはいるけれど、ポーズだけでもしておかなくてはならない。
そうしないと、彼女がどんどん増長してしまう。
段ボールの城の中から立ち上がった硝子は私の腕を引いた。
「あっ、お姉ちゃん。ちょっとこっち来て」
「なによ、手伝いならしな──」
振り向いた瞬間、視界から彼女が消える。そして肩を掴まれ、引き寄せられる。眼前を遮る栗色の髪からは、私のものではない甘い香りがした。
そして、それは一瞬で終わる。頬に少し塗れた柔らかい感触が伝えられたのだった。
その情報の解釈は難しく、ワンテンポ遅れて私は頬を抑える。顔が火が出そうなほど熱くなっていた。
──だから、彼女の隣にいるのは嫌なのだ。
私自身に制御不能な感情や、よくわからない雑念を抱かせてくるのだ。
「これからよろしくね、お姉ちゃん?」
「ふ、不意打ちは卑怯よ」
「こうでもしないとさせてくれないじゃん」
「どう? ドキドキした?」
硝子はそんなことをしたり顔で聞いてくる。
ドキドキした、と言えば彼女は喜んでしまうだろう。
だから、そっぽを向いて精一杯に強がりを放つのだ。
「してない」
「嘘つき、顔が真っ赤だよ、お姉ちゃん」
「真っ赤じゃないから」
そんなことをギャーギャー言いながら、私は彼女の荷解きを手伝ったりもする。
私も重々に甘いのだ。
逃げても追いかけてくる硝子から、ついに逃げられない日々がやってきたことにため息をつく。
彼女がこれから、私にどんなことしでかしてくるのか、それに私は耐えられるのか――
――そして、この胸の感情に名前がつくのか。
それは誰にもわからない。
だけど、賑やかになった明日からを少し楽しみにしている自分もいることは事実なのだ。
「本当、調子狂うなあ」
「戻ったじゃなくて?」
隣でカラカラと笑う彼女を見て、私は深くため息をつくのだった。




