73:六歳児の戮力
初夏からストラス領に滞在をしている、視察隊殿下御一行。
その同伴者には殿下の幼馴染であるユーデス様やイザイエ様だけでなく、近衛見習いについたばかりのグウェンダル・ボルドー侯爵令息の姿があった。
彼はユーデス様達の策略によるギランお兄様篭絡の手であると同時に、どうやら彼も私と同じ『記憶』を有しているらしい。
その点を王子殿下達に話しているかどうかは不明だ。
しかし、もしそうであればこんな暢気な空気では無いだろう。
ストラス領都付近で雪崩が起きただけで態々慰労へ足を運んでくれるような御人が、一家惨殺の未来を憂わぬ訳がないと私は信じたい。
しかも少しだけ交わした会話を思い返せば、恐らく彼の『記憶』の中にも私と同じように今は亡きギレムお兄様の姿があるようだった。
だからこそ初日、私の探し人の話になった時に驚いたのだろう。
年齢は『記憶』とは違えど外見的特徴は、まんまギレムお兄様だ。
となれば彼もまた、『記憶』と今の差異に思うところがあるのだろう。
(本当に…ギレムお兄様は何処にいらっしゃるのだろうか…)
私達一家が襲撃される理由に辿り着き、原因を今猶一人で排除しているのか。
それとも全ては私の空想で、ギレムお兄様は未来も今も存在しないのだろうか。
涼やかな夜、レム兄様の身体を抱き締めながら一人ベッドでそんな事を考えては嘆息を零すを繰り返した。
(グウェンダル様とも相談をしたい。
もしギレムお兄様が一人で居るなら早く逢いたい。
家族に逢えないなんてそんな縛り、『逆巻きの聖者』には無かったし)
説話の中で過去の家族に再会した描写などは無かった。
だが、過去にも出会った人物、説話の中では商家の人間などに聖者は何食わぬ顔で再会を果たしているのだから恐らく、会おうと思えば会える筈。
(どうしてギレムお兄様は私達のところに来てくれないのか)
己の思考から脱却できないまま、ぐるぐると思考は巡る。
過る凄惨な光景に強く瞼を閉じて顔をレム兄様の温かな身体に埋めた。
(もう嫌だ…あんな未来、二度と起きて欲しくない…)
目尻から涙が落ちそうになった時にふと、思考が何かに引っ掛かり眼を開く。
暗がりの中でぼんやりとレム兄様の身体の輪郭が見えた。
段々と、それこそ目が薄闇に慣れるかの如く、考えが形を成していく。
(待って、私が『記憶』しているのは、私以外の家族が亡くなる未来。
グウェンダル様は何と仰った?『キミ達』を喪いたくないと…。
彼が覚えている『記憶』では、私も死んでいるの?)
ぞわりと悪寒が全身に走る。
この違和感は、何だ。
(待って、そもそもギレムお兄様は私達の『記憶』の中では襲撃で…。
なら何時ギレムお兄様は事件の原因を知り得て、過去に戻る事が出来たの?)
それこそ襲撃を受けている時だろうか。
そんなに分かりやすい手の者が私達を襲ったというのか。
しかし賢いギレムお兄様の事だ、過去に戻れば真実に辿りつける気もする。
(ギレム兄様は、実は生き残っていた?ああ、分からない)
もうどれが真実なのか、あんなに鮮明に覚えていた『記憶』が曖昧になる。
(確かに私があの後に殺されたのならグウェンダル様の言う事も事実。
でも、もし…前世でよく見たような…ループする、展開、なら)
「ぅッ」
込み上げる吐き気に思わず口元を両手で押さえた。
胃が痙攣し、咥内に凄まじい味と鼻を抜ける臭気を必死に呑みこみ堪える。
急に動いた私に驚いたのか、レム兄様が頭を擡げ、心配そうにその鼻を何度も私の顔に擦り付けてくれる。
ぽろぽろと生理的な涙が零れるが何とか耐え忍んだ後、彼を一度抱き締めた私は起き上がってベッドサイドに置かれた水差しから一杯の水をゆっくりと嚥下する。
(最悪だ、最低だ、なんだこれは、幸福の帳尻合わせの地獄か?)
これ程幸福で温かな家庭に生まれたのは、全て後に控える惨劇の為か。
『記憶』の中の家族への愛しさは今と何も変わらない。
つまり『記憶』も今も、私は家族を愛し、そして喪うように設定されているか。
何度それは繰り返された?
『記憶』の中の私もまた、同じく未来に苛まされたのか?
(考えたくない、そんな人生だなんて)
愛して、喪って、また愛して喪う。
狂ってしまう。
そんなの、記憶に残されない方がまだましだ。
弱い私の心がそう叫ぶ。
(それでも共に居て、愛せずにはいられない)
温かな人、私の大事な家族。
共に笑い合い、悩んで、怒られて、愛されて。
彼等を愛さずにどうしてこの世界を生きられよう。
「クゥン…」
「…レム、兄様」
ベッドから降りたレム兄様がいつの間にか涙する私に寄り添う。
その愛おしい温もりに触れ、抱き締める。
獣の匂い、香しく愛おしい私の家族。
「だめね、独りであれこれ考えると碌な答えが出て来ない」
涙を袖で拭い強気に笑う。
お母様だって言ったじゃないか、一人で解決しようと思うなと。
だからこそ私は家族に『記憶』を打ち明けたのだ。
幸いにも、また新たな協力者としてグウェンダル様と出会えた。
(繰り返しの可能性は、グウェンダル様だけに伝えるべきだ)
ギランお兄様に話せば何故それに至ったのかを語らなければならない。
ギレムお兄様の生存の可能性、『逆巻きの聖者』のお話。
どれも不確定事項だが、我が家族にとっては心を綯い交ぜにする話題である。
加え、それが差異を伴い幾度も繰り返されているなど聞けば正気でいられない。
大切な人達を狂わせたくなど無い。
家族は、私が護る。
考え出すとそれに固執してしまうのは私の悪い癖だ。
都合よく楽しい事や幸せな時間でお気楽に忘れられれば良いのだが、生憎私にとってその瞬間とは家族と過ごす時間だけであり、ここ日中は殿下達と過ごすのが多く正直やや心苦しい。
グウェンダル様と話す時間も中々持てなかった。
護身術訓練は引き続き行われるのだが、お兄様が必ず立ち会った。
どうやらギランお兄様は私と年齢の近い殿下達よりも、己の兄ポジションを脅かしそうなグウェンダル様を警戒しているようだ。
なにそれ可愛いである。
私の愛しいお兄様はギランお兄様とレム兄様だけですよ!
しかしこうなると増々グウェンダル様と相談する時間が取れない。
如何したものだろうか、と悩む私は天啓を得る。
(そうだ、グウェンダル様に恋をした風を装おう)
流石に王子殿下や公爵家の御子息には爵位差を考えると無理があるが、侯爵家ならばどうにかすれば端に引っ掛かれる程度の希望は見える。
といっても、侯爵家も伯爵家もピンキリな上、ボルドー家は中でも名家だ。
正直なところ我が田舎のストラス家では勝負に行くだけ無駄なところだが、今こうして子息同士も仲が良い事を鑑み、今流行りの恋愛結婚も後押しとなればワンチャンあろう。
(さて周囲を誤魔化す理由はそのくらいとして、後はそれなりの演技か)
果たして恋愛する自分の姿とは一体どのようなものになるのか。
自分の事なのに想像が全く付かないとはこれ如何に?
少なくとも、ギランお兄様へのべたべたいちゃいちゃを流用するのは、それこそ兄ポジションが移ったものだと誤解され得るので却下である。
(となれば、やはりそれなりに淑女らしくかなぁ)
思い立ったら即実行、これが私である。
まずは目が合った時に都度はにかみを浮かべて見せた。
一方、グウェンダル様は怪訝な顔を返して来る。
やめろ笑ってしまうだろう。
それを誤魔化すように、そっと恥じらうフリで目を逸らす。
(あとはそうだな、グウェンダル様と話しを合わせる口実作りか)
という訳で興味も無かった栄養学に手を伸ばした。
身体づくりは騎士の妻が押さえておくべき内助の功であろう。
しかしこれはどうやら今世では違うようだったが、グウェンダル様もギランお兄様も興味深そうに話を聞いてくれたのでまぁ結果オーライである。
「リーシャ嬢は料理人にでもなりたいのか?」
「健康は万人にとって、変えがたい幸せですよ」
「まぁそうだが…」
殿下達はあまり興味が沸かない話題だったのも良い。
キミ達の為に覚えた訳じゃないからな。
ゆくゆくはこの知識はギランお兄様のお嫁さんにも託そう。
どうか私の愛しいラン兄様を末永く健康に慈しんで下さい、よろしく頼むよ。
これを根気よく続けて一週間程だろうか。
まさかの角度から声を掛けられた。
「リーシャ、貴女一体何を企んでいるの」
お母様である。
何故バレた。
お母様は殿下達が私達兄妹と過ごす時間を共にしていない筈なのに。
ギランお兄様が何か察したのか、それともマノンか。
しまったな、マノンに話を通しておくのをすっかり失念していた。
「ギランがボルドー侯爵令息にリーシャが気が在るようだなんて言うから妙だと思ったのですよ」
お母様はエスパーか何かか?
私の考えを読んだかのような御返答を頂いた。
そうですか、ギランお兄様は見事に騙せておりましたか。
しかし妙とはこれ如何に?
可愛い愛娘が顔の良い子息に恋するくらい普通だろうよ。
「だって貴方は次男以下と恋をするのでしょう?」
「…」
「ネウストラ公爵子息が相手の方がまだ信憑性があります」
何故そこでユーデス様が出てくるかな。
彼こそ嫡流ど真ん中じゃないか。
小首を傾げる私をお母様が呆れた顔で見やる。
「まぁ良いです。
それで?何を企んでいるのかお話なさい」
「企んでいるなど人聞きの悪い」
「ギランとリーシャの間で情報共有がされていないのなら、それは充分人に言えぬ企みでしょうに。せめてお母様には教えなさい」
参ったなぁ。
確かに兄妹間で言えない、性差を含んだ事であれば猶更お母様が相談相手だ。
ギランお兄様は見事に私の策に嵌ってくれたが、助言を求める相手を間違えない辺りが流石である。
仕方が無い、此処は話すしか無かろう。
「…グウェンダル様に、王都の情報を定期で頂きたくて」
「それならギランを通せば良いでしょう」
そうさな、ギランお兄様とグウェンダル様は仲良しだもんな。
きっと彼が王都に戻られても文通などをするだろう。
学院入学も視野に入れれば、それこそお兄様にとって掛け替えの無い縁だ。
だから私は其処を理由に凌ぐ。
「お二人の仲だからこそです、お母様。
グウェンダル様はギランお兄様にとって掛け替えの無い友となります。
ラン兄様に引け目なく今後もグウェンダル様と交遊を持って欲しいから、仕方が無い友人の妹として頼みたいと考えているのです」
「リーシャ、貴女がギランを慮るのは分かります。
でもそれすら出来ない関係ならそれまででしょうに」
「確かにお二人は時間を感じさせない友情をお持ちです。
しかし殿下らが御戻りになれば、グウェンダル様も王都へ戻られます。
離れている時間が心をどう変えるかなど私達に想像出来るものではありません」
「それこそギランの交遊です、貴女が差し出口をするものではありませんよ」
ぐぅ、お母様のド正論が刺さるぜ。
「でも我が家が集められる情報は何時もお母様頼り。
今後、私も助力出来るとは言え、やはり王都までは届きません」
「…それは、そうですが」
「殿下や公爵子息には到底ご相談出来ぬ内容でしょう。
でも侯爵子息なら、いえ、ギランお兄様の友人という枠ならば、私宛ではなくともお兄様に送る文に少しばかりの情報を混ぜる事も出来る筈」
「はぁ…その辺りはギランの意志を優先させなさい」
「っ!ありがとうご存じます!」
よぉっし!!針の穴程度の隙間だが、何とか要望を捻じ込めたぞ!
「ではこの話をギランにもして、二人でボルドー侯爵令息にご相談なさい」
「それではギランお兄様の意志で私の考えは棄却されましょう」
「やけに弱気ですね、そこは貴女の腕の見せ所でしょう?」
「ただでさえギランお兄様が私の恋心を誤解している事をお忘れですか?」
「…ああ、まぁ、それもありましたね…」
「身から出た錆ですが、交渉の機会は平等に賜りたいです」
下手したら私は話もさせずに追い出されるかもしれない。
ギランお兄様が私を大好きなばっかりに!大好きなばっかりにね!!
普段は喜び勇んでその通りにするが、こればかりは譲れない。
そもそも私はグウェンダル様と密談する機会を得るのが目的である。
「仕方がありませんね、お声掛けしてみましょう」
もうお母様に此処まで譲歩させれば大勝利であろう!
グウェンダル様は私に感謝するべきである!!
キミが頼りないから!私がこうして試行錯誤して場を作ったのだぞ!
さぁ全部知っている事を吐いてもらうし、何なら私の困りごとも聞いてもらう!
覚悟せよ!!!
そうして勇んで参加した席で思わず此処までの苦労を一息で語れば、グウェンダル様は腹を抱えて笑っていらっしゃった。
「あは、ははは、だからあんな、あんなはにかんでたの?
会話も俺好みに?頑張って考えた、結果が、アレ?健気すぎるよ」
「そうした私の献身あっての場ですからね」
「うんうん、本当ありがとう。
いやぁランが見張り始めた時はどうしたものかと途方に暮れたからさ」
「本当グウェンダル様は迂闊ですね。
そんなんじゃ将来女性に付け込まれますよ?」
「肝に銘じておくよ」
顔が良いのに迂闊とは生き辛い御人である。
もうちょっと己の身の価値を知り、危機感を抱くべきである。
「それで早速本題に入るけれど、俺が覚えている『記憶』は…、『十九歳の時にストラス一家惨殺事件が起きる』って事だ」
「惨殺の詳細は?犯人は?」
「分からない、ただ、親友二人とその妹、キミも喪った痛みを覚えている」
「親友二人…ギランお兄様と、ギレムお兄様ですね」
口にした事により『記憶』が脳裏を過るのか、先程の笑顔が嘘のように辛そうな表情をしたグウェンダル様が己の額をゆっくりと摩る。
「そう。確かにストラス家には双子の子息が居た、これは事実だろう?」
「ええ、五歳の時にギレムお兄様は神の御許へ旅立たれましたが」
「俺も王都で調べてそれを知って、妙だなって思ったんだ」
「グウェンダル様が思い出したのは何時頃ですか」
「五歳の冬」
五歳、季節は違えど私と同年齢で『記憶』が蘇ったのか。
それこそ五歳とは、ギレムお兄様が亡くなった年でもある。
切欠は年齢なのか、それとも別か。
「私も五歳の夏、殿下にご挨拶している時に」
「そう、だったんだ…五歳、かぁ…辛かっただろう」
「でもすぐにギランお兄様や家族を確認出来ましたから。
グウェンダル様こそ、お辛かったでしょうに」
「うん…まぁね…でも五歳だから多少の癇癪は見逃されるし」
「それでも誰かに相談出来る話では無いでしょう」
「うん、だから、今が凄い、不思議」
じっとミッドナイトブルーの瞳が私を見据える。
やっと重荷を分かち合える人と出会える心地は、一入の安堵だろう。
「私は家族にも『記憶』について話してあります」
「それは…ランも知っているって、こと?」
「ただ、私が十二歳の冬に一家を惨劇が襲うという事だけです。
『記憶』の中にギレムお兄様が居た事は伏せています」
「そうだよね…亡きギレムが生きていて、悲劇に見舞われる記憶なんて酷過ぎる」
「この『記憶』と現状の差異についてはグウェンダル様はどうお考えを?」
「サッパリ。寧ろギレムはただ、何かあって邸内に隠されているのかと」
「我が家はそんな闇を抱えておりません」
どんな家だそんなの。
表向きは亡くした事にして、実際は生き延びているなんて。
やべぇ匂いしかしないじゃないか。
「加えてお伺いしたいのですが、グウェンダル様の『記憶』の中で私は?」
「リーシャちゃん?え、何それどういう事?
キミもランとレムと一緒に邸内で…何か、違うの?」
「私の『記憶』には燃える邸の外観映像があります」
「…それ、つまり…キミは生き延びて、いた?」
「グウェンダル様のお話を聞く限り、そこも差異ですね」
「………うん、やっぱり、どう思い返してもキミも邸内で焼死している」
しかも焼死。
矢張り脱出後に私が殺された訳では無さそうだ。
「ここからは家族に話していない私の推測となります」
「…いいの?それ、俺に話して」
「幼い時に惨劇の『記憶』を見せられ、それでも我が家の力になろうとして下さるグウェンダル様だからこそお話をしたいのですが、…重荷ならこれ以上の無理は申しません」
「違う、そうじゃない、頼って」
思わずといった様子で彼が立ち上がり私の二の腕を掴んだ。
微かに震えているのは、喪失の恐怖が蘇っているからだろうか。
「お願い、力になりたい…もう、『記憶』で感じた無力さは、嫌だ」
「グウェンダル様は…本当にお兄様達と仲が良かったのですね」
「だから託されたと思う程には」
「ふふ、流石レム兄様、正しい人に託しましたね」
「…これって、レムの力なの?」
「分かりません。でもそう私や家族は考えています」
「どういう事?」
腕を掴んだままの手をそっと撫で、落ち着かせる。
ゆっくりと腰を下ろした彼の隣に私は移動して、少しでも安心出来るようにと膝の上で握り締められた手をぽんぽんと撫で宥めた。
「グウェンダル様は『逆巻きの聖者』という説話を御存じですか?」
「聖者の説話…?幾つか知っているけど、あんまり記憶に無いな」
私は掻い摘んで『逆巻きの聖者』のあらすじを伝えた。
そしてギレムお兄様が似たような力で、今に戻っているかもしれない事も。
「…だから、キミはレムを探しているのか、この時代で」
「これも仮定に過ぎません、居るかどうかは定かではありませんし」
「でもレムは確かに魔法の力が強かったけど…聖者と呼ばれる程じゃなかった」
「隠していたとかは?」
「祝福持ちだけど、御印は持っていなかったよ」
「御印?」
「この辺りはイザイエ様が詳しいんだけど、聖者や聖女の認定を受ける程の力を持つ愛し子は必ず身体の何処かに神の御印が出る」
ほうそれは分かりやすい指標だな。
でもそれが常に露出している場所に出ているとは限らない。
それこそ本人には見えない場所かもしれない。
「隠せる場所もあるのだろうけれど、御印は神の所有印、証印とも言い換えられる。
『この人間は神の庇護を受けている、愛し慈しめ』と只人に知らしめるものだよ」
「…何とも、神様らしい」
「この辺りは俺もイザイエ様の受け売りだから」
「ではギレムお兄様はそうではない、と?」
確かに私の『記憶』の中のギレムお兄様も祝福持ちではあった気がするが、御印をお持ちになっていたかどうかは覚えていない。
もしお持ちであればそれこそ覚えていそうな内容だ。
しかし前世の記憶も大事なところが抜け落ちていたりと、余り私の記憶力は当てにならない。
「正直、俺とリーシャちゃんに惨劇の記憶が託された理由は分からない」
「しかもそれぞれが微妙に違う情報ですしね」
「今とも違う状況だけど…起きると思う?」
「そう思って動いております」
「だよね、ごめん愚問だった」
私は頭を振り、改めて隣の人の瞳を見つめる。
「だから頼りにさせてください」
「リーシャちゃん…」
「それに、私達の『記憶』の差異についても思うところがあるのです」
「え?」
「私とグウェンダル様が『記憶』している惨劇は、果たして同じものでしょうか」
「…どう、いう」
「繰り返されている可能性は、ありませんか?」
ガタリと音を立ててグウェンダル様が再び立ち上がる。
私は手を伸ばさず、狼狽えるその瞳をただ見据えた。
言葉に出来ない吐息だけが幾つも彼の唇から落ち、何度も開閉を繰り返す。
そしてやがて力無く膝から力を抜いて、どさりとソファーに座り頭を抱えた。
「惨過ぎる」
彼が零す声は震えていた。
そっとその背を、撫でる事しか私は出来なかった。
「………どうして、キミはそんな事を考えられるんだ」
「さぁ、少なくとも今は『記憶』と大きく違う。それは事実です」
「………………」
「怖気づきましたか」
己が生きる世界を疑ってしまう。
この苦しみも、喪失感も、また再び繰り返されているのだろうかと。
そして私達はまた次の時も同じものを、知らず、味わうのかもしれないと。
「それでもキミは、前を向くんだね」
「家族が愛しいですから」
「…そうか」
グウェンダル様が赤い目元をしたまま、窓の外を見て呟く。
いつの間にか彼に握られた掌。
絡んだ指先が、改めて力強く私の掌を握っていた。




