75:六歳児の餞
「先に行っておくが、こればかりはお前相手でも根に持つ」
「はい」
両親からの取り成しと宥めを受けた子供らは早速翌日時間を作った。
こういうものは長引かせる程良くないと、殆ど喧嘩をした事が無い兄妹でも共通認識として察する事が出来たのはそれこそ愛情深い両親の教育によるものだろう。
声を掛けた私が誘われたお兄様の自室で、彼はソファーに深く座って威厳を示すように両腕を胸の前で組んでいた。
開口一番に告げられた言葉は取り付く島もない様に思えるが、その態度も纏う空気も普段通りの愛しいギランお兄様そのままだったからか、私は返事をしながらも小さく笑う。
それを彼は片眉を上げ、怪訝な顔をしてねめつけていた。
「笑いどころじゃないだろう」
「そうですか?」
「はぁ…難しいな、こういう手合いは」
私に対する怒りも腹立たしさは、確かにギランお兄様の中に未だ残るのだろう。
だがそれを表に出し続ける事に不慣れなのは人柄なのか。
本音を零し、眉間を指先で揉みながら嘆息を零してしまうのだから可愛い人だ。
「まずは私の不躾な真似に対する謝罪をさせてください」
「許す気は無い。形ばかりの謝罪に何の意味がある?」
「その後に続く私の言葉を真に受け止めて頂きたいというただの自分本位です」
「…そう言い切ってしまうのは、お前らしい」
今度はギランお兄様が小さく笑う。
「勝手にグウェンダル様へ話を通した事をお詫び申し上げます」
「そっちか」
「もう一方に関しては、私も弁明は致しません」
「…」
真っ直ぐにカメリヤ色の瞳を見据える。
曇りも、濁りも無く美しいその温かな色味。
愛おしい人の心の優しさを示す、大好きな色だ。
そんな家族を自己保身の為に騙し、傷つけた。
この業は生涯私が背負うべきものだ。
ギランお兄様の疑心が私に向けられ続けようとも、ギレムお兄様の名を安易に借りた事も『記憶』に関して明かせていない部分がある事も告げるつもりは無い。
「弁明が出来る内容ではある、という事か」
「お好きなようにとって頂いて構いません」
賢い人だ。
私の言葉をそう捉えられるだけ、冷静になれているのも流石だろう。
恐らく、彼の中でも何か仮定されているのかもしれない。
それを口にしないのはお互い様だ。
兄妹にだって、家族にだってすら明かせないものがある。
まだ大人の助力が必要な子どもですら抱えるものを持ち得るからこそ、私達はそれを自我と呼び自立と嘯くのだ。
「ただ、私が、私なりに真に家族を愛している事。
これだけは曲げる事無く受け止めて頂きたいです」
「…知っている、分かっている。
だからこそ腹立たしさを覚えるのも、理解出来るな?」
「はい」
愛されていると実感し慈しむ家族が己に不実をした。
その怒りは如何程だろう。
私だって、それこそギランお兄様の比にならない程、怒り狂うと思う。
同時に不甲斐なさと悲しみも抱く。
何故、頼ってくれないのだと。
注いできた愛情が実を結ぶことを望んだ訳じゃないのに、そんな身も蓋も無い事を考えてしまうのだろうかと想像するだけで胸が苦しくなる。
(傍に行きたい)
心を浚うような物悲しさから、身勝手にもお兄様の隣に行きたくなる。
でも今は私の心の裡などよりも彼の心情を慮るべきだ。
凛と背筋を改めて伸ばして堪えたつもりだったが、対座する人にはその空気が分かってしまったのだろうか、また一つギランお兄様が溜息を吐いて己の隣を軽く叩く。
「来たいなら来い」
思った以上に優しい声音に、何故だか私が泣きそうになる。
ぐっと唇を一度噛み締めてから頷きだけを返し、いそいそとその隣に座った。
自然と伸ばされギランお兄様にそっと抱き込まれれば、腕の温かさにおのずと身体は傾ぐ。
「愛情を疑った事は無い。
…だが、理解が及ばぬと声を荒げたのは俺が未熟だったからだ。
家族であろうと俺は俺で、リーシャはリーシャなのだから当然なのにな」
「己の抱くものと同等を求めるのは当たり前でしょう」
「返さないヤツが言うか?それを?」
「言います」
「これだから」
ぐりぐりと頭をお兄様の身体に押し付けて埋める。
より強く抱き込まれる腕の中は心地良い。
大好きな場所。
「だから家族でもぶつかって、言葉や抱擁を交わしていくのでしょう?」
「…本当にお前は口が上手いよな」
「ラン兄様とずっとこうして仲良く在れるように、でしょうね」
「敵わん」
くっと喉の奥で笑う振動が直に伝わる。
温もりと共に私に染み込む、ギランお兄様の香り。
只管に胸を愛しさが満たしその背を抱き締め返す。
「大好きです、ギランお兄様。私達の愛しい人」
「愛しているよリーシャ、俺達の宝」
お兄様が抱いた蟠りが解けた訳じゃない。
何も、解決出来た事は無い。
ただ私はグウェンダル様へ勝手に話を通した事を詫びただけで全ては詳らかにせず、ギランお兄様は未だ私が語らぬ事を許せずに疑念を抱き続けるのだろう。
それでも互いに互いを大事に想うのは変わらない。
それを、良しとしてくれまいか。
腕の中の人を慈しみながらそんな身勝手を押し付け合う。
絵に描いたような、全てを曝け出せる仲ではなくなった事を何処か物悲しむようにそっとお互いの額を寄せ合った。
「だから幸せで在って欲しいのです」
「笑っていて欲しいんだよ、分かるな?」
「背負わせたくない」
「お前一人で泣いて欲しくない」
「平行線ですね」
「全くな」
頬を寄せ合い、再びその身体を抱き締める。
愛おしい人。
陰りも偽りも無い美しさだけで、この愛おしい箱庭は成り立たないと知る。
それでも私達は慈しむ。
そこが、私達の愛おしい世界。
「だが…そう、心から想える家族が居る事が、俺は幸せだよ」
「奇遇ですね、全く私も同じですよ」
愛していると恥じらいも無く口に出来る家族を得た事は何にも代えがたい幸福。
前世が在っても無くても私はきっと今に感謝しただろう。
だって、完璧じゃなくてもこんなに愛おしい存在は他に無い。
寧ろこんなに家族にばかり愛情を傾けていて、ギランお兄様も私も他に誰かを愛せるのかちょっぴり不安になってしまう程である。
まぁ家族に対する親愛と夫婦間の愛は別だろうが。
愛情が目に見えずに無制限で助かったと心底思う。
こうして私とギランお兄様の仲が、以前と少しだけ変わった。
相変わらず仲良しだしイチャイチャも通常運行のつもりだったのは私だけだったのか、意外な人が私達の内面の変化に気付いた。
「兄君と何かあったのか?」
随分直球で聞くじゃあないか、王子殿下よ。
グウェンダル様と手合わせするギランお兄様を遠目に、そっと耳打ちされた言葉に私は少し驚きつつも彼の美しい黄金を見つめ返すに留めた。
取り繕いの上手い彼らしくもなく何処か居心地悪そうな面持ちをする姿は、「王子殿下」ではなく、遊びに来た「八歳児のクロヴィスくん」として私には映った。
しかしそれを指摘する訳も無く、王子殿下へ向けた言葉を返す。
「何か、とは?御気に障る点が御座いましたら失礼を」
「別に不都合とかでは…無いが」
「お心穏やかにお過ごし頂けるよう心配りが至らず、申し訳御座いません」
「そうじゃなくて」
私が言葉を重ねれば重ねる程、クロヴィスくんは表情を曇らせる。
心苦しいが、彼にそれ以上私が言える言葉も無いのだ。
寧ろ一家の内情に首を突っ込もうとしているのならそれこそ不躾なのは彼の方。
それくらい、弁えているであろう彼にしては珍しい不手際だ。
「…そうじゃ、なくて」
「…」
分かりやすいくらい声も肩も萎ませた彼に、傍らに控えていたイザイエ様もユーデス様も苦笑を浮かべているものの口を出す事はしなかった。
そんなお二人の様子を見てから、私は改めて口を開く。
「ところで視察の方は順調ですか?
最近は全く私のところに進捗が降りてこないのです」
「ん?ああ…それは滞りなく」
「それは重畳ですね」
でなければ困る。
もう視察団はほぼ二か月はストラスに滞在しているんだ。
正直、見るものが少ない我が領地では目的の視察もすぐに終わった事だろうに。
だから私のところまで最近の動きが降りてこないのだ。
「予定より伸びているご様子に当初は心配しましたが」
「心中察するに余りあるな」
苦笑と共にそう零したのはユーデス様だった。
「しかしお陰で皆さまの御力添えを賜れました」
「そう言ってくれるなら嬉しい」
「後はリーシャ嬢達の晴れ舞台を見れば、かな」
今度はユーデス様に加え、イザイエ様も頷きながら言葉を添える。
その様子を見れば成程、やはり予定が当初より随分延長されているようだと私でなくとも察する事が出来よう。
なんせ当初に聞いていた予定は長くても一か月程である。
実際はその倍以上になっているのだ。
子どもと謂えども彼等は高位貴族の子息達。
随行する官吏などもそう暇では無かろうに、大丈夫なのだろうか。
寧ろ、視察を終えた後の避暑を今年はストラス領で楽しんでいるだけに見える。
まぁ此処なら五月蠅い貴族が周りに居ないし自然は豊かで長閑だし、と、遊びたい盛りのクロヴィス殿下にとっては居心地のいい場所でもあるのだろう。
しかしそれが赦される立場では無いのも事実。
恐らくこれだけ伸びたのは視察隊の要望というよりは殿下の意だろう。
当初は時折視察隊に同行し、方々で興味深そうに話を聞いていたユーデス様やイザイエ様だが、ここ数週間はすっかり殿下に付きっ切りなのが証拠である。
親友二人と謂えども彼等も公爵家の子息らだ。
それを何とか言い包めて実際に滞在を伸ばせる殿下は流石であるが、少し我儘が過ぎるように思えるのは私だけだろうか。
まぁ、彼等の言う通り武術大会を区切りとして愈々終わりとなるのだろう。
我が邸でも送別の夜会準備が始まっている。
ギランお兄様など、武術大会に参加するだけでなくその準備にも忙しいのに、更に夜会の差配についても学ばれているので毎日大変そうだ。
その合間を縫ってグウェンダル様と身体を動かす時間は掛け替えの無いものであるからこそ、妹の私も大人しく見守っていられるのだが。
そうでなければ折角ギランお兄様と過ごせる時間を人に譲るなどしない。
(グウェンダル様も、王都に戻られてしまう)
私が巻き込んでしまったグウェンダル様もギランお兄様とお話をしたようだ。
その内容がどのようなものだったのかは聞かされていない。
だが、彼等もまた私と同様に、傍から見れば以前と同様の仲である。
今も楽しそうに互いの剣術について意見を交わしている。
「僕も教え子の立派な姿は是非見納めたい」
ふと意識を引き戻すような言葉に、私も笑顔を添えてイザイエ様を見上げた。
三日経とうが見飽きない相変わらずの麗しい御相貌である。眩しい。
「御慈悲に恥じないものを奉納出来るよう、努めますね」
「結局当日までの楽しみにされるとは思わなかった」
「練習姿など殿下に御見せ出来ませんもの」
何度かその場で少し見せろと促されたものの頑として見せなかった。
誰が王族に練習中の舞など見せられようか。
イザイエ様は、まぁ畏れ多くも講師役として指導してくれたから良いが。
「衣装も皆が心を込めて繕ってくれました。
私でも中々それらしく見える品なのですよ」
「それは期待値が上がるな」
「残念だな、私だけ二人の艶姿が見れないのか」
ポツリと零したユーデス様の言葉に幼馴染の二人が目を瞬かせる。
彼までも心待ちにしてくれるのが、お世辞でも嬉しくて私がくすくすと笑み零れれば二人の視線は再び私に戻された。
「ではユーデス様には少しだけ、特別に見せましょうか?」
「うん?」
「少しばかり、御手に触れても?」
「構わないが…」
許可を頂いた上で、手入れされた彼の指先を軽く持ち上げ舞の動きをする。
流石に大きくは動けないがこういう流れで腕を動かすのだと語りつつ、旋律を鼻歌で刻みながらゆらゆらと遊ぶのは中々に楽しい。
最初は戸惑っていたユーデス様の表情も少しずつ、仕方が無い子どもに付き合わされてやろうとばかりに笑みを浮かべてくれていた。
「見えました?」
「ああ」
「これを、妖精と見間違うような可憐な私が踊るのです」
そんな冗談を零せば、失礼にも三人揃って肩を揺らして笑う。
「ユーデスには妖精も可憐も伝わらないだろうに」
「それでも想像は出来ますでしょう?ねぇ」
「妖精の爪は小さく指先は温かい。その歌声こそ可憐と呼ぶのだろうな」
「ほら殿下、ユーデス様には伝わっておりますよ」
「とんでもない刷り込みだ」
「ユーデス、キミが握る手は実は僕の手だよ」
「何だと」
揶揄うイザイエ様に、私の手を玩んでいたユーデス様が弾かれたように顔を上げて声のする方に険しい顔を向ける。
それがまた可笑しくて私も笑った。
「イザイエ様の御手も白魚のようにしなやかですものね」
「だがこの柔らかさは違う、それくらいは分かるぞ」
「それよりさっきからユーデスお前、触り過ぎでは無いか?
リーシャ嬢じゃなければ怒られるぞ」
「確かに」
殿下の言葉にユーデス様も頷きつつ動きを止めて私を見る。
が、いつの間にか握り返されていた私の指先は手離されなかった。
「私から許可を願いましたから構いませんけど、御嫌ではありませんでしたか?」
「成程、私もキミに許可を求めるべきだったか」
「そうじゃないだろう」
「ユーデスってホント変なところでズレてるよね」
「だが淑女に不用意に触れるべきではないだろう?」
「そりゃそうだけど、そういう意味じゃないっていうか」
「ふむ、勘違いさせるというヤツか?
リーシャ嬢は勘違いをしたのだろうか?」
「ふふふふ、しても良いのです?」
揶揄いを多大に含んだ私の言葉にユーデス様がそっと手を離した。
それが彼の答えだ。
「先程のキミの問い掛けは、『離せ』という意味だったか」
「私の意志表示はもっとはっきりしていますが?」
「やはり恋の駆け引きとは私には難しいもののようだ、なぁヴィー」
「私に聞かないでくれるかな?」
「ははは、その辺りはグウェンにでもご教授願おう」
大人びているが、まだまだ公子達も十に満たない子どもだ。
社交場に出る間際のイザイエ様などは既に女心なども分かっていそうだが、敢えて此処で他の人に話題を擦り付けるのだから御人が悪い。
グウェンダル様はこうやって三人に王宮でも弄られ慕われているのだろう。
「やっぱりグウェンダル様は淑女に人気ですか」
「リーシャ嬢も立派な淑女だね、そういう話が好きかい」
「ギランお兄様への余波を懸念しております」
「ははは!そっちか!」
「大丈夫だよ、既に彼の躱しは一流だから」
「そ、そんなに…」
腹を抱える程笑う殿下を他所に、さらりと呟かれたイザイエ様の高評に若干慄く。
十三歳でそんな目で見られてしまうグウェンダル様は青年期大丈夫なのだろうか。
確かにカッコイイし、公子達よりは爵位も程よいから人気が高いのは分かる。
そんな彼の隣にギランお兄様が並んだのなら余計凄そうなのだが。
ギランお兄様だってカッコいいし何より魅力的だし優しいし可愛いしで、淑女の愛しいを大爆発させる素質をお持ちなのだから不安しかない。
「やはり私も王都に…」
「え?」
「リーシャ嬢も王都に来るのか?」
眼を見開く殿下の隣でユーデス様も小首を傾げる。
仲良しな彼等の事だ、私が何度も王都に行くのは十年後だと語った話も知っているのだろう。
「ああ、いえ。
ギランお兄様の進学時期に合わせて王都で過ごそうかと話しをしていまして」
「となると三年後か」
「リーシャ嬢の誕生月は?」
「春ですね。なので新年の社交も一度は参加出来るでしょうし」
イザイエ様は私の回答を聞き、吟味するように静かに頷いた。
「成程ね、良い案じゃないか?
兄君の卒業と同時に領地に戻るのなら王都の社交は短めだが」
「そんな事も無いだろう、十歳になったら王宮に呼べば」
「新年の宴に出ていない十歳児だぞ」
殿下の言葉尻を即座にユーデス様が突っ込んでくれた。
有難い事だ、本当に止めてくださって助かります。
誰が貴族として新年の挨拶もしていないのに王宮へ遊びに行くというのだ。
そういうのが赦されるのは新年以外でも王族へ挨拶が行える高位貴族だけであって、我が家のような田舎貴族には無茶振りと言うヤツなのである。
「十年よりは随分短縮されるというのに、殿下は御不満なのですか」
「そりゃ、早いに越した事は無いが」
「変化が無いのも面白味がありませんから急いで成長しないといけませんね」
「そこで面白味を考えるのが、リーシャ嬢だよねぇ」
「私としては妖精のままで居て欲しいが」
「あら、ユーデス様ったら嬉しい御言葉を」
十歳にもなれば、残念ながら幼児の手ではなくなるだろう。
だがしっかりとその感触は妖精として彼の中に記憶されたのであれば私の擦り込みは成功したと言っても良いのではあるまいか。
何の役に立つかは分からんが。
「十歳になってもイザイエ様こそ妖精のようでしょうね」
「そう評価されて喜べる性格ではないんだけど、まぁそうだろう」
「ふふ、楽しみです。一足先に十歳の世界を見てきてくださいね」
「恐らくリーシャ嬢が思っている以上に阿鼻叫喚だよ」
「淑女の喜びの悲鳴?」
「ふっ、だろうな」
イザイエ様へ向けた私の返答にユーデス様が笑う。
殿下は嫌そうに隣で何も言わず微笑む美貌の貴公子を見上げていた。
「此処暫くは毎年続くだろうな、そういうのが」
「私の年は静かだと思うが」
「そう思ってるいるのはお前だけだぞユーデス」
「それにホラ、キミが参加する新年明けの社交には例の天使達も出るだろう?」
「ああそういえば」
天使達とは誰の事を指しているのかと目を瞬かせる私に気付いたクロヴィス殿下が口を開く。
「去年の子供部屋」
「…ああ」
成程、ヴュルテンベルク辺境伯家の双子様か。
確かに彼等が社交場に現れるとなればその美しさに悲鳴が止まらないだろう。
「ん?という事はユーデス様は学院で私と同じ春に進学を?」
「いや、特例で一年早く入るつもりだ」
「そのような特例もあるのですか」
「だったらいっそ私と同じ年にすれば良いのに」
「それは嫌だ」
特例とユーデス様は言ったが、一年ずつ王子殿下を学院内で補佐する為だろうか。
幼馴染だからまだ気安いものの公爵令息という立場も大変である。
「では私とは一年だけですか、寂しいです」
「ならリーシャ嬢も試験を受けるか?」
「まぁ同じ王都内にいらっしゃると思えば」
「そうだな」
王子殿下の悪戯な視線にすぐさま淑女の笑みを返した。
誰が飛び級試験など受けるか。
私はのびのびと学院生活を送らせてもらうぞ。
ユーデス様もそんな私の意を汲んでしみじみと頷いていた。
「狡いじゃないか、ユーデスだけリーシャ嬢と学院が被るのは」
「王子殿下が留年するのか?」
「それでも僕等はヴィーを見捨てはしないけどさ」
「これ見よがしに使えない手を挙げるな」
本当に彼等は仲良しである。
阿吽の呼吸で王子殿下を弄りながら窘めるのは最早芸術的でさえある。
こうした彼等のやり取りを眺めるのもあと少しか、と思うと寂しくもあった。
抱いた仄かな愛着を薄めるかのような快晴が広がる空の下。
私は、森の精霊を模した緑を基調とした裾の長い舞踊着に身を包んで、薄暗い袖浦から舞台へと踏み出す。
仮面越しに見上げた先には、凛々しい赤の衣服を纏う愛しい人。
「行くぞ、リーシャ」
「はい!」
私達の声を掻き消さんばかりに燦々と降り注ぐは、夏の日差しと喝采。
我等が此処に在る事を、その喜びを今示そう。
それが私達からの餞。




