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パドマの箱庭  作者: 菌床
四章:あの花情恋意をもう一度
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【1万PV御礼】在りし日のストラス邸


 夏の一大イベントである武術大会も終えれば、緩やかにストラス邸内の業務も秋を意識したものに切り替わっていく。


と言ってもまだまだ外の日差しは夏らしく風も涼やかで陽も長い。

大人達の意識とは別で動く六歳児達は今日も元気に庭を駆け回っていたが、この日は久し振りにそこへお兄様達も顔を出した。


「ラン兄様とレム兄様が揃って遊んでくれるの久し振りだわ!」

「やった!何して遊ぼう!?」


武術大会の片付けや私が提起した案件について忙しくしていた二人も漸く一段落着いたようで、二人が庭に出て来た瞬間にわっと私達が駆け寄る。

ラン兄様は、慣れた様子で体当たりをしてくるオーリとアロを片手ずつ受け止め、その勢いのまま二人をそれぞれ持ち上げてぐるぐると廻るっていた。

武術大会に出場するに際し鍛えたフィジカルが凄まじい。

私も後でやってもらおうと心に決めつつ、私は私でレム兄様を独り占めして抱き着けば当然のように頬を撫でられる。

うーん、今日も素晴らしい撫でです!


「リーシャ達は何をしていたの?」

「なんともなしに走ってました!」

「はは、元気が有り余っているねぇ」


まだ午前中だ。

意味も無く駆け回る程に六歳児の体力も十分残っている時間帯である。

ほんと何で庭に出ると、誰か一人は駆け出すんだろうね。

それを追って結局全員できゃっきゃ走り回るんだけど。

私もだが、多分アロもオーリも特に目的はない。

六歳児の謎衝動である。


「何する?武術でも見るか?」

「ラン兄様もっと回ってー!!」

「リーシャ、何か新しい遊びしようよ」


ふむ、新しい遊びか。

と言っても毎回別に目新しい遊びを提案している訳でもない。

ただ、折角久し振りにお兄様達が遊んでくれるのだ。

どうせなら普段やらない遊びがしたい気持ちは分かるし、そういう気遣いが出来るアロイーズは流石だ。

まぁギランお兄様に抱えられたままの妙な体制で話す姿は間抜けだが。


そんな彼を見上げ、私はちょっと小首を傾げた後に頷く。


「じゃあ、『お父様が転んだ』をやろう!」

「何だそれ」

「呪いの言葉かな?」


ギランお兄様もギレムお兄様も知らなくて当然の遊びである。

勿論、ヴュルテンベルク辺境伯家の双子も知らない。

何故なら今しがた命名した遊びだからである。


語呂からもお察し頂けると思うが、単なる「だるまさんが転んだ」だ。

達磨の概念が無いから咄嗟に出たのが「お父様」だっただけで、別に、ギレムお兄様が指摘したような呪いの意を含むようなものではない。


「何となく語呂が良いので」

「何となくで転ばされる父上」

「やめろレム、笑う」


もう既にちょっとレムお兄様は面白そうにしているし、何ならラン兄様はお父様が転んでいる姿を思い浮かべて不謹慎にも笑っている。

そうだね、冬場にお父様転んで尻もちついてるところとか私達見てるもんね。

あれは思わず笑っちゃったよ、ストーン!って綺麗に転ぶんだもん。

多分、ラン兄様はそれを思い出しているのだろう。


「お父様が転んでいるところなんか思い浮かばないわ」

「うん」


対してオリアーヌ達は閣下が転ぶ絵面が想像が出来ないようだ。

安心したまえ、私もだ。

あの巌のような御方が私達のお父様のように愛嬌たっぷりに転ぶところなんか全く想像出来ないし、するのも不敬だと思えるのだからな。

オリアーヌ達の言葉を聞いて、恐らくお兄様達も私と同じ気持ちなのだろう。

先程まで笑っていたラン兄様も真顔になった。

でも視界の端で控えているピピさん達が何かを堪えるように震えている。


「で、どんな遊びなのリーシャ」

「えっとねー」


ギランお兄様から降ろされた二人もしっかりと聞く姿勢となったのを確認してから私は遊び方を丁寧に説明した。

似たような遊びは今まで三人でもした事が無かったからだ。


まずは鬼だが、此処では「魔物」とした。

魔物が「お父様が転んだ!」と嘘をついて私達人間を捕まえ、食べようとする設定だ。


「確かにお父様が転んだと聞いたら居ても立っても居られないわ」


オリアーヌはそう神妙に頷くが、閣下も人間である。

転ぶくらいはするだろうに。


「で、魔物が振り向いている時に動いてはダメなんだよね?」

「そう、魔物に気付かれないようにしないといけないの」

「姿は丸見えなのに?」

「動かなきゃ魔物には分からないの」


この辺りはご都合主義だ。

お喋りはしたいので、表情や口は動かしても良い事にした。

何とも良く分からない魔物像が出来上がってしまったが、まぁ良いだろう。


「身体を動かしちゃダメってのは簡単過ぎるんじゃないのか?」

「魔物だって人間を見つけ出したいので罠を仕掛けます」

「罠?」

「それは実際に遊んでからのお楽しみに!」


兎に角、動いてしまい魔物に見つかった人間は捕虜として扱われる。

捕虜になった人間は、自分を見逃してもらうために他の人間を捕虜にすることが出来るというちょっと闇を抱えた設定にした。

何とも世知辛い遊びである。


「つまり、捕虜も魔物と一緒に残った人間を捕まえようとする、と」

「でも手を出して無理矢理他の人間を動かすとかは出来ないの」

「そこは魔物と同じなんだな」


そう、魔物も見つけていない人間に触れる事は出来ない。


「だけど魔物は一度だけ指名して一人を魔物と同じ動きをさせる事が出来るの」

「強制的に動かされるって事?それは見つかるのかな?」

「ううん、同じ動きが出来れば大丈夫」


この指名制度は魔物の視界に入っている人だけだ。

つまり、一列に並べば先頭の一人を犠牲にする事で他は免れる。

この辺りは誰もが気付いた点だろう。


「じゃあ最初は私が魔物役をするね!」

「何だか簡単に勝てる気がするけど、良いの?」

「ふふん、最後までそう思っていられるかなアロ」

「まぁ兎に角やってみよう」

「折角だしもう少し人数も増やそうか」


レム兄様が軽く辺りを見渡し、目が合ったエタンを手招きする。

人数が多い方が魔物に不利なのを既に把握しているお兄様、流石です。

なお、ピピさんは呼ばれていないのに手を挙げて駆け寄ってきた。


「私も混ぜてください!」

「ピピも良い?」

「良いですよー!」


他にも何人かヴュルテンベルク辺境伯家の護衛が混ざった。

何だ、そんなに閣下を転ばせたいのか。

それとも嫡男嫡女を遊びと謂えど魔物から護りたいのだろうか。


「あとはー、マノンー!」

「はい、どうされましたか?」

「私の帽子を取ってくれる?」


駆け回り落としてしまいがちな帽子は早々に外していた。

それを改めてマノンに持ってきてもらい被り、人間が魔物から帽子を奪えば人間組の勝ちとするルールを追加した。

また、人間が動いたかどうかの判断を平等に行うためにマノンとオリアーヌの侍女であるベルナデッドさんに審判をお願いした。


「一人残らず餌にしてやるぅ!!」

「なんだその啖呵」


ははは、ラン兄様が笑っていられるのも今である。

始めるぞと声を掛ければ、存分に距離を取ってそれぞれが庭に散る。

ふむ、やはりレム兄様とアロは最初から縦列位置をとった。

その先頭がエタンなのも流石である。


「じゃあ始めますよー!おーとーうーさまが」


この時点でめちゃくちゃギランお兄様が走っている気配がする。

本気走りじゃないですか!?


「ころんだっ!!」


私が叫ぶと同時に庭の一斉が動きを止めた。

この辺り、護衛達や武術をしっかり収めているお兄様達は制止が綺麗だ。

ちょっとアロ達は怪しいがまぁそこは御愛嬌である。

にしてもギランお兄様の距離の詰め方がえぐい。

こりゃあともう一回で射程圏内に入られてしまいそうだ。


「…」


私はギランお兄様とその離れた背後に居るオリアーヌ、ピピさんに向けてとっておきの変顔をする。

射線上に居た他の護衛も被弾していた。


「んっふ」

「ぶっ」

「フハッ!」


「えっ何」

「リーシャ何したの」


幸い、アロやレム兄様達には背を向けた状態だった。

急に笑い、動くのを堪える三人の様子を見て狼狽える声は気分が良い。

さぁ怯えるが良い!魔物の攻撃は此処からである!


「ふぅ、初撃を堪えるとは流石ですねラン兄様」

「くそ…こういう攻撃か…」

「何今の顔!何今の顔!」

「すっごい、唇って自力であんな形になるの?」


口々に感想を好き勝手言い募るが良い。

それが、見れなかったアロ達の好奇心と恐怖心を煽るのだ。


「ランだけずるい。リーシャ、僕にも見せてよ」

「ダメです、レム兄様は耐性がありそうなので」


何気にギレムお兄様は私の顔で遊ぶので、今の程度の変顔は見慣れている。

なので此方側には変なポーズをとってみせた。

そしたら狙ったレム兄様では無く、その近くに居たアロイーズが笑い崩れた。


「あはははははは!!!ははっあははは!!!!!」

「そこまで笑われるとは思わなかった」

「あはっ、はははははっ、ひど、あれは、酷い」

「酷いって何さー」

「ずっる、ずる…はははっ、ダメ、おなかい、いたい!」


そこまで笑われると思っていなかったので若干ショックである。

ギレムお兄様はにっこりと満足げにしているのでダメージは無さそうである。

ああ…落とすなら此方を落としたかったのだが。

先頭のエタンも凄い必死に顔を伏せて笑いを堪えているのだが、キミさっきまで顔上げていた筈だよな?動いてるよな?


「女神マノン、エタンは動きましたか?」

「いいえ」

「えー!絶対さっきまで顔上げてたよぉ!」

「いいえ、どうぞ続けてください」


審判役のマノンも楽しそうである。

それは良い事なのだが、主がこんな事を繰り返すのを促すのは正しいのだろうか。

まぁ止められてもやるが。


とぼとぼと此方に歩いて来た、未だ小さく笑い震える捕虜アロイーズを傍らに私は改めてぐるりと周囲に散らばる人間を見やる。


「と、いう風に魔物は人間に笑わせ攻撃をします」

「何て恐ろしい魔物だろうか…」

「可愛すぎて耐えられる気がしない」

「ラン、僕達が魔物になった時を考えてみなよ」

「…レム、お前、だからエタンを盾に」

「そういう事だよエタン」

「何てことでしょうか…」


嫡男達が体裁を保つ為にエタンは尊い犠牲となりそうである。

相変わらずレム兄様は数歩先まで読んでいらっしゃる、かっこいい。


「オーリ分かった?」

「何がですの」

「オーリ様、魔物は一人だけ指名して同じ動きを人間にとらせる事が出来ます」

「…」


ピピさんの言う通りである。

つまり、お兄様達の後ろにばかり居たら、お兄様達の面白いポーズが見れない。


「見たくなーい?ラン兄様のお色気ポーズとか」

「んっぶ!」

「オリアーヌ様!堪えて!!」


そう叫ぶピピさんこそ震えているが大丈夫か。

話題にされているギランお兄様は真顔だった。

その姿をレム兄様がちょっと可愛そうな様子で見ている。


「誰だ、リーシャを魔物にしたやつは」

「まずこの遊びを言い出したのが貴家のお嬢様ですよ」

「…」


ははは、そうだそうだ。

私は別に変顔も妙なポーズも恥ずかしくないぞ、六歳児だからな。

でも十三歳のお兄様達、そしていい大人なエタン達には辛いものだろう。

だが皆のそういう姿もちょっと見てみたい。

そんな欲張りな私の心を満たす遊びである!


「さぁアロも次からは私と一緒に人間を捕まえるんだよ?」

「ええー…」

「じゃないと次の魔物役はアロになるよ」

「…」


何方にせよ地獄だろうな。

今私と一緒に恥を捨てて変顔をするか、一人だけでもちゃもちゃするか。

さぁどっちが良いかなアロイーズよ。


「流れは大体把握出来たかな?じゃあもう一回ね!

 おーとーーーうーーーさーまーがー」


今度は二方向から駆ける音がする。

きっと頭の良いお兄様達の事だ、気付いたのだろう。

そう、恥ずかしい思いをしたくないのであれば早々に捕虜になるべきなのだ。

捕虜が複数の場合はじゃんけんで次の魔物を決める。

そこは運であるものの、一人残されて魔物に変なポーズを強要されるよりもまだマシというものだろう。

だがそれを私がみすみす見逃す筈もない。


「ころんだっ!!!」


ピタリと動きを止めたお兄様達は、流石双子と言わんばかりに同じ距離で私の帽子に手を伸ばしていた。

お、恐ろしい。危機一髪である。


「アロ、アロ!此処がチャンスだよ!」

「ええー…」

「ほらっお兄様達しか見てないんだから!」


もう彼等が覆うように私の近くに居るので、喩え変顔をしても流れ弾で他の人を笑わせる事は出来ないだろう。

此処は捕虜に仕事をさせる絶好のタイミングでもある。

寧ろ、私に見慣れて耐性があるお兄様達には意外と効くかもしれない。

そんな一縷の望みをかけ、渋るアロイーズを引っ張りお兄様達の間に立たせた。


「…」

「んっ」

「ふ、ふはっ」


まさかの一撃必殺だった。

どんな顔をアロイーズがしたのか私は見てない。

後にお兄様達に聞いてみても教えてくれなかった幻の変顔である。


笑い崩れるお兄様達の姿に私が唖然とする中、ちょっと誇らしげな顔をしたアロが私に振り返るのだが、双璧が崩れた先で広がる視界の眩しさも相俟って背筋が震えた。


「…どんな顔したの、アロ」

「内緒」

「ふ、はは…アロ…お前、そんな顔、出来たのかよ」

「はー…ふふ、はぁ、ダメ、これ夢に出る」


完敗したお兄様達がすごすごと仕方なさげに捕虜に加わる。

これで魔物側はかなり戦力が増したぞ。

しかしそれでもヴュルテンベルク辺境伯家の護衛も参加しているので、まだ人間側の方が人数が多い状況だ。


ふむ、此処からどう攻めようか。

そう思案する私にギレムお兄様がそっと耳打ちをしてくれた。

私はその案に乗り、ぽつりと一人残されているエタンを見やる。


「魔物の力を使います!指名はエタン!!」

「は?!」


急に狙い撃ちをされたエタンが思わず動きそうになるが、残念ながら流石にあからさまな動きは見せなかった。

果たしてそれが幸か不幸か。


「エタンにとってもらうポーズは…そうだなぁ。

 ねぇ女神マノン、女神の御意思を聞くのはいけないかしら?」


そっと彼女を振り仰げば、それはそれはまぁ美しい笑みを浮かべていた。


「いいえ、全く。私の言葉を聞いて下さるので?」

「ええ勿論!!」

「待って待って待ってリーシャお嬢様待って!!?」


途端に慌てるエタンの様子にヴュルテンベルク辺境伯家の護衛達が何人か沈んだ。

成程、子どもの可愛らしい変顔で笑わない大人はこうやって落とすのか。

流石ギレムお兄様である。

戦略の奥深さはいっそえげつない程だ。


結果、女神マノンの御意思により雌猫のポーズをとらされたエタンの姿に、殆どの護衛が捕虜となったのは言うまでもない。

猶、魔物は同じポーズをとっていない。

良いのかと思ったが、お兄様達からのストップがかかった。

まぁ遊びなのでその辺りは柔軟に対応しよう。


エタンはエタンで、やけっぱちに笑うどころかさめざめと泣き崩れるような様子で捕虜に加わった。

きっといつか良い思いでになるよ。

知らんけど。


さて、これで一気に形勢は傾いた。

残すはピピさんとオリアーヌだけだ。


「発案者なだけあってリーシャお嬢様は強いです、斯く成る上は」


そう言い放ち、再度私が振り向いた視線の先には此方に背を向けた二人の姿。

成程、確かに魔物を見なければ笑わずに済む。

それでも声のする方に進めば距離は詰められるのだ。


だが帽子を取らねば人間側に勝利は無い。

じりじりと距離を詰め、詰められるその間に私は次の一撃を込めた。

流石に遠目であってもあの一撃を堪えたピピさんだが、もう鼻先まで迫ったところでの幼女の変顔には流石に笑って動いてしまった。


ふぅ、此処で他の捕虜に任せず私が戦ったのは英断だろう。

残されたオーリはピピに言われたのだろう、少し離れたところで一人ぼっちだ。


「なんてことなの!なんてことなのぉ!?」


護衛達よ、見ろ。

結局キミ達のお嬢様が一人戦場に残されているぞ。


それでも流石ヴュルテンベルク辺境伯家の嫡女である。

オリアーヌは一人でも懸命に魔物に立ち向かい、少しずつ近づいて来た。

そこで私は再びアロイーズを投入するが何とかオリアーヌは耐える。

矢張り身近過ぎると耐性があるな。

アロの変なポーズは後ろから見てるとただ可愛いだけだったし。


「…ラン兄様」

「任せておけ」


そうして勝負は決した。

ギランお兄様の変顔でオリアーヌが笑い崩れた事で、全員が捕虜となる初回がやっと終わった。

長い戦いであった。


一回戦でもう既に疲労困憊になっている人も居たが、私はまだ人間側をやっていないとのことで二回戦目を強請った。

この時、じゃんけんで負けたのは可哀そうに、エタンだった。

先程の雌猫ポーズが皆の脳裏を過ったのであろう。

何もしていないのにエタンを見ただけでもう既に何人かの護衛達は笑い崩れており、最初からぐずぐずな展開が予想された。


しかし此処でまさかのオリアーヌが早々に捕虜となる。

寧ろ、笑い崩れるのではなく、自ら動いて捕まりに行ったのだ。


「これは復讐よ!!!」


一回戦目で皆に笑わされてばかりで屈辱だったのか、そんな事を叫んであれこれ一生懸命ポーズや変顔をするのだが、やはりやり慣れていないからなのだろう、ただただ可愛いだけだった。

その微笑ましさに胸打たれ、皆で捕虜になったのは仕方が無いだろう。


ずっと笑い声が絶えない時間だった。

多分来年はもう皆やってくれないかもしれないが、楽しい夏となった。



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