72:六歳児の一臂
流石に去年程ではないが、殿下御一行は頻繁に我がストラス邸に顔を出した。
まぁ調書や話を聞くべき関係者である文官などもウチで働いているのだ。
当然そうなるのも分かるのだが。
「グウェン、手合わせをしよう」
「いいね、殿下宜しいでしょうか」
「ストラス邸内では態々断る必要は無いよ」
そう鷹揚に返した殿下はレム兄様を撫でながら心地良さそうに笑っていた。
馴染み過ぎでは無いか?
グウェンダル様は矢張りギランお兄様と同い年だった。
当然のように二人はあっと言う間に仲良くなり、それこそ昔からの親友ですが?みたいな距離感で今も我々と共に庭に出て休憩がてらに身体を動かして楽しそうにしていらっしゃる。
ギランお兄様が嬉しそうに楽しんで居るのは、まぁ良い。
でも妹は!!妹は大変寂しいです!!
折角の休憩なのに!お兄様が可愛い妹を構わないとは如何なるものか!
レム兄様まで殿下と仲良しだし!私は!私はどうしろと!!
「そうむくれるなよリーシャ嬢」
「これは一体誰の御知恵ですか」
「ははは、誰だと思う?」
クロヴィス殿下が悪戯な笑みを浮かべ肩を揺らす。
半目で恨めしそうな顔をする私をイザイエ様も苦笑していた。
「本当にリーシャ嬢は賢いねぇ」
「謀られた後に気付いているようではまだまだです」
「向上心が高いな」
ユーデス様が穏やかに微笑み頷いてみせるが、恐らくこの方が王子殿下を唆したのでは無いかと私は推測しているのだ。
全く、悪知恵まで働くとは恐れ入る。
「その向上心もユーデス様の御知恵の前では役立たずですわ」
「ふむ、そこまで分かるものか」
「人選は私がしたぞ」
「でしょうねぇ…ラン兄様を御存じなのは殿下だけですもの」
去年、王子殿下はストラス邸に遊びに来る理由をギランお兄様に会っているとされたが、実際の話し相手はずっと私だった。
それを事実に変える事も容易だが、私がそれを許容しなかった。
たかが一年で私の気持ちが変わる訳がないと見抜いた彼がとった策が、それならギランお兄様にも友人を紹介して私の兄離れを促そうというものであろう。
かつ、建前通りにギランお兄様への接触を容易にする私の代わりとなる人物が配置出来れば成果としては上々であり、情報も彼経由で入るようになる。
殿下は殿下で変わらず私と話す時間も持てるという一石二鳥の案だ。
こんなえげつなく効果面しか考えていないものを考え出すなんて、そりゃユーデス様しかいないだろう。
これを殿下が考え出していたら私はキミを嫌うよ。
まぁ結局実行している時点で腹立たしいの一言に尽きるが。
「キミとの時間が欲しかったんだよ、私は」
「私はギランお兄様との時間を削りたくないと申しましたが」
「まだ言うか」
「そもそもお稽古が進みません」
「ああ、奉納の舞だっけ?」
レム兄様を殿下から取り戻して抱き締めて心を落ち着かせる。
はぁー、レム兄様大好きです。
レム兄様は私を優先してくれますよね?ね?
もうグウェン様とばかり遊んでいるラン兄様なんか放って…放って…ううーっ!!!
「私達が帰った後にも練習しているんだろう」
「それでも時間が足りません」
「どれ、見てやろう、イザイエは舞えるか?」
「聞いたところストラス領の伝承だからねぇ」
彼等が話している奉納の舞は、今年武術大会に参加するギランお兄様を寿ぐのと同時に、冬に起きた雪崩を、神々のお気持ちを鎮めるために行うものだ。
ロテュス教の神話に精通しているイザイエ様は一通りの奉納舞を御存じであるが、私達の練習している舞はどうやらストラス領の伝承を取り入れた別物らしい。
ストラス領には竜討伐の伝説が残されている。
その勇士が森の精霊に祝福を願うシーンを演じて踊るのだ。
勿論勇士役がギランお兄様で、精霊役を私が担当する。
主役であるお兄様は仮面を被らないが、私は精霊役で仮面を被る。
ま、顔を隠したところで領民には私が誰だか丸分かりであるが。
「それにしても興味深いな、あの骨も実物かと見間違う程だし」
「実話だと思うよ、昔はそういう生き物が居た説話も多い」
「リーシャ嬢はどう思う?」
「今に竜が残っていなくて良かったなと」
「ふふ、そしたら領主一家として対応しなければならないからか」
「太刀打ちできる気がしません」
殿下達にも我が家に保存されている竜伝説に関する品々を御覧頂いた。
ユーデス様は目がお見えにならないので、竜骨とされる品の大きさは口頭で説明をさせてもらったのだが、そこから推測できる大きさが恐らくイメージし切れないので他の二人と違い信憑性が無いとお思いだろう。
関連文書についても私が代読したがあまりそそられていないご様子だった。
「まぁ今まさに対応しなければならないのは街道の問題ですがね」
「それも殆ど解消出来ただろうに」
「私の威光のお陰だね」
「ええもう、全くその通りです」
去年からお父様が抱えていた北街道周辺の巡回についてだが、隣領の領主との話がやっと纏まったのだ。
これについては事実、王子殿下の威光が輝いた。
なんせ、連続してストラス領へ王家が訪れたのだ。
こうもなれば通過扱いされた隣領だって滞在を願うために街道整備にも力を注ぎ、協力体制を見せつけたくもなろう。
恐らく帰りにでも顔を出す予定になるのではないだろうか。
殿下御一行には申し訳無いが、よろしくお願いしたいところである。
「流通と情報は表裏一体だ、整える事は早急に手を付けるべきだ」
「ユーデス様がお言葉になさると重みが違いますね」
「流通品の見直しは進んでいるのか」
「雪晒しをした麻織物を」
「ああ、あれは良いな」
雪深いストラスだからこその品だ。
漂白された美しい織物は上流階級にも受けるだろう。
北方領地の中心である、セプタント侯爵領の海運で国外への輸出も狙っている。
他にも領民の器用な手先を生かした木工細工も見つけた。
緻密過ぎて数が出来ないのは難点だが、イザイエ様も気に入る程の神への祈りが込められた掌サイズの祈祷珠は一部では高く評価されるだろう。
なんたってイザイエ様がお持ちだからな。
この世にもインフルエンサーは存在する。
にしても虫眼鏡で見ても訳が分からない程の立体彫刻は凄まじい。
こんな素晴らしい品が領内にあるとは私も知らなかった。
「やはり森が豊かですから木工を推したいのですが」
「貴族受けを考えないと予算回収できないだろう」
「そうなんですよねぇ」
華やかさを求めるなら貴金属だが、生憎産出が無い。
となれば木工でどうにか考えた結果、今試作をお願いしているのが寄木細工だ。
色味の違う木々を組み合わせ圧着して生み出す幾何学模様は矢張り美しい。
先のイザイエ様お気に入りの緻密な木工は一体感を出す為、一種類の木だけを使うものだが、寄木は複数種類を用いる辺りで差別化も出来るだろう。
出来れば目の肥えた御一行が滞在中に試作品が上がって欲しいものだが、時間的に間に合わなさそうだ。
「また始まった。
リーシャ嬢とユーデスが話す内容はそんなものばかりだな」
「ヴィー、我々は視察に来ているんだぞ」
「建前はね」
「…もしかして視察に関する発案もユーデス様が?」
「あれ、そっちは気付いていなかった?」
「私の体裁を整えてくれるのは何時だってユーデスだよ」
なんとまぁ、ユーデス様凄いな。
改めてこの御方の頭の良さに頭が下がる思いだ。
実際、我が領地の抱える問題にも親身になって考えてくれる。
本当この御方は優しく、真面目な御方だ。
「ありがとうございます、ユーデス様」
「…感謝されるような覚えは無いが」
「何、リーシャ嬢もやっぱり私達に会いたかった?」
「すぐそうやって話をすり替える」
「ははは、ごめんごめん」
殿下には半目で胡乱な表情を返すが、ユーデス様を見やれば自然と口元が緩む。
「発案の理由はさておき、事実我等へ助言を下さっておられますもの。
その慈悲にお応えできるように精一杯努めます」
「……聞いたか、ヴィー、お前の口から出た事の無いこれが謙虚と言うものだ」
「私だって言葉にしないだけで何時も感謝しているよ、ユーデス」
「ふ、どうだか。
だが言葉にしてもらうのは、存外嬉しいものなのだな」
「ふふふ」
仲の良い二人を嬉しそうにイザイエ様が微笑み、見守っていた。
何とも微笑ましい幼馴染達である。
「それにリーシャ嬢の声音だからだろうな、耳障りが良い」
「そんな事思ってたの、ユーデス」
「もう代読しなくて良いよ、リーシャ嬢」
「二人よりも断然聞き取りやすいのは音域の問題だろうに」
「ふふっ」
ユーデス様の漏らした感想にイザイエ様が急に笑顔を消す。
これに便乗するように、殿下が私にそう言い宣うのも、勘違いを正す様に言い募るユーデス様も何だか可愛らしくて思わず私も笑み零れた。
「リーシャ!」
「!」
大好きな声に弾かれたように振り返れば、離れた場所で大きく手を振る愛しい笑顔がそこに在る。
私は呼ばれる儘に駆け出して勢いのままにその身体に抱き着いた。
その後を追い掛けるようにレム兄様も私達の周りを駆け回る。
「はは、呼んでないのにレムまで来た」
「だってラン兄様が楽しそうなのですもの!
共に喜びたいのは私もレム兄様も同じ気持ちなのです!」
「良いだろうグウェン」
「はいはい、仲良し兄妹」
「ふふふふふっ」
いちゃいちゃする兄妹を冷めた目で見るグウェンダル様だが、そろそろ家族が恋しくなるだろうよ。
家に帰ったら弟妹をしっかり可愛がるが良い。
「リーシャ嬢は殿下達に囲まれランにも溺愛されて…。
お嫁に行くときが大変だねぇ、目が肥えちゃうでしょ」
「…リーシャ、俺はお前の気持ちを大事にしてやりたいがこればかりは」
頭を優しく撫でるラン兄様が少し悔しそうにそんな事を呟く。
大丈夫ですよ、確かに目の保養だがこの六歳児は立場を分かっております。
「ラン兄様、ラン兄様」
「ん?」
ちょいちょいと袖を引き、ギラン兄様に屈むようおねだりする。
そっとお兄様の耳元に口を寄せ可愛いを全力で絞り出す。
「私が一番大好きでカッコいいと思うのはラン兄様です」
「……」
「わっ!ふふ、ふふふふっ!」
そのままギランお兄様に抱えあげられ、力強く抱き締められる。
私も大好きという気持ちを込めてその首に腕を回した。
あー幸せである。
これが仲良し兄妹の大事なスキンシップです。
「これはランの嫁も苦労するな」
「家族愛と夫婦愛は別物だろう。な?リーシャ」
「ええそうです!グウェンダル様はまだまだお子様ですねぇ」
「言うねぇ」
くつくつと屈託なく笑う彼の表情は、殿下の傍らにある時より幼げだ。
歳相応とも言える。
彼もまた、ストラスでの憩いを見いだせたようで嬉しい限りだ。
ギランお兄様と仲良し関係を是非今後も続けて欲しい。
だが偶にはこうして妹にも譲って頂きたい。
「ところで何か御用でしょうか?」
「ん?ああ、リーシャも少し護身術を学ばせようかと思ってな」
「護身術、ですかぁ」
身体を動かす遊びは好きだが、武術についてはあまり興味が沸かない。
そもそも御令嬢が戦わずに済むように護衛が付けられているのであって、護身術だって最低限を学んだあとは鍛えたりもしないものだろう。
お母様とも魔法の才を伸ばしていく方向で話はついていた筈だが。
「ボルドー家は近衛の家系だからな、護りに関しては流石だぞ」
「ウチの妹にも教えているからね」
「この機会だし、グウェンに指導してもらえ」
「ううーん」
気乗りはしないが、恐らくギランお兄様は『未来』に向けての対策の一環として提案をしてきているのだろう。
まぁ確かに私自身の身を守れるのは生存に繋がるものではあるが。
「それに、指導を理由にすれば俺と一緒に過ごしていても不自然じゃないだろ?」
「成程」
ギランお兄様もギランお兄様で、妹が殿下達とばかり話しているのがやはり面白くなかったご様子でしたかぁ!
ですよね!ですよねーーっ!!
やっぱり仲良し兄妹は友人が出来ても結局優先しちゃうのはお互いですよねぇ!
同じ心を抱いていたと知れて改めて嬉しくなってしまう。
私もギランお兄様と一緒が良いですぅ!
「マジで懐柔したよ、こわ」
「人聞きの悪い。俺だってリーシャと過ごしたいだけだ」
「この兄在って、この妹なの?」
「どうでしょうねぇ」
鶏が先か卵が先か、そんな話だろう。
殿下達と話すのも苦では無いが私は矢張りお兄様っこだ。
悦んでギランお兄様の策に乗ろうでは無いか。
「じゃあまずは基本の構えね」
「はい!」
グウェンダル様が見本を見せるのを真似て私も構える。
重心の置き方、次の動きを意識する事。
目線の配り方と色々と他の事にも流用出来そうな部分から入るのは、流石妹さんにも教えているだけあって分かりやすい。
「そう、相手がこう入ってきたらこっちに手を這わせて」
「関節の可動域を学ぶと良さそうですね」
彼が教えてくれる護身術は矢張り前世で見たそれに近しい。
人間の身体の構造を熟知して崩す考えなども将にそれだ。
ちょっと楽しくなってきた私が次は?とはしゃぐ様子に彼も笑っていたが、のんびり眺めていたギランお兄様が王子殿下達に呼ばれた時だった。
「リーシャちゃん、キミはギレムの事を覚えているの?」
私の腕を背後から絡め捕り囁かれた言葉。
振り返る事も出来ず、息を呑んだ衝動だけで彼も分かるのだろう。
「じゃあキミ達一家が襲撃に遭う事も?」
「……何故、貴方が」
「話せば長くなるし、お互いに気になる点もあるでしょ。
それに…ギレムを探している事はランに話していないの?」
「お察しの通りです」
脈拍が上がる。
心音が馬鹿みたいに大きく聞こえた。
そっとグウェンダル様が腕を解けば、私もゆっくりと振り返りその深い藍色の瞳を見上げる。
私を映し出すその夜闇は哀悼を潜めて細められた。
「まだ出会ったばかりの俺が言うのも何だが、俺はキミ達を失いたくない。
それだけは、どうか信じて欲しい」
「…ありがとう、ございます」
「心を取り出して差し出せれば良いのに」
「言葉は時に不自由ですね」
「本当だよ…だからキミ自身にも身を守れる術を教える、力になる」
「私としてはギランお兄様に王都の情報を流して下さると嬉しいです」
「勿論。何の為に殿下の近衛見習いに上がったと思うの」
もうそこからして彼は考えてくれていたのか。
一体、何時からグウェンダル様は私達の『未来』を知っていたのだろう。
「本当にギレムお兄様にお会いした事は?」
「ない、残念ながら。
正直覚えているのが今よりも成長した姿だから見落としている可能性もあるけど、でもレムの瞳の色はキミと似て特徴的だし忘れないよ」
「そう、ですか」
俯く私をそっと彼の手が慰め撫でる。
「そもそもギレムは、もう」
「グウェン」
厳しめのお兄様の声に私とグウェンダル様が揃って顔を上げた。
視線の先で、ギランお兄様はお声のままむっつりとした表情を浮かべ、大股で私に近づいてこの身体を抱き上げる。
「リーシャはお前にやらんぞ」
「ラン兄様」
「お前はお前の妹を大事にしろ」
「はいはい、麗しい兄妹愛」
その日の庭先の茶席では、私はずっとギランお兄様の膝の上だった。
王子殿下達御一行も一緒なのに何をしてくれているのでしょうかラン兄様。
妹はちょっとどころじゃなく恥ずかしいです。
此処は家族専用のお茶会室ではありませんよ…。
「キミにも恥じらいというものがあったのか」
殿下は笑って水に流してくれたものの、これはお母様に報告案件である。
後でこってり絞られるが良いですよギランお兄様。
レム兄様も呆れ返って我々の足元で丸くなっていた。
私は努めて愛想笑いを浮かべ、グウェンダル様へ視線も送らぬようにした。
さて、彼と続きを話す機会は設けられるのだろうか。




