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パドマの箱庭  作者: 菌床
7/11

07:五歳児の邂逅


 上へ下へのストラス邸大捜索を引き起こした主犯は要保護観察処分となった。


私達が無事見つかったと知り泣き崩れたマノンや中々血の気が戻らない顔のエタンへは真摯な態度でお詫びを申し上げ、怒号を上げていたにも関わらず対峙した時には笑顔を浮かべていた護衛長にもビビりながら謝った。


この場合、笑顔で対応されるのが相手にとって一番怖いと分かってやっているのだろう護衛長の狡辛さよ。

彼がこのストラス邸一番の関門だと私は警戒を高めたのだった。


なおマノンやエタンへの処分は減俸である。

廊下で警護していた護衛達も、同額ではないが処罰対象となった。


所詮子どもの遊び、廊下や邸内なら他の眼もあるとはいえ、警備対象から目を離すのは職務放棄である。

実行犯が同意するのもどうかと思うが、まぁそうなるだろうなと私は予見して事を起こした。

それも合わせて大人への反逆でありしっぺ返しなのだ。


一応、自分の非を認めて多少なりの減刑をお願いするくらいには、普段からお仕事振りに感謝しているのだが果たして伝わるであろうか。

ご苦労様です皆さま、いつもありがとう。

こんな五歳児のお守り仕事だが、どうか辞めないでくれ。


まぁこの私の傲慢な考えに気付いているのは護衛長やお父様付きの家令くらいだろう。

後は私の供述を聞いた両親やお兄様方か。


「お前その反骨精神どこで拾ってきたんだよ」

「隠すのが上手だね…もう立派な淑女だ」


拾ってきたのは前世でしょうかね?

前世向けじゃなかった精神が現世でのびのび育った結果でしょうか?などと内心思いつつ大人しく二人に挟まれて、淑女教育終わりのお茶を楽しむ。


前以上にお兄様達が私の周りに来るのは嬉しい。要保護観察、大いに結構です。

今も本当は夜会準備を学んだり手伝ったりと忙しいのであろうに、時間を合わせてくれている。

こんな優しい愛に溢れたお兄様達を激昂させた自分は誠に大罪人だ。


しおらしい姿を見せない妹の太々しさをどう彼等がとっているのかは曖昧だが、油断できないとは思われているのだろう。

話を聞いてそれで終わりにした両親と違い、ギラン兄様もギレム兄様も私の思考を紐解こうと、日が経って猶このようにちょいちょい探りを入れてくる。


「自分でも驚く程上手く行きました、というか上手く行きすぎたというか」

「リーシャ」


隠すな、話題を逸らすなとギラン兄様が声を尖らす。

そう迫られても私は家族に荒唐無稽な話をするつもりは無い。

たとえ思い出した記憶に触れないとしても、だ。


「ラン兄様の行動力とレム兄様の閃きを近くで見てきた成果ですね!」

「…リーシャ」


今度は呆れたと溜息をギレム兄様が零し、頭を振った。

誤魔化されないよと冗談を流さそうになるものの、此処で退く訳にもいかない。


「誰もそうやって褒めてくれないのですから私は自分で自分を褒めるのです。

 そりゃあ…ご心配をおかけしたのは、反省しておりますが…よくできた作戦でしょう?」

「…はー」

「ほんと、よく考えたよ」


行儀悪く天井を仰ぎ脱力するギラン兄様を見て、ギレム兄様も矛を収めたようだ。

お二人が妹の事を良く考え思いやって下さるのが本当に嬉しいです。


甘えてばかりでごめんなさい。いつか前世パワーでなんか役立てればいいな。

前世パワーなぞ無いか。

覚えている知識が全然実用的じゃないし、それこそ理工学など前世でも知らない。

あれ?私の知識や意識はまさか反逆のためにしか使用されないのでは?

ハッハー!そんなまさか。いらんわそんなもん。


「…夜会ではくれぐれも大人しくしてろよ」

「くれぐれも何も、私は子供部屋に詰めてますもの」


ギランお兄様、そういうのをフラグと言うのですよ。

そう内心で呟いた時にふと一瞬思考を逸らしたのを、目敏くギレム兄様が気付く。


「何?リーシャ、何するつもり?」

「えっ?別に何も…」


思わず自分でも不審な程頭を振ってしまう。

本気で何もするつもりは無いのだ、ちょっと意識が別に逸れただけである。

後ろめたくないのに疑われると人は必死になってしまい、余計疑わしい目を向けられるのだ。

これぞまごう事無き冤罪。


「おい、先に吐いて楽になれリーシャ」

「ですから本当に!何も!するつもりはありません!!」

「不安だ…護衛長に重ねて声を掛けておこう、ラン」


ここで護衛長を出してくるギレム兄様の周到さが、人選適切な有能さが辛い!

忠告された護衛長が良い笑顔で「護衛を倍にしておきましょう、寧ろ隔離しましょうか」とか提案してきたらどうするつもりだ。

嫌だ隔離されたら子供部屋でオリアーヌやアロイーズを一緒に遊べない!他の子とも遊べない!

二人が邸に泊まるのを我慢しているのだからそれくらいの交遊は許可して欲しい!



あまりにも私が追い縋ってどうか隔離は止めてと言ったのが効いたのか、夜会開催日の夕方、私はお母様と共に余所行きの服にその身を包み、続々と入って来る親子連れと挨拶を交わしていた。


私だけでは無く、こうした集まりに出席するのが初めての子が多いのか、背丈の同じくらいの子は誰もが少し所在無さ気な雰囲気を纏っていた。

ふとした隙にぐるりと見渡せば、おおよそ子どもだけで三十人は居るだろうか。

我がストラス領の避暑ハイシーズンとは言え、これだけの貴族家が来ていたのかと驚く。


なお現世は五歳になるまで子どもを家の外へ出さないのが慣例だ。

家族揃ってでの旅行や外出などはあるが、他の貴族家の眼に幼子が触れないよう避ける。

なのでこのように他家へ五歳未満の幼児を連れて行くのはマナー違反とされている。

ヴュルテンベルク辺境伯の双子は四歳から我が家に来ていたが、実は異例なのだ。


受け入れ先が我が家というのもあるが、ヴュルテンベルク辺境伯が大らかというか。

これは私の勝手な妄想なのだが、――恐らく閣下は戦火を考慮し子どもや夫人の避難先として、自らの領地から離れたこの北部への縁を繋ぐ事を優先したのだと思う。


もっと辺境領から近い王都にも勿論誼はあるのだろう。

辺境伯閣下程の地位があれば双子を王宮に、強いては王家付き騎士などに押し上げる事は出来そうでもあるが。

正直言って、この辺りは世情に疎過ぎてボヤけている。


ただ、辺境の女性は「私も戦います!」精神が強い。

下手したら子どもたちだけを逃がして、夫婦は辺境に残る未来もある。

そうした時に安心して預けられる先として、偶然にも、このストラス伯爵家を視野に入れてくれているのかもしれないと考えるのだ。

去年、すぐに閣下だけが領地に戻ったのもその考えを助長させた。


まぁそんな不安を感じているとは思えぬ程双子も私もはしゃぎ、ただの仲良しになっただけだが。

まさに「親の心、子知らず」である。

オリアーヌやアロイーズの故郷を私は見た事がない。

時折語ってはくれるが、やはり見に行かなければ分からないものが断然多い。

いつかは遊びに行きたいし、そうでなくても大好きな人達の故郷は安らかであって欲しいものだ。


話が逸れたが、五歳までは子どもは他家に顔を出さないマナーは夜会時でも同じであるため、一時託児所と化したこの部屋にいる最年少は五歳。

最年長はというと、九歳だ。


夜会会場への出席や同伴が許されるのは十歳以上となっている。

十五歳までの出席者は飲酒を控えたり早めに退席をするのが殆どであるそうだが。


つまり、我がお兄様方は今宵の夜会に出席する。

さっき衣装を見たがとてつもなくかっこよかった。


我が敬愛するお兄様達がとてもかっこいい!すごいかっこいい!

少年らしさもあり、しかし青年へと向かう、あの僅かな期間しか楽しめない香しさが全身から迸っていて垂涎ものだった!

私も早く二人と一緒に夜会に出たくなった。

私のお兄様達はとても素敵でしょう!と会場の端から端まで全員に自慢したい。


今頃はお父様と賓客のお出迎えをしているのだろう。

きっと一目惚れしちゃうご令嬢がたくさん出る事だろうな。

お父様にではない、お兄様達にである。


そうして上の空で挨拶を交わし続けていると、待ちに待った双子が入って来た。

思わずパッと私の表情が変わるのが自分でも分かるし、二人の表情も一気に咲き誇る。


だがここで駆け出さず、お互い堪える。

もう五歳なので私達はそれくらい出来るのです、前回は偶々です。


お澄まし顔を取り繕って小さな紳士淑女として挨拶をする子供たちを、母親たちが微笑ましい目で見ている。


「ごきげんよう、素敵な夜ですわね」

「ええ、ご参加ありがとう存じます。本日も夫人の美しさは胸を打ちますわ」


ほぅと手を当てながらうっとりとするお母様。

確かにヴュルテンベルク辺境伯夫人は、流石双子のお母様といった輝かんばかりの顔と髪色をしていて、夜だというのにそこだけ眩い星が落ちたかのようだ。


「二人にも、護衛にも…しっかりと言い聞かせて御座いますから」

「…お心配り痛み入ります」


数度言葉のやり取りをし終えるとふっとその輝きを抑え、一気に夫人のお顔が母親のそれになる。

どうやら巻き込まれただけの双子もしっかりと叱られたようだ。

気を揉ませてしまい申し訳ないです。


辺境伯夫人は何度か後ろ髪を引かれるように、いや、あれは問題児に向ける目で振り返っては会場へ向かった。

挨拶を済ませた双子は他の子どもたちと同じように私の前から退くが、その合間にも悪戯をするようにぱちぱち瞬きをしてみせてくれた。

アイコンタクトを狙ってくれてるのだろうけど、ただただ可愛いだけだった。


余所行きの服を纏った双子の可愛さと言ったら!もう!輝きが違う!

本当に絵画から飛び出してきたような愛らしさだ!天使達が此処にいる!

二人が顔を寄せて話す度、笑う度に周囲の子どもがぽーっと意識を飛ばして固まるのが、首を回さなくても分かるくらいだった。


やっと挨拶が終わればお母様が私の両肩にそっと、とてもとても力強く、手を掛け顔を覗き込み「くれぐれもよろしくお願いしますわよ、リーシャ」と、いつぞやかギランお兄様にも言われたような言葉を告げられた。


信用が無いのではない、ちょっとタイミングが悪いだけだろうなと、己の心に負担が掛からぬ慰めを唱えながら私は笑顔で頷き返した。

それを真に受けるお母様でないところ、とても安心いたします。

去り際の視線が辺境伯夫人とほんとそっくりでした。



(…さて)


ここで真っ直ぐに、視線を寄せる双子へと駆けて行きたいところだが既に釘を刺されている。

幾ら普段はほぼ全員ストラス家の子どもです、最早私達三つ子だから!みたいな態度で接して遊んでいるが、此処は他の子どもも居る社交場である。


そう、幼くとも我々は貴族の子ども。


元より四歳での縁繋ぎはあまり外に出すべき話ではない。

そう私は事前にお母様から懇々と諭されている。

恐らく双子もであろう、その証左に彼等も視線を寄越すだけで駆け寄って来ない。


「初めましての方々が殆どかと存じます。

 ですから私、皆様全員と自己紹介をしたいと思いまして遊びを考えて参りましたの」


努めてにこやかに微笑みを浮かべ、目線を巡らせて堂々と語る。

こういう時に成人意識はとても助かるものだ。

今の私はさぞしっかりしたご令嬢に見えるだろうよ。普段を知らなければな。


「どうかお付き合い下さいまし!まずは皆さまで内側を向いて円を作りましょう」


この人数が全員で輪をつくるとかなり大きいものになったが、まぁ部屋に収まった。

護衛達はやりづらそうだが、すまないな許して欲しい。


「やり方はとても簡単です。

 これから皆さんには本当の事を二つ、嘘を一つ混ぜて自己紹介をして頂き、見破ってもらいます」


これだけ大人数で一気にやるのは初めてだから成功するか分からないがどうにかなろう。

モノは試してなんぼである。


「順番は時計回りに参りますわ。各自己紹介への回答権は二人まで。

 嘘を見破った方、嘘を吐き通した方それぞれにちょっとした景品をご用意してあります」


景品はストラス領名産の陶器飾りだ。地元経済を回す。

何にせよ一つ一つが小さいくて可愛らしく、思わず一つ入手すると揃えたくなる品なのだ。

私も毎年一つ買ってもらっているし思い出作りくらいにはなろう。

お菓子は別に用意してあるので自分の好みで楽しんでもらおうと思う。


「ではまず私からまいりますわよ!

 1つ目の自己紹介です、私はリーシャ・ストラスと申します。

 2つ目、私には双子のお姉さまが居ます。

 3つ目、湖で泳いで遊んだことがあります。

 さぁ早い者勝ちですよ!分かった方は手をお上げになって!」


海に隣接している領地はどうだか知らないが、少なくとも避暑に来ている貴族は泳がない。

以前ピクニックで湖に行った際、浅瀬ぱちゃぱちゃ程度と思って見守っていたであろうお兄様方が、突然妹が着衣で沈もうとするので驚いて引き上げていた。

もう全身びしゃびしゃなのだから良いだろうと言い張り、そのまま人の気も知らずすいすいぷかぷか浮くのだから堪ったもんじゃ無かっただろう。

着衣水泳は前世でも経験済みだ。装飾の少ない軽いワンピースだったので現世も余裕だった。


「はい!3つ目が嘘!そんな小さいのに泳ぐなんて無理だ!」


ありがとう名も知らぬ年上の少年よ!見事に引っ掛かってくれて嬉しいよ!

皮切りをしてくれたその勇気を湛えて景品を渡したいくらいなのだが!


「残念!違いますわ!三歳で経験済みです!」


私の回答に相手は眼を丸くするものの、外れても嬉しそうに笑った。

というかキミ達は玄関ホールで私のお兄様達を見ているだろうに。

なんだ、あまりのかっこよさに見惚れてしまったのか?それとも私はそんなに似ていないか。


「まさか…名前が違うとか?」

「ええ、一番最初から?」


こそこそとあちらこちらで疑心暗鬼が発生している。

名前が違うとか言うが、部屋に入って来て最初に私は名乗っているのだがもう忘れられているらしい。

やっぱ五歳児の記憶能力なんぞそんなものだろう。

私が忘れやすいだけじゃない。


「はい!はい!2つ目が嘘!お姉さまではなくお兄様方よ!」


熱烈に手を挙げて、此方が水を向ける前に女の子が叫ぶ。

ちらりと見えた視界の端では、答えようと構えていたオリアーヌが悔しそうな顔をしていた。

そうだね懐いている大好きなお兄様達に関する嘘だったからね、答えたかったよね。


「正解です!皆様玄関ホールでお会いした筈ですわ?

 私にはギランお兄様とギレムお兄様というとてもかっこいい双子のお兄様方がいますの!」

「とっても素敵でしたわ!」

「嬉しい!そうでしょう!二人共とってもお優しいのですわよ!」


きゃっきゃと答えた女の子だけでなく、他の女の子も楽しそうに答えてくれる。

良かった、常に私を助けてくれるのはやはりお兄様方だ。


「では次の方に自己紹介をお願いしましょう。ご準備はよろしくて?」


こうして自己紹介ゲームは賑やかに過ぎて行った。

途中途中、合いの手を入れる私も楽しみ過ぎて素が出てしまったのは御愛嬌だ。

各々が設定した嘘は数人名前を嘘にする猛者が居た。

最後にはちゃんと明かしてくれたものの果敢に攻める姿勢、嫌いじゃないぞ。


人数も多いのでそれなりの時間は掛かったが、終わった時には部屋の空気は良い感じに緩んでいた。

後程また別のゲームをしましょうと声をかけつつの暫しの自由時間である。

私もちょっとお花を摘みにと退室したら、丁度アロイーズも出て来た。

後ろにオリアーヌが居ないのは珍しい。


「ゲーム面白かったよリーシャ」

「ありがと!そう言ってくれると嬉しい!」


私自身もとても楽しく過ごせたのだが、予想とは違う結果だったので少し残念である。


私が何故全員の自己紹介を、全員で聞けるゲームを仕掛けたのか。

答えは、この王家を招いた夜会に公爵令息が混ざっているのではないかと期待したからだ。


子ども部屋に集まった子どもの人数が多いのは偶然ではない。

王家のご成婚に合わせた貴族家が多いため、私の年齢に近い子どもは人数が特に多いのだ。

現に今夜来ている王子殿下の年齢は私の二つ上の七歳。

となれば公爵令息も、同年代である可能性が高いと考えてはいるのだが。


今宵の参加者全てを私は教えてもらっていないし、特定の家を意識するのは不審だ。

だからこその子供部屋での振る舞いなのだが、残念なことに部屋に居たのは最高位でも侯爵家まで。


我が国の公爵家は三家ある。

淑女教育が本格的に始まった今年、すぐに貴族名鑑を見せてもらったのだ。抜かりない。

家族編成までは書類上に記載は無かったし口頭で聞くのも憚られた。


(――と、なると王子殿下の側?王家用の控室とか?)


「…ところで、リーシャ」


ふと、アロイーズが周りに聞こえないよう声を潜めた。

今は子供部屋の喧噪も遠く、夜会で奏でられているのであろう重厚な音楽が漏れ聞こえるだけ。


「手紙の事なんだけど…」


去年の秋から再会まで何度も手紙のやり取りをしているが、恐らく彼が指している手紙は一つ。

既に私が燃やしたあの手紙だろうという前提で私も返す。


「ああ、思い当たる事があるから調べてみようと思うの!」


敢えて私はなんてことも内容な明るい笑顔と声で答えた。

周りの侍女や護衛から見たら、手紙のやり取りで受けた質問か何かだと思うだろう。

そうであってくれ頼む。


「…そっか、うん、僕も一緒に調べるよ」


アロイーズが賢い。

キミは本当に五歳児か?人生何回目かなんかでは?

この言葉だけで、私に自分が死ぬ未来に思い当たる節があるのを察するの凄いな。

もしかして私と同じ転生者?だからこそ記憶を思い出したのか?


「オリアーヌは()()()()()()?」

「知らないよ、僕から話しておこうか?」

「ううん、調べ終わってから私が教えるー!」


そんな話をしている内に手洗いに着いた。

私達以外はもっと子供部屋に近い場所を使用している。

人数的に混み合うので、家人は少し離れた場所の設備を利用するのだ。

アロイーズが問題なく家人扱いされている。当然である。


私も女性用の手洗いに入り、暫し一人でアロイーズとのやり取りについて考える。


私の問い掛けはダブルミーニングだった。

オリアーヌが私の事故死する未来を知っているのか、という問い掛けの意をアロイーズは取った。


(オリアーヌは()()()()()記憶が無い…?時期が来ていないとか?

 いや、不穏なものじゃなくて誰かに語る程のものでないと判断した可能性だってある)


アロイーズが夢で見た内容を私に伝えたのは、私に関する不吉なものだったからだ。

もし私達が去年出会っていなければ私は今もその話を知らないかもしれない。

知らない、関わり人物に関する未来ならば、私の様に本人に伝える術などないのだ。

我々の動ける行動範囲も対人関係も至極狭い。


(オリアーヌも同じように何か記憶を思い出したなら、アロイーズが特別()()だとは言えなくなるのになぁ…その安心が欲しかったな…)


未だ彼への懸念は払拭されないままだ。

追加でもっと他に見た夢について詳しく聞きたいところだが、この僅かな接触すら偶然で軌跡的。

見逃さなかったアロイーズの嗅覚が凄まじい。良く気付いたな。


(…夢で見た内容を日記に残すように誘おうかな…それを読ませてもらえば何か分かるかもだし)


アロイーズが夢で記憶を得たのを重視するならそれも手段としてありだろう。しかしもし既にオリアーヌが見た後ならば、それは徒労に終わる。

であれば素直に話した方が断然良いのだがこれも難しいところだ。

少なくとも五歳児に相談する内容ではない。


幸いというか、今夜は二人とも別荘に帰るので私は夜一人で考える時間が取れるので、そこでもう一度しっかり考えた方が良いだろうと頭を切り替えてやっと手洗いを出た。

お待たせしましたわー、護衛や侍女たちよ。


廊下に出ると、アロイーズも既に用を済ませたのだろうか付近に姿が見えなかった。

きょろりと私が視線を泳がせた端、動いた影に意識が引かれそちらを見ていたら丁度、廊下の死角から歩いて来た人達と目が合う。


顔を見た事のない護衛、見慣れない服装に何事かと気を張ったのは一瞬。

大柄ながらも品のある護衛達の影に見えた小さな姿を目にした瞬間、意図せず息を詰めた。


(どう見ても高位貴族の子息!)


灯りを受けて煌めくは艶のある仄かに青みがかった銀髪。

護衛に囲まれながらも、威厳を備えた彼が軽い靴音を鳴らし歩く度にサラサラと揺れ動く。

造り込まれ精緻な刺繍がそこかしこに施された、如何にも生地を使った夜会服に身を包んだ身のこなしは、見慣れた邸の廊下がまるで花道であるかのように錯覚させた。


遠目からも目についた彩度の高く強い黄金の瞳をぱちりと閉じ、彼はゆっくりと小首を傾げる。


「おや?案内係は不要と告げた筈だが?」


尊大な態度に私はすぐさま低頭し淑女の礼を取った。

やばい、高位貴族とかそういうレベルの御方じゃなかった。

別に見惚れていた訳ではない。

思い出すのにちょっと時間が掛かっただけである!忘れてない!


(クロヴィス・トゥールシャラント・デュドネ王子殿下だ!!!)


ちゃんとフルネームを言える!淑女ゼミで出たから覚えてる!

クロヴィス王子殿下は王族用の控室でお待ちになっている筈ではないのか!

ギランお兄様!妹は仕出かしました!ごめんなさい助けて!


「ふふ、顔を上げて結構だよ?…リーシャ嬢」

「はい」


こえー!名乗っていないのに把握されている恐怖ー!こえー!!

事件の犯人になったような心地だよ!何故バレたってこういう感じかー!


王子殿下は私と二歳しか変わらないのに、どうやら態度だけでなく思考も既に大人のようだ。

子供部屋に居る筈であろう年代の娘にも関わらず、部屋から離れた場所に居て咎められないのを見て家人だと察したのだろう。

早いよ、言葉のやり取りとか全然していないよ。

寧ろ案内係って言われた私は、使用人扱い及び低頭が遅れた嫌味放たれたし。


「妹君は…顔立ちはギレム殿似だが雰囲気はギラン殿似だな」


私の瞳の色味が青系だからだろう。

ギレムお兄様の方がもっと濃くて深くて澄んでいるし、お顔立ちも品があって優し気だ。

雰囲気がギランお兄様似、というのは何だろう。

こちとら今は猫を大量に引っ張って来て淑女武装をしているつもりなのだが。

被っている猫が気張ろうとお兄様のような貫禄はないぞ。


「そう身構えなくとも何もしない」

「まぁそんな事、お言葉を頂かずとも心配しておりませんわ殿下」


とりあえず此処で話すのも何だろうとすっと掌で廊下を示す。


「田舎の夜は静か過ぎますでしょう?遠くに賑わいが聞こえたのなら思わず足も向くものです。

 殿下さえ宜しければ、僭越ながら子供部屋へご案内いたしますが如何なさいましょう?」


おらさっさと来いよ、この付近に顔出したのはそれが目的だろ。

案内係よろしくトイレ帰りの私が連れて行ってやる、とばかりの提案を相手は可笑しそうに肩を揺らし笑い、何度か頷いた。


「雰囲気だけでなく中身もか」

「家族ですもの、飲む水は皆同じですわ」


飲み方は別かもしれんがな、そういう事だ。

にしてもギランお兄様にまでこの王子殿下、何か突っかかったのか?お?

私のお兄様達があまりにもかっこよくて素敵で輝いていたので、普段周囲にちやほやされてる殿下は注目を掻っ攫われ嫉妬でもしたのか?おおん?

お兄様達への喧嘩は漏れなく私も買うぞ?


表情はニコニコとしながら内心ぶつくさ唱えているのを知ってか知らずか。

クロヴィス殿下は笑いを収めるとしげしげと私を眺め、髭も無いのに顎を摩る。

きっと王様は髭持ちなのだろうな、父親の身振りを真似るなど可愛いところもあるじゃないか。


「余程ストラス領の水は良いのだろうな」

「雪解け水はこの季節でも冷たくて美味しいのですよ」

「それは是非味わいたいものだ」


どちらともなしに動き出し、子供部屋への案内を始める。

そろそろ先触れに向かった使用人が、子供部屋へ殿下がいらっしゃる旨も通知済みな頃合いだ。


「他にご令嬢がお勧めのものはあるかい?」

「有名なものですが夏の盛りに武術大会が御座います。

 飾られた闘技場の華やかさと賑わいは、この涼やかな地ですら暑さを感じる程ですの」

「ああ、従僕にも聞きしに勝ると教えられたな。

 個人的にも非常に興味深いのだが、開催日が少し先か」


ほう、それまでに王都へ帰る予定か。

そうだよな離宮なんぞは勿論この地に無いし、それほど長期滞在出来る邸もないだろう。

ストラス領での滞在も別貴族の持ち別荘を献上されているとかなんとかお父様が話していたし。


「では森の散策は如何でしょう?王都では樹皮の白い森など珍しいのではありませんか?」

「そうだな、絵でしか見た事がないな」

「時間帯によって日差しの色合いを受け、まろやかに色味を変え染まる木々は美しいのです。

 勧めるのが散歩、流石田舎と思われるでしょうけれど、体験されればご納得頂けるかと」


ウチの庭だって白樺みたいな林があるからね。経験者の体験談ですよ。


「はは、強気だ。ご令嬢が特に好きな時間帯はあるかい?」

「私は早朝、特に雨が降った晴れた翌日がお気に入りですわ。

 でもお気を付けなさって?雨が降ってもいないのに髪が濡れますの」

「それはそれは、そのような摩訶不思議は是非身を以て体験しておかねば」


うむ、先程の非礼は雪いだようだし、ご気分も上がったと見受ける。

この表情や空気感なら子供部屋で緊張して待っている子供たちの畏怖も多少は和らぐだろう。

お兄様方!お母様!リーシャはちゃんと家人の一員として務めを果たせたのでは!


「では雨の日にはこの邸に世話になろうか。翌朝の案内は頼んだぞ、ご令嬢」


子供部屋の扉前、やり遂げたと気を抜いた私にクロヴィス王子殿下が申し付けて来た。

その悪戯な瞳を見て思わず思った。


やだー、この人苦手。




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