57:十六歳の不易流行
「オスカー、先に謝っておく」
「断る」
まだ何も内容を告げていないのだが。
そんな風に切り出されたらよく訓練されたオスカーくんは反射的に答えてしまったのだろう、行った後から感情が追い付いたように眉を潜めた。
それをじっと見つめ返せば、段々と絆されたのだろう、盛大な溜息を零して眉間を揉み解しながら俯くのだから可愛い人である。
「…どうせ禄でも無い事だろう?」
「禄でも無いとは失敬な、仕事だ」
「諜報員のか」
「うん」
別にオスカーへいちいち私に下された諜報活動指示を伝える事なんかしない。
私の報告義務は上司にであって同僚にではない。
彼に共有する情報だって、上から指示されたものだけである。
にも拘らず、ちゃんと許可を貰って彼に話そうとする気持ちを汲んで欲しい。
オスカーが嫌がりそうだなって思ったから、ちゃんと、自分からレオさんやアロイーズに打診したのだぞ!後でそれも聞いておけよ!
「人妻役をしてくる」
「……………俺の?」
「違う、バカ」
「俺の妻だろう?」
まだだよ、錯乱するな正気を取り戻せ。
「は?俺の妻の意味での人妻でなく、他人様の妻?」
「役」
「それで何処に行くんだ?」
「それは言えないけど」
「他の奴が、お前を、俺以外の妻と認知するのか?」
分かっていたけど!分からされたけどさ!!
オスカーお前、めちゃくちゃ独占欲強いのな?!!
「嫌だ、断固として断る」
「オスカーぁ」
「誰に上申すれば良い?アロ様か?レオさんか?」
「止めてくれ、私情はこれ以上挟みたくない」
「これ以上って何だ」
「あああ…」
結局自白させられ、少しだけ機嫌を持ち直したがその辺りは頑固な彼だ。
アロイーズに直々に「彼女は俺の妻です」発言をして主様の腹筋を崩壊させ、恐ろしい事に秘書官という肩書に塗り替えられて計画が進められる事となった。
それは勿論、当日に夫、改め上司役に扮したレオさんも知るところとなる。
「いやぁまさかヤツがそんな事を言うようになるとはなぁ」
「元を辿ればレオさんが差し向けたんでしょうに」
「そうだけどな…ははっ幸せそうにしてるのはやっぱ嬉しいもんだよ」
二人きりの馬車の中で笑うレオさんの表情は自然体で、それこそ幸せそうだ。
ヴュルテンベルク辺境伯領の人々も温かい。
何だかんだ言って、幼い頃から目を掛けていたオスカーの事を慈しんで心配して、見守り続けてくれていたのだろうと分かる。
「正直、最初の内だけだと思ってたんだよ。
アレは自制心も凄いからな、溺れそうになればすぐに手を引っ込める」
でもそうはならず、私が訓練で気持ちを大きく揺らさなくなったとしても彼は訪れ、その身と言葉で温め癒し続けてくれた。
「ある意味、恋には自ら溺れに行ったがな」
「上手い事言ったとでも思ってます?」
「いやいやマジでさ、俺が目を離した隙に陥落してるから引き戻し様も無くて」
「それで放置したと」
「いや、ちゃんとアロイーズ様と釘も刺したし、確認はした」
成程ね。
オスカーが時折ユーデス様の話題に過敏な反応を示すのは、矢張り私の話を知っていたからなのだろう。
本人から何処まで聞いているかは、開示されていないが。
「まぁその辺りは本人から聞くべきだろうな」
「私の話も本人から話させて頂きたかったものですが」
「くくっ悪いな、それはそれでアイツが止まらないだろうよ」
「…」
止まらない程の想いを抱き続けて私の傍に居てくれたのか。
卒業後の進退についてだって、考えてくれていた。
ああ、何処まで彼は私の事を愛してくれているのだろう。
無性に逢いたくなってきた。
「早く帰りたいか」
「帰りたいですよ…王城だなんて、魔の巣窟じゃないですか」
「狼の巣穴よりは安全だぞ」
「そういう問題ではなく」
レオさんが私の下に届けた調書には、先日話した仕立服の贈り先が記されていた。
推察通り、ネウストラ公爵家のユーデス様宛と。
アンヴァリッド公爵家宛だった。
ユーデス様と背格好が同じくらいなのは歳も近いイザイエ様だけだ。
しかし彼等は幼馴染、一緒に曾祖母様のところへ顔を出して共に可愛がられていたとしても何も不思議ではない。
幼い頃、私達の揃いの意匠で服を仕立てたのはヴュルテンベルク辺境伯家だ。
親密な家であるからこそこうした交流も時にはある。
ただ、噂ではあるがユーデス様とイザイエ様は然程仲が良くない。
というのも同じ幼馴染であるクロヴィス殿下がユーデス様を遠ざけているから、というのが専らの理由である。
クロヴィス殿下とイザイエ様、ユーデス様、三人は幼馴染だ。
しかし重用され信頼を置かれるのはいつもイザイエ様ばかり。
それにユーデス様が嫉妬していて、不仲なのだと語られている。
本人を良く知っている私からしたら違和感しかない噂なのだが、殿上人の姿を見た事の無い平民や王宮に上がらない貴族子女はそうも思わないのだろう。
それに夜会に出ても彼はいつも無表情らしい。
何が起きても動じない、感情を揺らさない、蝋人形のような貴公子。
確かに彼のような御姿なら傍に置いておこうとも思えないだろう。
イザイエ様の柔和で清らかな立ち姿を見て見ろ、なんと清廉だろうか。
王子殿下の御心を慮れば、当然そうなろうよ。
今でも耳障りの悪く腹立たしい噂だが、それが現実だ。
イザイエ様はそんなユーデス様を解きほぐし宥めようと接するが、彼は相変わらずの冷たい態度。
社交場に出る度に見受けられるその姿を最早誰も気に留める事はないようだ。
変化を期待されない冷ややかな関係。
そう世間は見做して来たからこそ、曾祖母様の贈り先が奇妙だった。
仲直りを願っての取り成しのつもりなのだろうか。
確かに長年に渡り贈っていたようだが、一向に彼らの関係改善の兆しは見えないままだ。
いや、寧ろ表舞台に見せている姿が偽りであったとしたら、どうであろうか?
共通する政敵を欺くため?
結局曾祖母様の懐に隣国の手を入れられ、ネウストラ公爵家の評判を落とすような噂が出回る事態になってしまったのに?
どうも噛み合わない。
これと言った筋が見えない状況だ。
だからこそ彼等が主に仕事をしている王城へ潜入する運びとなった。
元よりレオさんは閣下の采配の下、先王のみとの契約により彼を貴族として王城の職務を任せてもらうように捻じ込まれていた。
殆ど顔を出さなくても良い、下請けの下請けのような、仕事ではあるが。
しかし国防に関する調査報告や情報収集で恙無く出入り出来るのは有難く、どれほどの労力を尽くして閣下が国を想い尽くし、王家に忠誠を誓っているのかが良く分かる。
この情報が現王に任されるようになるのはまだ難しいかもしれないな。
もしかしたら飛んでクロヴィス殿下に渡されるかもしれない。
そういえばあのクソむか殿下は、無事に教育が間に合ったようで今は精力的に働いているようだ。
悪い噂も聞かず、婚約者であるリュクスイユ公爵家グレース嬢との仲も良好。
来年に控えた婚姻式の為に王城や城下が賑わっているくらいだ。
さて我々が王城へ紛れ込む事は容易であろうと、その時の人である王子殿下の傍に近づく事は到底出来ない話である。
しかし調査対象となるイザイエ様は王子の側近。
仕事場も王子殿下の執務室が中心だ。
貴族夫婦であれば上役の貴族への挨拶を称して共に上階に上がり、私が普段集めているような平民や貴族家に勤める使用人の話よりよっぽど濃い話が聞けるのだが。
悲しいかな今日の私の立場は秘書官である。
赤い巻き毛を結い上げ眼鏡をかけて、インテリ女子に女装している。
化粧はちょっと派手にしたのでキツそうな顔になったが仕方ない。
凛とした雰囲気は何処となくギラン兄様を彷彿とさせる。
一応上司役のレオさん好みに仕上げたのだ。
この世界での顔採用ってホント、呆れたので今度ピピさんに言いつけよう。
さて、王城に到着し、上司が上役に一人で挨拶に向かう間、私は庭園に鴨が憩いでいないかせっせと地道な調査もとい散歩をするのである。
ちゃんと手には如何にもな書類も手にしている。
インテリ女子なのに迷ってしまうおっちょこちょいさん設定である。
本日は庭園で催しが無いのは調査済みだ。
潜入しやすい点では有難いが、人の気配を追うのが一苦労ではある。
矢張り王城、庭が宏大だ。
一通りの構造は頭に入れて来たものの、実際に歩いてみると違うものだ。
ガゼボで憩う夫人達の愛人事情や、紳士たちの投資の話。
学院で見た事がある子息や令嬢の姿も時折目にした。
へぇ、学院ではなく親に付いて来た体で逢瀬してたんだ、成程ね。
全く本題にかすりもしない情報だけが耳に入る。
流石に中々、こんなところに高位貴族の噂など転がっている訳も無いか。
ただ、来年から始める新規事業をユーデス様が取り仕切っているいるだとか、今までの政策にも彼が関わっているものが多いのにまたかという嫉妬のぼやきは気に掛かった。
(親密ではなくとも、重用はされているのかな?
でも昔は王子殿下もユーデス様の体調を気に掛けて下さったようだし)
思ったよりも関係は悪くないのかもしれない。
そんな事を考えながら庭園から建物内に戻り、廊下を歩いていた時だった。
バンと音を立て眼前で開いた扉に思わずたたらを踏む。
中々の勢いがあったそれは、王城でなくとも不躾だ。
それこそ本当に只人であれば衝突してしまいそうな程。
反射的に私の視線は逆光で薄暗い室内へ動く。
中の人とそれが重なり、一瞬の隙を抱いた瞬間に手首を掴まれ強い力で引き込まれた。
私はその力に抗わず、寧ろ勢いを逆手に一気に距離を取る。
手首を返して拘束を外させ窓辺を背にして逆光を味方に自分の顔をぼかす。
背中に仕込んだ武器を、スカートを直すフリをして確かめた。
相手は一瞬、私の機敏な動きに驚いたようだが、そっと扉を後ろ手で閉めた。
明るい庭とは違いその部屋は薄暗く、立地からも推察出来る通り庭で使う簡易のテーブルや椅子などが仕舞われているような物置だった。
舞い散る埃が、ちらちらと光って筋を作る。
コツリと硬質な軍靴の音が一つ、静寂に沈んでいった。
私が明るい窓を背にしているからか、彼は厳しいままの表情を崩さず目元だけを眩しそうに細めた。
「見ない顔だね」
「それはそうでしょう、まだ着任して日も浅いので」
「へぇ?王城勤めの女性は全て顔見知りだと思ってたけど?
キミ、一度も俺の顔を見に来た事無いの?」
おいおいとんでもねぇ自惚れですねぇ!
王城ではそんなキャラで売ってるんですか?!それで人気なんですか?!
ここいらの女性の趣味がトンと分からんですわ!
思わず鼻で笑って冷ややかな視線を向けるが、彼はどこ吹く風だ。
にこやかで、何処か悪戯っぽい表情を崩さない。
「人様の男に興味御座いませんので」
「そうなんだ、婚約を早まったかな」
「どうぞ夫人とお幸せに」
「ふっ、そうだねぇ」
堪らずと言った様子で彼が一度顔を伏せる。
深みを増していたミッドナイトブルーの視線が私から外される。
「長かったよ、本当に…嬉しいよ」
「大恋愛だったのですね」
「そう、そうなんだよ。
実は彼女は俺の親友の恋人だった人でね」
「…」
思わず私は一瞬息を呑んだ。
待ってくれ、グウェンダル様は顔が広いとは謂え、親友と公言していたのは私のお兄様達だけだ。
だからこそ二人が亡くなったと知った時、随分荒れたと聞く。
「学生時代から俺と取り合っていたんだ」
「…そうですか」
聞いて無い、聞いて無いよそんな話。
ストラス領でグウェンダル様がこっそり私に教えて下さったお兄様達の恋バナには、そんな、当時から未亡人だった夫人の話題なんか一切出て来なかったよ?!
どっち?!どっちとなの?!!!
「どっちとだと思う?」
「私が推し量るには烏滸がましい話題ですね」
いや、グウェンダル様のタイプからするとギランお兄様か?
武術に精通していて身体も鍛えているし。
だがギレムお兄様の穏やかな雰囲気も味わいが違うとか、そういう何かあるのかもしれないし!
どっちのお兄様も侍らしていたとかだったらどうしよう!?
夫人!ちょっと!!若い燕を誑かし過ぎでは??!
「ふっ、ふふ、あはっ」
「…」
「すご、それでも表情、変わらないのに…瞳で物語るのは同じだね」
腹を抱えて笑いだした彼の足元に幾つかぱたた、と音を立て雫が落ちる。
乾いた床板にじわりとそれが染み込んでいく。
「あぁ…ほんと、やっぱり…あの二人は、やると思ったよ…」
掌で俯いた顔を抑える男の肩が震えている。
私は黙ってそれを見ている事も出来ず、そっと視線を外した。
色褪せた深紅の布がやたら眼に焼き付いた。
「おかしいと思ったんだ、キミが後ろに居るっていうのに二人が斃れる訳が無い」
私はいつから彼に見つけられていたのだろう。
そんな、場違いな事を考えて意識を散らす。
「ギランもギレムも、キミだけは何をしたって生かすよ。
ねぇ……そうでしょう?リーシャちゃん」
ゆっくりと面を上げた彼の瞳からは滂沱の涙が零れていた。
それでも、グウェンダル様は下手くそな笑みを浮かべる。
親友を喪った悲しみと、彼等が彼等のままであった悦びが綯い交ぜになった彼の顔は、立ち尽くす私を苛めた。
「…人違いです」
少女らしい声ではない。
かと言って、『シャラム』としての声でも無い。
落ち着いた少し声の低い女性の話し方を意識して口を動かした。
「俺が、見間違う訳無いだろう」
「現に今見間違えておりますが?」
「その瞳」
眼鏡越しの私の瞳を見つめる彼の瞳はまるで溺れるように濡れていた。
綺麗な顔を流れる涙を彼は拭いもしない。
「その瞳…忘れる訳がない…」
徐に伸ばされる手を避けるように改めて私は距離を取る。
切なげに、ゆっくりとそれが落ちて乾いた衣擦れの音だけが残った。
「眼鏡のせいで見間違えているのでは?」
「じゃあ外してよ」
「貴方の目玉を繰り抜いて宜しいのであれば」
「こっわ…はは……ねぇお願い、これ以上、近づかないし触れないから」
どうしたものか。
別に眼鏡の一つや二つ、外すのは構わない。
ただ彼が私を見抜いている事実をどう往なすべきかが考え付かない。
いっそ逃げ出してしまいたい。
だがかといって、流石王子殿下の近衛騎士。
私の前に立ちはだかる彼は泣きながらでも隙が無い。
突破を試みようとすればそれこそ制圧されるだろうし、物音が響く。
前の廊下も人通りがほぼない場所であったとしても誰も通らない訳ではない。
そもそも何故気付いた。
女装とは言え、化粧だって変えて雰囲気を離したつもりだったのだが。
背格好だって随分違う。
彼が言った通り、瞳の色で判断されたのか?
青系の瞳など吐いて捨てる程居るだろうよ。
それとも私の顔立ちはそんなに特徴的だろうか。
諜報員としての自信がガタガタなんだがなぁ。
もう考えるのも面倒臭くなって、溜息を零す。
彼はその間も私を見つめ、くつくつと楽し気に笑いを嚙み殺す。
ストラス領の庭で見たような笑顔だ。
離れても変わらずに居てくれる存在があると気付かされる。
「…眼鏡を外せばそこを退いて下さい、仕事がありますので」
「うん…そうだろうね」
私は彼の言葉を他所にさっさと眼鏡を外し、グウェンダル様を見上げた。
相変わらず綺麗なお顔だ。
男らしさも上がって、ぐっと色っぽくなったな。
成り行きは嘘か真実かは分からん例の未亡人とも仲良くやってる事だろうよ。
「何か、碌でも無い事考えてるでしょ?」
「思い込みが激しいようで」
「ああ、実際そうかもしれない。
喪ったと思った人が生きて目の前に居て、俺を見つめ…睨んでいて」
ああもうこれは隠す方が無理か。
ユーデス様では無かった事を感謝すべきだろう。
「生きていた…嬉しい、これって夢じゃない?」
「仕事に戻りますね」
「ああ、ごめん、感傷に浸ってしまった。
そんなに警戒をしないで?ユーデスには言わないよ?」
警戒するだろうよ。
此方の変装を見抜いて、確かめて暴くなど相当だ。
庭園を歩いていた時に見つかっていたのか?
私の注意力が散漫過ぎるだろ。
クソっ、レオさんに何て報告するんだ絶対再教育される!
…ん?ユーデス様には、言わない?
ちらりと私が見上げると意外にも彼は真剣な顔をしていた。
「言わないよ…言って無いから彼はあのままだし、キミは此処に居るんだろう?」
「…」
勿論ユーデス様に私の生存が明かされるのは困る。
非常に困る。
だが、ユーデス様の体調を心配していたのは王子殿下より先にグウェンダル様だった筈で、彼は私の当時の恋心も知っているのだから再会させたがると。
何だ、この違和感は。
「俺の分かる事は全て話す、だから邸に来て欲しい」
どう考えたって罠にしか思えない。
だが。
恐らくグウェンダル様は何か、私の知りたい事を知っている。
少なくとも私が、ユーデス様への恋心を諦めるような理由を。
「…」
私は懐からカードを取り出し彼の足元に投げ寄越した。
「呼び出しはその紙の通りに、廃棄は水に流して下さい」
「…はは、かっこよ」
笑いながら拾い上げる彼の動作を全て見終える前に私は部屋を後にした。
戻り、帰りの馬車内で報告したレオさんが項垂れた。
「何で人がちょっと目を離してる隙に、こう、お前は」
「私も不思議でなりません、そんな分かります?」
お叱りかと思った第一声がこれだったのですかさず私は話題を茶化す。
「はぁー…分からんよ、安心しろ」
「何故でしょうね安心出来ません」
「これはオスカーにも共有して良い、じゃないと王都から連れ出されるぞ」
「私が腕っぷしでアイツに負けると?」
「そうじゃねぇ」
最早レオさんは怒る気力も無さそうだ。
よしよし、このまま詰め所に戻るぞ。
「…何だって、こう、お前んところの人間は、人の心にこうも残るのかね」
ぽつりと呟いたレオさんの言葉に私は眼を瞬かせた。
「残っているのが温かい記憶なら、悪いものでもないのでは?」
「………そうだな」
レオさんはそっぽを向いて窓の外を眺め続けたまま無言だった。
ガラガラと響く車輪の音と、夕方の賑わいだけが私の鼓膜を揺らしていた。




