78:七歳児の喫驚
「…………………どういう、事だ?」
「来春にまたユーデス様がいらっしゃる、という事です」
「いや、それは分かるが、そうじゃなくて」
頭が痛むのだろうか、執務机に座したまま両手で抱え込みぎゅうぎゅうと何度も揉みこむお父様のお姿はなんとも言えぬ寂寥な様相であった。
まるっきし前世の中間管理職である。
「冬でなければ…いや、今年は出るしかないのか…」
「王都の社交ですか」
「行きたくないなぁ…だが行けば…いや、寧ろ行かない方が良いのか…」
今度はぶつくさと一人問答をしては天井を仰ぐお父様。
私は傍らのレム兄様を撫でながらまったりとその考えが纏まるのを待つ。
「とりあえず今夜の議題はこれだ」
「でしょうねぇ」
それは改めて言われなくとも分かっている。
少なくとも、ユーデス様から文が届いた時点で誰もが思っていた事だろう。
一体何が書かれているのだろうかとそわついたのは家族だけでなく、邸で働く文官達も含まれていた。
差出人の情報網や先見の確かさは邸の殆どの人間が信頼しているとも言える。
たった二月の滞在でそれだけ有能さを示す彼も流石だ。
そんな彼が支える国の未来は大いに明るいだろう。
さて、夕食を済ませれば改めて家族の団欒、もとい家族会議の時間である。
「ネウストラ公爵子息から届いた文については、リーシャが読んだ後に俺も確認をさせてもらった」
「王都周辺の情報ですか」
「まぁ、そうだな」
ギランお兄様の問い掛けにお父様が頷く。
私は隣に座るお兄様を仰ぎ見つつ疑問を投げた。
「グウェンダル様からの文にも何か?」
「いや、アイツからの手紙は殿下の事ばかり書かれている」
おい、情報を届けてくれよグウェンダル様。
殿下の近況なんか我々田舎貴族には不要なのだよ。
寧ろユーデス様の手紙にあったように、殿下にしごかれているのが辛すぎてついついギランお兄様へ愚痴ばかり零してしまっているのだろうか。
まぁ殿下の周りは幼馴染達含め殿下ファーストな人間ばかりだろうしな。
呆れたような、同情するような顔をしていたのだろう。
私を見てギランお兄様は小さく喉を鳴らして笑い、後で見せると約束してくれた。
ギランお兄様のお心遣いと一緒に過ごせるのは嬉しいのだが、正直グウェンダル様の手紙には興味が沸かない。
「だからこそユーデス様の手紙に何が書かれているのか、恐ろしい」
「お名前だけで我が一家を震え上がらせる御方ですね」
「そうだな」
こんな軽口を叩く子ども達を窘めれば良いのか、心強いと思えば良いのか分からないといった様相で眉を下げるお父様の肩をお母様が摩っていた。
「それで、何が記されていたのですか」
「ああ…どうやら昨年の避暑に加え今年の視察と、王子殿下が連続してストラス領に滞在された事に加えて頻繁に邸を御訪問されていた事を貴族たちが勘繰っているようだ」
「勘繰るも何も、ただの事実じゃないですか」
去年の避暑も今年の視察も公表されている王家の御予定だ。
耳聡い貴族でなくとも、王宮に勤めている人間なら大概知っている話題だろう。
まぁ視察に関してはもっと短期であれば気にされないのかもしれないが、なんせ滞在だけで二か月も費やしているのだ。
それだけストラス領が過ごし易い場所だと認識されるだけならまだ良い。
しかし、お父様はそうではないと言う。
「冬の社交で恐らく、お前達の話が行き交うだろうと子息様はお考えだ。
未婚で御しやすい爵位の子女が話題に上がればどうなるか分かるだろう?」
「…武術大会の誉でしたら良いのですがね!」
「それで終わってくれるなら良いのになぁ」
またお父様が執務室で見せたように天井を仰ぎ現実逃避をしている。
お母様は頭痛がするようでこめかみを押さえていた。
「…今年の冬の社交に出るお考えですか?」
「いや、凌げる気がせん」
「でしょうね…因みに子息様は何と?」
「文での言及は無いが時期をこれだけ明言されているのだ、来るなと言う意味に俺は捉える事にした」
「そう取りたいだけでしょうに…」
嘆息を漏らすお母様が御労しい。
お父様が冬の社交で揉まれないという事は、来年の社交に全て皺寄せが来るという事なのである。
自らの身に置き換えて考えるだけで身震いして泣きたくなる。
何だそんなの、地獄じゃないか。
不謹慎だが、今すぐ貴族の別荘地区爆発してくれないかな?
滞在先が無ければ誰も来ないだろうに。
今度は私とギランお兄様が、お父様を真似て天井を仰いだ。
「私…そういう下心とは無縁の結婚がしたいのですが」
「俺だって本音はそうだ…まぁ多少は家の事も考えるつもりであるが」
つまりあれだ。
王都の、顔は勿論名前も知らない貴族たちが私達との縁繋ぎやら何やら皮算用をするであろう、という予想をユーデス様はされているのだろう。
私が王子殿下を持て成したばっかりに。
いや、事の発端は『記憶』を思い出した事だ。
多分私は悪くない、多分。
というかユーデス様、来る前からそれを予見していたとか書いて無かったか?
なら最初から何とか防ぐ方向でお願いしたかった。
きっとあの御方の頭脳なら、私の思いも寄らぬ方法で切り開けたのでは?
御本人を目の前にしては絶対に言えない言葉ばかりが脳裏に浮かぶ。
ああ、殿下ファーストで有能な参謀が恐ろしい。
「それに関する内容だとは思うが、公子様が春に我が家を御訪問されたいそうだ」
「素直に喜んで良いのでしょうか」
「あの御方の慈悲に縋るしか無いだろう…それともギラン、良い人でも居るのか」
「まさか、私の交遊関係を御存じでしょう」
「ボルドー侯爵令息に御紹介を頼むか?」
「以ての外です」
ギランお兄様が力強く首を横に振る。
何故だろう、王都の御令嬢には美しくて教養ある方もいらっしゃるだろうに。
グウェンダル様ならギランお兄様へ悪い縁を運ぶような事も無いのだから、早めに自衛として良縁を繋いでしまった方が心の安寧に繋がるだろう。
「良いのですか?」
そう思って小首を傾げる私は見ず、お兄様は何処か遠くを見ていた。
「グウェンに寄って来る女性は…嫌だ」
「何もそんな方ばかりじゃないでしょうに」
「一度アレを介すのだぞ?」
「うーん」
グウェンダル様を介そうが何だろうが、お兄様へ近づけるのならば幸運だろうよ。
だが御本人はそう思っていないようだ。
今年は顔面レベルの高い人々とばかり接していたから、お兄様の中でもちょっと水準が可笑しくなっているのだろうか。
「ギランお兄様の方がカッコいいですが」
「ありがとな、俺も今は一番お前が可愛いよ」
「本当ですか??!!!!わっ!!うれ!しい!!!一番?!一番?!!」
「都合の良い耳だ」
悪戯に笑うラン兄様がめちゃくちゃカッコいいし愛おしい!!
大好きを突沸させて大興奮する妹を抱き寄せて宥めるようにぽすぽすと肩を叩かれるも、中々落ち着かない私にお母様が厳しい目を向ける。
「リーシャ、問題は貴女ですよ」
「え?」
「ギランは嫡男ですから、それを言い訳に出来ます。
我が領地を知りもしない他家との縁など旦那様がお断りします」
「父でもあるが、領主としての面も前に出せるからな」
お父様もお母様の言葉に深く頷き同意を示す。
毅然と、やるときはやってくれるのが我々の愛しいお父様である。
そこは信頼している。
「ですが貴女はゆくゆくは他家に嫁ぐ身」
「お婿さんとストラスに…」
「穏やかな次男以下の男性が良いのでしょう?」
「そうです、そして本邸とは別に領内に大きな庭付きの家を構えレム兄様の子どもと私の子どもを一緒に遊ばせるのが夢です」
「…要望が増えていないか?」
「計画は常に最善を尽くし見直されるべきかと」
「そういえばレムのお嫁さん探しもすっかり忘れていたな」
「クゥン」
今からでも間に合うだろうか?五十代から始めるレム兄様の婚活。
字面がなんか切ないな。
というか体調的に大丈夫なのだろうか心配である。
後で調べよう。
「事によってはギレムお兄様の御子だけで我慢しましょう」
「俺の子どもは最初から組み込まれていたのか」
「当然でしょうに」
「でもそれは良いな、子どもを遊ばせられる程近くにリーシャが居るのは」
おっとギランお兄様は私の将来計画に乗り気である。
ですよねぇ、我々兄妹は末永く仲良しでおりたいものですもの!
私達がお互いしか遊び相手が居なかった事を考えても、より多くの縁を子ども時代に持たせてあげたいと思うのは自然な事だ。
「ギラン」
「はい」
脱線しかけた話をお母様が窘める。
お兄様に遅れて私も少し背筋を伸ばした。
「リーシャの要望もギランの要望も出来るだけ叶えたいですよ。
叶えていくのが、私達の家族のとしての力添えであり愛情です」
「勿論行き過ぎたものであれば窘めるがな」
「はい、ありがとうございます」
「ですから貴女も婿入りさせるように頑張りなさい」
お母様のその発言に、一息遅れてお父様が微妙な表情をした。
「…良いのか、それで」
「この子にはこれで良いのです」
下手に頭ごなしに言いつけるよりも好きにさせようという教育方針である。
私は本当にこの家に生まれて良かった。
じゃなきゃ前世の知識を捏ね繰り回し生かして、何とも反骨心丸出しの子どもとして成長していた事だろう。
己が納得出来ない事はしない頑固者だと自負はしている。
「では何にせよ、春を待つしかないという事ですか」
「今年の冬にどんな話題が出て、本当にウチへ近づこうとする家が現れるかも分からないからな」
「幾らユーデス様と謂えども人の子ですもの」
「だな、お父様もそう思いたいぞ」
やっと笑顔をお父様が零したところでこの件については話が終わった。
まぁ先の事だと私自身が考えてしまったのもあるし、思いの外、戦々恐々としていた春先が「我先に!」とばかりの釣り書きが届けられる訳でもなく穏やかに過ごせたのもある。
だからぶっちゃけ、御訪問がある事すら私は忘れていたし、彼からとんでもない提案をされるまでかの公子から囁かれた忠告もすっぽ抜けていた。
「リーシャ嬢、私と婚約して欲しい」
「…………………は?」
一体何がどうしてそうなった?




