70:六歳児の春望
ヴュルテンベルク辺境伯閣下の御指導もあり見直された市街地の巡回が、思ったよりも早い時期に一部で導入出来るようになったのは偏にお父様とギランお兄様、そして警護長の働きだろう。
元々我が領地の、特に領都周辺は治安が良い。
湖周辺に貴族の別荘地がある事も要因の一つではある。
特に貴族が滞在中には多くの護衛がその地区に滞在し、彼等が出向く市街地では諍いが起きないように商売上手で人の良い領民達が軽やかに応対しているそうだ。
ある種の相互扶助関係とすら呼べる状況が成り立つのだ。
貴族だけに媚びを売るのでは無くその周囲の人々も持て成すストラス領民の心意気に打たれ、訪れた彼等も何かあれば民を助けてくれると話すのはエタンだった。
どうやら彼の親族が貴族街付近の警備兵をしているらしい。
かと言ってそんな人ばかりでは無い事は当然で、そんな時にこそ自警団や領主が雇う警備兵が出てくるようになるのだが、それは滅多に起きないというから驚きである。
しかし悲しいかなこの平穏は避暑シーズン限定の光景だそうだ。
いっそ夏場は巡回経路を変更する必要があるだろう。
気楽に過ごしたい避暑地の雰囲気を壊さない事も我々には重要である。
一方、秋は田畑などの収穫や訪れる厳しい冬に備える準備をしなければならない。
何処もかしこも、誰もが忙しくなる時期だ。
こうした忙しなさに紛れ込むように悪さをする輩が出るのだが、これを今年は巡回強化により随分と抑える事が出来たとギランお兄様が語ってくれた。
ただし巡回業務は形骸化すれば他の仕事に比べ楽な業務だ。
それでそれなりの賃金が貰えるのだから人気にもなる。
この辺りはバランスが重要でもあるし、注意を疎かにしない為に管理側も工夫を凝らさなければならない点であろう。
と、言う訳でこの秋は文官も同行させた。
彼等には収穫についての調査も合わせて行ってもらっている。
今年は冷夏だったので収穫量が落ちる見込みだが実数や今後の対策を兼ねて実地を見てもらうようにしたのだ。
兵士も手を抜こうと同僚は丸め込めても、然程親しくない文官はそうもいかない。
文官には部署間の風通しを良くする為でもあると言い含めているので、それも時間の問題な気はするのだが、現状は問題も起きてはいないようだ。
他にも時折ギランお兄様も馬に乗って巡回に同行するようにしている。
こういうのは始めが肝心だと私が口酸っぱく物申した。
また、新設する東街道の駐屯所は平民にも開放する予定だ。
特に雨の日などはそこで市を開いたりして兵士と領民の交流を促しているのだ。
元より詰めている自警団や兵士は領民ばかり。
此方も問題なく賑やかに緩くやっているようである。
避暑シーズンの見知らぬ人々にも抵抗なく声を掛けられるような領民達であるので、その点についてはあまり心配をしていなかったが。
対して北方領へ繋がる街道については隣領主とお父様が協議中だ。
ヴュルテンベルク辺境伯閣下の御威光もお借りしながら、私の挙げた利点以上のものを相手に叩き付けるというお父様にしては強気な交渉をしているようだ。
まぁ此処が整えば交通の利便性が上がるのも確かなのでその気持ちも分かる。
ただあまり躍起になれば足元を見られそうなのが、お父様なのだ。
ちょっとそれが怖い。
変な息女とかギランお兄様に宛がわれたら妹は早急に別の手を考えますよ。
などとまぁ少しずつ七年後へ向けて一家は動き出したのだが、それでも不安への備えというのは尽きる事が無いのだとしみじみ感じる。
「ゆくゆくは諜報機関も設置したいですね。
少なくとも現時点で開設されている駐屯所に一人は欲しいです」
「…本当、お前の危機管理能力はどうなっているんだ」
「我が家の情報収集担当がお母様しか居ないのは由々しき問題です」
そう、社交に出るのがお母様くらいしか居ない。
お父様もお父様で御友人や親しい領主などと情報交換をしているようだが、それでもやはり集まる情報は周辺のものが主となってしまうのだ。
本来は此処で私が子供部屋での縁を上手く利用したいところだ。
しかし折角のその縁を潰してしまった為、改めて己の出来る事を含めて情報を集める方面での計画を考えているのだが。
やっと一つの計画が動き出したところであるのにすぐまた別の事に手を出そうとする妹を、ギランお兄様が辟易とした目で見ている。
ここはもっと心強い!という視線が欲しいのだが。
まぁラン兄様は警備の件で連日お疲れですしね。
現に今も私とお茶休憩をしている最中だ。
「ならリーシャも俺が学院に通う時期に、一緒に王都で過ごすか?」
「タウンハウスを購入するのですか?」
「さてなぁ。でもリーシャが一緒に行くならそうなるだろう」
王都に在る学院は十六歳の貴族達が、学びと共に誼を結ぶ場だ。
それこそ王子殿下も通う予定である国内唯一の学び舎である。
故に、国内の貴族子女がこぞって集まる。
遠方の領地の者は併設されている学院寮で生活する事となるのだが、どうやらギランお兄様は其処での生活よりも気楽なタウンハウス生活を所望しているようだ。
寮生活もそれはそれで楽しいと思うのだがなぁ。
いいじゃん、何時でも同級生と一緒って、寂しくないし。
まぁこれは前世を持つ私だから言える事であって、同年代の友人を持たないギランお兄様からしたら四六時中他人と一緒に居るのはストレスになるかもしれん。
で、あればギランお兄様ファーストな私の返答は一択である。
「ラン兄様と一緒に居られるのなら私は嬉しいです!!」
「十歳になれば社交にも出れるしな。
お前のその社交性ならすぐに王都でも友人が出来そうだ」
「ラン兄様だってそうですよ、素敵なお人柄ですから!
ね、レム兄様も一緒に行きましょうね!」
「オンッ」
クロヴィス殿下にはあれだけ十年後ですねと、正確には十一年後だが、学院に入るまではまぁ王都に近づく予定は無いと申していたのにコレである。
ギランお兄様やレム兄様と一緒という魅惑には抗う気が無い。
我ながら相変わらず現金な性格である。
だがこの話題は中々に我々の気持ちを前向きにさせてくれた。
私が一緒に王都に行くかもしれないと考えたギランお兄様は勉学も武術も、改めて私を守り無様な成績を取らない為にと熱を入れて頑張っていた。
もうそんなギランお兄様が大好きです!!妹は幸せ者です!!
なので私もすぐに社交へ出られるように淑女教育を頑張った。
殿下にもぶ厚いと言われたアレだが、まぁ前世の意識も相俟って大体はそこら辺に出しても大丈夫だと及第点をお母様からも頂いた。
「来年の夏に行われる武術大会にはリーシャもまた連れて行きましょう」
「ありがとうございます」
お母様からそんな話を頂けたのは年の瀬を意識し始めた頃だ。
外は北方の地らしく雪一面に覆われるも、今年は晴れの日も多く温かい。
陽射しが強い日などは一面の銀世界の照り返しで眩しい程である。
ストラス領の冬は雪深いため、主だったイベントは無く観光客も殆ど居ない。
秋の収穫祭が終われば後は長く静かな冬を過ごし、穏やかな春を迎えるのを心待ちにする日々が続くのだ。
そんな春先から領民達が話題に挙げる祭こそが夏に行われる武術大会である。
避暑地だというのに、この時だけは暑苦しい熱気が領都を覆う。
しっかりとした造りの闘技場には観光客だけでなく領民すらも押しかけ、やんやと声援や檄を飛ばす様は見ているだけでも楽しくなる活気に満ち溢れた光景だ。
今よりも小さい頃、三歳くらいだったと記憶しているが、私も領民への挨拶として武術大会に連れて行ってもらった事はある。
だが領首席から出て己の足で歩いた事は無い。
恐らく来年は、観覧に来た他家との挨拶にも連れて行ってもらえるだろう。
今年の夏は王家フィーバーがあったが来年はどうなるだろうか。
そんな事を考えながら自室へ戻ろうとした際、ふと邸の玄関ホール方面が騒がしいのに気付きマノンと共に顔を見合わせた。
「何かしら」
「念の為私達はお嬢様の自室へ向かいましょう。
エタン、他の者に様子を見てくるように指示を」
「はいはい…っと丁度良いところに、おーい」
私とマノンが見える位置でエタンが小走りで廊下を横切った警備兵に声を掛けて駆け寄る。
何やら話しているがそれは長くはなく、彼はまたすぐに私達の元に戻った。
「何だって?」
「どうやら山肌に雪割れがあったようです」
「雪割れ?」
なんだそれは、と尋ねる私にマノンが少し声のトーンを落とす。
「雪崩が起きる前兆とされています」
「えっ」
なんだそれはヤバいものじゃないか。
寧ろ雪国育ちの私は知らければならない知識だ。
「領都の周辺で見かけるのは稀ですからねぇ」
「でも良かったわ、先に見つけられたのなら避難も出来るし」
エタンの言葉に私もマノンも頷きつつ、取り敢えず他の誰かに声を掛けられる訳でも無かったが自室で大人しく待機する事にした。
こんな時には五歳児に構っている暇など無いのは分かっていた。
念の為、私の護衛もエタン以外を外して対応に向かわせる指示を出したのだが、暖かい部屋でお嬢様と美人な侍女と待っているだけのエタンを皆恨めしそうな目をしてのそのそと去って行ったのがなんとも呑気で苦笑してしまった。
「…一人で待機させるのは寒いだろうから部屋の中に入れようと思っていたけど、エタン、外で待つ?」
「そんな事を仰らずにどうかご慈悲を」
「お茶は出しませんからね」
「そこまでは求めないよ」
マノンの厳しい視線も何のその。
エタンは楽しそうに笑いながら部屋の中で私の護衛に着いた。
まぁ暫くすれば家令やその類の使用人が、私の元にも情報を持ってきてくれるだろうと気楽に構えていたらいつの間にか翌日になってしまった。
当夜の団欒についても、取り止めになったと知らされただけだ。
確かに私はまだ五歳児だが!
それなりに領主家族としての稔侍も、領民を思う気持ちもあるのだが!?
何故こんなにも情報を与えられず放置されているのでしょうか?!!
憤慨する私をマノンもエタンも困ったように宥め賺すので、何とかその夜の団欒まではレム兄様を抱えて我慢をしてみせた。
だがそれも家族のお茶会室に入れば開口一番で漏れ出す。
「何故私の元には情報を下さらないのですか」
「は?」
「私だって領主一家の人間です!」
「幼子を働かせる程の経営はしていないぞ、ウチは」
そうですね!大変健全ですね!
でもなんかっこうっ蚊帳の外感が凄いのだが!!
私とレム兄様だけが!忙しない邸の中でポツンと残されている感じがする!
「五歳児が領民を心配し、家族と共に力になろうとするのは可笑しいでしょうか」
「リーシャ、しかしなぁ」
お父様がどうしたものかと自らの額を撫で摩り、肩を落とす。
「別にリーシャは父上を困らせたい訳ではありませんよ、なぁリーシャ」
「…そうです、己の不甲斐なさから未熟にも八つ当たりをしてしまいました。
ごめんなさいお父様」
ギランお兄様の取り成しに私も一息吐き、五歳児をしまう。
いけない、いけない。
こんな態度を見せていれば任せてもらえるものも任せられないだろう。
改めてキリリと顔を引き締め、お父様だけでなくお母様やギランお兄様の顔をそれぞれしっかり見上げた。
「しかしせめて状況だけでもお聞かせください。
何も知らずに待っていられる程、どうやら私は暢気では無い性分です」
「まぁ…そうだろうなぁ」
「私は賛成ですよ」
お母様が嬉しそうに何度も頷く。
流石です!男女差別は元より、私はそれなりに力になれる五歳児ですよ!
淑女教育だって順調なのだし、こうした積極的に何事にも取り組む姿勢は褒めて伸ばすべき子どもの特性だと五歳児は思います!!
「この子は私達やギランを支えようとしてくれる優しい子です。
元より、未来に向けて動き出そうと声を掛けてくれたのはリーシャですもの」
「お母様」
「リーシャ、話を聞けば貴方は多くの事を思い考えるでしょう。
でも一人で全てを解決しようとしなくても大丈夫、私達が居るのを決して忘れないと約束をしなさい」
「はい!」
本当に強くて優しい人だ。
年齢や外側に惑わされずに為人を見て考えてくれる。
ああ、こんな女性になりたいと改めて思う。
「分かった、リーシャもそうだな、手伝える事は声を掛けよう」
「お任せ下さい!」
「はは、俺の妹は年々頼もしくなっていくな」
「春になれば六歳ですもの」
私の頭を優しく撫でる人を見上げて笑えば、お兄様も嬉しそうに破顔する。
成長を寿ぎ喜んでくれる家族が愛おしい。
「さて、では早速話すが…山肌に雪割れが確認されたのは知っているな?」
「はい。何時頃雪崩は起きる予測なのでしょうか?」
「分からない」
「分からない?」
お父様が当然のように頷くが、私は首を傾げた。
だって雪割れは雪崩の前兆なのだろうに。
雪崩が何時起きるか分からない、とはどういう事だろうか。
いや、待て。
そうか前世の意識で考えてしまっていた。
今世では天気予報も存在しない。
天候予測も出来る筈がないのだ。
「…被害予測地域は絞れているのですよね?」
「それはまぁ、なんとか」
「避難は素直に従ってくれたのでしょうか」
「誰だって命は大事にしたいからな」
詳しい話を聞くと、どうやら避難誘導についてはお父様が統括し、実働指示をギランお兄様が担当しているようだった。
「被害予想地域は麓の地区と、最悪、貴族の別荘区の一部まで含まれる」
「そこまで予測できているとは素晴らしいですね」
「今も文官が巡回に着いて行ってるだろう?現場確認にも積極的でな」
成程、巡回手順の変更が想定外の効果を齎してくれたようだ。
確かに現場の降雪量やら地形などを目視しないとそれ程の予測は立てられない。
にしてもそこから複雑な物理計算をして、領地の地図と照らし合わせてと、本当に文官達は頑張ってくれたようだ。
御給金を上げなければ。
「雪割れを見つけたのも巡回兵だ」
「まぁ!異変にしっかりを気付けたのは日頃からの兵の意識の高さですね!」
「本当に。よくよく褒め、評価すべき務めだ」
「巡回の変更が間に合わなかったらどうなっていたか、考えたくないな」
満足げにお父様もギランお兄様も何度も首を縦に振っていた。
自分達の努力がこうして実を結んだ結果を目の当たりにするのは嬉しく、また達成感にも繋がっているのだろう。
災害は災害だが、暗い気持ち一色で無いのは確かだ。
「これを機に天候を詳細に記録する者を雇いましょうか」
「お前はまた妙な事を…」
「しかし些細でも蓄積された情報は馬鹿にできませんよ?
そこから今後の天候予測なども詳細に分かるようになるでしょうし」
「それはおいおいだな」
まぁ急ぐ話題では無いのは確かだ。
その他にも現在の避難状況や今後の動きについての情報共有が成される。
一部、お母様にも共有されていなかった話があったようで、一瞬「聞いておりませんが?」というお顔をしてお父様に微笑むお姿が大変貫禄がありました。
そうですよね、今後被害額の補填や援助取り付けなども見越して情報をしっかり把握しておかなければいけないのは、社交担当のお母様にも言える事だ。
加え、最悪の場合、貴族の別荘が並ぶ地区も巻き込まれる予測である。
それこそ社交が苦手なお父様を補佐するつもりなのだろう。
「自然災害による被害補填について、契約事項はどうなっているのです?」
「撤去費用は全額、再建には四分の一を我が家が負担します」
「わ…わぁ…なんてこと…」
「ええ、改めて私も目を通して怖気がしましたよ」
「かと言って直前に変更する訳にもいかんからなぁ」
「雪崩の進路を変える事は矢張り難しいのでしょうか?」
この世界には魔法が存在するのだ。
なんか、こう、パーッと雪を散らすだとか凄い壁を築き上げるとか無いのか。
私は我が家で唯一魔法を使えるお母様の顔を窺うが、力無く首を振られただけだ。
「自然に起きる事を曲げるのは神の意志に反する事なのです」
確かに、だからこそ『逆巻きの聖者』の中で記された土砂崩れ災害も発生を防ぐという方法を彼が採らなかったのだろう。
しかしそれはそれ、これはこれである。
だからと言って何も対策をしない訳にはいくまい。
「せめて予め一部の森を拓くなどは?」
「切り開く人員が危険だろう、何時起きるのか分からないのだから」
「では多段で網を張るのは如何かしら」
「網」
完全に堰き止める事を無理だと諦めて話を進める。
「雪崩の勢いを殺す方向で対策するのか」
「そうです。杭は森の木々で代用できるでしょうし、張るだけであれば然程時間も要さずに対処できるのではありませんか?」
「ふむ、悪くないな」
生憎我がストラス領は海に面してはいないため、大きな網を集めるのは大変だろうがそれこそ冬の内職で発注すればすぐに幾つも出来上がるであろう。
早速次の日からお父様達は網を集め、予想される雪崩被害地の木々の合間に人を遣り対策を実施し始めた。
勿論、被害が出たら我が家の財政圧迫が目に見えている貴族の別荘地区だけでなく、麓の領民の家々が並ぶ地区周辺にも設置を急いだ。
このフットワークの軽さは流石である。
話を直に通せるのは有難いの一言に限る。
雪崩の勢いを殺す方向で対策を切ったのは良い。
しかし思わぬところで問題が発生し始めたのは数日後だった。
「え?避難所から人が戻ってしまう?」
「そうなんですよ」
既に執務をしっかりと手伝っているギランお兄様の元に転がり込み、共に休憩のお茶を楽しむ私にそう語ったのはお兄様の執務補佐をするベルトランと言う事務官だった。
私は彼から視線を、その続きを求めるようにラン兄様へ戻す。
「領民達は雪崩が起きる可能性がある事を理解し、避難しているのですよね?」
「そうだ」
「なのに戻る、とは?」
「家財だろうよ」
前世で避難所が開設されていたのは、台風など何時まで避難しておくのか見通しが立つものや、それこそ未曾有の災害が発生した後に行き場を無くした人々を保護するためだ。
成程、雪崩が起きる可能性がある事は承知するも、何時起きるのかは誰にも分からないのが現状である為、数日もすれば家が気になるのも当然であろう。
しかしそうして彼等が戻った時に雪崩が起き、人命が失われては元も子もない。
戻ろうとする民を押し留める警備兵達も心苦しいだろう。
「今はどうしているのです?」
「押し留めているが、不満が溜まる一方だな」
「加え、噂では不在を狙った物取りが出ているようです」
「そんな話まで耳にしたら、彼等が居ても経ってもいられないのは確かね」
「何か妙案はありますか?リーシャお嬢様」
「そうねぇ…」
五歳児に相談するベルトランもベルトランである。
彼とはそんなに話した事は無いし、執務については今回が初めてだ。
まぁ恐らく、ギランお兄様経由であれこれ私の話を聞いているのだろう。
だからこそお茶会室ではなくこのお兄様の執務スペースで休憩する事を許可されたのだと思えば、私は私で求められた何かを返すのが筋だ。
「人員は雪崩被害軽減対策に回しているのでしょう?」
「そうです」
「となれば地区を更に細分化し、日時を決めて順次最低限の家財運び出しを許可するようにするしか無いのでは?」
「遅々としていますねぇ」
「その点はもう訳無いけれど、何時雪崩が発生するかも分からないのだから人命を優先する姿勢は変えない事を推していくしかないでしょうに」
「もう一声」
ベルトランが強請る言葉に私は無い頭を必死に回す。
「回収が出来ずに雪崩被害が出た家についての再建築補填」
「撤去費用だけでなく、ですか」
「損得の考えられる者で、危険度の高い立地の家なら呑むのでは?」
「まぁ家財よりも箱の方がよっぽどお金はかかりますからねぇ」
「家財を持ち出せた家は安全な地域の空き家に引っ越すのも視野に入れられるけどね、彼等はそうではないのだから当分の生活保護も重要ね」
仕事の斡旋や食事についてなどにも軽く考えを述べれば、ギランお兄様も難しいお顔から少しだけ険の取れた面持ちに変わる。
「ふむ、悪く無いな」
「戻りの優先順位はそれで整理いたしましょうか」
「どの家に、どれだけの人員が戻ったのか。
そしてその案内といざという時の誘導をする人員についてをしっかり把握しておくのを、勿論忘れないでねベルトラン」
「畏まりました。にしても、発生した際の救助までお考えとは」
「後は夜間帯の警備についてよねぇ」
「家財持ち出しが後半の地域に絞りますか」
休憩の筈なのに仕事をしているが、ギランお兄様はそれで良いのだろうか。
休む時はしっかり休んで妹を可愛がって欲しいのですが。
気が休まらないのは分かるがあまり無理をしないで欲しいものである。
それは私の隣でソファに乗ったレム兄様も同じ気持ちなのか、心配気ランお兄様を見つめていた。
まぁこうした積み重ねと対策があったお陰で、更に数日後に起きた雪崩に巻き込まれた人は居ないという喜ばしい報告を貰う事が出来た。
ただやはり麓の地区では雪に呑まれてしまった家が幾つもあるそうだ。
不幸中の幸いは、貴族地区にまで届かなかった事だろう。
「引き続きの避難生活で申し訳ないが、命が失われなかっただけ良い」
対策だけでへとへとだが復興や修繕、他の被害状況の整理はこれからだし、雪崩は一度限りとも限らない。
引き続きストラス家の中は少し緊張感を伴った空気が流れ続けた。
今年はそんな緊張感を抱え逸早い春の訪れを誰もが願った。
気が付けば私もギランお兄様も一つ歳を取っていた。
(十二歳まで、あと六年)
家族の命を守り抜くまでの残された時間に何が出来るのか。
改めて意識して、冬を越し春の息吹に満ちたストラス領を眺めながら私は考えた。




