55:十六歳の少憩
「開口一番に次の休みを打診されるなんてさぁ、僕が悪い主人みたいだよねぇ」
「何やってんだオスカー」
「…」
これを学院へ向かう馬車の中、逃げ場もやる事も無い状況で私に愚痴るアロイーズは中々の性格だと思うぞ。
キミ、男相手には中々言うよな。
それとも相手が特に仲の良いオスカーだからだろうか。
可能性としては其方の方が高いか。
何せアロイーズと歳が近い友人枠、リュカ様くらいしか知らないし。
学院でももっと同世代と建前を越えた交遊を深めてもらいたいところだが、中々我が主は外面を外さない。
「確かにオスカーは夏季休暇中に体調も崩したからね、休んだ気にならないか」
「そうであったとしても学院が再開し、新たな任もある中で気が抜けていますね」
「同僚からそんな事を言われているよ、オスカー」
「…申し訳、御座いません」
「とりあえず次の学院の休みまでは我慢してくれ」
「…は」
覆水盆に返らず、口から出た言葉は戻せないものだ。
我らのお優しい主様はしっかり部下の言葉を聞き届け休暇を下さる。
何て素晴らしい上司だろう、有難すぎるな全く。
「ではその間は私が」
「ありがとうシャラム、頼むよ」
「…………」
同僚が休みたいというのだから協力するのが仕事仲間だろう。
はっはっは、感謝しろよオスカー。
そんな目でねめつけたって暫く休みは合わせないぞ。
初日の学院はまだ夏休み気分が抜けていないのか、誰もが何処か浮足立った気配を纏っていた。
こういう時こそ情報収集は捗るものだ。
私はせっせと従者控室の大部屋であちらこちらで会話に混ざる。
オスカーも渋々動き出し、比較的話せる従僕と言葉を交わしていた。
後で情報を擦り合わせよう。
ところでイニャスさんは傷心から立ち直ったのだろうか。
大広間に姿が見えないな、と思ったがそもそも主人ごと欠席だった。
どうやら後ろ倒しで休みを取得しているらしい。
そういう家もチラホラ居るので注視していなかった。
(ユーデス様も伸ばしているのか…じゃあミレイユ嬢は動かないか?)
私の推測通りミレイユ嬢は授業を受けるとすぐに帰ってしまった。
休暇前であれば仕事と不安材料が一つ減ったと内心で喜ぶのだが、今は違う。
出来れば残っていつもの徘徊をしてくれという私の神頼みは届かなかったようだ。
今回は私だけでなく、ゆくゆくはアロイーズにも関わる願いだったがダメだった。
やはり私の神頼みは邪念が強いのだろうか。
どう思うよ、闇の神様よ。
笑い声が聞こえたのでお喜びの様だ。
左様でございますかぁ、楽しそうで何よりです。
アロイーズの希望はミレイユ嬢と一対一での接触だ。
且つ、周囲の目が無い状況を求めている。
今までの接触と同じ状況だ。
だがそれらはどれも此方が意図したものでは無かった。
改めて手配をするとなると場所選びや時間、イレギュラー時の対応方法など、事前準備から気を張るものが多い事多い事。
幸い私には闇の神様がついてくれているので、誰か人が近づいても気配遮断をすれば、多少の時間稼ぎは出来るのだがそれはあくまでもアロイーズやオスカーに限る事でミレイユ嬢は未知だ。
彼女だけがぽつんと独り言を喋っているように傍からは見えよう。
この辺りは私が実力不足だからか、意識的に探されてしまうと認知されてしまう。
なので保険の保険として考える程度のものだ。
そもそもミレイユ嬢を誘き出すよりも彼女の徘徊先に現れた方が余程楽だと気付いた頃には、私に与えられていた準備期間もといユーデス様の夏季休暇は終わられたようだった。
アロイーズ達が授業中の時間、一人で出歩く彼を見つけてやっと気付いたが。
(講師から聞いていた日付よりも早い、偽情報だったか)
或いは行程の変更があったのか。
何方にせよ奇しくもミレイユ嬢の徘徊が再開した翌日の事だった。
(参ったな…昨日の内に無理矢理にでも接触させておくべきだった)
やっと学院内も夏季休暇の空気が収まり始め落ち着きを取り戻した。
だからか、ミレイユ嬢も休暇前の日常を取り戻したばかりだと思って見逃したのは私の判断の甘さだ。
アロイーズもそれが良いだろうと、数日様子見する方向だったが。
こうなると話は変わってくる。
授業後、私はすぐにアロイーズへユーデス様が戻られた旨を報告した。
「そう」
「申し訳御座いません」
「それだけで終わりにするキミじゃないだろう?」
「は」
ううっ鬼上司!怖い怖い!
だから私はこの短時間でちゃんとミス穴埋めの情報を調べてきてあります!!
「本日、講義には参加される御予定は無いようです」
「まぁもうこの時間だしね」
残る講義は一コマだ。
寧ろなんでそんな妙な時間に態々学院へ来たのだろうか。
邸に居ればいいのに。
「放課後まで残っておられない事を祈ろうか」
「は」
私は祈らない事にしておこう。
アロイーズの願いなら神様も叶えてくれるだろうよ!
そんな私の内心を察したのかオスカーが隣で密かに溜息を吐いていたが無視した。
幸い、神様はアロイーズの願いを叶えてくれる気なのか、放課後になるとミレイユ嬢はまた不思議な力でそっと一人になり学院内を彷徨う。
昨日は中庭の隅に忘れられたベンチだった。
今日は渡り廊下だ。
私は彼女の行先に見当を付けると速やかにアロイーズ達へ伝達し、接触する様子が見える離れた位置に陣取り周囲の人気を探る。
(オールクリア―!流石ミレイユ嬢、仕事が出来るぜ)
自前でやるよりよっぽど楽である。
彼女が望む限りモブ一人として現れる気配が無い。
なのに私が観察したりアロイーズ達が近づけるのだから、結局彼女の力も私の闇の神様に願うものと似たり寄ったりで認知齟齬を引き起こすものなのだろう。
ミレイユ嬢が行ったり来たりしている渡り廊下に差し掛かる前、オスカーが私が隠れている方向へちらりと視線を寄越す。
私はすぐに手元の鏡を翻し、合図を送った。
それを認めた彼はすぐに視線を前に向け、何事も無いように主に随行する。
(アロイーズが女の子口説くところ聞きたかったなー)
無事に人目のない場所で二人が接触した。
私の位置では会話は聞こえない。
見えるのは、アロイーズとオスカーの背中、そしてミレイユ嬢の驚嘆した表情。
だが彼女はすぐに綻んだ華のように愛らしい笑みを浮かべてみせた。
(おー喜んでる喜んでる、流石だねアロ)
時折彼女が可憐な指先で口元を押さえ笑う姿は本当に愛らしい。
話を聞いている間も少し首を傾げ、上目遣いでアロイーズ達を見上げている。
こくりと相槌を打つたびにさらさらと淡い珊瑚色の髪が揺れる。
絵に描いたような美少女ムーブである。
(えー…可愛いー…領地に居ないタイプじゃーん)
ヴュルテンベルク辺境伯領の女性は大体姉御肌というか精神的に逞しい人が多い。
別領育ちの夫人も若干それに染まるくらいには、皆働き者で闊達。
良く笑い、些細な事にくよくよしないで前を向く強い女性ばかりだ。
相手探しにも自ら動くタイプが多いのは、そういう気質が強いからだろう。
だからと言って男性全てがそういう女性に惹かれる訳でもない。
寧ろ屈強な男達が多いからか、儚い子を見ると庇護欲に駆られがちである。
そんな幻想に騙された先輩や後輩を何人見てきた事か。
(アロのタイプでは無いけど、オスカーは免疫無いからな)
初対面時の喋り方は流石に変えたのだろうか。
身振り手振りを加える事もなく、穏やかにミレイユ嬢が話しているのが見える。
時折彼女の美しい瞳は、アロイーズだけでなくオスカーにも注がれる。
それが驚きの後に恥じらうように伏せられるのを見て、私の心が引っ掻かれた。
(え、何あの反応。マジでオスカー微笑んでんの?バカなの?)
イニャスさんを陥落させた実績を持つ儚いスマイルか?
それとも私に見せる、仕方ないなって言いたげな優しい笑顔か?
(やれと煽ったのは私が嫉妬するのも理不尽極まりない話だが)
後でアロに話を聞こう、そして愚痴ろう。
そうしよう。
ふとアロイーズが視線を渡り廊下の先に向けた。
誰か来る気配を察しのだろうか。
私の周囲には未だ人の気配が無いのだが。
(ミレイユ嬢の魔法が切れた?
今までユーデス様との逢引き中に人と遭遇するなんて一度も…)
扉が開くと、中から出てきたのはユーデス様だった。
成程、なんて都合の良い魔法なのだろう。
当然のように彼も一人きりだ。
ユーデス様は驚いた様子も見せず、静かにアロイーズとミレイユ嬢それぞれへと目を向けた。
アロが何か話し掛けたのだろうか。
ミレイユ嬢から外した視線を彼に向けたまま何か話している。
相変わらず、その表情は静謐に満ちていた。
一言二言交わすとすぐにユーデス様はその場を後にしようと歩みを進める。
が、引き留めたのはミレイユ嬢だ。
細い手をきゅっと結び、胸を抑えて何か言い募っている。
(あれかな、他の男に色目使っていた事を必死に言い訳している的な)
脳内で勝手にミレイユ嬢の声で『違うの!誤解なの!私が好きなのはあなただけ!』という陳腐な台詞が読み上げられる。
はっはー、勝手に修羅場に巻き込まれてるのかなアロ。
おもろ。
計画実行初日にコレである。
大した情報が得られなかったとしても、後程聞く話は随分面白いだろう。
気丈にも間男扱いされたであろう我が主は、ユーデス様が立ち去った後もまだミレイユと何か言葉を交わしていた。
寧ろ此処で『彼じゃなくて僕にしなよ』的な何かでも言うのだろうか。
おいおい、アロイーズまで茶番に付き合うってのかい。
まだ遭遇三回目でそれは早すぎると思うぞ。
兵は神速を尊ぶと謂えど、短期決戦狙い過ぎだろう。
ミレイユ嬢はアロの言葉に考え込んだり、ほっと胸を撫で下ろした様子を見せた。
本当に一体どんな話をしているのだろうな。
気になった私は邸に戻るとすぐにアロイーズとオスカーに話を振った。
オスカーはちらりとアロイーズを見やるが、彼は真っ直ぐに私を見つめたまま暫く口を閉ざしていた。
「…お考えを纏めるようなお話があったのでしょうか?」
傍から見たらというか、見ていたのが私だったからかそんな空気は感じられなかったのだが、今のこの居室の空気の重苦しさを鑑みれば察するものは余りある。
では改めるべきかと私が下がろうとしたら、アロイーズが待ったを掛けた。
「最初に僕とミレイユ嬢が話した内容は大した事はない。
先日のオリアーヌの話だったり、普通の社交辞令の範疇だ」
「そうですか」
その社交辞令でオスカーが笑うような話をしたのですかね。
へぇ興味ある。後で聞き出そう。
そもそもオスカーは私に会話内容を共有する指示が出ていたのに、何一つ馬車の中でそんな話をしなかったのは何なのだ?
仕事しろ?
「途中でユーデス様が渡り廊下の先から出て来たのは見ていたね」
「ええ、勿論」
「彼は僕と挨拶をするとミレイユ嬢へは声を掛けずに立ち去ろうとした」
「顔見知りなのに?」
「キミの報告でも声を掛けるのはいつもミレイユ嬢からだったろう?」
そういえばそんな気がする。
じゃあそこは大して違和感でも無いのか。
『私以外の男と話してる』と嫉妬して無視したとかじゃないのかぁ。
まぁユーデス様、そういう幼稚な事をする御人には見えないしな。
「だがミレイユ嬢は彼を呼び止め、詫びた。
『夏前は、申し訳御座いませんでした』と」
うん?…うん、何の事だろうか。
「その様子だとシャラムが報告内容をぼかした訳でも無いようだね」
「そんな事…」
あれ?
私、あの日、渡り廊下の先にある図書室から帰った後の報告ちゃんとしたか?
ミレイユ嬢の独り言が衝撃過ぎて全容は語っていないのでは?
「……シャラム」
「申し訳御座いません、動転しておりました」
「あの日か…もしかして図書室で二人は遭遇していた?」
「ご明察通りです」
ああ、だからミレイユ嬢は渡り廊下を選んだのか。
もしかしたらユーデス様がまた来るかもしれないと。
でも図書室に押し入る勇気は持てず、あそこで躊躇っていたと。
「今報告出来るかい」
「は。
あの日、ミレイユ嬢は渡り廊下先の図書室で本を物色していました」
「当然のように司書も不在で、一人きりか」
「ええ」
最早呆れたようにアロイーズが嘆息を漏らす。
そうだよねぇ、何度報告しても不思議だもん。
これが聖女パワーなのか。
「彼女は一冊の本を取り眼を通していましたが、図書室へ近づく足音に気付くとその本を持ったまま退室しようと扉に向かいました」
「そこでユーデス様と遭遇した、と」
私は頷きを返し、アロイーズの言葉を肯定する。
「いつも通り供を連れていないユーデス様へミレイユ嬢から挨拶をしました。
そしてこの図書室を彼も使うのか、という会話を続けました」
「その時のユーデス様に変わった点は」
「特には」
挨拶からの一言二言は何時もの事だ。
ユーデス様の声音も特に変化はなく、いつも通り興味の薄い様子だった。
「しかし、ユーデス様がミレイユ嬢が持っている本に気付き問い掛けました。
『その本は?』と」
「ミレイユ嬢が持っていた本は調べがついている?」
「直ぐに調べます」
と言ってもあの後彼女が記帳したかどうかも正直覚えていない。
が、こう返すしかないだろう。
「分かった…それで、珍しいユーデス様からの問い掛けに彼女は何と?」
「…『ユーデス公爵令息様もご存じでしたか。
この歳で読むのは少し幼いですが…この学者シリーズの本が好きなんです』」
「………」
「『私はこの歳になるまで、自領から出た事がありません。
だから、この著者の本を読んで、その文章から動植物の姿を妄想するのがとても新鮮で好きなのです。『本当にこのような動植物が』と驚かされ心躍るものばかりなので、もう私にとってはほぼ別世界の物語のように思えて』」
「よく覚えていたね」
諳んじる私にアロイーズだけでなくオスカーも驚いた様子を見せていた。
そう感じるのも当然だろう。
幾ら諜報員だとしても一か月以上前の会話をありのままに伝えられる程の者はそう居ないし、何より私は要点だけを覚えるのにも必死な程、忘れっぽい。
内心の苦笑を滲ませないように息を整え、私は再び口を開く。
「ユーデス様は嬉しそうに語る彼女のその言葉を聞き、誰かを思い出したのか、ミレイユ嬢の不躾も咎めずに図書室を出て行かれました」
「…………………」
アロイーズが大きな掌でその目元を覆い、深い溜息を零し、俯く。
ちらと視線を向けたオスカーは、何処か一点を見つめたまま拳を握っていた。
「…成程ね、うん、合点がいった」
「渡り廊下でユーデス様はミレイユ嬢の謝罪を受け入れたのですか」
「いや、無言で立ち去ったよ」
そう疲れた様子で頭を振っていたアロイーズがやっと顔を上げたと思ったが、それは私には向けられずに天井を仰ぐ。
くっきりと浮かぶ彼の喉仏が微かに上下した。
「はぁ…オスカー、後で寝酒を」
「畏まりました」
「さて話を戻すけど構わないかな?」
「はい」
元より私はそのつもりだ。
オスカーは見事に流されてくれているが、ユーデス様が立ち去った後の会話がアロイーズに告げた報告である。
そこを誤魔化せたのなら良かった。
「僕らはその話を知らなかったからミレイユ嬢に何があったか尋ねたんだ」
「話してくれたのですか」
「概ね、ね。持っていた本の事を語ったらユーデス様が誰かを思い出したのか、酷く憔悴した面持ちになって気分を害してしまったのだと。
…実際は憔悴どころじゃかっただろうに」
ぼそりと呟くアロイーズの言葉が静かに溶けていく。
静寂が嫌で、私は無理矢理口を開いた。
「それで、その話を聞いたアロイーズ様は何と?」
「亡くした婚約者の事でも思い出したのでは無いか、と言ったよ」
うーん流石アロイーズである、鋭い。
私が好きな本はキミにも勧めたし、何ならウチで読んでたもんね。
「そうしたら彼女は奇妙な事を言った」
「奇妙、とは」
何だ、死体がぐっちゃぐちゃだったんですよねとか、サイコパス案件か。
それはそれで彼女が『過去』を知っている情報とはなる。
しかし奇妙と称するのは、オスカーの手前だからなのだろうか。
「『アロイーズ様もその令嬢と仲が良かったんですよね?』、と」
「…………」
悪寒が背筋を走る。
私がアロイーズ達と仲良しだと知るのは一部の人間だ。
まさか、あの、街で遭遇した画家と繋がっていたのは、ネウストラ公爵家ではなくミレイユ嬢だったとでもいうのか?
話が余計ややこしくなるぞ。
「内容も可笑しいし、断定的な聞き方も妙だろう?」
「…今一度、シャレット家を洗いますか」
「いや、いい。彼女の会話には続きがあったんだ。
『ユーデス様やオリアーヌ様も交えて、四人で』とね」
「四人で?」
何だそれは、昔に私が妄想した世界じゃないか。
アロイーズもオリアーヌもユーデス様との蟠りが解け、大好きな人達と一緒に過ごせる私の幸せな空間。
訪れなかった未来。
『過去』は、『前回』は、今と違ったというのか。
(…私が死んだ後もユーデス様の傍にはアロやオーリが居たのだろうか)
そうだとしたらどんなに良かっただろう。
今の、ぽつりと一人で佇む彼の姿に胸が軋む。
「だから、『彼の婚約者である令嬢に会ったのは小さい頃に一度だけ、それっきりだよ』と僕は当たり障りのない答えを返した。
そうしたら彼女は考え込んだ。
まるで自らの情報と齟齬が生じているかのようにね」
「…」
「『もしかして誰か別の人物と勘違いしているかもしれないね』、と助け船を出せばあからさまに彼女は安堵したけどね」
「何ですかその雑な泥舟」
「女性を困らせるのは紳士的では無いだろう」
どの口が言う。
まぁ兎も角、そうやってミレイユ嬢を宥めて会話を切り上げたようだ。
「…本当にシャレット家への調査は不要でしょうか」
「キミが危惧している内容は既に調べがついている、西方の商家だ」
「そう、ですか」
「何にせよ現状、シャレット家へは監視のみで留めている」
シャレット伯爵家は娘の為にタウンハウスを態々購入した。
恐らく、アンヴァリッド公爵家などの訪れを見越してだろう。
現在は様々な家の諜報員がそのタウンハウスの出入りを観察しているという、話題の邸宅でもある。
だからこそ内々を探る動きは眼に留まる。
「そう考えると学院で接触出来るのは大きいな」
「従者用の大部屋にも滅多に顔を出しませんからね、凄いですよ」
シャレット家の侍女が顔を出した時は皆血相を変えて我先にと囲う。
まるで砂糖に群がる蟻だ。
「だろうね…引き続きよろしく頼むよ、二人とも」
「「は」」
返事をしたなオスカー。
お前もちゃんと愛想売って情報収集しろよな。
「そういえばオスカーはミレイユ嬢に微笑んだのですか」
バッと衣擦れの音を立てる程の勢いでオスカーが私を見るが無視だ。
目を瞬かせたアロイーズが時間差でくつくつと笑みを零す。
「ああ、うん、そうだよ、分かった?」
「ミレイユ嬢が恥じらっている様子は見えましたね」
「いや、それは」
「ねぇ、罪作りな男だよオスカーは」
「その武器をしっかり大部屋でも使って欲しいところです」
「シャラム」
「でもお陰で次の接触も嫌がられないだろうね」
「ほぉ、それはそれは僥倖」
「聞いてくれ」
「じゃあキミの協力も正式に得られたという事で、いいよね?」
「どうぞどうぞ存分にお使いください」
「…」
そこで押し黙るのかオスカー。
ふと横目で彼を見たら、何とも奇妙な顔をしていた。
悲しみと喜びが綯い交ぜになったような、何とも絞まらない顔だ。
「…何だその顔は」
「え?」
私の胡乱な視線に戸惑うように、彼が口元を押さえる。
ほほぅ、笑っていやがるな?
人の嫉妬がそんなに美味いか。
「ああ、安心して、多分思い出し笑いだから」
「…?」
今度はにっこりと微笑み頷くアロに怪訝な眼を向けた。
「オスカーが笑える気がしないとか弱音を吐くからね、僕が面白い昔話を一つ教えてあげたんだよ」
「…」
待ってくれ、それってまさか『私』の話か。
「丁度馬の話題から入るつもりだったからね。
友人が初めての乗馬で無茶をして空高く放り投げられ茂みに落ちた話を」
「アロイーズ様」
「次は何の話にしようかな」
「アロイーズ様」
何と言う罠だ。
オスカーが他の女に微笑みかけるのを私が許可したと見せかけて、彼が不自由なく笑えるように人の失敗談を教えるつもりなのか!!
何と言う策士!いや、悪魔か!!
オスカーを睨めば彼は即座にそっぽを向いた。
買収されやがって!
「…アロイーズ様」
「何かなシャラム?」
「協力の見返りなどは?」
「おい」
「あっはっはっはっはっは!!!」
これにはアロイーズも予想外だったのか腹を抱えて笑いだした。
主様が非常に楽しそうである、良い事だ。
うん、これは良い事であるのだ。
決して反骨心が沸き立ったからではない。
「あー、ははっほんと、うん、流石」
「お褒め頂き光栄です」
「アロイーズ様」
「贔屓は良くないと思うんだよ、僕は。
キミ達の働きにはいつも感謝しているし、それに答えるのが主だよね」
「…」
そう幸せそうに言われてしまえば押し黙るのがオスカーである。
ちょろいなキミは。
毎回そうやって流されているのにいい加減気付け。
寧ろ気付いて流されてるのか?
こうして私は定期的にオスカーの初めて物語をアロから聞くようになった。
十歳のオスカーくんも大変可愛いので癒される。
良い報酬を与えて下さる素晴らしい主様には感謝しかない。




