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彼女は部屋の居住権を狙っている

 プライベートスペースが侵されている。

 自分で集めた家具も、装飾品も、フレグランスも、全てが侵食されている。

 私の城が今、取り壊されようとしているのだ。


 誰にだって、一人でいられる空間は必要だ。それまで詰まっていた息を吐ける場所が、張り詰めていた空気を緩ませられるような場所が、人間一つは必要である。私はそう思う。

 そして、その場所が私にとっての一人暮らしであった。駅近のマンションの一室。少し遠い高校を選び、親を説得して得ることができた安息の地だ。誰にも邪魔されない、私の城だ。


 だけれども、安息も一年と待たずに終わってしまう危機に陥っている。実家にいた時と同じように、彼女は私を脅かしにくるのだ。

 自分とは違う人間、家族よりも遠く他人よりも近い。異物というにはあまりにも可愛らしく、訪問者といえばあまりにも邪魔すぎる彼女は、自分の荷物を広げながら鼻歌を歌っていた。


――遡ること少し前。


 硝子の告白を断り、もやもやした気持ちを抱えながら返ってきた私は、家の扉に鍵を差し込んで異変に気付いた。

 鍵がかかっていないのだ。

 かけ忘れかなにか、もしくは強盗や空き巣か、色々なケースが頭を駆け巡る。ドアを開けるのが躊躇われる。


 だけれども、どのような場合であれ、部屋の中身を確認しなければならないのだ。

 ただし、危ない人がいたときのみ備えておけるように携帯で警察の番号を打ち込んでおく。

 部屋の扉に震える手をかける。そして、開け、ドアストッパーをスッと差し込んだ。


 するとどうだろうか、変わったことと言えば、玄関には私より一回り小さいサイズのローファーが置かれているのみだったのだ。

 そして、いつもとは違う甘い香り――、それもつい先ほどかいだことのある匂いがそこには漂っていた。


 玄関をくぐり、リビングに入る。その辺りで私はスマホをカバンの中へとしまう。

 ため息をつく。見覚えのある人物が引っ越し用の段ボールを開けているのが目に入ったからだった。

 一度踵を返し、表札を見に行くもそこに書いてあるのは武蔵坊むさしぼう朱音あかねという文字、どう見ても自分の名前である。

 そこでようやく、彼女が何をしでかしたのかを理解したのだ。


 経験上、ウキウキとダンボールを開けていく彼女を止められないことを私は知っている。

 だけれども、止めたいと思っていた。

 だから、ため息混じりに声をかけた。


「何しているの、硝子」


 鍵を開け、引っ越し業者を呼び、部屋の中に居座っているのは藤花ふじはな硝子しょうこ。私の幼馴染であり、先ほど告白してきた女の子だった。


「何って引っ越しだけど」


 先ほどのことなど何もなかったかのように彼女は明るい声を上げる。ちょっと考えさせてとはいったい何だったのだろうか。

 私は思わずこめかみを抑えてしまう。


「さっきさ、色々あったよね、私たちの間にさ」

「あったね、それで私は考えたのですよ、お姉ちゃん」


 振り返らずに、彼女はつづけた。昔から変わらずお姉ちゃんと私のことを呼ぶ彼女、その小さな体は段ボールにまみれた部屋の中では大きく見えていた。


「お姉ちゃんは私の告白を断りました。じゃあどうすれば、受けてくれるのか。その疑問にたどり着いた私が出した結論は一つ。一緒に住んで、お姉ちゃんに好きになってもらおう作戦です!」

「待って、その作戦には一つ大きな難点があるわ」

「難点?」

「それは、私は住んでもいいともなんともまだ言ってないこと」

「えっ? 私がお姉ちゃんと住むのに許可いる?」


 小さな体が翻し、愛らしい笑顔をこちらに向ける。茶褐色の大きな瞳はキラキラと輝いた。

 そんな嬉しさ満点みたいな表情を見せられると、うっかり言葉をつまらせてしまう。


「……いるでしょ、普通に」

「はぁ、お姉ちゃんよ。お姉ちゃんはまだまだ理解が足りてないね」


 私の城の中でさらに小さな段ボールの城を作り上げていた彼女は、呆れたように肩を竦めた。


「私とお姉ちゃんが一緒に住むのはこの世界の決定事項なんですよ!」


 ビシッと指を立て、したり顔でそう宣言する彼女に、私は驚きと呆れを隠せない。


「な、な、なんだってー!?」

「いいですか、お姉ちゃんと私は相思相愛の運命共同体、本来であれば一分一秒ですら離れてはいけないわけ、ここまではわかる?」


 最終的に出てくるのはため息であり、こうなってしまった彼女を止めるのは至難の技であることを思い出す。


「ごめん、一切理解できない」

「うーん、前々から思っていたけどお姉ちゃんには少し常識が足りてないよね」

「いきなり家に押しかけてきておいて……」

「サプライズって重要だと思わない?」


 にっこりと微笑んで、そんなことを平然と言ってのける硝子の瞳はキラキラと輝いていた。そして、彼女に常識を期待するのはやめようと、私は再確認をするのだった。


「相手が嬉しがる前提ならね」

「じゃあ成功ね! 離れ離れの二人が一緒になったんですもの、こんなに素晴らしいことはない!」


 彼女の脳内変換装置のせいで、私の言葉は全てポジティブに捉えられてしまう。どう返しても、硝子の中の私は嬉しがっていて、この状況を喜んでいるのだ。

 だから、ため息をついても仕方ないとわかっていた。分かっていても、ついて出る息は重くならざるを得ない。


「なんでこんなことに……」


 見えない尻尾を振りながら、荷物を整理している彼女を尻目に私はぼやく。

 そして、家を借りてくれている親へ、エマージェンシーコールを鳴らすのだった。

 

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