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パドマの箱庭  作者: 菌床
5/13

05:五歳児の一歩


「オーリ!!アロ!!」

「リーシャ!」


日差しの熱っぽさを覚える前に、待ちに待った黄色の天使がストラス領へ来た。

馬車から降りた姿が見えた瞬間に私も列を飛び出し走り出した。


あれから手紙のやり取りは続けていたものの、やっぱり顔を見るのは一際嬉しくなる。

半年以上会わなかっただけで随分久し振りに思えるし、心無しか二人共背が伸びた。

抱き着き抱き締めて気のせいでないと理解した衝撃で思わず叫ぶ。


「おっきくなってる!!背ぇ抜かれてる!」

「お父様もお母様も大きいものっ!わたくしもアロも大きくなるわ!」

「リーシャも背が伸びた!もっと差が出来たと思ったのに!」


笑いながらお互いの背を測り合っては、つま先立ちになって競い、また転げるように抱き合い跳ねる。

邸に入る前から元気な三人を皆が優しく見守ってくれている。

今回は最初からこちらに顔を出してくれたのか、ヴュルテンベルク辺境伯閣下までいらしていた。


「今年もどうぞ仲良くしてやってください」

「こちらこそ、娘ともども楽しみにしておりましたよ」

「ご子息たちの顔つきも随分大人びて」

「子どもの成長はあっという間ですわね」


私の両親も、婦人たちと笑い合い再会を喜んでいる。

お兄様方は先に閣下たちへ挨拶をしてから私達の元に来て、三人に纏めて抱き着かれ揉みくちゃにされているがにこにこと嬉しそうにしていた。


遅ればせながら五歳児たちもそれぞれのご挨拶を許してくれるが、それも恐らく今年までだろう。

来年こそはもうちょっと落ち着いて出迎えねば。

覚えていれば良いのだが。


今年の夏季には王族が避暑にいらっしゃる予定だから、猶更猫を準備しておかなければならない。

どうやらその情報はヴュルテンベルク辺境伯もご存じのようで双子も知っていた。


「夜会なんてわたくしたちには関係ありませんのに」


ぷくと頬を愛らしく膨らませ、夜会のせいでストラス邸に泊まれない時期がある事を拗ねてみせるオリアーヌにリーシャも全力で身体全体を使い同意を示した。


「ほんとほんと!大人達だけでやってさ、私がそっちお邪魔しようかなー」

「その案良いですわね!」

「気持ちは分かるけど、同年代の子も来るんだからそれを楽しもうよ」


相変わらずアロイーズは物分かりが良いしっかり者だ。

諭された二人は打ち合わせたかのように左右からアロイーズの手を取り、交互に口を開く。


「でもアロ、みんなで夜のお話する時間が減るんだよ?」

「そうですわよアロ、日中にお兄様方に手合わせしてもらう時間だって減るわ」

「こっそり飲もうって言ってたジュースだって、今しか材料取れないのに」

「嵌っているボードゲームをみんなでやりたいでしょう?我慢できるの?」

「う、うう…!」


そんな三人を後ろから笑いながらお兄様達が見ていたが、流石に劣勢なアロイーズへ手を差し伸べた。

アロイーズだって、早くストラス邸に泊まりたいのはリーシャだって分かってはいる。


「夜会さえ終われば王族の方々は忙しいから、すぐにウチも静かになるさ」

「準備が本格化する前までなら泊っても良いんじゃないかい?」


ギレムの提案に三人で振り返る。

一気に視線を浴びた相手は少し驚いたが、双子の側仕えに目線を寄越して都合を窺う。

彼はにこりと笑いながら頷き、閣下にご進言させて頂きますと言ってくれた。


息を止めて見守っていた三人が爆発したように叫んで悦び、跳ねては腕を振る。

その勢いのまま今度はギランとギレムに突進してはしゃぎ倒す。


「ありがとうレムお兄様!流石っ天才だわ!!」

「ねぇラン兄様!僕、剣を習い始めたんですよ!」

「わかったわかった、お前ら三人揃うと勢い三倍じゃ収まんねーな」

「ははは!ほんとこの賑やかさ、良いよね」


纏わりつく三人を代わる代わる構いながら、皆で仲良くお茶会室へ向かった。

賑やかにお茶をしてれば閣下からの許可も降り、勿論私のお父様たちも了承してまた更にはしゃぐ。

もうさっきから誰もかれもずっとはしゃぎ過ぎだ。


道理でお昼ご飯を食べて外で走り回ったら、ここ最近で一番眠くなる訳だ。

気が付いたらまた三人揃って私のベッドに転がされていた。

今度は何時眠りに落ちたのか記憶がない。相当だったようだ。


今日は挨拶だけで、元々ヴュルテンベルク辺境伯一家は別荘に宿泊予定だ。

そのまま泊ってしまってもこちらとしては困らないのだが、流石に、と遠慮してお暇してしまった。

だが明日は朝から荷物を揃えて二人が暫く泊りに来るのだと思えば寂しくない。


もう一日も離れていられない程になっている自分に驚くのだが、家族でだってそうなのだ。

甘ったれ五歳児は全力で甘え、大好きな人に大好きを示すのだ。

それが我々五歳児の仕事だと常々堂々思っている。




思っていた、のだが。


「オーリ、随分様になってるな!」

「でっ!しょっ!」


青空の下の庭先で、去年のように軽やかに木剣がぶつかる音が響く。

時折涼やかな風が山から吹き降りるものの、動き回っているオリアーヌの額は汗だらけだ。

対して、相手をするギラン兄様は余裕綽々である。

そりゃ五歳と十二歳だ、当たり前だが。


だが、日頃からギラン兄様と騎士の訓練を見るしかしていないリーシャにも分かる程、オリアーヌの動きは綺麗な型を取っていた。


女性であっても辺境領では剣を取る。

夫が不在の間、家や子どもを守る為だ。

そんな強くしなやかな心を表すようなオリアーヌの瞳が爛々と輝くのを見て、リーシャは奮えた。


(きれい)


必死に身体全体で動き、勇ましさを迸らせるオリアーヌは美しかった。

技術的なものだってまだまだ未完成だ。

それ以上に、いつかその学んだ術で人を傷つけるかもしれない、寧ろその為に学んでいるという覚悟は、前世の理性で躊躇うリーシャからしてもまだまだ未熟。


それでも彼女が子どものままではなく、少しずつ成長しているのだという現実をありありとその身に感じた。


同時に、この現世で、身の危険が近い世界で生きていくという事。

前世の価値観や倫理観を軽んじるつもりはないが、自分が在る現実を思い知らされる。


きっとこの世界で大人になるという事は、守る為に傷つける覚悟を決め、その責を追う事だ。

軽やかに導くギラン兄様やギレム兄様の穏やかな瞳が、そんなリーシャの考えを是としているように見えた。

二人だってまだまだその身体は未完成なのに、心は既に芯を持っている。

未だ遊びの心の抜けきれない幼い子供たちを急かさず育む周囲の強さに改めて敬服しては、リーシャは迸る恐怖にも似た興奮を密かに握りしめた。


「ほい休憩」

「うあっ!…っきゃあ!」


さっと攻撃を避けられ体勢を崩したオリアーヌをギラン兄様が支え、そのまま持ち上げのしのしと私達が待つ場所へ向かってきた。

担がれたオリアーヌはオリアーヌで、楽しそうにきゃっきゃ笑ってまだ元気そうだ。


「ありがとうラン兄様!」

「おー」

「オーリかっこよかった!あんなに出来るようになってるなんて手紙じゃ分からなかった!」

「アロの方がもっと進んでるのよ!」

「次はアロくんだ」

「待ってました!ラン兄様お願いします!」

「水くらい飲ませろ」


文句を言いながらも嬉しそうに笑うギラン兄様の姿にほっこりする。

早速始まった打ち合いを見守りつつ、私は隣のギレム兄様を見上げた。


「…レム兄様、私だったら魔法と剣、どちらが上達しそうですか?」


少しだけ強張った声になったな、と自覚したが、恐らく表情も硬かったのだろう。

ギレム兄様はぱちりと眼を瞬かせたあとくすくすと軽やかな笑みを零し、此方を安心させる声音で話す。


「リーシャはどちらもまだだからねぇ、楽しみだ」

「リーシャも剣やるの?!やろやろっ!」

「オーリみたいに出来るか分からないけど、見てて楽しそうなんだものやりたい!」

「ふふ、意外な…いや当然なところから火が付いたね」


如何にも幼い、覚悟もへったくれもない理由を述べたのだが、穏かな手は頭を優しく撫でてくれる。

ギレム兄様の青い瞳が、成長を寿ぐようにゆるりと細まり、見上げる此方も嬉しくなった。


ちゃんばら遊びで握るのとは意味が違うと理解している此方を分かってくれているのだろう。

きっとこの穏やかな日常は、未熟な私の覚悟すらも慈しんでくれると確信めいたものを感じていた。

それが幸せで、ありがたくて、嬉しくて愛おしい。

再び生を受けた世界が、過ごす家が、出会えた人々が彼等で、本当に私は幸運だ。


「じゃあちょっとランに見てもらおうか…ラン!リーシャも剣やりたいって!」

「リーシャもやるの!?」


先に反応を示したのはアロイーズだ。

ギラン兄様と打ち合っているというのに余所見をして、見事にぽこりと脇腹を叩かれていた。


「アロ、余所見すんなー」

「ごめんなさい…つい」

「まー今回はしゃーないな、おいリーシャ!こっち来い」


呼ばれてバネのように立ち上がり二人の元に駆けてゆき、ギラン兄様が持つ木剣に手を伸ばすが代わりにおでこを掌で押さえられた。


「お前にはこりゃまだ重いって」

「うぐぅ」

「オーリ!お前の剣貸せ」


今度はオリアーヌがぱっと素早い動きで駆け寄ってきて、言われた通り木剣をギラン兄様に差し出す。

それをそのままリーシャに渡せば、彼はニヤニヤと悪戯な笑いを浮かべて口を開く。


「リーシャ毎日俺の訓練見てるだろ?アロの攻撃受けて見ろ」

「ええ!?」

「アロ、制限なしだ」

「ええ?!!」


リーシャよりもアロイーズの驚嘆の声の方が大きかった。

制限なしとはどんな制限が無くなるのだろうとひやひやするリーシャを、相手も心配そうに見る。

しかしギラン兄様は前言を撤回する様子はなく、オリアーヌをギレム兄様のところに戻るよう促し、自分はリーシャ達の丁度真ん中脇に立った。


「心配すんな、ヤバかったら止めっから」

「…分かりました」


ギラン兄様が考え無しじゃないとアロイーズは信じるたのだろう、木剣をすっと構えた。

一方私は、訓練を見ていたは見ていたが、それはもっと本気の試合みたいな複雑怪奇な動きばかり。

真っ当に構えるも何もない棒立ちで、気持ちだけでもと剣を両手で握り締め胸元に引き寄せた。


「いくよ!」


アロイーズは掛け声と共に、ギラン兄様と打ち合っていた時よりもゆっくりな動きで木剣を振った。


「ひっ!」


気遣いされた攻撃であったが思った以上に、鈍器を己に向けて振り下ろされる恐怖に負けて私は逃げた。

数撃、横凪ぎや突きすら入れられて、ビュンビュンと風を切る音が身体の近くを通る。

身体が反射的に動いては当たりたくない一心で動き回る。

木剣は一度も交わっていない。


恐る恐る振っていたアロイーズの表情が、だんだんと笑顔になっていく。


「っすごい!リーシャ!避けるの上手!!」

「そ、そんなのひぃ!うれっ!…ひぃぃ!」

「ッハー!情けねぇ声ー!」


止める為に立っている筈のギラン兄様が腹を抱えて笑っている。

心なしか距離も先程より空いているのはどういう心積もりだ。


アロイーズの振る剣が空を切る音も先程とは随分違う。

どんどんと此方の緊張感が高まり、キリキリと集中力も絞られていく感覚がする。


「おー、もういいもーいい、そこまで」

「…っはー、怖かった」

「最初からこれは確かにそうだね…大丈夫リーシャ」


ごめんね、と全然悪くないアロイーズが申し訳なさそうな顔をしていた。

主犯はそこでニヤニヤしているギラン兄様、いや、言い出した私です。


しかしそれでも何かを期待して、私はカメリヤ色の瞳を見上げた。


「…私に、剣は出来ますか?」

「出来なきゃやんねーの?」


本当にギラン兄様は人を煽るのが上手い、導く性質の人だなとしみじみ思う。

まんまと奮い立たされた私は背筋を伸ばして一度も振らなかった剣を掲げて叫んだ。


「やる!」

「くっ、やっとだな」


低く喉を鳴らしてそう零すと、上出来だと頭を大きな硬い手で撫でられた。

もうギランお兄様の手はただ優しいだけじゃなく、戦う人の掌になっているのだと猶更に思った。




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