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パドマの箱庭  作者: 菌床
四章:あの花情恋意をもう一度
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64:五歳児の逆夢


 濡れた、少し硬くざらつく感触が目元をなぞる心地で目が覚めた。

視界一杯に見えたのは愛しい私の「お兄様」。


「…レム」


円らな青みがかった瞳を悲し気に潤ませ、か細く鼻を鳴らす彼を抱き締めてまた胸いっぱいにその温もりと香りを嗅ぐ。

パタパタと毛足の長いレムの尻尾が寝具を叩く音と窓の外で囀る小鳥の心地良いリズムは、普段であれば最高に愛おしい微睡みの一時なのだが。


未だ鮮明に脳裏を焼き焦がす『記憶』が私の意識を朱く染め上げる。


燃える生家。

深く暗い森からでもはっきりと分かる火柱。

誰かの肩越しに見た地獄のような光景。

あの中に、まだ私の大切な人達が残っているのだという歎願が、今まさに喉から出そうになった瞬間の事だ。


「…リーシャ?」

「…ラ、ン兄様」


再び泣き出しそうになった私の腹部に回った手が、まるでセンサーでもなんかついているんじゃないかと思うばりに敏感にその気配を察したようで、宥めるようにぽんぽんと優しい音を奏でだす。


「おはようございます」

「ん…おはよう」


緊迫した心地は一瞬で霧散し、未だ横になったままの人へ抱き着いた。

寝起きからギランお兄様に抱き着けるなんて最高過ぎる。


現金な私はもぞりと身体を反転させ、まだ夜会服のままの彼に抱き着き存分に今を堪能する。

ギランお兄様はギランお兄様でまだ眠いのか、私をしっかりと抱き込みながら上掛けを引き寄せ再び瞼を落としてしまうのが何とも緩んでいて可愛いらしい。

今日も!私のお兄様が!大変可愛い!!好き!!


「まだ怖いか?だったらもう一回寝てしまえ」

「お兄様達が慰めて下さいましたもの、怖くありません」

「なんと…寝ないのか…まだ朝食には早いぞ」

「ギランお兄様は寝ていてもいいですよ」

「…リーシャが可愛く起こしてくれるなら、起きる」


朝から無理難題を放ってきたな。

ほら、レムも起きろと呆れながらギランお兄様の頭を甘噛みしてるじゃないか。

しなやかな茶色の背を撫でながら、先程までの様子が嘘のように穏やかな心地で私はくすくすと笑いながらその要望に応える。


「お兄様起きて、リーシャですよ」

「…」


頑張って私なりにとびきり可愛い声で朝を告げてみるが、眼を閉じたまま幸せそうに笑うギランお兄様はまだ起きてくれる気配はない。

仕方ないなぁ。


「起きて、起きてラン兄様、リーシャに構ってください」

「んー…」


ゆさゆさとその身体を揺らした後にぐりぐりと頭を押し付ける。

このコンボがギランお兄様はお気に入りだ。

レム兄様も加勢して私と同じ動きでラン兄様を起こそうとしてくれる。

全く優しいお兄様、もといお犬様である。

愛しすぎたのでその黒い鼻先に小さく何度もキスを落とす。


「またそっちばっかり構って」

「起きました?」

「…」


拗ねた様子でカメリヤ色の瞳を開いたギランお兄様が、気を抜くとすぐにいちゃいちゃしだす妹と愛犬を羨まし気に見つめていた。


「だって大好きなギランお兄様が起きないのだもの、ね、レム兄様?」

「ワン!」

「はいはい分かった分かった」


笑いながら上体を起こしたラン兄様が両腕を開く。

私も満面の笑顔でそこへ飛び込み、いつも通り朝の挨拶として両頬を交互に擦り合わせた。

同様にギラン兄様からも私の両頬に挨拶が贈られる。

こうしていると、大人しいレムも「自分も!」と言いたげな様子で私の頬に鼻を押し付けてくるのでしっかりと交わしてやるのが家族というものだ。

嘘です、言われなくともやる。

レム大好き!本当に可愛いである!アニマルセラピー最高!!


「レム兄様もおはよう、今日も大好きよ」

「きゃん!」

「レム、俺には?」

「くぅん」


まるでギランお兄様と漫才をするように控えめにレムが鳴き、頭を振る。

そこまでがセットで、大変愛おしいので私は毎回笑ってしまう。

ストラス家の朝に見られる定例の姿である。


幸せだぁ。

本当に転生先がこんな最高な環境なのは僥倖だ。

前世で良く読んでいた流行の小説で転生モノには慣れていたが、いざ我が身に降りかかるとなれば転生ガチャで大勝利を引けただけでもうお腹いっぱいである。

そこでまた大変な物語を紡いでいく登場人物達は本当に立派である。

いやぁ、私には到底無理だね!平穏が一番!


(そう、思っていたのになぁー)


昨晩とは打って変わって普段通りに起きた主に、表情には出さずともきっと胸を撫で下ろしているであろうマノンに着替えを手伝ってもらいながら、ぼんやりと私は今猶爆ぜそうな惨劇の記憶にそっと思考を馳せた。




転生したこの現世を私なりの言葉で表すならば『魔法異世界なんちゃって近世ヨーロッパ風味仕立て~転生要素を添えて~』だ。


この世界に生を受けた瞬間から、私は前世日本で暮らしていた、恐らく成人女性並の記憶と意識がある。

他人様の助力が無ければ何もできない無力さを恥じる程度の理性と、朧げな記憶から推測した結果だ。


ただ、前世を持って転生したのだとは分かれども、自分がどんな人間だったかという記憶が曖昧なのだ。

学校で学んだ程度の知識はあるが、日本のどの地域に住んでいて仕事は何をしていたか、家族や友人関係については殆どと言って良いほどサッパリ覚えていない。


普通は印象的で大事な記憶である程覚えているものではないだろうか。

まさか親の顔を忘れるとは、あまりにも不義理な自分が恐ろしい。自分の顔も覚えていないが。


その代わりと言っては大いに難アリだが、某アイドルの新曲がなんかの歴代1位になっただとか、永遠に見続けられているものづくり動画の内容だとか、小さい頃にテレビで見た映画のリマスター版がやるらしいのは覚えている。

特に強く覚えているのが、少し前の世代、恐らく私が学生だった頃にバズった踊ってみた系動画の振り付けという始末。余裕で今も鼻歌付きで踊れる。やらんが。


前世であればネットを駆使して記憶が示す時期を推理し、付近で起きた事故事件を調べ「これが私の死因だ!」とか出来るのかもしれないが、ここは異世界。

例え死因が把握できてもこの異世界じゃ何の役にも立たない。

寧ろ今の私にとって、最も知りたいのは『この世界が何かしらの物語である』可能性についてだ。


――王子殿下に挨拶した拍子に思い出した私の未来。

我がストラス家を襲う、冬の夜に起きる一家惨殺事件――


などという、前世の誰に聞いても「そういう設定ヒロインいるよねー」過ぎて、正直うんざりする。

しかも何で殿上人に自宅の廊下で出くわした瞬間に思い出す。

やめろやめろ!匂わすな!私は!ヒロインの!柄じゃない!!

しかも家族を失うトラウマなんて抱える気はゼロだ!皆無だ!物騒な!


アレだろ?トラウマ抱えた主人公が王子王女とかなんかやったら顔面偏差値高い人と一緒に犯人追いかけて真相を突き留めたり、ともすれば自ら戦って仇を討ちするみたいな展開なんだろ。

そうやって頑張る主人公のお話をたくさん読んだ覚えはある。

仔細は覚えていないくらいにたくさん。


だがそういうのは大概、「どうにかそんな未来を回避しなきゃ!」と主人公が一人で抱え込み、何かと苦労するのに物語の強制力やら何やらで結局失敗するんでしょ。

知ってる、何かそういう作品も読んだ気がする。

否、読んだ。思い出した事がこれか。いらんわ。


しかしな、しかしな世界よ。

お前は確実に選ぶ人間を間違えた。


ずっぶずぶに人にお世話され甘やかされて幼少期を満喫するような女が、そんな健気な性格している訳がなかろう!こんなのすぐにギランお兄様やレム兄様、お父様お母様に、下手したら邸の全員に言い振らして対策を練ってやる!!!

誰が一人で戦うか!無理だ!五歳児だぞ!

いざとなったら邸も爵位も捨てて皆で生きようよ!と愛娘パワーで強請ってやる!!!



(…という訳で、早速ペロッたものの)


私の想像以上に家族は動揺し、誰もが口を閉ざした。

団欒を楽しむべき家族専用のお茶会室にストラス家全員が集まっているにも関わらず、こうもしんと鎮まりかえっているのを私は初めて体験した。


昨晩のギャン泣き対策か、私の両隣はギランお兄様と愛犬のレムで埋められている。

指の入る隙間すらないのは完璧なる我がお母様の采配である。

私がチラリと隣を見上げれば、驚愕と怒りが綯い交ぜになったギランお兄様のカメリア色の瞳とぶつかる。


「…リーシャ、それは、まさか…神からの神託、なのか?」

「どう、なのでしょうか…私も初めての事なので」


まぁそりゃ世も知らぬ五歳児が御家断絶の危機を察知するだなんて、神様からのお言葉だと言われた方がまだ信じられる話であろう。

寧ろその方向で話すべきだったかとぼんやり思うも後の祭りだ。


因みに私が転生した世界には魔法が存在する。

かと言って誰も彼もが使える程の魔力を有している訳でもなく、どうやら人間の文明が発達すると共に衰退の一途を辿っているようなものではあるそうだ。

しかし未だに神の力を感じる世界。

人々の信仰心は前世に比べたらもっと深く根強い。


(でもなんか、そういうのを前に出し過ぎるのもどうかと思うんだよねぇ。

 大概聖女は自然豊かな田舎出身者が多いイメージだし)


魔法、宗教、西洋。

この三単語が出たらもう絶対、聖者聖女、はたまた勇者の存在は確定だろうよ。

しかしそれらは他人として見守っているくらいが丁度良い存在なのであって、平穏でほのぼのした我が一家には荷の重い肩書なのである。


恐らく両親の沈黙もその可能性を考えてしまったのかもしれない。

だが安心して下さい!愛娘は幸いにも前世持ち(しかも成人女性)です!

華麗に避けてみせますその展開!!

いやまず絶対に回避すべきは我が家に降りかかる火の粉を払う事なのだがな!

絶対に!絶対に!!家族も、ストラス邸の皆も誰一人欠けさせる事なんか赦さん!


「お母様も魔力がありますよね、幼少期に似た体験などは?」

「…幸いにも無かったわ」

「あらまぁ…ギランお兄様は?」

「無い」


私のお母様は中々の魔力持ちだ。

その子どもとあって、私もお兄様も魔力がある。

ただ、ギランお兄様は「ある」ものの発動出来る程ではないそうだ。


「ではきっと、『ギレムお兄様』の御力でしょうね」


私が一人納得するように頷き告げた言葉にお父様が顔を歪ませる。


「『ギレムお兄様』は私よりもっと魔力をお持ちだったのでしょう?」

「…リーシャ」


お母様がその美しい、孔雀の羽のような青緑色の瞳を切なげに揺らす。


「家族に危機を報せる為、きっと歳の近い私に託したと思うのです」


改めて見上げたギランお兄様はカメリヤ色をハッキリと濡らしながら、耐えるように目元を顰めて唇を硬く結んでいた。


「ね、レムだってそう思うわよね?」

「クゥン?」


愛らしいお兄様は何の話?と言いたげに小首を傾げた。

喪失の悲しみに揺れる家族の中で、私とレムだけは『ギレムお兄様』との思い出が無い。

それでもこの家族を見ていれば分かる。

どんなに愛された子どもであったか。

如何に幸福に満ち溢れた日々を送っていたのか。


だからきっと、いや、恐らくそうなのだろう。

私に力があるとかそう言うのじゃなくて、この不思議な異世界だからこそ想いの力が果たす奇跡だって存在するに違いない。


「今日の午後にご挨拶へ行きませんか?」

「…明日の朝まで待てるか、リーシャ」

「分かりました」


否は無い、奉納する水を汲みは朝の清らかな水の方が良いものだ。

お父様が静かな問い掛けに私も首を縦に振れば、隣から無言で伸びて来た両腕がそのままぎゅうと力強く抱き締めてくる。

私はギランお兄様の背に片腕を回し撫で、もう片腕でレムを引き寄せた。

レムが私とギランお兄様の間に一生懸命顔を差し込もうとしてるのが、まるで悲しむギランお兄様を懸命に慰めようとしているかに思えて胸が切なくも温かくなる。


困惑と衝撃、そして哀悼の空気を纏ったお茶会室から一番に立ち去ったのはレムを伴ったギランお兄様だ。


慌てて追い掛けようとした私をお母様は優しく淑やかに抱き上げると、その流れのまま愛情を込めた腕で抱擁を娘に贈ってくれた。

安心する温度と匂い。

頬を摺り寄せる私にお母様も応えるように腕の力を確かにした。


「今はお母様とお父様の傍に居てくれる?リーシャ」

「今も明日も、これからもずっとですよ、お母様」

「そうね、ええ、そうね…ふふ、嬉しいわ、大好きよ私達の可愛いリーシャ」

「リーシャ、お父様も一緒だぞ」

「言わなくてもお父様はお母様に付いてくるので」

「そりゃそうだが…」

「ふふっ」


私の言葉にお母様が嬉しそうに笑う。

お父様がお母様大好きなのは五歳児にだって分かる程だ。

喩え前世の記憶が無くとも、もうほんと、仲の良い夫婦。憧れる。


「だから明日の朝も、湖から早く帰って来て下さいね。

 お父様の戻りを私達家族は邸で待っててあげるんですから!」

「ああ、…リーシャも寝坊するなよ?」

「私にはレムが………、ギランお兄様に起こしてもらいます」


私の目覚まし係のレムは恐らく今夜はギランお兄様の部屋で寝るだろう。

そうなれば自然と私もギランお兄様の寝室に転がり込む事になる。

これは合法である。

だってそうじゃないと起きれないのだから仕方あるまい。

わーい!今日もお兄様と一緒に寝れるの嬉しいな!


「本当にこの子ったら…」

「ははは、偶にはお父様が起こそうかリーシャ」

「お兄様達が良いです」


私はまだまだお兄様っこで通すつもりだ。

節度を求められない限りな!


そう心に決めているのが分かるのだろう、お父様の大きな手が小憎たらしい事を言い放つ私の小さな頭をぐりぐりと、それこそギランお兄様が時折してくれるような力強い愛情を注いでくれる。

自然と笑い、見上げる私を、両親が幸せそうに見つめ返すのを噛み締めれば体中を幸福感が満たしていった。

うん、本当に、心から家族が大好きだ。


覚えていない前世の家族友人への不義理を果たすべく、現世は人を大切にしたいと座右の銘にしているのは勿論だが、本当に良き家庭に転生出来たのだ。

常々この家に転生して良かった!現世も生活水準充分最高!みんないい人ばっか!大好き!を募らせており、寧ろそれを表に出しても家族が当たり前のように受け止め、返してくれるという環境なのだから私の家族愛はこうも膨らんで当然である。


だから絶対に悪夢を現実にさせず、乗り越えて見せると改めて心に刻む。



 私の家族構成は、一見ちょっと強面な印象を与える割にどこか抜けているストラス伯爵であるお父様と、見かけ通りに知的で美しく優しいお母様。

そして七つ年上の、お父様に似た色の瞳をしたギランお兄様。

私よりちょっと前に加わったお兄様役の愛犬レム。


レムの名前はギランお兄様の双子の弟『ギレム』から貰ったものだ。

彼は五歳の時、当時家族揃って出掛けた先の森の中で水難事故に遭い、帰らぬ人となったと聞いている。

赤子の時からギレムお兄様やご先祖様が眠るストラス家の霊廟に連れられてはいるのだが、あまり事故についての詳しい話はまだ聞いた事が無かった。


きっとその時が過るのだろう。

だから私は今猶、敷地外の森に出掛けた事は無い。


我がストラス領は白い木肌と緑のコントラストが美しい宏大な白樺の森と、山々からの祝福だと言わんばかりに至る所に湧く清らかな青い水辺が見所の避暑地だ。

なのでやはりこの地で生きる人間は誰しもその景色に包まれて育つし、私も邸の窓から見る景色としてだけでなく是非体感してマイナスイオンを存分に浴びたいところではあるのだが、家族にとって安心出来るのなら今は我慢しようという考えの方が前に出よう。

しかし絶対その内に行くぞ私は。

着衣水泳だって前世で小学校の必須項目だったから得意だ。

ま、この世界の貴族は泳がないそうだが。


なら私の行動範囲は自宅であるストラス邸だけなのかと思うだろう。

王都に比べれば随分な田舎だがその辺りは矢張り領主一家だ、所有する土地は五歳児が未だ全貌を知らないくらいにはめちゃくちゃに広い。

なのでこれと言って閉塞感や遊び場の少なさを覚える事は無い。

加え、心地良い白樺の森も敷地内にこれでもかと言う程広がっている。


普段であればギランお兄様やレムと一緒に、これまた広い庭ではしゃいで遊び回るのが私の午後の過ごし方なのだが双方の姿が無いので仕方なくこの日は図書室で時間を潰す事にした。


図書室は図書室で好きな場所だ。

本の保存の為であろう、少し薄暗くも柔らかな陽が注ぐ静謐な空間はレム兄様との読書に持って来いだし、ギランお兄様と行けば領地の伝承とされる勇者の話をあれこれ一緒に読み、話す、心躍る冒険劇が繰り広げられる場にもなる。


では本日のように私一人の時は何を読むのか。

大概は動植物の図鑑や領地に関する文化の著書が多い。

まだまだ五歳児であるし、況や異世界の暮らしや世界を知れるのは文字を通してでも時間を忘れるくらいに面白いのだ。

あれだけ情報に溢れていた前世の記憶を持つ私でさえ知らない動物や不思議な植物の描写を見ると、どんなものなのだろうと冒険心を擽られる。

早く大きくなって色んなものを見て、触れて見たいなと純粋に思う。

何とも楽しく微笑ましい幼児生活である。


そんな主の性格を良く把握している侍女のマノンが、護衛のエタンと共に私をそうした蔵書が多い書棚の方へわざわざ言わずとも誘導する。

しかし、そこへ私が待ったを掛けた。


「今日は、少し、神学の本を読んでみようと思うの」

「リーシャお嬢様…」

「もしかしたら似たようなお話があるかもしれないし」


家族のお茶会室で話した内容は、まだ家族にしか言わないつもりだった。

だが、昨晩困らせてしまった私付きの、正確にはエタンは専属ではないが、私と仲が良く、懐いている二人には昨晩の謝罪の意も込めてこっそりと話した。

私の抱いた凄愴には、きっとマノン達の喪失も大いに含まれていると思う。

それくらい、今の日々で欠かせない大事で愛しい人達だ。


心痛な面持ちを湛えたマノンが、何とかと言った様子で微笑みを浮かべて頷き、私の望む書籍が納められた一画へと静かに誘う。

エタンは私の後ろに控えていたので表情は分からない。

だが、何となくマノンに似た気配を感じられた。


そんな二人には大変申し訳ないのだが、私の指す「似たようなお話」はギレムお兄様の御力で予言を賜ったというものではない。


(聖人や聖女のお話とかあんま興味無かったもんなぁ)


私が殆ど興味が無かった、この世界、特にこのデュドネ王国で国教とされるロテュス教の聖人に纏わるエピソードを確認しておきたかったのだ。


大概、前世の物語での聖女ヒロインは大きく分けて二通りだろう。

過去に類を見ない力を有した稀有で神秘の存在としての聖女と、過去の聖人と似た力を有したからこそ教義的にその称号を与えられた聖女だ。

前者は現時点では確かめようも無いが、後者は多少調べられる。

ははは五歳児の見かけだが私の精神年齢は成人女性だぞ!

それくらいの見当を付けて行動するくらい朝飯前だ!もう午後だけどな!


出来る侍女であるマノンは私でも読みやすいであろう、説話が幾つも載った書籍を幾つか抜き出してくれたのだが、残念ながら身体は五歳児だった。

眠い。非常に眠い。昼寝の時間だ。

くそぅ!抗え無いこの眠気!!

元より宗教説話に興味も無いし、文章がやや難しいから余計眠くなる!


「エタン」

「何でしょう?」

「面白おかしく読んで…」

「…とんでもない事言いますね、聖人のお話ですよ」

「こう、なんか、臨場感溢れて血肉躍るような感じでお願い…」

「しかも注文が殺伐としているって」


笑いながらもエタンが私の後ろから本を覗き込み、説話を読み上げた。

矢張り彼はアドリブが上手い。

大体マノンに怒られる時も言い訳が面白いもんなぁ。

話が進むにつれ、私だけでなく横で聞いているマノンもくすくすと笑っていた。


エタンが演じた魔王が小者過ぎて超笑った。

凄い雑魚っぽかった。

逆巻きの賢者が完全に魔王をオーバーキルする感じは前世のギャグ漫画みたいだった。


私が求めていたようなお話は無かったが大変素晴らしい読書時間となった。

今度ギランお兄様にもおねだりしてみよう。

きっと微笑ましい、いや、骨肉の争いが聞けることだろう。

大変な楽しみが出来てしまった。今夜早速強請ろう。


そんな事を図書室を出て昼寝をし終えた後も考えていたのに、いざギランお兄様のベッドに転がり込んでレム兄様を抱き締めてしまえばお休み三秒だった。

寝室に持ち込まれた例の神学の本が開かれたか否かは不明である。

とりあえず夢の中で魔王役のエタンが聖女マノンにオーバーキルされてた。

現実と変わらぬ関係性で安心したよ。


矢張り見る夢はそういうものの方が、断然良い。



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