68:五歳児の茶話
「と、いう訳でその辺りのお考えは?」
「アッハッハッハッハッハッハ!!!!」
翌日、約束した時間に殿下が御来訪されると、早々に私はお父様の心配事を勝手に代弁しつらつらと述べた。
そんな五歳児にクロヴィス殿下大爆笑で御座います。
お腹を抱えて涙すら流して笑っていやがりますよ。
全くこの姿、お父様にも見せてやりたい。
正しく無意味な杞憂だろうとよくよく分かるだろう。
ただ王家の威厳が随分薄れるかもしれんが。
「はぁー、もう…面白すぎる。
大丈夫だよリーシャ嬢の考えている通りだ」
具体的にクロヴィス殿下は語りはしないが、すわ自らの将来は王子殿下の婚約者候補かなど微塵も考えていない私の落ち着いた様子を肯定するように何度も頷いていた。
「ありがとうございます、初っ端から耳汚しを失礼しました」
「面白かったから良いよ。
当人が包み隠さず私に尋ねるなんて…しかも五歳児が、ふふふっ。
改めて私から伯爵に伝えた方が良いかな?」
「無用ですよ、愉快犯でしょう殿下」
「キミは家族まで面白い様子だからねぇ」
大人を揶揄い慣れている様子で笑う彼を止めた私にお父様は感謝すべきだ。
殿下に望まれる事は無いと直々に言われたら、喜べば良いのか悲しめば良いのか混乱するであろうお父様の姿がありありと目に浮かぶ。
そしてそれを内心で面白いと笑っているのが眼前の殿下だ。
本当に悪戯小僧というか、ガワを上手く使いこなしている御人だと思う。
「ストラス領の長閑さを思えばその気性はご納得頂けるでしょう?」
「まぁそうだね、加え夜会の当夜だってキミを挨拶に呼ばなかったのは年齢が年齢なのもあるだろうけど、娘を売り込むつもりが無かったからだろう?」
「直に話されてはいませんが、だと思いますよ」
「ははは、親の心子知らずなのはキミの方では?」
「でなければ私だって話し相手を受けるつもりはありませんでしたし」
「うんうん」
彼が私を候補対象として見ていない事など昨日の時点で明らかだ。
故に気軽な気持ちで、午後のちょっとした時間に限れば話し相手になるくらいは良いかなと考えた訳で。
その辺りは勿論、殿下の気性を直に確認出来たのも大きい。
当然、お父様とはこうした雰囲気にまでは至らなかったのだろう。
だからこそ杞憂を抱くに至った。
「こんな田舎ですらそんな想像をされてしまう殿下は不憫ですねぇ」
「為人を知らないからこそだろうね、まぁ慣れたよ」
「慣れちゃダメでしょ、慣れちゃ」
呆れた眼をする私を彼は嬉しそうに見つめ、そうだねと小さく頷いた。
「まぁ表に出さなきゃ良いか、幸い愚痴くらい聞いてくれる友人も居るしね」
「そうそう。為人を知らないで勝手に妄想するような人に迎合するのが人気取りとしては効率的だと分かりますけどね、幾ら王家だからと謂えども人は人ですよ」
「はぁ、それ本当、私の周りで喧伝してよ」
「十年後まで覚えていられるかな…」
「私が覚えてるから良いよ、キミは忘れて」
「その方が面白いと思ってらっしゃるでしょう」
「人生は面白おかしく生きたい性質でね」
「良い心掛けですね」
「ふふ、ありがとう」
今日は応接間でもなくお茶会室で賑やかな歓談だ。
応接間よりもお茶会室の方が借景が美しく穏やかな気持ちになれるのか、時折彼も窓の外の美しい自然を眺めながら心地良さそうに微笑んでいた。
「リーシャ嬢はやっぱり恋愛して結婚を望む?」
「結果恋愛になるのなら婚約が先でも」
「そうだねぇ、そういうのもアリだよね」
まるで我が家の如く寛ぎながら鷹揚に殿下は頷く。
そうしていると本当、ただの七歳児だなキミは。
というかう我が家で寛ぐの早すぎでは無いか?昨日の今日だぞ?
「私もそう在れれば良いなとは思うけどねぇ、心ばかりは未知だ。
そりゃ多少なりと私の意志も反映させてもらう気はあるが」
「成程、つまり御相手との関係は殿下の努力次第だと」
喩え妃選びに他人の意志や思惑が絡むとしても、自分の希望を捻じ込むなどこの人には容易い事であろうなと感じてしまう。
その前提で恋愛に発展しないなど彼をして有り得るのだろうか。
地位良し、顔良し、性格…よし?
まぁ優しいは優しいのだがちょっと捻くれているとは思う。
私が言うのもなんだがな。
そんな気持ちが読まれたのか、クロヴィス殿下は少し口を尖らせる。
「この誉れ高い私を捕まえてまだ努力をしろと?」
「恋愛方面の誉が聞こえた時には『頑張ってらっしゃる!』と密かに思いましょう」
「はっ!それこそ十年後だな」
「そんなまったりしていて良いのです?」
一国の輝かしい王子殿下ともなれば御妃様選びは壮絶な事だろう。
本人的にはまだまだ猶予が欲しいようだが周りがそうも言っていられないのでは、と小言を零す私に彼は顔を顰める。
「王宮で聞き飽いている」
「だろうねぇ」
ほらやっぱり、もう既にそういう話が出ているようだ。
寧ろ彼が生まれた時から、いや生まれる前から皮算用して舌なめずりしている輩がわんさか掃いて捨てる程に沸いている事であろうよ。
だが彼は仲の良い友人と話し、笑い合う時間をまだ楽しみたいご様子。
この話題はどうしたってその気分に水を差すのだろう。
まだまだお子ちゃまだもんな。
五歳児の私が言う事でも無いが。
「時が来たらちゃんとするさ、要らん探りを入れられない相手とな」
ふむ、その辺りは彼なりに矢張りちゃんと考えているというか。
ご両親である陛下夫妻のような恋愛結婚ではなく、ちゃんとした国にある利を結ぶための政略結婚も呑みこむという彼は立派だ。
七歳児であるよりも前に王子としての意識が優先されている。
己の見られ方も求められ方にも慣れたというよりは、元来、重責を受け止めて果たさんとする理性や責任感が強いのだろう。
しかし今私の前の彼はただの七歳児でもある。
いや、正直七歳児にしては随分ませたヤツではあるが。
「可哀そうって思われたい?立派ですねって言われたい?」
「どっちも嫌だな、他の言葉を」
包み隠さず彼の幼心を尋ねれば、辟易とした様子で頭を振った。
思ったよりもこの問題は彼にとって苦しい話だったようだ。
その点は申し訳無かったな。
ごめんね、ただ遊びに来ているっていうのにこんな話してさ。
「じゃあ殿下にとある色男のお話をしましょう」
「ほう、キミがそう言うのならさぞ」
「これはある美しい男、それは将に光り輝かん程の美貌の男のお話です」
「私の幼馴染の話か?」
「違いますが」
茶々を入れられながらも前世の必須学習文学のあらすじをお話させて頂いた。
覚えていない部分も多い為、その辺りはエタンを見習いアドリブで話したが。
結婚にも恋にも乗り気になれないのなら自らが楽しめるように動かせば良い。
例えば、女性を幼い頃から自分好みに育ててしまえばいいのだと唆した。
こんな下種なアドバイスする五歳児って本当嫌だな。
清廉潔白な王子殿下のお耳に入れる話では無いが、ちょっと恋愛に夢を見れない七歳児になら面白おかしく話したって構わないだろう。
ほら、従僕も聞き入ってる。
マノンは顔を険しくしていたけど。
「それは…女性としては、不愉快では?」
「不愉快にさせずに誘導するなど、殿下には朝飯前でしょう」
「言ってくれる」
いつの間にか彼の顔からは険は取れ、くつくつと楽し気に肩を揺らしていた。
「そんな悪い男に私を導こうとするキミこそが、件の男では?
私がキミ好みに育て上げられようとしているのか?」
「不愉快であれば聞き流せば良いだけですよ」
「人をあれだけ引き込み語った上でそんな事を言うとは、末恐ろしい」
文句を言いながらもしっかり引き込まれてるじゃないか。
何だよやっぱり興味あるのか、そちも悪よのぉ。
「全部が全部そうであれとは申しませんよ。
ただ、そういう駆け引きも楽しめる方だと殿下は楽しいのでは?」
「綺麗に纏めたと思ってるのはリーシャ嬢だけだからな」
「そんな事ありませんよ、ねぇ」
咄嗟に従僕さんを見て話を振る。
我が家は緩いので、使用人も普通に話しに混ぜるぞ。
戸惑う彼を殿下が楽しそうに振り仰ぎ、話すように促す。
「…私は、ちょっと心躍ってしまいました」
「ほらぁ」
「お前、意外とそういう…」
「殿下!申し訳御座いません!!」
慌てる従僕の様子がまた面白いのか、彼が声を上げて笑う。
何だよ楽しそうだな。
別荘でも彼とは仲良く話せているのかな。
であれば良かったよかった。
「まぁ傍に侍る人の新たな一面を知れたという事で」
「そうだな、これも土産話にしよう」
「ああああ…」
王都へ戻るまではまだ一週間以上ある。
その短いようで長い時間の中で、彼にはたくさんのお土産を持って帰ってもらおうと一人内心で頷く。
折角ストラス領に来たのだからタダでは帰さんぞ。
「でも良いですね」
「うん?」
「お土産を御友人に持ち帰るって、とても楽しそうです」
「…そうだな」
面映ゆそうに微笑む彼は本当に幸せそうで、あれこれ噂で聞いていた姿よりもよっぽど親しみやすい空気を纏っていた。
これだけ素敵な御人なのだ。
そんなに悲観せずとも、きっと素敵な結婚が出来るだろうよ。
「他のお土産選びはもう済んだのですか?」
「いやまだ、話だけでも充分だろう」
「聞き捨てなりませんねぇ、領主の娘の前で言う台詞ではありませんねぇ」
「はっは、怖いな」
その日は恐がっている彼を引き連れ、邸の中に飾られている我が領の民芸品や私のコレクションを紹介して売り込みもしてみた。
ちゃんと領地の為に娘は活動しておりますよ!褒めて!
擦れ違い恭しく頭を垂れる邸の使用人達にお嬢様の働きをしっかり喧伝しておく。
じゃないとマノンのお母様への報告内容が不敬なものばかりになってしまう。
これ以上淑女教育の時間を増やされたくは無い。
そんな気持ちを抱き領民の傑作、そして私が口を出した、湖などに浮かべる舟などを熱弁しオススメしたのだが、結局殿下が気に入ったのは図書館でひっそりと収集されている研究者の古い著書だった。
彼はその幾つかを写す為に借りたいと申し出た。
そういう謙虚で気遣い出来る殿下は良い人だ。
勿論私は二つ返事で頷き、控えていた使用人にお父様への報告をするように申し伝えておいた。
既に勝手に許可しちゃったので昨日に引き続き事後報告である。
どうせお父様も同じ回答なのだ、こんなもんは誤差だ。
「幼馴染の一人がな、知識を好むんだ」
「まぁそれは素晴らしい御趣味」
「凄いんだぞ、何でも知っているんだ」
王都に居る幼馴染の話をしだしたら王子殿下はまぁ止まらなかった。
この日だけでなく、次の日も明くる日も、ふと思い出してはお二人の事を話すものだから、私はやたら、顔を見た事も無いお二人について詳しくなってしまった。
知識が凄いのは一つ年下のユーデス・ネウストラ公爵子息様で、一つ聞けば十も二十も類例や関係著書などを挙げるような御人らしい。
六歳でその知識ってどれだけ書物を読んで覚えているのだろうか。
高位貴族は頭の仕組みからして私達と違うのだな。
一つ年上のイザイエ・アンヴァリッド公爵子息様は男兄弟の中で育ったとは思えない穏やかな御人らしい。
当初は女の子だと殿下が思ったのはその性格も相俟って、とは語るものの、本物の女の子と接するようになれば全く違う生き物なのだと思い知ったとはどういう意味だろうか。
王都の幼女が凄まじいという事なのか、結局イザイエ様は見掛けだけ女児なのか。
ちょっと怖くて聞けなかった。
まぁその様子を眺めていれば、殿下が幼馴染達を相当恋しがっているのは良く分かった。
そりゃ一ヶ月も離れるのは辛いだろう。
しかも見知らぬ避暑地で両親は連日外出。
そんなの誰だって寂しいよ。
だがそんな憐憫を抱けば彼は目敏くすぐに気付き、私を鼻で笑う。
まるで見くびるなよと勝ち誇るような面持ちはどう見たってただの七歳児で、それが何とも愛らしくて私も笑ってしまうのだ。
相席しているのが私だけだからだろう。
彼は気軽に王家の者という外套を脱いで寛ぐ。
多分、そうするのにも慣れているのだろうなと思った。
それこそ仲の良い幼馴染の家でも似たような過ごし方をしているのではなかろうか。
短い期間であってもそんな場所を彼が見つけられたのは良い事だろう。
ところで本当に彼は退屈しているのか、日を置かずにストラス邸に顔を出した。
曲がりなりにも一国の王子殿下がそんな事していて良いのかと、正直、我が身の保身から尋ねたら彼はあっけらかんと言い放ったのだ。
「兄君に相手をしてもらっている事にしている」
「…まぁその方がらしいですよね」
「どの家辺りが嗅ぎ付けるかな?ははは楽しみだ」
「ろ、ろくでもない」
こいつ、人の家を使って他家の情報網を把握しようとしていやがる。
とんでもねぇ未来の為政者だ!人でなし!
これがもし発端となって我が家の未来が悲惨になったとしたら赦さないからな。
「嘘を真にする事も容易かろう?もう一週間だぞ?
そろそろキミの親愛なる兄君とも話がしたいのだが」
「うーん…」
「勿体ぶるなぁ」
いや、私は別に構わない。
寧ろ問題はギランお兄様の方だ。
ここ連日、お兄様が勉強時間の間、妹は王子殿下の応対をしている。
字面だけを見れば同情するような苦行だが、実際は気楽で賑やかな時間を過ごしている様子に、お兄様が嫉妬しているのだ。
自分は遊べないのに、ではない。
俺だって妹と遊びたいのに、だ。
可愛すぎないかこのお兄様。
そりゃあね!ずーっと遊び相手が互いしか居なかったからね!!
レム兄様にですらやきもちを妬くのに、そりゃ人間相手となったらそうもなるか。
『他所の年下』という存在も未知なのかもしれない。
しかもその子ども、自分より格上の存在だしな。
殿下がどっちの顔でお兄様に接するかも良く分からない。
まぁ少なくとも、私に見せる気楽なものを初っ端から出すとは思えないが。
それでも結局男の子同士だ。
すぐに仲良くなるかもしれないと考えれば、今度は私が「私のお兄様なのに!」とやきもちを妬くのが目に見えている。
私の中の成人女性がこのまま育てばお前ヤバいぞ、と警鐘を鳴らしてはいるものの、そんなところばかりはしっかり五歳児なのだから何とも歯痒いものである。
返答を濁す私の幼心を知ってか知らずか、彼はその美しい顔を穏やかに緩めつつ此方の表情をそっと覗き込む。
「キミは存外策士だな、私から懇願を引き出そうだなんて」
「その調子で婚約者を捕まえるご予定?」
「どう思う?」
「好きな人は好きだと思いますよ?」
「成程、心に留めておくよ」
彼は苦笑を零しながら身体を起こし、いつもの笑みに戻った。
私は王都の子女達の御趣味は知らないからなぁ。
でもそういう王子キャラは前世で良く見た気がするので悪くないのでは?
知らんけど。
「しかし事実、話し相手も私からの願いだしな。
兄君との機会をキミに頼んでいる現状もそうだ」
別に一言命じれば良いだけの御人なのに真面目である。
性根が優しいというか、気遣いが出来るのは彼の美点だろう。
「ふむ…なぁそれなら、キミの探し人を見つけるのを手伝うというのはどう?」
そして手の内にあるカードを切るのが上手い。
この人ホント、そういうところ!クッソ!やられた!!
私が目の色を変えたのが分かったのだろう、彼がそれはそれは憎たらしい笑みを浮かべてみせるから此方は言葉に窮するというものである。
「ストラス領と王都は人の数が比べ物にならないだけでなく、私は既に他家からの挨拶も謁見で受ける年齢だからねぇ」
「ぐぅ…!」
「だからあの時私に尋ねたのだろう?」
「それ以上は黙秘します」
「ふふふ、いいよ、考えるの好きだし」
この御方は誠に七歳児とは思えない頭の切れをお持ちだ。
私が投げ掛けた問い掛けについては彼の推察通りだ。
五歳児と七歳児なんて交遊の幅に大した差は無い。
だが彼は王子殿下だ、出会う人々、見る貴族の数が段違いである。
それを見越して彼ならばと尋ねたのが先日の問い掛けだった。
まぁ、結果は残念であったが。
それにしても、喩え私がその先の理由を述べないと口を閉ざそうとも、その男を探している訳を勝手に想像すると言いのけるのだから末恐ろしいものである。
彼程頭が切れ、王都に戻れば生き字引みたいな六歳児や教会勢力とも繋がりが強いであろう幼馴染の記憶とも擦り合わせれば何かしら掴んでしまうかもしれない。
(ちょっと早まったかもしれない)
己の迂闊さを反省しつつ、これ以上ボロを出さないように私が口を噤む姿をさも愉快だと彼が笑う。
「推理小説の主人公になった気分だ」
「宛ら犯人は私ですか」
「いいねぇ、化かし合おうよ」
「大敗が目に見えています」
「そんな事ないだろう、ねぇ、」
ふと彼が言葉尻を飲み込んだ。
本人すら驚いている、といった顔で目を瞬く様子を見上げて私も小首を傾げるが彼はやがて苦笑だけを零すに止める。
「まぁ何にせよ、気に留めておくのはやぶさかでは無いよ」
「それは非常にありがたいですが、彼は果たして真実、居るか居ないかも分からぬ人です」
「…何故」
思わずそう殿下が呟いたのは、それでも私が探そうとしている理由か。
だがそれを言うつもりは相変わらず、無い。
「殿下の誠意に私なりに報いたつもりですが」
故に私はそう返すに留める。
今そこまで話した理由は、これが事実だ。
クロヴィス殿下がギレムお兄様の情報を集めようかと提案したのは興味が九割以上占めるのであろうが、ほんの少しは、多分、この短い間の縁を思っての事かと思うのだ。
でもその僅かな善意であっても、彼がわざわざギレムお兄様を探す必要は無い。
だって私の想像が確かなら、彼を彼だと正しく判じられるのは私や、もしかしたら家族だけだと思うのだ。
そりゃ本当にこの世界に居るならいち早く見つけ出したい、会いたいさ。
でもこれこそは叶うならば、託された私の足で果たしたい道のりだ。
「…ですので、ギランお兄様に会って、髪色や雰囲気を改めて確認すると言う建前は通用しませんからね」
「ふっ、そこまで気付いてたかぁ」
私の指摘した点が事実か否かは問題ではない。
ただ彼がその話を終いだ、としてくれたのが今はありがたい。
「こうなったら偶然を装い突撃するか」
「おやめ下さい」
とんでもねぇ悪戯小僧だな。
ただの七歳児ならまだ可愛いだけだが、キミは生まれが可愛くないんだよ。
ギランお兄様だけで無く教師も度肝抜かれて慌てふためく姿が容易に浮かぶわ。
半目で嗜む私をた彼が楽しげに眺めていた黄金の瞳が、ふと窓の外に向けられる。
「悔しいね、全く」
「その御様子には見えませんが?」
「ははは、流石鋭い」
声を上げて笑い部屋の空気を緩め、また私達は何ともなしに気楽な話を続けた。
その後の数日間も似たようなものだ。
時に、彼も我が家から借りた本に目を通したのかあれこれ聞いて来る部分を、私の覚えている限りで補足したり別著書を持ち出したりもするような、大変勤勉な時間を過ごす事もあった。
最初に貸した本については人海戦術で写しが出来たそうだ。
凄いね、使用人の方々ちゃんと寝てる?文章量が多かったぞ、あの本ら。
なので帰路が迫った日にはきちんと書籍は私の手元に戻された。
「ありがとう、私にとっても有意義なお土産になったよ」
「それは何よりです。今なら舟もお贈りしますよ?」
「十年後に持ってきてくれるかな?」
「ああ、御子様に向けてですね」
「違う、止めろ、早い」
辟易と言い返す彼が面白くて、揶揄う私も自然な笑みを零す。
クロヴィス殿下は最初から良く笑う御人だったが、ここ最近は私もそれなりに慣れて気楽な笑みを浮かべられるようになった。
中々悪くない二週間だったと思う。
お互い、そんな事を考えているのだろう。
ふと落ちた沈黙も苦しくない仲。
ただただ相手の瞳を、その穏やかな顔をじっと見つめ合う。
「楽しかったよ、リーシャ嬢。
仕方が無いとは言え、見送りにキミの姿が見えない事を惜しむくらいには」
「私もですよ、クロヴィス殿下。
きっとこのお茶会室で二、三日は貴方様の事を思い出すくらいには」
「短く無いか?」
「これでも割り増した方です」
彼が見慣れた様子で喉を鳴らし、小さく肩を揺らす。
もうこの姿も見納めである。
「何と薄情な五歳児だ」
「五歳児は忘れっぽいのです」
「キミは特に都合の良い頭をしているようだが」
そう、我々は縁が在ったとしない方がお互いの為である。
ちょっとした、短い滞在先での話し相手。
表向きでは、王子殿下の御相手は我が兄という話になっているのだ。
幸い、夜会での遭遇だって互いの従者や家の者くらいしか知り得ない。
こうした考えが出来る五歳児である事をクロヴィス殿下は感謝すべきであろう。
私が前世持ちじゃなければこうも行かなかったと思うぞ。
「仕方ない、此処は年長者が折れておこうか」
「ありがとうございます、殿下はお優しいのですね」
「言ったろう?私は優しいのだ、と」
「ええ、とても」
以前交わした冗談を、懐かしい気持ちで口にしては笑いあった。
こうしてクロヴィス殿下はある晴れた夏の日に王都への帰路へ着いた。
見送りは矢張り、両親とお兄様だけで私はお茶会室でマノンと一緒に居た。
ほんの少しだけの寂しさと、楽しかった思い出を噛み締めながら、彼が餞別でくれた香しい紅茶を口に含む。
「クロヴィス殿下が作る王国の未来は、きっと良いものでしょうね」
「ええ、誠に」
まだまだストラス領の夏は続く。
盛りを迎える生命力に溢れた緑の輝かしさを彼は視ずに終わった。




