71:六歳児の再逢
「来ちゃった」
人払いがされた応接室で、どこぞのあざとい彼女面女みたいな言葉を宣う人に私は思わず半目になった。
まぁそれも一瞬だが。
なんせ、この部屋には彼と私だけではない。
去年は話だけで聞いていた輝かしい御二方までもがいらっしゃっているのだ。
さて、どうしてこんな状況になったのか少しお話させてもらおう。
愚痴と取ってもらって構わない。
私が五歳の冬、ストラス領では雪崩が領都付近で発生した。
幸い人的被害は出なかったものの領民の住まう地区が呑みこまれた。
この対応に追われた関係で、本来夏の歓迎への返礼としてお父様は王都で開かれる新年を寿ぐ宴に参加する予定であったのを欠席した。
まぁ代行で、滞在中に王子殿下を持て成したとされているギランお兄様が呼び立てられるかもと内心は不安であったがそれも杞憂に終わった。
何せ雪崩が発生した時期も対応に追われた時期も将に年末年始。
今更出立せよと陛下らが無茶を言わなかったのは、あの賢く人道を理解した王子殿下が止めてくれたのかもしれないが。
だがその代わり報告書の類はしっかり送るようにと指示が出された。
有耶無耶にさせないのは流石というか、厳しさすら感じるものだが、雪崩など他の北方領でも起こり得る災害であるし流用できる対策を報告するのは吝かでない。
警備巡回の変更理由については建前で通すものの、実際に行った対策に関してはしっかりそのまま報告をさせてもらった。
この辺りを纏めるのには私も手伝った。
お陰でベルトランとやたら話すようになったし、気兼ねなくあれこれと頼める仲になったのは嬉しい事である。
なんせ彼は、ギランお兄様の執務補佐筆頭である。
若いのに仕事が出来るだけでなく、人柄の気楽さも大変好ましい人だ。
忙しい彼は自宅に中々戻れず、逢えない三歳の娘さんを恋しがる心を癒したいと、私とギランお兄様のお茶の席に同席する事も屡々である。
だがこんな五歳児に癒されるとは思えない上、大体そんな時に限って他の厄介事を私の元に投げて寄越すので、人の好いただの文官で無い事は確かだ。
ま、どれも領地の為、ギランお兄様の為になる事なので構わないが。
こうして私とベルトランが主導して纏めた報告書は恙無く王都に届けられた。
それに目を通したのが、まさかの宰相閣下だ。
いや、一地方領主の災害対策記録など閣下が目を通す必要なんて無いでしょう。
それこそ部下に任せればいい案件であるのに何故だ。
だがその後の流れを聞いて理由を想像しては納得してしまい、私は一人で頭を抱える事となる。
宰相閣下が直々に目を通したその報告書には、都度発生した問題に対してとった対策について案時点での効果や見通し、概算などもしっかりと乗せただけでなく、特に雪崩の予測範囲と実際被害の差は詳しく記した。
用いた網の種類や設置個所、その場所を選定した理由も勿論記載した。
加え、今後の対策としての防護柵案や区画整備についても、此方はまだ案程度だが方向性を示しておく事が出来たのも良かったのだろう。
中々読み応えがあるしっかりとした報告書は、他の領主にも参考になるべき視点があるとして陛下の御手元にも上げられたらしい。
そうして当然のように報告書はクロヴィス殿下の目にも留まった。
ま、実際は陛下からすぐにクロヴィス殿下に渡っただろうけれど。
七歳児がこんなものを読むのとか全く意味が分からないのだが。
編纂に関わった五歳児が言うのもなんだが。
あれこれと小憎たらしい気持ちも沸くが、優しい彼の事だ。
夏に滞在したストラス領での災害と聞いて心配もしてくれたのだろう。
だからこそ報告書について関心があり、求めたと。
彼の眼に触れるものはそりゃ宰相閣下が事前に確認する。
納得でしかない。
纏めた当初は全く予想していなかった方向に事が大きくなっていく気配に、今年もクロヴィス殿下がストラス領にご滞在される旨や経緯を聞いた私がどんどんと項垂くのが想像出来よう。
気に留めてくれる事は幸甚だが、彼はもう少し己の立場と影響力ってものを考えて行動して欲しい。
いっそ分かってやってるのだろうな。
私とは違う、為政者としての視点で彼は大局を見ているのだろう。
もう訳が分からん、半ばと投げやりな気持ちで初夏に迎えたのはストラス領視察隊御一行様である。
今年は陛下夫妻はおらず、筆頭は八歳になったばかりのクロヴィス殿下だ。
彼は出迎えに私の姿があるのをそれはそれは満足げに頷いていた。
多分、ぶ厚い猫の下で私が恨みがましい顔をしているのを察している。
全く良い性格をされていらっしゃるよ、クロヴィス殿下。
彼が率いた視察隊には研究者や文官は勿論の事だが、驚く事に彼の幼馴染二人の姿まで揃っていた。
顔面偏差値の高さに目が潰れるかと思った。
何だあの美貌、色味、本当に私と同じ人間か?
幻想的なオパラン色の切り揃えた髪を涼やかな風に靡かせ、扇のような睫毛を揺らし瞬く度に輝くラヴァンド色の清廉で美しくも何処か色香の漂う瞳、磁器のように滑らかな肌にそっと置かれた唇の薄紅色も完璧である。
美の極致を垣間見せるこの御人こそ、名高いアンヴァリッド公爵家の三男であるイザイエ・アンヴァリッド公爵子息様だ。
女神も斯くやと嘆息を漏らさんばかりの佇まいである。
いっそ怖気が走る程だ。
こんなのが荘厳な聖堂に立ってみろ、彼を崇める新教がすぐさま出来るぞ。
形姿だけで神の寵愛を感じさせる彼が聖人に列挙されないのであれば、聖人とは如何に壮大で前代未聞の力を持っているのだか。
はぁ王都怖い。
こんな御人が「幼馴染」という俗世の括りに入れられてしまう王都怖い。
私だったら「幼馴染様」と呼ぶわ、畏れ多い。
私が昨年語ったあの何某の方が余程人間味がある。
此処まで人間離れした美は最早触れる事すら躊躇うだろうに。
きっと彼の隣に立つ女性は大変だろうな。
ま、この人を一番間近で見続けられるというのを役得と考えるかどうかか。
イザイエ様の美貌にばかり感想が止まらないが、その傍らで静かに微笑みを浮かべているユーデス様も相当カッコいい御人だった。
上品で明るめなシルバーグレイ、所謂グリ・ダルジャン色の短めの髪。
瞳は閉じててらっしゃったので分からないが、イザイエ様と言いユーデス様と言い、王家に近しいのを感じさせる同系統の髪色をされている。
その三人が揃って並ぶと凄い眩しい。
何ともロイヤリティーが掻き立てられる絵面だ。
しかもそれに加えてクロヴィス殿下の傍に控える、ギランお兄様と同じ年頃の、これまたどちゃくそに顔の良い少年まで加わったら破壊力が凄い。
この世界って乙女ゲームかな?と思う程の圧殺力を感じた。
彼は幼馴染三人衆から一歩引いた様子だが、纏う服は貴族のそれだ。
ちろと目が合った瞬間に引き込まれるミッドナイトブルーの瞳が印象的だった。
ストラス家が雁首揃えて出迎えた後、応接室に一行を通しての挨拶が行われた。
が、私は当然部屋に戻された。
この時ばかりは男性が前に出て対話をするのが当然の世を悦んだとも。
お父様やギランお兄様がどんな内容を殿下らと話したのかは知らないし、これ以上関わるのも正直お断りである。
一応もクソも無いが、クロヴィス殿下達は災害復興の慰労と対策について現地視察及び研修をする為に態々王都から遠いストラス領へ足を運ばれたのである。
概要についてはぶ厚い報告書に書かれているのが全てだ。
今度こそギランお兄様が王子殿下一行らの応対に、お父様と共に付きっ切りになるのだろう。
ただ暫くして、当然のように私が応接室に呼ばれて嫌な予感しかしなかった。
応接室の付近で私を待っていたラン兄様が苦笑して頭を撫でてくれたが、本当はそのままギランお兄様も引き連れて中に入りたくてしょうがなかった。
何故私だけなのでしょうか。
去年、渋らずにギランお兄様も殿下に会わせて居れば、こんな心細い気持ちにならずに済んだのかと考えど後悔先に立たずである。
私の背後に控えるマノンも若干震えている。
嫌だよね、殿下だけならまだしもあの一団との顔合わせは。
ああいうのは遠目に見ているだけで充分なのだ。
私は去年、幼馴染の方々とも知り合いになりたいなど口にした覚えも無いぞ。
重い足取りを叱咤しながら応接室に踏み入れば、趣の違った美しい異性たちの視線が一斉に私達へと注がれる。
(に、逃げ出したい!!!!!!)
こわいよぉギランお兄様!今!今こそ!兄の愛で私を守って!!!
そう切に願い心細さに打ち震えながらも、私は何とかぶ厚い猫を被って微笑みを浮かべる。
その様子に笑いを堪えたクロヴィス殿下の従僕が、私を席に案内してくれた。
懐かしい顔である。
キミは優しいな、主人なんか今にも噴き出しそうなツラしてるのにな。
安心出来る御顔立ちだよ、今なら惚れそうだ。
今日はずっとキミを見ていても良いかな?
そんな私の心情を知ってか知らずか、いや確実に分かった上でクロヴィス殿下は冒頭の一言を対座する私に投げて寄越したのである。
そりゃ一瞬でも半目になろうよ。
「この度は態々ストラスの民の為に御足を運んで頂き感謝申し上げます」
「本音は?」
「本音を問われるとは…私の感恩の低頭が至らぬからでしょうか?
領主一族の末席として、改めてこの身はデュドネ王家への敬服を抱いております」
此処で感謝を王子殿下だけでなく対象を王家としたのは反抗心からだ。
分かって肩を揺らし笑っているのは、そのクロヴィス殿下御本人だけだが。
「あれかな?
リーシャ嬢が頑ななのは私と二人っきりになりたいというおねだりかな?」
「まぁ、夢の中でもと願うだけでも畏れ多い状況ですわ」
「キミの夢になら足を延ばすのも吝かでは無いよ」
「その道のりはきっとストラス領までより遠く厳しいのでしょうね」
「はははははは」
「ふふふふふふ」
一年にも満たない以前の会話を思い起こさせる二人のやり取りに、微笑みを絶やさずにいてくれる従僕さんは良い人だ。
やっぱりこういう人が居心地良いなぁ。
ねぇキミ、私の婿さんになってくれませんか?
他に同席するイザイエ様もユーデス様も、名を知らぬ御方も物珍しそうな面持ちで私とクロヴィス殿下を静かに見守っているばかりだ。
「全く小憎たらしい、会いたかったのは私だけかい?」
「不思議な事を仰るのですね、もしかして本当に私の夢の中に?
でしたらきっと現では覚える事を許されぬ内容であったのでしょうね」
「そこまで警戒する事は無いじゃないか」
「尊き御方に一揖すれど、そのような邪さを抱いた覚えなど御座いません」
「はぁ…妙なところで頑ななのだな。
私の幼馴染達だ、口は堅いよ」
それは殿下に対してはそうかもしれないが、私には違うだろう。
魑魅魍魎が跋扈する王宮で暮らしている彼ならそんな事くらい分かるだろうに、と含みながら淑女らしい笑顔を浮かべて殿下の周囲の人々へとりあえず愛想を撒く。
ウッ誰も彼も顔が良い。
愛想笑いを返されただけでちょっとときめいてしまう。
何だこのアイドル軍団は!まだ子供なのに将来が末恐ろしい!
「…誰かな、リーシャ嬢の好みは」
「何を仰っているのでしょうか?」
「私の時と違う意味で緊張しているのは分かっているよ」
「こうも一同に会された場に私一人では心許ないのをお察し下さるのなら」
「本当、キミは口が達者だよ」
チッ脱出させてくれよぉ。
本当にもうこの空間、心臓に悪い。
「此処にキミの探し人を並べたのならどうなっただろうねぇ」
「彼は別格です」
愛しさしかないわ、既に愛しかないわ。
どんな顔の良い人だろうとギレムお兄様には叶わない。
妹は一直線でそこに突撃するだろうね。
「別格か、いっそ興味深いね。
兄君と同じビスキュイ色の髪に藍玉の瞳をした二十代半ばの人物、だっけ?」
「夢の中で話した事を王子殿下は覚えていらっしゃると?」
ふ、と口元だけで笑う彼の背後。
ローズマダー色の髪をした精悍な面持ちの少年が、目を見開き食い入るように私を見つめていた。
何だその反応は。
まさか、この人ギレムお兄様を知っているのか?
「もしかして彼の方は私の探し人を御存じで?」
「は?」
すかさず私が尋ねるが、クロヴィス殿下も驚いた様子で彼を振り返り見上げる。
視線を集めた先の深夜のような青く深い瞳が困惑で揺れた。
「そうなのか、グウェン」
「いえ、存じ上げません」
「私からの追求は逃れても彼女はどうかな?」
恐々と此方を見下ろす視線に笑顔を返しておく。
そうだね、ちょっとキミからは話を聞いておく必要がありそうだ。
グウェン様とやらよ、覚悟しろ。
「答えは同じですよ、リーシャ嬢」
「それでも思い当たる節はあるご様子でしたが」
「いや、それも…」
「では私が感じた視線は一体どんな意味でしょう?」
如何にも驚愕を含んだものだったのだがなぁ。
さて、どう私を言い負かしてくれるだろうか。
おざなりな追及でも淑女に返す言葉だ、それなりに体裁は取るだろう。
またそこを足掛かりにしてズルズルと本音を引き出してやろうぞ。
「………兄君と、ギラン殿と同じ髪色の男性が好みなのかな、と」
「は?」
言うに事欠いてそんな話題を漏らす少年に今度は私が目を見開く。
いや、ギレムお兄様は確かに最高にかっこよくて素敵で魅力的な優しい御人だけど、恋愛対象では無いのだが。
ああまぁその前の話の流れか。
傍から聞いていればそうとも聞こえてしまうのも可笑しくはない、のか?
何かごっそりと聞く気が失せた。
違うぞと否定するのも馬鹿馬鹿しい。
ちょっと逃げかけた猫をとりあえず捕まえて被るものの、その変化を目の前の男が見逃してくれる訳も無く。
「グウェンダルも四つ下か?妹が居ただろう?」
「ええ、だから一層、それほど仲の良い兄妹なのかと我が家と比べてしまって驚いてしまったというか」
「成程?リーシャ嬢、兄君と結婚出来ないのは御存じかい?」
「愛しく思う心は誰かに構わなければいけないものでしょうか?」
これ見よがしに揶揄いおる。
だから私も便乗するかのように儚げに微笑んで見せた。
はっはー、精々幼子の微笑ましい恋心を詰って遊べば良いよ。
果たしてそれが紳士のする事かはさて置き。
「ははっそう来たか。
グウェン、御令嬢に愛をご教授願え」
「え?いや、私は…」
「見れば貴方様もギランお兄様と年頃は同じでしょう?
ご迷惑なのかしら…こんな幼子に、しかも妹に想いを寄せられるなど…」
「そりゃ自分の妹だと考えれば…」
王子殿下から雑に投げられた話題に、しどろもどろになり過ぎて若干素が出てきてしまっているグウェンダル様が面白い事になりつつある。
このまま彼を弄って時間潰しでもするかな、と私が考えている最中だった。
「そろそろ私達の紹介をしてくれても良いのでは、ヴィー」
穏かな声音で口を開いたのは、微笑みを浮かべて静観していたユーデス様だ。
助かったと言わんばかりにグウェンダル様が肩を落とす。
「そうだね、どうやらヴィーとリーシャ嬢が揃うとグウェンダルが玩具にされてしまうみたいだし」
「人を悪童のように言う」
「キミが気楽に出来る場であるのは違い無いだろうに」
「まぁそうだが」
ユーデス様もイザイエ様も穏やかに笑って王子殿下を窘める。
成程、流石公爵令息達だ。
悪童の宥め方すら上品である。
王宮でもこうなのだろうなと容易に想像出来てしまう。
「改めて私の幼馴染達を紹介しよう、イザイエだ」
「初めましてリーシャ嬢、僕がイザイエ・アンヴァリッドだ。
ヴィーから、クロヴィスからキミの話は良く聞いていたから正直初めてな気がしないんだけれどね」
「ご丁寧にありがとうございます、アンヴァリッド公爵令息様」
「イザイエで構わないよ」
お声すら麗しい。
話の仕方もやはり穏やかで優しく、此方を安堵させるものだ。
こりゃやっぱ宗教出来ちゃうな。
「で、此方がユーデス」
「御紹介に預かったユーデス・ネウストラだ。
報告書も目を通させてもらったのだが、成程、作成にキミも携わっていたのだろうとヴィーが零していた理由が良く分かった」
「兄や文官が賢明に纏めたのです、ネウストラ公爵令息様」
「私もユーデスで構わない。
それで、是非リーシャ嬢に聞こうと思ったのが今後の雪崩対策についてだが」
「待て待てユーデス、まだグウェンの紹介が終わっていないぞ」
「ああ、すまない」
ふむ、ユーデス様は殿下のお話に聞いたイメージ通り学者肌な御方だ。
グウェンダル様が弄られるのを止めたのも、もしかしたら何時までも自分が聞きたい話題にならずに会合が終わりそうなのを焦ってだろうか。
まぁ私はその気だったが。
「私の近衛見習いであるグウェンダルだ」
「グウェンダル・ボルドーと申します、リーシャ嬢」
「まぁ、ボルドー侯爵家の御子息様でしたか」
ボルドー家と言えば代々近衛を輩出する名家だ。
護りの剣術に秀で、その堅実な性格や忠誠心も相俟って名高い。
本当、ギランお兄様と変わらぬ歳なのに見習いに着いているとは、相当に彼は腕や人格が優れているのだろう。
だが先程の迂闊さは頂けないな、その点は教育中だろう。
「終わったか、終わったな。
ではリーシャ嬢に聞きたいのだが、予防策として居住地区との間に掘りを造るというのは果たして対効果としては充当であると考えているのか?」
「最適解ではありませんね。しかし景観を考えると壁を造るのは避けたく」
「降雪があれば結局掘りは埋まるだろう」
「しかし淵に土を盛れば高さは出せますので今回以上に網でも勢いは殺せるかと」
「これに関する実験も行ったのか?」
「いえ、未だ理論値ではあります」
「そういう意味でも優先順位は低くなっていたのか」
「ええ、今回の対策でも充分な効果が出たのは調書の通りですから。
後は網の造りや素材、張る位置などは雪が無い時期でも研究出来ますし」
「多段階で張るのは考えたな、良い案だ」
「ありがとうございます。
ところでネウストラ公爵領と言えば漁業も盛んですよね。
彼等が使う網などは矢張り幾つか種類があるのでしょうか?」
「ああ勿論、獲物の大きさによって素材も編み方も異なる。
実物を幾つか持って来させたから後で見せよう」
「…これが六歳児同士の会話だぞ、グウェン」
「末恐ろしいですね」
「秋になればユーデスは七歳だよ」
「そういう話じゃないぞイザイエ」
結局意図せずユーデス様とあれこれ雪崩対策について話していたらあっと言う間に時間が過ぎ去った。
殿下の話した通り彼は知識が豊富だ。
いやぁ心強過ぎる、一領地に一人ユーデス様が欲しい。
というかこの系統の話は私だけでなく、ギランお兄様やベルトラン、お父様も交えてしっかりとご教授頂くべき話ではなかろうか。
そっとそんな事を零せば彼は勿論だと首を縦に振ってくれた。
わぁい!優しい知識人最高ですね!ありがとうございます!!
「気に喰わないな、リーシャ嬢を素にするのは私だろうに」
「偏にユーデス様の御人柄でしょうね、お優しいもの」
キミみたいに自称しなくともユーデス様は賢くてお優しい。
そう暗に示せば余計殿下は口先を尖らせた。
少しは反省しろよ、人を槍玉にあげて揶揄いやがって。
「私は別に優しくない」
「なら私がそう感じただけですね」
「良いのかそれで」
「良いも何も、御本人がそう仰るのですから」
「ふふ、ヴィーがリーシャ嬢を気に入ったのはそういうところかな」
「なんとも居心地が悪い」
口を挟まないからと放置し過ぎたのか、帰る間際になってクロヴィス王子殿下がこれ見よがしに拗ね始めてしまった。
全く、困った御人だ。
「ですから十年後に、とお伝えしたでしょうに」
「それにしたって放置は無いだろう、放置は」
「十年後にお会いした時こそ、大人になった私を見て殿下に驚いて欲しかったという目論見が泡沫の如く消えてしまったのですよ?おあいこです」
「…………狡く、ないか?」
「成程、殿下はこういう女性の言葉がお好きですか」
真顔で頷く私から彼は視線を外し、控えるグウェンダル様を見上げた。
その耳がちょっと赤いのが可愛い。
「グウェンはどうだ」
「これが妹かと思うと恐ろしいですね」
まさかの兄目線な感想を頂いた。
ギランお兄様だったら生意気な、と呟きながらも可愛がってくれるもん!!
グウェンダル様は!私の!お兄様ではありません!!
「イザイエ様、ユーデス様はどう思います?」
「グウェンダルの感想はお門違いだな」
「そんな事を言うから弄られるんだよ」
「…」
手厳しい御子様たちである。
その様子に私もくすくすと笑い、和やかな空気で会談を終えた。
御一行は去年王家に献上された別荘に滞在をするそうだ。
暫くは、ユーデス様が不自由を為されないように屋敷の造りに慣れてもらうため視察にも出向かれないだろう。
と、思ったがまさかの翌日、そのユーデス様がお一人で我が家を御訪問なさった。
それこそ私がお兄様達にも昨日の話をして欲しい、という願いを叶える為だ。
だからと言って殿下達を置いて来るとは思わず驚いた私は、ご挨拶もそこそこにして直ぐに彼に駆け寄り案内を申し出た。
「不要だよ、と言いたいところだが道中に話がしたい」
「私で宜しければ」
彼の右手にはステッキが常に握られている。
紳士が持つに相応しい洗練されたデザインだが、かつかつと進路を叩くそれは使用目的が異なるのを周囲に知らしめていた。
ユーデス・ネウストラ公爵子息様は生まれつき目がお見えにならない。
唯一の嫡男が抱える障害を、今猶王都では揶揄する声があるそうだ。
その言葉は遠く離れたストラス領に届く程。
だが御本人はこの通りの知識人で礼節も重んじる、優しい御人だ。
昨日、時折開かれた瞼の奥には美しいダブグレーの瞳が潜んでいた。
彼の瞳の色は曾祖母である隣国の姫と同じだ。
だからこそそれを閉じたままにするのだ、という根も葉もない噂が初対面の時に脳裏を過ったが、恐らく彼はそういう事を慮っている訳では無い。
そう感じさせる程彼は物事に頓着をしなかった。
何だかつれない、見た目も相俟って狼のような御人だと思う。
「不思議な御人よね、ユーデス様って」
「わふ?」
昨日話した事だからと同席を求められる事もなく、私の発言についても記憶しているのだろう彼は今一人でお父様やギランお兄様とお話をしている。
にしても全部を全部、御自身一人で話す必要も無かろうに。
彼は人を頼らないというべきか、高位貴族らしからぬ周囲の人間の使い方をする。
自室でレム兄様と戯れながらそんな事を考えながら、いつの間にか寝落ちしているのだからやはり私は六歳児なのだと実感した。
勿論ユーデス様は御帰りになられていた。
ちょっと寂しい。
これか、こういう素っ気なさを昨日の殿下も感じていたのだろうか。
その晩の団欒では今後の視察隊の予定についても説明されたが、何処か他人事のように話が頭に入って来なかった。




