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パドマの箱庭  作者: 菌床
9/13

09:五歳児の成長


 事の顛末を聞いたお父様は、早急に書面を陛下の元へ届けさせた。

折り返し緩歩で戻られた使者の「不問にする」との言葉にも頑なに陳謝の姿勢を変えず、「我が家の躾がなっていない為、失礼な振る舞いを御見せしてしました。如何に王子殿下が有徳なる御方だとしてもこれ以上お預かりするのは御本人の御心に障るばかりか教育にも宜しくないでしょう」とし、その日の内に殿下を別荘へお送りした。


勿論早文の文面には、家族用居室への闖入についても私への侮蔑も記していない。

そこは彼の従者たちがどのように報告するのかによる。


成程これが、辺境伯閣下が我が家との誼を重んじた訳かもしれないと私は密かに思った。

嫌程思い知ったというべきか。

今回の事柄は一家臣を、民草を守護する者という立場の人間がどのような性質なのか、当代だけでなく次代についても目の当たりに出来たとして受け流すしかあるまい。


王子殿下が真顔で帰ったその翌日、私のケアを優先したのか早急に天使が舞い戻った。

お母様の優しさが手厚い…!!嬉しいっ不出来な娘なのにこんなに優しくしちゃって!もうっもうっ大好きです!!ありがとうございます!生き返る!!!


「オーリぃ!!アロぉ!!!」

「会いたかったよリーシャぁ!!」

「長かったよリーシャ!」

「ほんとだよぉ~~!!」


お兄様方と手を繋いで出迎えた私は顔を合わせた早々抱き合い、団子になる。

つい数か月前にした流れなのに何故かとても懐かしい気がする。

五歳児の時の流れは速い。


「リーシャ、ご挨拶なさい」

「はい。辺境伯夫人、失礼いたしました。

 本日は足をお運び頂きありがとうございます。変わらぬ皆さまのお顔が見れてとても嬉しいです!」


お母様の声を受けると私はすっと腕を離して、情けない顔をしていたのが嘘のように楚々とした笑みを浮かべ静かに腰を落としては礼を全身で尽くした。

我が家のお母様の迅速な手配もさることながら、本当、快く双子を伴い気に掛けて下さった夫人のお心遣いが温かくて自然と頭が下がるのだ。


「ふふっご挨拶ありがとうリーシャちゃん。

 なんだか少し見ない内に立派になって…頑張ったのねぇ」


珍しく辺境伯夫人が私の頭を撫でてくれた。

同じように私の家族へ挨拶をしていた双子が、それを見て何か察したのか、邸の中でもずっと私の手を握って寂しくないように温もりを与え続けてくれた。

泣いちゃう、二人の優しさがあったかい。嬉しい、大好き。


普段のように元気いっぱいにはしゃぎはせずとも、幸福感をじんわりと味わいつつ時に泣きそうになる私をお兄様達が優しい目で見守ってくれている。

一か月も空いていないのに、随分久々にストラス家の夏の日常が戻って来た。


「別荘に居た間にね、リーシャが教えてくれた湖に遊びに行ったの!」

「わっ嬉しい!とってもきれいだったでしょう?!いいなぁ何して遊んだの?」


お茶会室のソファーに私を真ん中にして小さい身体が並んで座る。

腰を落ち着ければ、用意されたお茶やお菓子に目もくれずにわぁわぁ夢中でおしゃべりを始める。


「あんなに水が青く、綺麗な色をしているの初めて見たよ!ギレム兄様やリーシャの瞳みたいだった!」

「でもこうやって、手で持ち上げると透明なの!不思議だった!ねぇ何故ですの!」

「ギレム兄様は知っていますか?」

「うん、知っているよ。三人は何故だと思う?」


安堵したのか喉を湿らしていたギレムお兄様がカップを置き、穏やかに私達へ質問を返す。

それぞれが思い思いの考えを一生懸命に語るのを、うんうんと優しい相槌を入れながら聞いては嬉しそうにしているお顔がとても優しくて愛おしい。

ギレムお兄様の隣ではギランお兄様も優しい顔をしていて、時に突飛な五歳児の考えに思わずといった風で声を出して笑う。


「絵の具の水かぁ、よくそんな事考えたなオーリ」

「オーリちゃんは絵の具を使うところを見た事があるのかい?」

「我が家に画家が滞在した事があるの!」


オーリは湖の青さがまるで絵の具のバケツに入った水のようだと思ったそうだ。

バケツの中の水は色がついているのに手で掬うと透明だったという体験と、ストラス領の湖が結びついたのはとても子供らしくあり私としても子どもの思考成長の切欠として興味深い。


一方私は白樺の樹皮を例にして挙げた。

陽の光により色を変えているけど、光を遮ると元の白色に戻るという視点だ。

これは昔から庭や林で遊んでいる私らしい考え方だろう。


アロイーズは水自体がうっすらと青く、集まってあの色になっていると考えていたようだ。

ストラス領へ向かう道中で立ち寄った温泉が白濁の濁り湯だったらしい。

オリアーヌと似たような体験をしてきているアロイーズだが、覚えている内容が違うのも面白い。

それにしても温泉があるとは知らなかった。是非行かねば。


「みんなそれぞれが『どうして』を考えていて偉いね。

 後で一緒に図書室で僕の考えも聞いてくれるかな?」

「はいっ!楽しみです!!」

「今行きませんの?リーシャが忘れちゃう!」


おいオーリ、まだ私は忘れっぽい性格のままなのか。

確かにこのまま話していたら嫌な事同様にあれこれ忘れてしまう気がするが。

それはお兄様方も分かっているようで、破顔して頷いていた。

そうですね、もう泣いた子が元気に笑っておりますからね。

泣き顔はお見せしませんでしたが。


「じゃあそうしようか?」

「母上達がお茶しているからな、静かに移動出来るか?」

「隠密行動ですね!」

「訓練だ!」


私の言葉を理解したアロイーズがはしゃぐ。

隠密行動って特別感あるよね、分かる。忍者への憧れは世界線を跨げども同じなようだ。

ギランお兄様が指を口元に立てて「しーっ」と悪戯な笑顔で示して見せるのが、それこそ出来る隠密みたいでかっこいい!頭領!ついていきます!


私達も揃って口元に指を立て息を潜めては、こそこそと足音を消して図書室へ移動を開始する。


静けさに我慢できずにアロイーズへ悪戯を仕掛けたのは私である。

そっと視線も向けずに片手間で横っ腹を擽れば、彼はわぁと一瞬声を上げ咄嗟に口を手で覆った。

振り返った護衛のエタン達が何事かと目を丸くしている姿に、今度はオリアーヌがクスクスと笑い口元を抑えて見せる。

主犯は首を振り「何でもないよ」と示したのだが、エタンにはバレていたようだ。

あと後ろに居たお兄様方にも見えていたことだろう。

ご安心ください!妹はこの通りもうすっかり元気ですよ!



図書室でギレムお兄様が持ち出した本はどう見ても学術書。

十二歳で読破するもんじゃないだろうに、流石過ぎた。

勿論お兄様は五歳児でも分かるよう簡単に要点を解説してくれた。


「湖の底は石灰と呼ばれる白い石で出来ているんだ」

「なら水は白く見えるのではなくて?」

「でも白い盥の中の水は白くないよ?透明だよ」


ここでもまた議論が起きる。

五歳児の何故なぜは本当に長いし根気がいる。

話の流れを予想していたのか、何処かへと席を離れていたギランお兄様がガラスの三角柱を持ってきた。

わぁ昔前世で見た事あるやつ!


「俺たちもお前達くらいの時に不思議に思って調べたんだよ」

「そうだったのですね!」

「ありがとラン、ほらみんなここを見ていて」


三角柱に窓から入る光を当て、ギレムお兄様が魔法のように虹を映し出す。

図書室の中だからか、子供たちが身を乗り出し興奮してもなんだか知的な様子に見えるのが不思議である。

実際に知的活動をしているのだけれども。


「きれい!虹が出た!」

「空に出る虹よりもっと色がはっきりとしてる!」

「手が届く場所に虹が出来るだなんて!」

「僕らの眼に見えないけど、太陽の光は色んな色が混ざっているんだ。

 それぞれの色にも特徴があってね、深い湖の中に青い光だけが残るからあの色に見えるんだ」


ギレムお兄様の瞳が青い理由は異なるのだろうけれど、その藍玉が見識の深さや愛情深さを感じさせるのは湖の深さと似ているように私は感じた。

きっと夢中で見ていた虹から顔を上げた双子天使もそう思った事だろう。


凡そ、私が前世で知っていた通りの理由で美しい白樺の湖は色づいていたようだ。

そしてしっかりとそれが解明されている文明レベルに私は驚いたのも一瞬で、すぐに五歳児たちと一緒に自分の掌に虹を出してもらってはきゃっきゃと無邪気に楽しんでいた。

こんなもんで良いのだ、五歳児なので。

ギレムお兄様が持ってきてくれた本は大きくなったら自分の眼で確認する事とした。

忘れていなければ読む。



何だかこうした知的活動は世界の真理に触れた気がするのか、夫人もご一緒した昼食の席で双子はとても誇らしそうにお兄様達に教えてもらった知識を披露していた。


ストラス邸に滞在中は見せない、双子の母親への甘えた表情や見守る夫人の眼差しは家族愛に満ち溢れており、柔らかな日差し差し込む食卓でのその光景はよりご飯を美味しく感じさせてくれる。

可愛い盛りのお子さんと離れるのは夫人としても寂しいだろうに。

もっと遊びにいらしてくださって構わないのですよ。


「とても興味深いお話を教えてもらったわ、ありがとうアロ、オーリ。

 我が別荘にもそうした本を増やした方が良いかしら?」

「我が家には上の子達が集めたものがありますからいつでもお貸ししますよ。

 ですから夫人には是非、私向けの書籍を集めて頂けると嬉しいですわ」

「まぁ!」


悪戯っ子のように誘いかける私のお母様に、夫人も愛らしく破顔しては「夫へのいい建前が出来た」としたり顔をしている。


お母様たちも以前に増して随分仲が良くなったようだ。

我が家には男性向けの本ばかりで図書室も書庫も埋まっているので、お母様の好む様な物語は自室の本棚程度しかない。

恋物語の貸し借りなんて学院生に戻ったようだと楽しそうな二人が可愛らしい。

やっぱり親同士もこういう交流があってこそだよね、良い事だ。


辺境伯閣下も遊びに来れば良いのに、と思うのはどうやら私だけではないようだ。

腕の立つ閣下を密かにギランお兄様が待ち望んでいるのは去年からこっそり聞いている。

ギランお兄様がとてもかわいい。かわいいが過ぎるな。


「お忙しいと分かってはいるんだけどなー」と零すギランお兄様を慰めるために、お父様と私で一生懸命庭で訓練し倒したのは良い思い出だ。

どちらもすぐばてたが、お兄様が笑っていたので幸せである。

お父様はもう少し鍛錬時間を増やした方が良い。


この昼餐の席でお父様は夫人へ、双子が滞在中に邸の外でピクニックをする計画をご相談した。


「湖の近くまでお連れしようと思うのだが如何でしょう?」


聞いていた予定よりも森の奥へ足を運ぶようだ!

思わず私も、双子も顔を見合わせ、期待に背を伸ばし胸を膨らませる。


「ふふ、今日のお話を聞いたら双子から強請りそうですものね。

 いつもながらお心遣い嬉しく存じます。是非ご一緒させて下さいまし。

 日付を教えて頂けるのであれば此方からも人を寄越しましょう」


万が一を考え、敷地内、庭先でのピクニックとは比べ物にならない人員を動員するのを慮ってか、夫人はそうご提案して下さった。

寧ろそのお心遣いがありがたい。

邸の中でさえちょっと目を離した隙に仕出かした前科があるので。

とは流石に誰も言葉にしなかったのだが、我が家族は皆恐縮しっぱなしだ。



だが五歳児たちは違う。

もう今からピクニックが楽しみで仕方が無い!とばかりに逸る在り様で、昼寝もそこそこに午後からは庭に解き放たれ飽きずに追いかけっこをし続けた。

入れ替わり立ち代わりで鬼が切り替わり、例え転んでも訓練の賜物かすぐに立ち上がり逃げた相手を追いかける。


見守る護衛達は「どうしてあんなに飽きないのか」という目をしていた。

私も前世だったら同じ感情を抱いたのだろう。

しかし今は不思議と、もう何がなんだか言葉に出来ないがただ走るのすら楽しい。

駆け回って跳ねるアロイーズの黄色の髪や、捕まっては笑うオリアーヌの弾んだ声が心地良い。


走り疲れれば誰ともなしにしっかりと太い幹を持つ我々お気に入りの木に駆け出し、今度は木登りを始めるのだから大人達は堪ったものじゃないだろう。

特に双子は初日という事でそこそこ良い御召し物を着ているのだ。

土汚れだけでもうんざりするのに、ささくれに引っ掛けて破いたりすれば大事だ。


今度はマノン達が眼の色を変えて私達を捕縛するよう護衛に声を掛ける。

それを笑いながら護衛達は木の上に陣取って誇らしげにするお嬢様方へ手を伸ばす。


「抱き留めてね!」


此処でも言い出すのは私だ。

がっしりとした幹の上で仁王立ちすると、下で待ち受けるエタン目掛けて飛び降りる。

ふわりと広がるスカートの華やかさよりも、この、ひゅっと身体が浮いて落ちる感覚が病みつきになるのである。

慣れた様子でエタンは私を抱き留めてはそのまま掲げて回す。


「こうしてあやして下さい」の見本である。

辺境伯が付けた双子の護衛の中には去年見ない顔もあったので、この邸でのしきたり、もとい対応の仕方を出来る護衛が教えてくれるのだ。

ふふん、無策に私が飛び降りた訳ではないぞ。

楽しむ狙いが八割だが。


「わたくしを受け止める栄誉をあげるわ!」


何だかオリアーヌがどっかの誰か見たいな態度を取り始めた。

彼女がすればただただ可愛いのだが。何の影響だ。

小さい御姫様をわぁわぁと護衛が取り囲むものの、その人数では逆にオリアーヌが飛び降り先を選ぶのが大変になるであろうよ。

しかしそこはちゃんと頭の良い五歳児オリアーヌが、相手の名を呼び指名をする。

呼ばれた護衛以外が少し下がりつつも万が一を考えて周囲を陣取る。


軽やかな身のこなしで飛び降りたオリアーヌだが、護衛は受け止める事ばかりに集中していたのか、お嬢様の無事を確認すると地面へ下ろしてしまう。

それをお嬢様が窘め、ぐるぐるを要求するまでがワンセット。


こうした護衛の姿を見るだけでも我が伯爵家と辺境伯家の家格というか、使用人との関係が良く分かる。


「僕は自分で降りるよ!どいて!」


最後のアロイーズは果敢にも一人で飛び降りると叫ぶ。

だがそれを護衛が許す筈がない。

大人が手を伸ばしても高い位置に我々は陣取っていたのだ、それなりの高さがある。

なんとか聞き分けて貰おうと下から必死に言い募る護衛の姿を見て、彼はしょんぼりと肩を落としながらも木の幹に腰掛けてから飛び降りた。


挑戦してみたかった気持ちも大いに分かる。

五歳児とはやたら万能感に満たされる瞬間があるのだ。

でもアロイーズはちゃんと律して、言葉に耳を傾けるだけでなく相手を慮ってその勢いを消そうとすらした優しくてしっかりした子だ。

本当に彼は夫人の血が流れているなと思わせる。


だが腰掛けて降りたせいか、アロイーズのズボンのお尻が少し破けているのをその後私が見つけた。

愛おしさが爆発してみんなで大笑いしてしまったのは申し訳ない。

可愛すぎるだろう、アロイーズ。


笑ってしまった事を皆が口々に謝りつつ、怪我はないかと心配すれば、彼もはにかみながらお尻を両手で押さえたまま大きく頷いた。


ああ、楽しいな。嬉しいな。

こういう日々がずっと、これからも続けば良いのに。


今までは離れる時間を思ってそう考えていたのに、今は件の事があったから違う意味で私は願った。




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