46:十六歳の心配り
学院で主人が座学講義を受けている間、従僕や侍女などは何をしているのか。
大抵は専用の控室で待機という名のおしゃべりをしている。
まぁ名家になれば、寄付金を収め各家専用の個室を所有しており、そこで執務を行う事もあるが情報収集も兼ねて他家の従者が集まる大部屋に居る事の方が多い。
それは夜会でも似たようなものなので、如何にここでの会話や経験が重要かは、まともに社交へ出ていない私でも分かる。
私達ヴュルテンベルク辺境伯家の従僕は二人揃ってクール系で通っている。
無表情の私はさておき、オスカーもさして愛想を振り撒かない。
かといって私は実際、口を開けば思ったよりも喋る性質なのでそれなりに他家の侍女や従僕とも関係を築けている方だと思う。
が、オスカーは主に似て人見知りなのか必要最低限しか話さない。
これで良く従僕が務まるものだと思う。
私が従僕に就くまでどうしていたのだと聞いたら、彼もそこまで長く今の職務に就いていた訳でも無く、他の人間が上手く回していたようだ。
考えれば考える程、そんな二人を王都へ連れて来たなアロイーズ。
ま、私は従僕として入れなかったら完全に諜報員枠で来ていたであろう。
学院に堂々と入れる利点は大きい。感謝である。
なので今日も精を出して情報収集だ!
主人同士は然程交遊がないのに、従僕間ではガンガンに交遊しているのは果たして正常なのかどうなのか。
まぁ皆楽しそうだし良いよね。
オスカーを壁際に置き去りにしてさっさと会話の輪に入る。
あ、もう夏季休暇の申請についてのお話ですかー。
うんうん、やっぱり王都貴族は西で避暑が多めですね。
近年舌触りの良い菓子やパンが多いと?そりゃ食事の質が良さそうで羨ましい。
王都のいい店でも提供されているようですしね、一度は随行して是非口にしてみたいものだ。
ウチですか?あまり主様は食に興味がありませんからね。
今度話題に出してみますよ。え?卸業者の紹介?
結構ですー得体が知れませんー。あはは冗談です、教えて教えて。
ああそういえばその刺繍リボン素敵ですね、涼し気で良く似合ってますよ。
うんうん、北の方での流行?
はぁ流石ですね。
貴家のお嬢様も流行に敏感なのは存じ上げていましたが、侍女の支えもあってのことですね素晴らしい。
さぞお嬢様と並んだお姿は可愛らしいことでしょう。
え、冗談?冗談言って笑ってるように見えます?この顔で。
そこで黙らないで下さいよ、こういう顔なんですから。
参ったな、私も流行の刺繍リボンを付けたら馴染めますかねぇ。
え?私なら似合うでしょう?この顔ですよ。
うん?男性用の商品もあるんですか?王都の店にも卸してる?
へぇそれは僥倖、どの通りです?丁度明日街に出掛ける予定で。
いや恋人とではありませんよ?荷物持ちです。
そう、居てもいなくても同じ扱いです。
だから好き勝手に買い物しようかなって。
ははは仕事しろよ?仕事じゃありませんから、休みですよ。
次の休み?不定期ですが合わせますよ、デート行きます?
違うの、ええ…荷物持ち?いくら私がプロの荷物持ちだからって。
ホラ此処に立候補してくれる男が居ますよ。
貴家のお嬢様とキミの主様、共通の趣味があるって話していたじゃないか。
ああ、うん観劇。あれ違うっけ?絵画鑑賞、そうそうそれ。
お誘いしても楽しんで頂けると思うぞ、丁度期間展していただろう。
大通りの新しい店については此方の方に指南してもらえよ。
ついでに私も教えてもらえます?果物が美味しいお店が良いのですが。
などと嘘も真も含めつらつら喋りつつ、いつまでも視線を無視するのは悪いので、彼等との会話を切り上げ入り口付近に所在無さげに佇む男の方へと足を向ける。
「珍しい、イニャスさんが此方に顔を出されるとは」
「いや…まぁ、お前凄いな」
「?」
「舌がよく吊り下がっているな」
「初めて言われましたねぇ、それロカンクールの諺です?」
「いや一般的な言い回しだろーよ」
「表情筋の代わりに良く動くんでしょうね」
自分でもそうだと思う。
外の世界に出たからかもしれないが、少なくとも昔よりも喋るように…。
そんな変わらないか?話し相手が多岐に渡る様になっただけか?
「イニャスさん達は夏季休暇は帰省されるのですか?」
「ああ、主様はな」
南西のロカンクール伯爵領はヴュルテンベルク辺境伯領よりも王都に近い。
西へ延びる街道から外れ、南に下る行程はそこそこ長いけれどもなだらかな道が続くので然程移動の負担も大きくはない故に帰省も気軽だろう。
何ともなしに話しながら二人して足を向けたのは控室のテラスだ。
大きなガラス窓を押し開けば、緑の香りの強い風が心地良く頬を撫でる。
日に日に日差しの強さが増しているのを実感する。
生き生きとした濃い緑が揺れる合間を囀りが楽し気に舞い踊る。
「ジスラン様は、ということはイニャスさんは王都に残るので?」
「実家の商いを少し手伝う予定でな」
「へぇ、御生家が商いを。
王都に店構えを許されるなど、誠実なお仕事をされているのですね」
「細々やらせてもらっているよ。
しかしまぁ、西の御方にも御愛顧いただいてはいる」
「ほう、それはまた腕が良いことで。誇らしいですね」
ロカンクール伯爵家は別に分家筋でも無かったと記憶しているが、それでも寄子がこうして贔屓にされるのだから余程品物が良いのだろうな。
寡聞にして知らなかった。
「是非取り扱いの品も見てみたいですね、王都の店舗は?」
「旧大通りの一画だ」
「ふむ、想像通りの老舗街。上等な服を着て行かなければ」
「ははは紳士服の取り揃えもあるぞ」
「商売上手ですねぇ、ドレスコードあり?」
「そこまで堅苦しくもないさ」
「御方に御贔屓されているにも関わらず?」
「手広くはやっていないからな」
成程、かの西の御方は社交から離れても久しいし御年齢も御年齢だ。
イニャスさんの御実家のブランドが隆盛したのは随分前の時代なのだろう。
流行の型ばかりを追わない、確固としたイメージを大事にする店のようだ。
さてではそのブランドの方向性とやらがどんなものか聞きたいのだが、生憎西の御方にお目通りした事は無い上に不躾に話を掘り下げるのも気が引ける。
どうしたものかな。
「私は髪色も暗いですから、暗色を選ぶ時は中々難しいものなのですよ。
イニャスさんは明るい髪色だからどれも映えて、そんな悩みとは無縁でしょう」
「ん?まぁな、でも自家の商品は悉く似合わんよ」
「何故?」
「商品イメージがもっと落ち着いた静謐な方が着用するものだからな」
「ほぉ、我が姫様とはまた違う美しさですね」
オリアーヌに似合うのは彩度が高く華々しい色合いだ。
淡い色合いも大変可愛らしい。
逆に暗色は一気に雰囲気が厳かになるので避け気味である。
解釈違いですよね、分かるよベルナデッドさん。
アロイーズも明るい色味の方が好きだ。
落ち着いた色味も時折身に着けるが、貫禄が出過ぎる。
まだ若いのに。
フレッシュさを押し出していくべき年代なので、取り入れるとしても小物などの差し色程度で留めるようにしているのは私達従僕の中でも暗黙の了解である。
「だが学院世代でも似合い、好む方は多いだろう?」
「…それなんだがなぁ」
溜息交じりで彼が身体を反転し、庭に背を向ける。
それに倣い私も同じく手摺に身を預けた。
ふむ、珍しく個室ではなく大部屋の控室に顔を出されたのはその相談ですかね。
イニャスさんは十代後半が殆どの侍従達よりも少し上の年齢層だ。
本人の気質もあるが遠慮もしているのだろう。
武術場でもあまり周囲と気軽な会話をしているようには見受けられない。
それこそ、私のようにホイホイ近づく小僧で無ければ。
「売り込み先ですか?
落ち着いた色味を好まれるのであれば上学年の、それこそゾエ様などは?」
普段着から察するに淡い色の方が好きそうだけどな。
本人が落ち着いているからと、似合いそうだからと言っても本人の好みは別だ。
まぁそこを上手く推せるかどうかはイニャスさん、いや店の腕に掛かっている。
「ボワモルティエ家か…そうだなぁ」
煮え切らない返事を咥内で転がすようにぼやくイニャスさんは、私の横で手摺に腰を預けぼんやりと大部屋の中で行き交う従僕を眺め、いや、一点を夢見心地で見ている。
コイツ、さっきから人の話聞いちゃいねーのか。
おいおい誰の事見ているんだ?イニャスさんの想い人だーれ!?
「西の家系の髪色は寒色だろう?明るさは及ばなくともゾエ嬢は系統が同じだし」
ゾエ様の髪はオベルジール色だ。
御本人はすらっとした長身をされているので、茄子とは程遠い。
西の家系、ネウストラ公爵家の女性の髪は灰色味が強いと聞く。
最も、公爵家は長らく男系であるのでそれほど女性の数は居ないそうだが、男性のユーデス様を見ても分かる通り落ち着きながらも明度が高い色味をしている。
こうした家は子孫へ特徴を確実に引き継げるように、婚姻相手は髪色が濃く深い者は避けるとも聞く。
西の御方と称される、実際は王都の郊外に居られる曾祖母様も、輿入れた当時は明るい灰味のある赤の美しい髪をされていたそうだ。
私の髪色でも彼等から見たら恐らく濃い部類に入るだろう。
何かそう思うと、増々、何故私とユーデス様が縁付いたのか謎である。
「髪色やお顔立ちもそうだが…最終的には佇まい、なのだよなぁ」
「はぁ…」
私が余計な事を考えてしまうくらいに、イニャスさんは微睡むように語る。
中身のない生返事を返しても彼の嘆息の意味はそれを咎めるようなものでは無い。
「こう、見ている此方の背筋が伸びるような凛々しさ」
「ふむ」
「手足が長いのだろうな、より顔が小さく見える」
「バランスも良いのでしょう」
「そうだ、鍛えてらっしゃるのだろうに圧迫感はなく」
「何事も程度ですねぇ」
「静かに構える黒鳥のような滑らかな髪」
「艶は大事です」
「シャツの白さに劣らぬ白磁の肌」
「主の傍に立つ以上、清潔感は必須」
「硬さの中に艶めかしく馨る柔らかさ…彩りたい、きっと似合う」
「イニャスさん、正気ですか」
おい、さっきからずっと見ているのオスカーじゃないか?
彼の熱い眼差しの先で動かない人物がアイツしか居ないのだが。
さっきから他と大して喋るでもなく突っ立ったままじゃないか、仕事しろ。
かといってオスカーも視線に気づいていないのかこっちを見やしね…あ、見た。
何だその顔は。ガチの真顔じゃん。
笑いそうになったのを誤魔化すように私は身体を返し、視線を穏やかに揺れる緑へと向けた。
あー心が癒される。
「イニャスさんの中で思う、似合う人はオスカーですか」
「オスカー殿は美しいよなぁ…」
「顔整っていますよね」
「雰囲気も相俟って、良い」
「着せたいのは紳士服ですよね?」
「………」
黙すな。
確かに線も細めだしクール美女ドレス、似合うだろうけど。
太腿とかガチの男だよ、硬いよ。
「それにしてもなんでまた急に」
私もオスカーも別に隠れていない。
寧ろ主様が主様なので、学院内では目立っていた方だろうし。
少なくとも先日の武術場でのやり取りの際は、イニャスさんからのそんな不貞な、いや熱烈な目線が送られているのを隣で察する事も無かった。
「…この前の、武術場での、笑顔が忘れられなくてな」
「笑っていました?」
笑っていたか?
笑うような話もしていなかったと思うが。
「微笑んでいただろうが、こう儚げに」
「私が見ていない時ですかぁ」
儚げに笑うオスカー。
字面だけで笑えてくる。
「はぁ…あれから食事も儘ならない」
「重症ですね、身体が資本ですのに」
「オスカー殿には、その、領地などに」
「恋人は居ませんよ」
貧相なセフレは居るが。
「仕事熱心なのか…またそれも魅力的だな」
「私生活を感じさせない振る舞いはしていますから、中々隙が無いのでしょうね」
「侍女にも人気だろう」
「イニャスさんライバル多いですよ」
「…そうだな、お前良い奴だな」
ふと困ったような顔をして、イニャスさんが笑う。
視線がやっと私に戻って来た。
「話が飛びすぎでは?嬉しいですけれど」
「いや、うん…オスカー殿もお前には気安いだろう?」
「普通ですよ、同僚ですし。
ただまぁ王都に随行した従僕は我々だけなので、必然と話し相手となれば互いになりますねぇ」
「お前のあの喋りの相手を、オスカー殿が」
「私一人が喋っていると思うでしょう?とこどがどっこい、その通りです!」
「ハハハ、いいじゃないか楽しそうだ」
「別にイニャスさん相手にも話すと思いますよ、オスカー」
「俺が緊張してしまう」
「なんて健気な…」
乙女かな。
まぁ他家の侍女も似たような事言っていたし、そういうものなのか。
あれだよね、大概三枚目よりも二枚目がモテるっていうか、私みたいな良くしゃべる軽薄な男は所詮友達止まりということである。
「まぁイニャスさんになら喜んで言い訳として使われましょう」
「対価は?」
「ご実家の商品、紳士服を仕立てさせてください」
「着せてくれるのか!!?」
「紳士服だって言ってますでしょうに」
「まて、次の休み…訪問、いや店舗で合わせて…ぐぅ!」
「都合のよい日時を後程お願いしても?」
「シャラム、お前はなんて良い奴なんだ!!!!」
「はっはっは、イニャスさんの健気さに心打たれただけですよ」
「っ!!っっ!!!」
大きな手ががっしりと私の両手を握り、激しく上下に振って悦びを示す。
声にならないほどの興奮からか漏れ出す熱気を風が霧散させてくれる。
はいはい、分かった分かった。
どうか仕立て代金もその勢いで勉強してくれるとありがたいです。
花を撒き散らすが如く満面の笑みで大部屋を出て行ったイニャスさんを見送り、そろそろ講義も終わる頃かと壁際に佇む相棒の傍へ歩み寄る。
相変わらずオスカーは愛想の無い顔をしていた。
だがそれは不機嫌というより、怪訝というか、緊張感を伴う色合いだった。
彼は傍らに来た私へ向け少し背を屈め、耳打ちをする。
「退室する際、気を付けろ」
「…教室を?」
アロイーズの本日の予定は連続で座学だ。
休憩時間に我々が迎えに行くが、必ず教室を出るとは限らずその場で読書や会話などで時間を潰す事も間々ある。
「違う、此処だ」
つ、と私の意識が周囲を探る。
雑踏の中で視線は幾つかあるものの、声を掛けてこようとする気配はない。
視線は一点に定めることなく自然に流しつつも出入口を収める範囲だ。
今、付近に居る従者たちは普段から早めに教室で主人と合流する家のものばかり。
特段変わった様子もない。
「理由は」
隣に聞こえる程度の小さい声でそう零し、懐から手帳を取り出す。
いつの間にかオスカーも姿勢を正したままいつも通り遠く広く視野を持っていた。
私は本日の他教室の予定、上の学年も含めたものに再度目を通す。
違和感や危機感を覚えるような点は無いが。
昼食後の講義は別棟で行われるため、移動時間を気にするくらいだ。
「お前がテラスに出ている間にネウストラ公爵家の従者が来ていた」
如何に注意を払うべき家の従者であろうと、同じ学院内で仕事をしている以上眼に留まる事はあるし、在同学年に貴家の寄子や縁者も居るのは把握済みだ。
ユーデス様が連れて来ている従者の顔も知っている。
それは私だけでなくオスカーも、アロイーズ様も同じ事である。
今までだって教室や大部屋で話しているのを見かけた事もあるのだ。
わざわざ目くじらを立て、嫌煙する程幼くはない。
だが敢えてオスカーがそう指摘するのは、看過できない動きがあったのだろう。
「何か話したのか」
「いや」
ユーデス様が学院に連れて来ている歳若い従僕が一人、他は護衛が三人。
ストラス邸に来ていた時もそうだが、彼は付ける従者が少ない人だ。
昔は護衛も二人しか付けていなかった事を考えれば、本人的には増員したのだろうけれど。
「見ない顔だった」
それでもオスカーが、その人物をネウストラ公爵家の使用人だと判じたのには理由がある。
学院内では所属を明らかにするために主家の家紋を模したピンを所定位置に付けるよう、使用人達には義務付けられているのだ。我々も分かりやすく、ヴュルテンベルク辺境伯家の家紋を象った刺繍ブローチを上着の襟に装着している。
「明らかに従僕より上役だ」
「夏季となれば縁者の会合もするだろうよ」
この辺りは、例え周囲の者に聞き取られても問題が無い範囲の会話だ。
ヴュルテンベルク辺境伯家がネウストラ公爵家の動向に過敏になるのは、暗黙の了解であるからこそ、それを往なす私の返答も可笑しくは聞こえないだろう。
だが私はしっかり、内心でオスカーの抱いた懸念を理解している。
従僕に見えない上役という点で思い描いたのは、在りし日にユーデス様の傍らで温かな目線で彼を見守っていた爺だ。
高齢だが背筋の伸びた、穏やかな執事だった。
ユーデス様は我が邸を訪れる度、必ず彼を伴っていた。
身の回りの世話だけでなく事業についても明るく、執務の補佐も担っていた有能で人当たりの良い人格者だったと記憶している。
恐らく年齢もあり、学院の随行は後進に任せているのかもしれない。
だがそれなのにこの時期に何故彼が顔を出したのか。
従僕に任せられないような示達でもあったのだろうか。
にしても、態々彼が足を運ぶ程でもないだろうに。
確かにきな臭さは残る。
が、それとオスカーの忠告が結びつかない。
私は何か見落としているだろうか。
講義を区切る鐘が鳴り響く。
従者たちがぞろぞろと部屋を出て行く流れに紛れ、私達も廊下に出る。
「左」
静かに立ち位置を変え、私をの左隣を歩くオスカーが前を向いたまま、そう呟く。
努めて視線をそちらに向けず、気配だけを飛ばす。
廊下の角に控える人数は二人。
一人は、恐らくオスカーが見たというネウストラ公爵家の従者だろう。
その護衛なのかもう一人と何やら話し込んでいる様子だった。
「アロ様に報告する」
「ん」
教室に主様を迎えに行けば、案の定周囲に華が咲き乱れていた。
ああ!だからこうなる前にいつもは早目に部屋を出ていたのに!
申し訳ございませんアロイーズ様!しっしっ散れ!散るんだ御令嬢!
一通り周囲を落ち着かせてから改めて遅参を詫びる。
だがアロイーズは特に怒るでもなく、鷹揚に頷くだけだ。
「理由があるんでしょ」
「は」
その言葉に私ではなく、オスカーが返答をする。
彼は立ち位置を調整し周囲へ口元が見えぬようにして、主へ報告を行った。
「待機時間中に大部屋へ貴家の従者が顔を出しました」
「ふむ、内容は聞けたかい?」
「いえ…ただ、室内の従者たちを一通り見回す様子が見受けられました。
まるで誰かを探しているかのように」
「伝達相手を探していただけではなく?」
「見渡し終えてから視線を戻したので、そうは見えませんでした」
「オスカーは目が合った?」
「ええ」
「シャラムは」
「私はテラスに居りました」
「誰と?」
「ロカンクール伯爵家従者のイニャス殿と」
「うーん」
ネウストラ公爵家の従者がイニャス殿に用があったと考える事も出来る。
そう語るようにオスカーを見上げれば、彼は軽く頭を振った。
「話していた寄子はロカンクール伯爵家と縁は無い筈」
「従者の外見は」
「高齢の従者、恐らく家令もしくは執事職かと」
「右こめかみに大きめの黒子、瞳の色はカシュー色…くすんだ赤紫だったか?」
私の言葉にオスカーの顔が険しくなる。
おっと怖い怖い、その顔怖いよ。
「ん、シャラム情報ある?」
「数年前は御嫡男の従僕兼執事をしていた方かと」
「…そう」
アロイーズは静かにそう呟き目線を落とし考え込むも、そう長くはなく、すぐに顔を上げて凛々しい面持ちで私達の顔をゆっくりと見渡し口を開く。
「分かった。
すぐに動きはないと思うが、戻る時はまた紛れて戻れ」
「は」
「昼食は個室の手配をしておいてくれ」
「オリアーヌ様もお誘いしましょうか?」
「はは、いいね、そうしてくれ」
私の提案にアロイーズが相貌を崩して笑う。
やっと明るい笑みを零してくれた姿に、内心ほっとしつつ頭を垂れた。
懸念は残れども、気を張り続けるのは疲れてしまうものだ。
どうか食事くらいはゆっくり楽しく摂っていただけるよう、心を配るのが我ら従僕の務め。
隣のオスカーも同様に感じたのか、私に遅れることなく頭を下げていた。




