44:十六歳の面影
『地元で負け知らず』では無いが、少なくとも師範を担える程の実力者である我が主に、同年代の剣術授業など果たして意味を成すのであろうか?
まぁ郷に入っては郷に従えとは言ったもので、悪目立ちをする必要もない。
それに、似たような『地元で負け知らず』は多いようであるし、他家のレベルとは如何様なものかと大海に出たばかりの蛙たちはきょろきょろと周囲の動きを分かりやすく探り見ている。
少しは隠せ。
見ているこっちが恥ずかしくなるわ。
そんな呆れを抱いているのは傍から見ている従僕たちだけなのだろうか。
我が主はと言えば、悠々と教員と歓談をしている。
ああー、同年代じゃなくてそっちとお話してしまいますかー。
面倒なのは良く分かりますがアロ様ぁー早々に同年代の輪に入るのを拒否しないで下さーい。
ほらちょっとは筋が良さそうな人も居るじゃないですか。
そういうところとまずは交流をしていきましょう!
ヴュルテンベルク辺境伯家の双子は、冬に王都で社交をこなしていた事もあり同年代から一目置かれる存在であり認知度も高い。
私も何度か小規模の社交場には随行したものだが、目に付くのは彼等に諂う者ばかり。
唯一楽しそうに話すのは、オリアーヌの婚約者でもあるリュカ様のセプタント家縁者とくらいだったと記憶している。
自分と双子の出会いが特殊だったのもあり失念していたし、そもそも私が正式な社交場に顔出しした事もなかったので最初は双子の状況にも同情をしたものである。
だが歳を重ねて思うのは、媚びを避けては通れないという事だ。
判を押したような愛想笑いに辟易するのは分かるが、そこから縁を繋いでいくのが貴族というか大人というものである。
時には妥協も必要なのだよとこの学院内でも学んで欲しいものだが、態度は柔和で紳士な癖に頑固なアロイーズが中々行動を起こさないものだから見守る従僕たちは頭が痛い。
いや、オスカーは別に気にして無さそうだな。
本当コイツアロイーズ至上主義だから。
「シャラム!」
「は」
おいアロイーズ、何故此処で従僕を呼ぶ。
呼ばれたら私は行くしかないのだが。
小走りで馳せ参ずれば彼は立てかけてあった模擬剣を私に押し付ける。
「久々に手合わせをしよう」
「畏れながら我が主、此処は邸宅では御座いません」
タウンハウスの庭先なら返事は一択だが、此処は学院だ。
敢えて自らの従僕と手合わせをせずに他の学生と切磋琢磨して欲しい。
いや、しろ。
全くウチのお坊ちゃんは!
私が内心の呆れを隠しているにも関わらず、アロイーズは正しく察したのか目を数度瞬かせた後、くつくつと喉を鳴らして笑い声を零した。
「ああ、違う。
いや違う訳でもないか、そうだな進言の通りか…ロカンクール殿!」
口元を緩めたままアロイーズが他家の学生を呼ぶ。
声を掛けられた少年は、我が主程じゃないが体つきがしっかりしていた。
ロカンクール伯爵家は南西部の貴族だ。
何度か王都の武術大会でも入賞を果たす程には腕っぷしに自信のある家系である。
(ああーそういえば先日、ロカンクール伯爵子息についてぼやいていた気がする)
が、正直どうでも良いなとその時に判じたので内容は覚えていない。
私の脳細胞は必要な事で動くのに手いっぱいなのだ。
「何でしょう、ヴュルテンベルク辺境伯殿」
「アロイーズで構わないよ」
「では私もジスランと」
「ありがとうジスラン殿。ところで先日の誘いはまだ有効かな?」
「先日の…と、言いますと?」
アロイーズ、私にも説明を頼む。
そんな思いを込めてちらりと主の顔を見ればバッチリと目が合い、二コリと微笑まれた。
嫌な笑みである。
「僕との手合いを、という話だったがこの衆目の前では気が乗らない。
だから代理試合で互いの従僕を…と思ったのだが?」
はぁ、思い出しましたよ。
先日『ヴュルテンベルク辺境伯家の嫡男に腕っぷしで喧嘩売るなんて無謀だよね』、なんてアロ本人が太々しく笑っていた話ですね!
まぁキミの顔は天使だしね!腕っぷしはゴリラだけど!
悪い意味の外見詐欺だよねほんと!
ところでそれが何で代理試合になんの?
アロイーズよ、昨晩の話がそんな根に持つほど嫌だったの?
今からごめんって言えば許してくれる?
とりあえず目線で謝っておく、届け私の謝意。
「まぁ確かに学院では何かと騒がしいでしょうけれど…」
「『辺境の剣術』に興味があるのだろう?これで事足りなければまた日を改めて場を設けよう」
おいおいジスラン殿!めっちゃ我が主に喧嘩売ってんじゃないですか!
何してんですか!真面目そうな顔してっさてはキミ脳筋だな?!
国を守る防衛線で揮われる剣術をそのような言い回しするんじゃない!不躾な!
おいそこの従僕っどういう教育してんだ!
私の謝意を横顔で無視するアロイーズから、駆け付けたロカンクール家の従僕に視線を映せば相手は首を横に振ってみせた。
おっとこの従僕ちょっと面白い。
主を売ったぞ。
『私は知らない!』顔が本当に分かりやすくて和むじゃないか。
「シャラム」
「は」
従僕の気配が緩んだのを見逃さない程度に我が主は目敏い。
いや、周囲には常に気を配っていらっしゃるのです。
「そういう訳で、我々の剣技を是非披露して欲しい」
「御意」
「間があったな」
「栄誉に打ち震えていただけです」
こっわ。
アロイーズ自らが剣を揮わないと決めた以上私が代理するのが妥当だが、どうにか回避できる道は無いかと一瞬考えはしたけどさ!
ほぼノータイムで回答したじゃん!この鬼上司!
「どうかな?ジスラン殿?」
「…イニャス」
「は」
ロカンクール伯爵家よりヴュルテンベルク辺境伯家の方が家格が上だ。
この提案は呑むしかないよねぇ。
にしても相手の従僕の名前、イニャスさんか。
屈強な外見から想像もつかない可愛い名前だな。
ほんと、私よりも背が高いのは勿論、厚みも2倍くらいあるんじゃないか?
ヴュルテンベルク辺境伯家もそうだが、殆どの貴族家が子女達へ付けた従者は学院内での護衛も兼ねた人員である。
なので身の回りの世話をする従僕と謂えど大抵ある程度戦える。
先日慌ててミレイユ嬢を回収していったメイドも恐らくそれなりの武術訓練は受けている筈。
私から見たら走り方がなってねーでしたけどな。
まぁそういう訳で名前が可愛いイニャスさんも、見かけ通りに武術に精通しているのだろう。
見るからに相手を威圧できる風貌をされていらっしゃる。
従僕というよりかは護衛が主任務なのかもしれない。
壁際で控えている、同じ家紋を付けた従者も似た体格をしている。
ウチは主様がやや厚なので両隣がスリムに見えますね。
三人並べばそっちはまさに『坊ちゃまを護る隊』みたいな構図になりますね、成程。
教室内でそういう揶揄いの言葉でも耳にしてしまったのだろうかな、ジスラン殿よ。
「形式は?」
沈黙を保ってきた教員が顎を摩りながら物見高く双方の従者に視線を寄越す。
「三本先取。急所は避ける、以上でどうでしょう?」
「ははは、強気だなアロイーズ君。武器を手離しても継続で?」
「イニャス」
「それで構いません」
ジスラン殿はちゃんとイニャスさんに試合内容を確認するのに、我が主は私に声掛けもしてくれません。
はー寂しい、急に呼ばれてホレ戦えと放り投げられた戦奴隷の気分です。
まぁそんな愚痴を口にする気など更々御座いませんが。
後が怖いからではありません、私が従僕だからです。
やや重めの模擬剣を数度振り、開始の合図に備える。
双方の構えが整い数秒の静寂の後、教員の声が響き渡った。
イニャスさんが上段から振り下ろす大振りを下がって躱す。
読まれての、下からの切り返しを横へと弾く。
そのままの勢いで鉄板入りの踵で遠慮なくイニャスさんの顎を蹴り抜く。
あ、急所は避けるんだった。
「イニャス!!」
「く、ぅ…貴様!」
「あ、すいませんつい癖で」
やっばい、背後でアロイーズが笑ってない。
「今の無しで、無し。ハイ」
私は両手を上げながらすたすたと顎を抑えるイニャスさんの前に立ち、顔を差し出す。
こういう時は同様に同じ場所を相手に殴らせるのだ。
地域ルールかと思っていたが、不意打ちで顎をやられたイニャスさんも相当お怒りだったようで、ごうと音を立てて大きな拳が私の顎を強かに打ち付けた。
踏ん張っていても足が動く程には効いた。
いてぇー、力強ぇー寝不足の頭に効くぅー。
「失礼した、イニャス殿」
「…今ので倒れないのか、お前」
「主の前ですから」
倒れて良いなら倒れたいけどね。
やすやすと我が主の前で倒れるような無様な真似は指導されていないのだよ。
「では改めて」
「ハハッ、応」
互いに血が混じった痰を吐き出し開始位置に戻る。
ああー、こんな武闘派じゃなくても構わないから青春漫画のような展開を主に体験して欲しかったのに、なんで私が砂埃の中に居るのか全く謎である。
「…では仕切り直して、始め!」
先程の流れを警戒してかイニャスさんは此方の出方を伺っていた。
いやもう同じ事はしませんよ。先程のだって事故です。
仕方ないので私から仕掛け、剣を振り上げ落とす。
体格から判断したのか、彼は私の一撃をそのまま剣で受けて見せた。
軽いでしょう、軽いでしょう。
軽く打ってるんだからそうでしょうよ。
寧ろそれを待っていたとばかりにリズム良く彼の剣を土台にして私の剣が跳ねる。
その勢いを殺さず速さを重視した剣戟で下から剣を掬い上げれば、わずかに彼の重心が後ろに下がった。
すかさず互いの柄を合わせるように押し込めば更に巨体が後退する。
私はそこで体勢を立て直すことなく彼の足を払い、倒れる身体を追うかのごとく肩で押し込む。
手元ではぐるりと剣先を返し、イニャスさんの剣を捩じり落とす。
「ぐっ!」
「武器を落としても継続?」
確かめるように呟き、倒れまいと大きく足を開いた彼の背後から股を抜き前へと、地面に模擬剣を突き立てる。
丁度、彼の膝裏に刃が当たる場所だ。
柄を私が押し倒せば剣先が急所を打つでしょうよ。
考えるだけでぞっとして縮んじゃうね、ヒュッとしてるんじゃない?
しかしイニャスさんは果敢に右腕を振り上げ、私と位置を反転させようとしてきた。
でも私も彼の至近距離だ。
急所を無しにしたのが仇になったな、拳の勢いなど先程の非でも無い。
肘を打ち上げ勢いも方向もずらす。
「急所は!外せ!」
「当ててませんが」
「脅しだろそんなもん!」
と、言いましても私の手管は殲滅が多いのですがと思いながら、伸ばされた左腕を逆手に取り捩じり込みコブラツイストの如く頭を抱え込む。
「これもダメ?」
「分かった、分かった!外せててててっ」
「そこまで!勝者、…えっと?」
「シャラムです」
「シャラム!」
此処で敢えて家名で勝敗を評さないのは流石ですね先生。
制止の声を聞くまでもなく腕を離せば、イニャスさんがバランスを崩して自ら剣にぶつかりに行っていた。
わぁ、かわいそ。
「…は、はは、流石ですね、アロイーズ殿」
「まだまだですよ」
そうですね、急所ばかり狙う癖が抜けていませんからね。
もっと穏便に無力化しろと言われているのを思い出しました。
だからの急所縛りでしたか、今気づいたわ。
「では」
「ええ二本目ですか」
「え」
差も当然のように頷く我が主の姿にジスラン殿が目を丸くする。
いやぁここまで護衛を兼ねた従者をあしらわれ実力差がはっきりと目に見えるのにまだ続けるのか、と彼の顔は物語っているがイニャスさんは元より罪を代わりに被る心意気だったのか粛々と開始位置に戻った。
イニャスさん、苦労しているんだね。
まぁ知らんが。
二本目は十回くらい体勢崩して転ばせて土ペロさせて降参させた。
体勢崩しは得意です!特にイニャスさんのような重量級相手はね!
にしてもイニャスさんガッツあるなー。
ジスラン殿はアレだが彼を学院の従者にと付けたご両親のご慧眼は素晴らしいものだと私は思います。
体力とガッツで子息のしでかしをカバーしてくれる良い従者ですよ。
試合後は紳士的に握手を交わし互いの健闘を称え合う。
「その細身で、見事なものだな」
「イニャス殿の体幹も素晴らしいですね、崩しにくかったです。
因みに私よりもう一人の彼の方が腕が立ちますよ」
「ほう」
嘘です。
オスカーの方が弱いです。
でもなんか謎に強オーラ纏っているから大体こういう時は擦り付ける。
大丈夫、いざとなったらアロイーズが護ってくれるからな!オスカー!
何を言われているのか聞こえているのかいないのか、オスカーはただ厳しい視線で此方を見ていた。
ので、軽く手を振ってみたら苦笑いを返された。
まるで意志の疎通が出来ているような雰囲気だが、私はキミが何を考えて苦笑しているのか全く分からないぞオスカー。
「全く…剣技を見せろと言ったのに、ほぼ体術ばかりじゃないか」
「ご期待に沿えず申し訳ございません。
一介の従者が主を差し置いて故郷の名のもとに剣技を揮うなど、到底」
「その口先が剣技だと言われるのも時間の問題だな、シャラム」
「弁は時には剣に勝るとも聞きます」
あれ、ペンだったな。
「本当にキミは…まぁ良い、何よりジスラン殿がどう見受けられたかだ」
「へ?!え、あ…それはもう、素晴らしい武術でした!流石国防の要!」
「僕としては日を改めるのも吝かではありませんが?」
「いえ、いえ!今日だけでも多くの学びを得られました!
我々はもっと研鑽を重ねねばと!なぁイニャス!」
「ええ、左様ですね坊ちゃま」
「坊ちゃま呼びは止めろと!」
「失礼いたしました、ジスラン様」
イニャスさんおもしれー。
おちゃめさもあって、苦労人だけど辛酸をなめてばかりではいない太々しさ。
年齢も我々より上だろうな、二十代半ばくらいか。
小僧共の相手など慣れたものだろうに、手合わせで何度も転ばせてごめんね。
でももうちょっと私みたいに小手先が汚い相手にも慣れておいた方が良いよ。
「それにしても、えーっとシャラム君?の体勢崩しは見事だったね」
「師の教えが良いのでしょう」
「何か数年前を彷彿とさせるよ…昔、面白いくらいに人を転がした子息が居てね」
「はぁ」
「そうそう、最初は諍いが発端だったんだよ。
武術の時間に他の学生がその子息に突っかかって混戦になったんだけど、結局その砂埃の中で立っていたのは三人だけだったよ」
いやなんだその少年漫画展開。
三竦みのみが残るって最高に胸が高まるシーンじゃないか。
「内二人は兄弟、双子だったからまぁ相打ちしないのは分かるけど」
ピクリと、こめかみが動く。
「だから二対一の構図にはなるが、別にお互いが仲悪かった印象も無いしな…。
まぁ残りの一人が中々倒れないから躍起になって『絶対土付ける』ってもうなんか最初のいざこざとは別の目的でわちゃわちゃしててねぇ、あれは面白かった」
「…青春ですね」
「んー、そうだね。結局倒すのに成功したんだけど、それからかなぁ殆ど三人で一緒に居るくらいに仲良しになったのだからそういう絆も良いよね」
「憧れますねぇ」
「憧れちゃうのかぁ」
「…いや、俺はそういう絆は遠慮するぞ」
私と教員の視線を注がれたイニャスさんが一歩後ろに後退し、頭を振る。
それがまたちょっと滑稽で胸が擽られ、穏やかな気持ちになれた。
「興味深い卒業生のお話でした、ありがとうございます」
「いや、此方も面白いものが見れて懐かしい気分にもなれたよ」
粛々と頭を下げ、踵を返せば既にアロイーズはオスカーの傍に居た。
アロイーズも聞けばよかったのに、と思った途端、足が止まる。
「……」
いや、まさかね。
「お帰り」
「何一発貰ってるんだ、バカ者」
「アロ様、オスカーが私の雪辱を晴らしたいそうです」
「正気?」
「あれくらいなら勝てる」
「いや、イニャスさん大分手ぇ抜いてたよ」
「…」
「ふっふふ、シャラム、それくらいにしてあげな」
ぽん、と軽くアロイーズが私の頭を叩く。
ああ、今は頭は、触られたくないなぁ。
「シャラム?」
ほらオスカー母ちゃんが、心配そうな声を出す。
「濡れタオルくらい用意しておいてくれる情は無いのか、オスカー」
「理不尽な。お前は口を開けばまた…」
「はいはい、じゃれてないで着替えに戻るよ」
全く主に制止を掛けられる従僕など、情けない。
そういうところだぞオスカー。
キミは本当、アロイーズの元じゃなければこうしてのびのび働けないだろうよ。
更衣室に戻る最中、階下に見えた武術場を何ともなしに見つめる。
久し振りに、お兄様達の面影を覚えた胸は、まだ動悸が収まらない。
「シャラム」
「は」
呼び戻す声に返事をする。
その名が、私を現実に戻す。




