50:十六歳の驚駭
結局、アロイーズはギレムお兄様の愛馬を手離さない判断を下した。
学院の予約制茶室で双子と共に改めてお譲りできない旨をお伝えすれば、ゾエ嬢は告解をした者のようにどこか清々しささえ伴って楚々と頭を下げ受け入れた。
「元より私が過ぎた事を申したまでです。
それでも不躾を窘める所か親身にお話を御考慮頂き、深謝申し上げます」
「輓馬は北方で有名な種ですわ。
私は数年後には北領のセプタント侯爵家へ輿入れいたしますから、ご招待したら受けて下さるかしら?」
「オリアーヌ様…ありがとうございます。
必ず私も、姉も、喜んでお受けいたします事を今此処で誓いますわ」
「まぁファタリテお姉様の分まで、宜しいの?」
「ええ……いつか死ぬまでに訪れたい場所もあったのです。
私達それぞれがお気に入りの馬に跨り、その場所を走らせる事を想像するだけで…涙が出る程に嬉しい、憧れの場所なのですよ」
「まぁなんて魅力的な場所なのでしょう、寡聞にして存じ上げないわ」
乗馬好きとしてまだまだですわね、と大袈裟に頭を振るオリアーヌを、くすくすとゾエ様が穏やかに笑いながら優しい目をして見つめていた。
「向かう時は是非オリアーヌ様もご一緒に参りましょうね」
「ええ、勿論!」
大輪の華を思わせるほど鮮やかにオリアーヌが笑う。
それだけで部屋の空気がわっと明るくなる。
オリアーヌとゾエ様はきっと長く交遊が続く友となりそうだ。
そう考えると、増々彼女はアロイーズが縁談持ち掛けを断念したのが惜しまれる。
「アロイーズ様」
「なんでしょう、ゾエ嬢」
「重ねての無作法をお許し頂きたいのです。
そこの、瞳の美しい従僕と少しだけ話してもよろしくて?」
「…シャラム」
「は」
基本、茶会の主役は貴族であり招待客である。
その傍で給仕する人間を会話の中心に持ってくることは無作法だ。
口を開かせるとしても情報提供や確認の為程度になる。
まぁ我々の主従関係は緩いも緩い、特殊な環境である事はお察しの通りだ。
願いを断ったばかりもあり、アロイーズは多少逡巡はすれどもゾエ様の申し出を払う事はせず、少し心配そうな目線をこちらに寄せて私の名前を呼んだ。
大丈夫だぜアロ!任せてくれよぉ!具体的に何をとは分からないがな!
「あなたは北方の出身なのかしら?」
「恐縮ながら亡き両親の生まれは存じ上げておらず、分かりません」
「そうだったのね」
「浅学で至らずお恥ずかしいのですが、北方には私のような瞳を持つ者が多いのでしょうか?」
あのガゼボで見せたような微笑みは浮かべず真顔で話す。
彼女は本当に、ギレムお兄様の事を良く見ていたのだろう。
私が浮かべる造り笑顔はギレムお兄様をイメージして模したからだ。
人を安心させる素敵な笑顔。
今猶ハッキリと覚えているから、象りやすい。
それがゾエ様にとって心を綯い交ぜにされるような事とは露とも知らず。
なので今は非常に落ち着いた様子で彼女は私の面立ちを見つめ、レムお兄様と違う声に耳を傾けながら知的な瞳を細めて語り続ける。
「ええ、とある地域では特に。水の神の御加護が強いのでしょうね。
森深い、辺りを木々に覆われたような場所でも特に美しい青く輝く湖が多いそうです」
「それはさぞ美しい光景でしょうね」
「私の知人にその湖を思わせる瞳を持つ御方がいらっしゃいました。
オリアーヌ様や我が姉よりも、少し、…あなたのような緑味がかった色をされていたの」
「私の瞳は空色だと良く言われますが」
「陽の下だとそうね、でも陰ると緑味が強くなるわ」
「気付きませんでした」
「ふふ、そうね、毎日見ている自分の顔ですもの」
静謐な雰囲気でゾエ様は笑う。
きっと御姉様のファタリテ様もこのような微笑みを浮かべるのかもしれない。
何となく、そんな事を思った。
「それでも稀に赤系の瞳を持つ子が生まれるのですって。
何でも伝承の勇士も、似た瞳を持っていたそうで慶事として喜ばれるそうよ」
「北方は雪深い地もあることでしょうから、温かな火を思わせる赤は、見ただけで人の心にも温かさを燈してくれるようですね」
「そうね…きっと」
「それにしてもお嬢様は博学で御座いますね」
「ふふ、調べたのよ、昔」
昔、ね。
そう繰り返すゾエ様の視線が私からふっと外され窓の外へ移る。
盛隆し色濃さを増した木々が、その豊かな緑を風に揺らしていた。
「…あの輓馬にあなたが跨ったらさぞかし」
消え入るような細い声を誰が聞き取れただろうか。
アロイーズも、見守るオリアーヌも素知らぬ顔をして茶器に口を付けたまま動きを止めず、同様一つ見せずにすましたままだ。
「いえ、時間を取らせたわね」
「勿体ないお言葉で御座います」
ゾエ様は、私が学院内でお見掛けするような涼し気な面持ちを取り戻した。
一礼して私は再びアロイーズを見、目礼をして下がって控えた。
視界の端で、ゾエ様の筆頭侍女が胸を撫で下ろすように、僅かながら表情を緩めていたのが印象深かった。
学院内でも目立つ三人が一同に会すので多少気を張れども、夏季休暇前とあって学院内に残っている学生が少ないのが幸いしたのだろう、随分外も静かだった。
私は前世の記憶のせいか、夏休みと聞くと勝手に長期休みを想像していたが、学院の正規休暇期間は二週間程である。
王都も暑いことには暑いのだが湿度が無いので過ごし易い。
じゃあなんで休暇期間があるのかと言えば、学生が学院で得た情報を領地に戻り、冬の社交へ向けた報告が出来るようにしているのである。
ここでの話を受け、休暇明けの行動方針や冬の社交先を計画するのだ。
それだけ冬の社交は大事な存在である。
長らくすっぽかしていた我が父の事を思うとちょっと頭が痛い。
どんだけ社交が嫌だったのだお父様。
正規休暇が始まるのは数日後であるにも関わらず学生の姿が疎らなのは、これもまた驚きのシステムであったのだが申請をすれば長めに休暇を取る事が出来るからである。
勿論卒業までの講義出席日数や単位などを計算し、影響のない範囲で休んでいる。
そして大概の学生はいち早く領地に情報を持ち帰るため前倒しで取得するのだ。
主家のヴュルテンベルク辺境伯家も恐らくその方向が宜しいのだろうけれど、双子の意向もあり今年は領地までは戻らないと予め決めていた。
だが休暇中、王都周辺で避暑をする予定になっている。
そこはまだ私も行った事が無い場所なので非常に楽しみである。
そんな夏休みに浮かれる心に冷水を浴びせたのは、追って届いた師からの文だ。
アロイーズの婚約打診についての結果報告を提出したのはつい先日だ。
返信が早すぎるのにも驚いたが、受領の旨に添えられていた一文に縮み上がった。
『そういえば彼女についての調査はどうなっているのかなぁ』
忘れてなんかいませんよ!!!
春頃の動きについてはちゃんと調べて別途報告上げましたでしょう!?
でもあの子がパタリとこっちに接触してこないんですもの!
何か察されたのかと慎重になるのも仕方ありませんでしょうに!
恐い!怖い!文面ですら怖い!遅達に怒っているのがありありと分かるよぉ!
えーーん!!もう崖下に落とされての装備無し登頂はやりたくありません!!
戦々恐々とした気持ちを抱えながら私はお茶会の片付けをデボラとフラヴィに任せ、泣く泣く、監視対象であるミレイユ・シャレット嬢を探すためにアロイーズとも別行動をとる。
今頃主様はオリアーヌと共に先にタウンハウスへお帰りになっている。
その傍にはオスカーやベルナデッドさんも居るのでお世話も滞りない。
(さて、と)
我が主と接触したのは入学してから間も無くの厩と、その数週間後に裏庭の渡り廊下での遭遇の二回だけに留まっている。
初めて顔を合わせたのが厩だったのもあったからか彼女の中でアロイーズ様は随分と馬好きの御令息イメージがあるようで、渡り廊下で声を掛けられた時にも馬の話題が投げ掛けられた。
なんだ、馬好き多く無いかこの国の令嬢。
お国柄もあろうが前世でも滅多に会わないぞ、馬好き女子。
しかし残念だったな。
ヴュルテンベルク辺境伯家の馬好きはオリアーヌであってアロイーズではない。
その素質は充分あるのだが、ちょっと想定外にオーリが沼った。
まさか軍馬用の操術まで完全習得するなんてさ、いらんでしょ御令嬢には。
ゾエ様も驚く訳である。
まぁ二人して同じ趣味を持つことは多々あるのだが、その熱量は意外にも異なったり、全く別の趣味を持つこともあるだろう。
それこそアロイーズは鍛錬が近年の趣味になっている。
これは、正直私が油を注いだと言っても過言ではないが。
馬が上手く言う事を聞かない、というミレイユ嬢の悩みは、誠に勝手ながら前世の愛し子や聖女ムーブらしからぬなんとも素朴な姿に思えて微笑ましかったが。
しかし、アロイーズが銜や鼻革について水を向ければきょとんと瞳を丸くして小首を傾げるのだからそれ程度の熱量なのだろう。
『成程、シャレット嬢のご相談内容は妹の方が詳しくお答えできそうです。
同学年ですから是非声を掛けてやってください、喜んでお答えいたしますよ』
目だけで微笑み、そうとだけ告げてアロはさっさと立ち去った。
優しさの形って色々あるよね、うん。
オーリからミレイユ嬢が馬に興味あるという話は聞かないのでそういう事である。
そんなやりとりがあったからか、パタリとミレイユ嬢と人の目の無い場所且つ二人きりという状況下(厳密にいえばアロの周りには私とオスカーが侍っているが)になる事は無くなった。
講義室や馬場、武術場などで偶に目にする事はあるが。
その周辺には他の御令嬢もわんさか居る。
どうやら個別アタックは諦めて、皆と一緒に鑑賞する事にしたようだ。
観察対象における、私の主様に対しての近日の動向はこうであるものの、やはり彼女は根性がある御令嬢だったようだ。
ピピさんからの指示を受け、改めて学院での彼女の行動を洗った。
その後も観察していると非常に興味深い動きをしていた。
ミレイユ嬢はどうやらユーデス様にも春先に接触をしていた。
惜しくも見落としていた期間内で裏を取れたのは一度きりだが、私が意識して監視している間にはほぼ毎週程度の頻度で二人は顔を合わせていた。
それも、驚く事に互いに従者を伴っていない状況だ。
ミレイユ嬢はふらりと、それこそ何かの魔法を使っているのではないかと思う程に侍女の眼を盗み、一人で学院内を彷徨う事が多い。
侍女も目を離さぬよう留意はしているようだが、不思議と彼女から意識が逸れ、戻ると姿が見えなくなっているといった、それの繰り返しだという事が傍から見ていると良く分かった。
(これも愛し子の力?福音なのか?)
彼女が『気づかれずに一人になりたい』という願いを叶えているのだろうか。
ミレイユ嬢に侍り、護る侍女達にしかその力は効かない。
と、なればアロイーズへの接触も同様で、侍女が指示した内容ではなさそうだ。
寧ろ私としてはシャレット家の意向を察する為にそうで在って欲しい気持ちが多大にあったので、非常に残念なのだが。
こうして日々ミレイユ嬢は気儘に、自由奔放に動き回っていた。
ある時は学院の広大な庭先、草臥れて人の近づかないベンチ。
ある日は裏庭の、枯れて手入れもされていない花壇の傍。
またある昼下がりは人の多い食堂のすぐ横の廊下。
講義終わりに忘れ物を取りに戻った教室。
本当に、様々な場所で二人はバッタリと出会った。
先にユーデス様が居る事が多いものの、ミレイユ嬢が徐に渡り廊下を何往復もして疲れて休憩している時に彼が通りかかるなんて事もあった。
何時も最初に挨拶をするのはミレイユ嬢からだ。
流石に学生同士だし、ユーデス様は偉ぶる人もでないので無視はしない。
というかどう考えたって高位貴族な出で立ちの彼に、伯爵家程度の家格の者が許可なく声を掛けようなぞ思い切った行動をとるよな。
普通は上位より声掛けが無い限り目礼で済ませる。
かと言ってユーデス様はそういう不躾に対して不満を露にするでもなく、窘め苦言を呈す事もなく、淡々と「挨拶をされたので返したまで」と言った態度で返答をする。
私の知る彼と違う温度の無い声は、聞く度に胸がきゅうと絞まる。
どれだけ最初から真摯に私を見ていたのか思い知らされた。
しかしミレイユ嬢はそんな事を気にも留めないのか、何度か果敢にも挨拶に続いて愛らしい笑顔を浮かべながら会話を投げ掛けた。
凄いガッツである。
それに対するユーデス様の返答は「そうか」「そうか?」「そうだ」の三段活用。
可愛いのだが。
相変わらずこの御方、可愛いのだが。
声音の温度はそれと遠いものの、私の脳内には妙な変換を経て届くようだ。
一言二言言葉を交わした後、先に立ち去るのは大概ユーデス様だ。
それをミレイユ様はどこかうっとりとした面持ちで見送る。
いいのかそれで。
寧ろその刹那の邂逅を楽しんでいるのだろうか。
ちょっと私はミレイユ嬢が心配になった。
というかユーデス様は不用心過ぎやしないか?
確かに入学式の時もお一人だったが、何故度々今もお一人で学院内を歩いておられるのだ。
学院内で一番の高位貴族の唯一の御嫡子様がこの有様なのは頂けない。
ストラス領に居た時だって護衛は付けておらずとも、お目付け役には見えないただの好々爺を終始供に付けていましたでしょう。
学院の方がのびのび出来るのですか、そうですか。
それともあんな、吹けば消えてしまいそうな儚さを漂わせているというのに腕に自信でもあるんですか。
まぁ公爵家の御嫡男が襲われるなんて醜聞を学院の方が絶対に起こさせないでしょうけど。
にしても他貴族との接触時の対面を考えても不躾だろうに。
いや、そもそもユーデス様御友人は?
私が見た時がそうなだけであって欲しいのだが、唯一話している相手がミレイユ嬢って、なんかもう、居た堪れないのだが。
恐らく本日もそんな光景を目にすることになるのだろう。
少し憂鬱である。
ミレイユ嬢は夏季休暇の前倒し申請をしていない。
目立つ髪色も相俟って、すぐに見つかった。
侍女を伴い歩く姿を追うこと暫し、いつものようにまた彼女はふと踵を返し、一人だけ別の廊下を進んでいく。
私は距離を取りながら悟られないようにその追跡を続ける。
(今日の密会は図書室ですか)
学院には三か所、図書を収めている場所がある。
一つは独立した別建物である図書館。
ここが一番蔵書数も多く、学習に適したスペースもあるので利用者が多い。
次に講義室に程近い研究図書室。
此処は講師も利用するため専門書や論文の類が多く置かれている。
最後に、この渡り廊下を渡った先にある図書室だ。
此方は古書やあまり読まれなくなった書籍が移動させられている部屋だ。
何となく雰囲気がストラス邸の図書室に似ているので、アロイーズはわざわざ図書館で借りた本を持って此方で読書をする事が多い。
普段からほぼ無人で静かだし、入り口の司書も別業務を行っている事が専らで窓口に姿が見えない事も間々あり、学院内では恋人たちの密会場所として定番だ。
(…そういえば、お母様がそんな話をしていたな)
お父様と密かに時間を過ごした頃も、この図書室は同じ空気だったのだろうか。
ストラス邸の図書室が後か先は分からないが、大事にされていたのは学院で過ごした日々を想起させるからかもしれない。
そんな事を考えながら音も無く私も図書室の中を窺う。
受付に人の姿は無い、今日も司書は不在なようだ。
この部屋は板張りで絨毯も敷かれていないので、入室前に靴底を外し、注意深く速やかに本棚の影へと身を潜めた。
コツコツと、ゆったりしたミレイユ嬢の足音だけが響く。
どうやら何か本を物色しているようだ。
時折止まっては、また靴音が部屋の中に溶けていく。
やっと本を抜き出したようだ。
紙を捲る乾いた独特の音色は眠気を誘う。
そうして暫く彼女が本に目を通していると、図書室の扉が開く音がした。
彼女も流石に気付いたのだろう、読んでいた本は借りるつもりなのか棚に戻さず、足早に出口へ向かうようだ。
司書が不在の際は記帳して貸し出しを行っている。
貴重な本は別に書庫へ片付けてあるとしても杜撰な管理だとは私も思う。
「あっ、こんにちはユーデス公爵令息様」
「…こんにちは、シャレット嬢」
ホラやっぱり。
ちらりと盗み見ればユーデス様は供を連れていない。
見事な二人きり状態である。
「ユーデス公爵令息様もこちらの図書室、利用なさるのですね」
「そうだ」
一挙一動を見つめ監視できるのは、監視対象と一定の距離が離れている場合や雑踏の中など、視線を誤魔化せることが前提となる。
なので私はすぐに二人から視線を外し耳を澄ませるに留めた。
と言っても、今日もまた此処でユーデス様が立ち去って終わるのだろう。
「………その本は?」
彼女が手にしていた本の話題だろうか、珍しくユーデス様から会話が投げられた。
「え?ああ…」
これにはミレイユ嬢も驚いたのが声音で分かった。
「ユーデス公爵令息様もご存じでしたか。
この歳で読むのは少し幼いですが…この学者シリーズの本が好きなんです」
そう語る彼女の愛らしい声は喜びが滲んでいた。
「私はこの歳になるまで、自領から出た事がありません。
だから、この著者の本を読んで、その文章から動植物の姿を妄想するのがとても新鮮で好きなのです。『本当にこのような動植物が』と驚かされ心躍るものばかりなので、もう私にとってはほぼ別世界の物語のように思えて」
「――――――…」
「ユーデス様?」
「いや、…………すまない、似た事を……語った人を、……………」
身じろぐ音すら消え、無音が暫く。
「ユーデス様…」
「すまない、失礼する」
ミレイユ嬢が敬称を外して呼ぶのも咎めず、彼はそうとだけ告げると何も借りずに図書室を出て行ってしまった。
(………)
驚いた。
ユーデス様が私との手紙のやりとりを覚えていてくれていることも、私と似た感性をミレイユ嬢が持っている事も。
(ああ、これが本当に物語だったらそれこそ、ミレイユ嬢が彼を癒すのだろうな)
先日のゾエ様を見ていても思う。
自分で終わらせる前に、喪ってしまった恋をどうしたら終わらせられるのか。
まだ知らない私達は、隙間を埋めるために代わりを強く、求める。
そんなのは誤魔化しだ、虚しいだけだと大人だったら判断できるのだろう。
でも、どうしたって手を伸ばさずにいられない。
それが身近に在ればあるほど。
今この瞬間を蝕む苦悩から解放されたい。
目先の事しか考えられない、未熟な魂。
代わりを本物に出来る大人になれるか否かは、その人次第だ。
(………)
私はきつく目を閉じた。
心音が、部屋の中に聞こえやしないか恐ろしかった。
そんな静寂の合間、彼女が独り言ちた声に私の意識が全て浚われる。
「――…うん、やっぱりユーデス様は大丈夫ね、いつも通りだ。
そしたら『今回』はユーデス様だな」
は?
…は?
『今回』はって、どういう事?
ミレイユ嬢が退室した後も、私は呆然とその場に座り込んだまま動けずにいた。




