43:十六歳の夢見
部屋の中は温かい空気が揺蕩っていた。
それを察し、私は密かに肩を落とす。
「シャラムかい」
寝室の扉を隔て、アロイーズの声が掛かる。
尋ねなくとも分かっているだろうに。
「はい、アロ様」
「お帰り」
オスカーから渡されたメモはほぼ白紙だった。
アイツめ、自分こそ大して休まずに起きてくるつもりだな。
私がこんなんだからオスカーにはしっかり従僕の仕事に専念してもらいたいのだが。
それも甘えだと分かってはいる。
だが、気に留めては欲しくないのだ。
靴音を毛足の長い絨毯が吸い込む。
物音一つ立てずに寝室へ踏み入れば、枕元のランプだけ燈したままアロイーズがベッドの中で身体を起こしていた。
手元に開いていた書籍を閉じ、サイドテーブルに置こうとする動きは最後までさせない。
足早に距離を詰めた私の手が本を受け取りそっと机上に置く。
「ありがとう」
「明日は朝から剣技の講座でしょう?身体が資本ですよ」
「もう休むよ。その前にキミと話しておきたくてね」
「夢見が悪くなるような話ですか」
抱えたまま眠りたくないのだというのだから、察するに余りある。
アロイーズは小さく苦笑を零し、柔らかな寝具の皺を無造作に伸ばす。
「寝不番がキミなら、夢から助けてくれるだろう?」
「御身を想うのはオスカーでも同じですよ」
「そういえば、オスカーの夢を見た事は一度も無いな」
「可愛そうに…今頃彼は貴方の夢を見てますよ」
「夢の中でくらい仕事を休んで欲しいのだが…」
「御小言は夢の中で言ってやってください」
だからさぁ寝るんだ。
不穏な話は私は聞きたくありませんよ。
それこそお小言はオスカーからだけで充分です。
そんな気迫を伴って上掛けを掛けようとする私の手を、アロイーズの大きな手が遮る。
「三年前のキミの願いは叶った」
「…貴方様の供を、という願いですね」
「そうだね、本当短時間で良く此処まで」
褒めているのか、嘆いているのか。
アロイーズのベゴニア色の瞳は、夜闇の中で見ると深みを増す。
仄暗い、乾いた血のような色合い。
「僕は何処かで、それよりも前に全てが詳らかになる事を願っていたよ」
早くに疑惑が解消されるのなら私も願ったりだ。
だが、実際はそうはならなかった。
この三年間、武術訓練の傍らでレオさんに当時の話を何度も聞いた。
一つ、伝令は確かに公爵家の暗号が用いられていた。
それをレオさんが垣間見たのは偶然だったが、謀られた可能性もある。
何故ならその後に、『ストラス家を強襲したのは公爵家だ』という噂が王都に流れるのが異様に早かったからだ。
二つ目、公爵家の暗号は幾つかある内でも、例の伝令で用いられたのは黴る程古い形式の暗号であった点。
情報戦を搔い潜る為に各家、暗号を用いる事は常だが同じである訳もなく。
例に漏れず公爵家の暗号はヴュルテンベルク辺境伯家の把握している内でも数え切れぬ程となっている。
その膨大な暗号の組み合わせ、時に新設した符号を読み解くのは至難の業。
だからこそネウストラ公爵家の情報を抜くのは困難であると界隈では称される。
少なくとも現当主になってから暗号は十五回以上変わっているらしい。
にも関わらず、先代の古い符号一種か二種を混ぜただけの単調な暗号だった。
それでも難解なのは確かなのだが、警戒心が強いヴュルテンベルク辺境伯家に掴ませるとするならもっと複雑で、それこそ現当主が編み出した符号を用いるくらいの周到さがあっても可笑しくはない。
だから読み解いたレオさんも、罠を警戒したらしい。
しかし内容は貴家に関わるものではなく、それでも無視できる内容でなかった。
指示を仰ぐためにも閣下の元へ寸刻を争うとして情報を届けたのだ。
結果、アロイーズが私達の元を訪れ、計画の一部を崩す事に成功した。
しかし落ち着いてから考えてみれば実働は伝令内容と食い違いがある。
その点を指摘したのは誰でも無い、ヴュルテンベルク辺境伯閣下だった。
『元よりご令嬢だけでなく、一家を狙った計画であろう。
そうでなければならない理由は未だ不明ではあるが、公爵家の品位を落とす王都の噂を実にするための布石が、レオの掴んだ伝令内容だと思えば納得は出来る』
成程、確かに指摘されてみればその点は納得出来た。
だが私はその不明な目的を知りたいのであって、計画者が公爵家を陥れようとしたのかどうかはさておきなのだが。
閣下のお言葉から、我々の中での共通認識として『公爵家は白』とはなった。
寧ろ公爵家への攻撃としてストラス家が被害にあったのではないか、という見解だ。
しかしそれでもまだ謎は残る。
果たしてストラス領が、ネウストラ公爵家にとってそれほどの価値ある土地であったかどうかという点だ。
少なくとも、我が領地での銀山開発は上出来だった。
大きな稼ぎにはならなくとも恙無く波風も無く、穏やかに滑り出した事業。
ユーデス様が責任者を務めていたのだから当然でもあろう。
お父様だって、お兄様達だって精力的に不備が起きぬよう動いていた。
つまりはそう旨味も強くはなく、妬まれる程の稼ぎが見込めるでもない事業だ。
共同運営をしていた公爵家としては北方への足掛かりにするには、少し華が足りない、そんな事業展開をしていたと思う。
故に、仮にその成功を妬んで事を起こしたとなったとしよう。
だが結果としてネウストラ公爵家が筆頭株主となり事業は継続。
傍から見れば公爵家の被害など然程ではない。
噂についても、否定も肯定もせず沈黙を保ったからか、ただ一層ネウストラ公爵家の底知れなさが世に知れ渡ったに過ぎない。
現在の事業収益は代理当主が務めるストラス領にも収められているようだがその額は不明だ。
今、ストラス領はお母様の弟さんが治めているものの聞いた噂では、ユーデス様が成人後にストラス領を買い取る意向のようで、陛下にも奏上しているらしい。
それは御自身の携わる事業があるからなのか、公爵家として北への足掛かりにする地としてなのか。
そもそも私の知り得ぬ何かがストラス領にはあって、他に奪われたくないのか。
ただ、それだけ公爵家が執着を見せるから、我が家は狙われたのかもしれない。
そんな事を考えてしまう自分が嫌だった。
忌むべきは加害する側だ、被害者じゃない。
だからその問題はさておき、当時レオさんが解読した暗号を用いた接触が何処かで執り行われていないか私は夜な夜な街に出ている。
聞く人によって若干暗号についても異なるのだから、情報収集も儘ならない。
寧ろレオさんは良く覚えているもんだと改めて尊敬する。
私は懐に入れていた、レオさんから酒場で受け取ったメモをアロイーズに無言で差し出した。
緩慢な動きで手を離した彼が、ゆっくりと紙切れに目を通す。
「東、国防と愛し子」
「東の国防線が補強されたのは御存じの通りでしょう。台頭したシャレット家が主導しておりますが、王家にも進言があり防衛費がここ数年多めに割かれていたようです」
「国費を頂くに相応しい理由が、『愛し子』かい」
「『祈り』に聞くには愛し子は王家にも、神の家にも疎遠なご様子」
「寄らずとも向こうから来るだろうしね」
「貴方様の元にも」
「よしてくれ、趣味じゃない」
入学して一週間、我が主の周囲には色とりどりの華が咲く。
教室内だけならまだ可愛げがあるのだが、廊下や、鍛錬場、動物の匂いが残る馬場、更には静かに過ごしたくてと非難した個室サロンにまで湧いてくるのだから凄まじいものだ。
その中で特に印象に残ったのは、厩であった少女だ。
「この歳になってあの喋り方をするような子がまだ居るとは」
「無邪気で可愛らしいじゃないですか」
「どの口が無邪気を語る」
「この口ですが」
ふっとアロイーズが口元を緩め、笑う。
それだけで夜の闇が逃げていくような明るさが燈る。
「品定め中かな、どう見る?」
「初動からして遅々としていますからね、今から王家は無いでしょう」
「だろうね、婚礼も間近だ」
「個人的にはアンヴァリッドと近づいて欲しいところですが、まぁ国防を重視するなら貴女様が有力でしょうね」
「趣味じゃないのだが」
「お育てになれば?」
「…キミは本当…ピピか?いやレオか…?」
いやぁ前世はどうやらそれなりの耳年増だったようです。
御存じありませんよね、自分好みに幼女を育て上げる男の物語を。
我々は教育課程の中で必須項目として学びますよ、それ。
この夢見がちな態度からも分かるが、流石に恥ずかしいのかアロイーズは夜伽の相手を呼ばせるのに私を使う事は無い。
まぁ見繕う店には私も勝手に付いて行ったが。
だってオスカーに任せたら面白くない人しか選ばなそうじゃないか!
予想通り、一列に嬢を脱がせて並べて尋問まがいの選び方していたが。
その愚痴を嬢から聞いた時は腹を抱えて笑った。
表情筋が死んでいる私には苦行だったぞ、オスカー。
笑いが収まるまで顔を上げられなかった。
アロイーズの趣味は出るとはちゃんと出つつも、話していて面白い子である。
知っているんだぞ、私セレクトの嬢を気に入ってるのを。
安心したまえ、王都でもちゃんと選んであるから!これはレオさんとだが。
なおレオさんは背中フェチである。
「まぁ冗談はさておき、そろそろお考えになる議題ではありますよ」
「…気を逸らすのが上手くなったな」
「貴方様は話を戻すのが強引になりましたね」
昔はなー、私もこんなにアロイーズの弱みを持ってなかったからねぇ。
まぁまぁと宥める余裕があったんだろうね、うん。
今は私の方がキミを揶揄うネタを握ってしまっているからね。
「で、そっちは」
「畏れながら」
「まだ一週間、と思っているかい?」
「流石アロ様、前向きなご意見です」
茶化すな、と彼の瞳が厳しさを増す。
そんな目をしていると夢の中でも悪戯しますからね。
「―――…正直、三年以上前の伝令を追うのは難しいでしょう」
ヴュルテンベルク辺境伯閣下はネウストラ公爵家を白と判じた。
しかし、あの古い伝令を使うとしたら現当主ではなく曾祖母様では無いか。
そう密かに私に語っていたのはレオさんだった。
寧ろその独断専行した動きだからこそ伝令と実働に歪みが出たのでは?
そう考える事も出来るだろう。
だが、かと言ってそれを御せない程ネウストラ公爵家当主が耄碌している訳もない。
敢えて見逃したのか?
だがその後に蔓延った侮辱的な噂を野放しにするのも可笑しい。
疑ってくれとばかりに世論を煽るのは、情報戦を得意とするネウストラ公爵家にしては余りにも粗末な手法であろう。
何方にせよ、何とも腑に落ちない点がある。
「何故伝令を追う術をキミは選んだの?」
「その伝令が、果たして本当に公爵家の者かどうかを確かめたく」
だから私は、そもそもレオさんが掴んだ伝令自体がブラフだと考えた。
事件の全容を俯瞰して見れば公爵家を装い、公爵家を貶めようとした流れに見える。
それは閣下が指摘した通り。
だがレオさんの懸念も残るのは確かだ。
ならば公爵閣下の手の内に居ないものが使われていたのなら?
本家の監視の目を掻い潜る事は出来よう。
そもそも、ご丁寧に後から噂を流すにも関わらず、わざわざ公爵家の古い暗号を用いて王都で伝令を行った訳はなんだと考えた。
情報戦。
どれ程の貴族家がこの違和感に気付き、動くのか。
それを見る為の虚像ではないのか。
ヴュルテンベルク辺境伯で過ごしたからか、それを目的としても違和感のない派閥が私にも浮かぶようになってきた。
「砂漠の一粒だ」
「私にとっては待望の一粒ですね」
曾祖母様は社交界から離れて久しい。
人の訪れは元より少なく、今も猶王都の外れに居を構え静かにお過ごしだ。
意外にも、溺愛していると噂の孫や曽孫とは以前から疎遠らしい。
それが真実か嘘かは定かではない。
こう言っては何だが、後先短い権力者に罪を擦り付けるのも定石だ。
別に、ネウストラ公爵閣下がそう語っている訳でも無いのだが、ヴュルテンベルク辺境伯家が掴んでいる情報を提示されればそう逃げることも出来よう。
勿論ヴュルテンベルク辺境伯家が首を突っ込む事案ではないので想像ではある。
ただ、その伝令を行った者が本当にネウストラ公爵家の者でなければ。
「その考えは父上には」
「お伝えしております」
「成程、ね」
メモごと、大きな手を組みアロイーズが嘆息を漏らす。
「キミはいつ主に隠し事を許される立場になった」
「聞かれた為、お答えしたまでですよ」
隠していた訳ではないと常套句を述べても、彼は視線を緩めはしない。
「相談するまでも無い、と?」
「ならば敢えて不躾ながら問いましょう。
事が事なら、貴方様はどういたしますか?」
次期当主の聡明さは私以上だ。
閣下と話した折りに、語られた最悪を想像するであろう。
私が示唆するまでもなく。
「…公爵家の国家反逆。流通の滞りや国力の乱れに乗じて、か」
「故に東の防衛費にも閣下は黙しておりました」
「随分前からじゃないか…」
アロイーズは力んでいた身体を脱力させ、ずるずると背面から滑り落ちた。
すかさず上掛けを胸元まで引き上げる。
「時間稼ぎになればよいのです」
「王都は王都で守らせると」
「王ある場所が王都ですよ」
「はぁ…街道整備に一枚噛んだのはその為だな?」
「おや?お気づきで無く?」
珍しい。
アロイーズの事だから気付いていても見逃してくれているのかと思ったのに。
閣下ともそれらしい話をしていたと記憶していたが。
「それは…後の為だと」
「後の役に立たずに居てくれれば幸いですがねぇ」
「そういう意味じゃない」
「ではどういう意味で?」
むっつりと不満そうな顔をすると、アロイーズは随分幼く見える。
それもベッドの中だからか。
まるでまだ眠りたくないのを寝かしつけられる子どものようだ。
ふと懐かしさが蘇っては心を擽る。
私は軽く彼の胸元をぽんぽんと叩き、ベッドサイドのランプを絞る。
「…結局、してやられた」
「いいですよ?夜を明かすまで語りましょうか、根掘り葉掘りお伺いして」
「おやすみ、シャラム」
「ええ、おやすみなさい」
入って来た時よりも注意深く、音を消して寝室の扉を閉める。
そのまま脇の椅子に腰掛けアロイーズの手から抜き取ったレオさんからのメモを何ともなしに眺める。
(東の国防についても、愛し子についても今更過ぎないか?)
防衛費の増額についてはヴュルテンベルク辺境領に居た頃に分かっていた事だ。
追って、王都での奏上内容が届いた時には乾いた笑いが出たが。
(士気を上げていた『聖女』、シャレット家の御令嬢…ミレイユ・シャレット)
ほんの数日前、正面から見ても驚くほど虹彩が特徴的だった。
一目見て誰もが女神ロテュスの祝福を連想するほど、ハッキリと華の形が浮かんだ薄紅色の大きな瞳。
『あなたもお馬さんのお世話に来たの?』
無邪気にはしゃぎながら街娘風の服に身を包み笑顔で我々を出迎えた彼女。
いや、多少衣服を厩用にしているつもりかもしれないが、膨らんだスカートはどうしたって作業の邪魔になるだろうに。
真実馬の世話をする女性はもっと膨らまないスカートを好んで履く。
なんなら乗馬用のズボンでウチの御姫様は作業するぞ。
だがどうやら一人きりで来ていたようで、その意気込みは買った。
恐らく私だけだが。
厩は中々、王都の淑女方には不人気な場所だからね。
『女性に力仕事は大変でしょう、此処は私がやりますよ』
さっさと追い払おうとオスカーが目にも留まらぬ速さで動き、彼女が持っていたバケツをそっと奪う姿を見て、ああこの子もダメかぁと内心思ったものだ。
『大丈夫です!慣れていますから!』
『ならば猶更、学院では新たな学びに挑戦出来ましょう』
『むぅ!』
取り返そうとしたバケツを遠ざけられ、頬を膨らまして見せる姿が痛々しい。
待ってくれ、こういう子への免疫は無いのだ。
それは私だけでなく、主もだ。
ちらりと盗み見たアロイーズの顔が硬直していて余計笑いそうになる。
『さ、綺麗な髪に匂いがついてしまいますよ』
『あっ』
仕方が無いので私がさっと間に入り、御令嬢を厩の外までエスコートする。
おーい保護者どこー、さっさと回収してー。
男に親切にされることにはまんざらでもない様子で、笑顔を張り付けた私相手でも大人しくついてくるのだからまだ可愛げがあろう。
他の御令嬢はまぁーしぶとい、しぶとい。
此方が触れられないのを良い事に強引に戻ろうとするからね。
『近くでお見掛けしても、本当に天使様のような方なのね』
おや、全く隠さない豪胆さも私的には高評価である。
『ありがとうございます、御心もお優しい方です』
『そうなのね…良かった』
『(良かった?)ご期待に沿えたようで何よりです、シャレット嬢』
家名を口にすれば、ピタリと彼女の独特な瞳が私を見据える。
常日頃からオリアーヌを見ているため美女慣れしているつもりだが、系統の違う綺麗な顔だなと思わず見惚れる程だった。
染み一つないまろやかな頬、柔らかな弧を描く眉、長い睫毛はくっと上を向いている。
小ぶりな鼻と艶やかな唇。
揺れる細くしなやかな髪の合間から見える控えめな耳。
見上げてくる背丈は、オリアーヌよりも少し低い部類か。
『驚かせてしまいましたか?』
『…いえ、そうよね、従僕だもの貴族の名前くらい』
『私が覚えているのは美しい人の名前だけですが』
そうです、アロイーズの嫁候補を探す為に。
オリアーヌから入学前に色々と叩きこまれています。
『ええっ?ふふ、やだー、美しいだなんて』
『まぁ貴女は別枠ですが』
『え』
別件で覚えているに決まってるでしょーよ。
どっちと取るかな、この瞬間がわくわくして仕方ないぜ!
『ミレイユお嬢様!』
『あ、マリー』
丁度良いタイミングでお迎えが来てしまった。
血相変えた侍女へと暢気に手を振り駆け寄る彼女を見送り、愛想笑いを一つ浮かべるに留めて踵を返す私の背中に突き刺さる視線。
ははぁ、嫌味と取りましたか。
大正解です!ウチの主様には近づかないで下さいね!
(…などと、主の意向を汲み取って遠ざけたつもりだったがなぁ)
改めてレオさんが報せるのだから眉唾でも無いのだろう。
その『聖女』とやらの肩書は。
だからこそアロイーズもあんな反応を見せたのだ。
いやはや、貴族の政略結婚などありきたりだが、いざこうも乗り気でない様子を見てしまうと何とも気持ちが塞ぐものである。
(いや、私も似たようなもんだったか)
最初は来るな寄るなと内心思っていたのに、実際はころりと心を許してしまったのだから目も当てられないだろう。
どうやらこの件に関して私は主へ諫言出来なさそうだ。
ともすれば相棒であるオスカーが、となるのだがアレもダメだ。
アイツも充分アロイーズに傾倒しているからいざとなったら我が身を賭しそうである。
(講堂で見た時はもっと…恋に憧れてそうな、純粋そうな雰囲気だったんだがなぁ)
そんな話をしていたからアロイーズの眠りが浅くなるのではと心配していたが杞憂だったようだ。
夜に話していた事などありました?といったサッパリとした様子でお目覚めだった。
寧ろ気を抜くと眉間に皺を寄せるオスカーの方が寝不足で辛そうである。
「だからもう少し寝てれば良いのに」
主の身支度を手伝い終え、朝食の準備をしている合間にこっそりと零せば、相手は意外にも本当に疲れ切った嘆息を零すから此方が驚いた。
「…夢の中でも仕事していた…だったら現実で働く方がまだマシだ」
「ぶっは」
「え?何?」
思わず噴き出した私に、アロイーズが反応する。
「んっはは…アロ様、オスカーの夢の中に本当に登場しています…ぶふっ」
「え?オスカー?」
「何故夢にアロ様が出てくることをそんなに笑う」
「いや、ほんと…待って、期待通り過ぎて」
面白すぎて笑い崩れた私は身体を二つに折り曲げ、手元にあった盆で顔を隠す。
無表情の癖に笑いたい感情は起こるものだから、目元や口元だけがヒクついて気持ち悪い表情になるのだ。
なので私は笑う時は必ず顔を隠す。
そんな同僚には慣れているのだが、話の流れが読めずにおろつくオスカーが面白くてまた笑いが込み上げてくる。
助け舟を出したのは、嫣然と食卓で微笑む我らが主だ。
「そういう話を昨晩していたんだよ、オスカー」
「はい?」
「何で僕の夢の中にはオスカーが出てこないのだろうか…」
「あっはっは、アロ様、片思い…!」
「こんなに大事に思っているのに…」
「待て、何の話だ。とりあえず盆を置けシャラム」
「無理ぃ、顔、やばぁ」
「その前に言葉を直せ!」
助け船じゃなかった。
私への追撃だった。
あれか、昨日の仕返しのつもりか。
全くヴュルテンベルク辺境伯家の朝は今日も賑やかです。




