34:十一歳の悲喜交々
満を持して開催された武術大会は、私が知る中で最も賑わいを見せた。
そりゃそうだろう。
領主家の嫡男であるギランお兄様とギレムお兄様が王都から無事にお戻りになり、いよいよ大人として世間に認められ活動し始める祝い年でもある。
お兄様達としてはその領民からの祝福へお返しとして開会時に剣舞を執り行う。
これは以前から決めていた流れだそうで、王都でもちょこちょこ合間を縫ってお二人で練習されていたそうだ。
さぞ練習中のお兄様達も輝かしかった事だろう。
ときめいちゃうよね、だってカッコいいもの。
私もユニゾンもの大好きだから分かるよ、胸アツだよねシンメトリー。
それが殊更大好きなお兄様達が舞うのだから私には余計堪らないのだがな!
まぁそういう訳で、ストラスの武術大会にも関わらず物凄いご令嬢の数である。
ストラス領は避暑地としては名の知れた北の田舎領だが、その知名度は風光明媚な自然に関してであり武術大会は其処まででもない。
避暑に来て「丁度催し物やってるらしいけど、行く?」程度のものだろう。
なのに見渡す限りに人、人、人。しかも貴族令嬢ばかり。
新調した飾り布よりも眩い色の洪水に、もう先程から私は目がチカチカする。
「…これ程とはな」
「実際に目にすると驚きますわね」
領主一族専用席があって良かったのか、それとも今はお兄様達が居ないからまだ針の筵になっていないだけなのか。
これから試合をちゃんと見ていられるのだろうか不安である。
「これはグウェン様があの飾り布は止めておいた方が良いと進言される訳ですね」
そう、やはり節目の大会だという事で領民が刺してくれたあの思い出の飾り布を出そうと玄関ホールに広げた時、それを見たグウェンダル様が止めたのだ。
当日めちゃくちゃ令嬢が来るだろうから大変な事になると。
どう考えたって飾りに出せば令嬢が遠慮なくべたべた触るだろうし、最悪の場合奪われる可能性まであると言い出した。
おいおい、淑女教育どうなってる。
領民の方が余程躾が行き届いているぞ。
「こう言っちゃ何だけど、見下して来る人の方が多いと思うよ。
リーシャちゃんもあんまりランとレムにイチャイチャしない方が身のためだよ」
ふぁーこえー!王都の淑女こえー!
私はグウェンダル様の忠告を有難く頂戴し、今日は最初から猫を纏って淑女モードにて現場待機である。
以前と異なりお母様の側に席を設けられた。
怖気づいた妹をお許しくださいお兄様達。
でも愛を注いだ視線をめちゃくちゃに贈りますから。
闘技場に朗々とした鐘の音が鳴り響き、進行役の挨拶が済めばすぐにお兄様達の演武奉納が始まる。
「わ…!」
今年も白一色の清廉な衣装に身を包んだギランお兄様とギレムお兄様が向かい合った袖口から涼し気な面持ちで登場する。
はぁーカッコいいー!!
社交とは違う神事向きの長い袖や裾が歩く度にひらりと揺れる。
なんだこの爆上がりしているストイックさは!なのに色気がある!!
会場中の淑女が黄色い悲鳴を飲み込むも、相当大興奮している空気がひしひしと伝わってくるのを奥まった席の私ですら感じる。
十三歳の時には確かにあったあどけなさは消え、瑞々しい力強さを漂わせながらしなやかに礼をするお兄様達は頭を上げるタイミングすらぴたりと同じだ。
変わるもの、変わらないもの。
五年前にも武術大会を観戦していた領民の胸には、きっと私と似た気持ちが込み上げているのではないだろうか。
(そうか…もうあれから五年も経ったのか…大きくなって…)
妹の言う台詞じゃないだろうけれども言わせて欲しい。
成長を寿ぎ、心を満たすこの多幸感はどんな世界でも、時代でも変わらないもの。
(どうかギランお兄様とギレムお兄様が健やかでありますように)
そんな気持ちに満たされた私は自然と口元が緩む。
かっこいい、素敵、と漏れ聞こえていた声も涼やかな宝剣の奏でる音で潜まった。
凛とした空気を切り裂くように楽隊の弦が震える。
トン、と軽やかに舞い始めた二人の動きは差異を見つけるのが難しい程。
鏡写しのように息の合った同じ動きなのに、見ている者に与える印象が違うのも面白いものだ。
今年の舞は十三歳の時に披露した演武よりも複雑だ。
緩急の激しさや複雑な手首の動きを伴うにも関わらず、宝剣の重さを感じさせずに動き続ける二人を見ればどれほど練習したのかが分かる。
領での執務が無いとは言えど、学業や社交だので忙しかっただろう。
それでもこの晴れ舞台の為にお兄様達がどれほど努力し、想いを乗せて待ち望んだのかと垣間見えてはまた胸が熱くなる。
ぶつかるのではと思う程の近い距離で宝剣を交わし身体を擦れ違わせる。
それを、衣擦れ一つすら許さずに踊り続けるお兄様達。
どちらも表情は精悍で堂々としている。
柔らかさが削ぎ落された輪郭が強調され、手を返す度に浮かび上がる筋が垣間見えれば必然ともいえる色香が馨った。
交わされる視線は少ない。
どちらも遠くを見据え、目の前の男を視界に収めていながらも見てはいない。
そんな感覚を私は抱く。
(それぞれが…それぞれの道を進んでゆくんだろうな)
美しく雄々しい剣舞だった。
それは間違いない。
成長を悦び、これからの健やかさを祈る思いも多大にある。
でもどこか胸を締め付けるような寂しさを、私に残した。
消えゆく弦の音が、余韻を長く引き摺らせ耳にずっと鳴り響いていた。
そんな私の心の蟠りはさて置き、久々の武術大会を文字通り特等席で満喫した。
お兄様とグウェンダル様はそれこそ以前のように決勝戦で相まみえる事となり、それぞれがそれはもう少年漫画さながらの獰猛な笑みを浮かべて剣をぶつけ合うのはかなり見物だった。
恋物語や紳士的な騎士像に夢見る淑女には少し刺激が強いのではないか?と心配になる程激しいぶつかり合いだったので、私は別の意味でハラハラしてしまった。
ギランお兄様めちゃくちゃカッコいい!!だが嫁が!嫁が引かないか!?
なお私は庭で見慣れているお兄様の姿なので大好きです。
ただそれまでの試合や剣舞で見せていた貴公子感を脱ぎ去っていた。
完全に戦記物である。お陰で周囲の領民や護衛の盛り上がりが凄い。
今年は領主一家の護衛についている護衛長が職務忘れて熱気溢れる声援を送り出すくらいには白熱した試合になったとだけお伝えしておこう。
決着はギランお兄様の粘り勝ちだ。
ギレムお兄様によると、学院でも勝敗は五分五分だったそうだ。
本当もう何ていいお友達なのだろうグウェンダル様。
お兄様達との出会いから今までだけで群像劇書けるよ充分に。
というか私が読みたい。
私の知らないお兄様達を余すところなく知りたいし愛でたい。
自他共に認める熱烈なファンですから私。
と、まぁ猫を被りながらも心底はしゃいでいたつもりだったんだけどな。
邸に戻った後、珍しくお母様が私の部屋に訪れた。
お兄様達離れはまだまだですが、お母様からはそれなりに淑女教育の賜物なのか自立したと思っていたのですが。
急にどうされたのだろうと小首を傾げる私に、お母様は苦笑を零す。
「そんなに寂しがらなくてもまだまだギランもギレムも邸に居ます」
「…ええ、まぁ、ご婚約のお話も出ておりませんですしね」
「何も婚姻だけが領外に出る理由では無いでしょう」
確かに学院だって、婚姻外での領外移動に当てはまるだろう。
でもそれも終わったのに改めてお話されるという事は、ギレムお兄様は領外でのお仕事をご希望されているのだろうか。
そんな話、全く聞いていないのだけどな。
「リーシャ、気付いていないのかしら?」
「何をでしょうか?」
「…やっぱり社交を早めた方が良いのかしら」
何故社交に話が飛ぶのだ、と思ったのは一瞬で。
苦笑しながらも優しい眼差しをして私の頬を撫でるお母様を見上げ、何となく言いたい事を察して気恥ずかしさから私は口を閉ざした。
「貴女も王都の学院で、きっと世界が広がるわ」
「お母様もそうでしたか?」
「そうね、旦那様と出会ったのも学院でしたもの」
「以前お話されておりましたね」
お母様とお父様は学院で出会ったそうだ!将に恋愛結婚!
まるで恋物語のような時間を学院で過ごされたらしい。
あのお父様がヒーロー役だなんて全く想像が出来ないけれど、それはもう不器用ながらも凛々しくて優しくて毎日心躍ったとお母様は以前語ってくれた。
一つ年上のお父様とお母様の学院生活を聞いて、私は自分とユーデス様の学院生活もそのような時間を持てるのではないかと、その時は大変乙女な気持ちになったものである。
でも今はちょっと友情欲が高まっておりますね。
何か、恋では埋められない寂しさが募っている。
理由は分かっている。
ずっと一緒だったお兄様達が、もう私ばかりに構っていられる訳ではなく、以前以上に視野を広げて己の道を進まれてゆくのだと実感したからだ。
ギランお兄様もギレムお兄様も健やかに伸びやかに成長してくれるのは嬉しい。
心配していた王都の学院生活でも、良い出会いに恵まれ友人を得た。
きっと私の知らない交友関係も二人にはたくさん出来た事だろう。
箱庭のような幸せな世界は変わらないようでいて、少しずつ変わっていく。
それは悲しい理由もあれば、悦ばしい時間の証でもあって、一面だけを捉えて語る事が困難であると自覚はしている。
それでもまだ其処に留まる私は、取り残されたような心地を覚えていた。
出る事だって容易い、壁も鍵も無い小さな箱庭。
忘れられない温もりがまた戻って来てくれるのを待つばかりで、自ら動かないのは私の意志であるのに。
怠惰を「寂しい」という気持ちで誤魔化しているだけ。
なまじ前世の記憶があるからか、私は思った以上に寂しがりやなようだ。
人に囲まれて、外へ出るのももっと自由で隔てなく、当たり前のように幼少期から集団と関わり合える世界で育った感覚が、十年以上もこの世界で生きているのに未だ拭えないのだろうか。
それもそれで不思議な事である。
ただ一つ言えるのは、私は四歳で家族以外との繋がりを得て、十歳で離れた。
家族を愛しているのは変わらない。
使用人もその延長線上に在る他人として大事な存在である。
一人きりになる時間は、恐らく前世よりも少ない。
それでも何か、別の、関わりが欲しい。
「…お母様」
「なぁに、リーシャ」
「私も、社交をお許し頂けますか?」
「そうね…旦那様にもご相談してみましょう」
「ありがとうございます」
北の田舎じゃあ然程頻繁に社交など開かれない。
それこそ夏の期間、避暑に来ている貴族達が開く夜会に顔を出す程度だ。
だがそれくらいの程度でまずは慣らしていくのが私には丁度良いかもしれない。
結局、会える次期が短い関係しか今は得られないだろうけれども、ゼロではないだけマシだと思う。
「リーシャは人と関わるのが好きですからね」
「お兄様達は違ったのですか」
「そうね、ギランとギレムは他家の子よりリーシャだったから」
「…」
なんだそれ可愛いなお兄様達。
余計大好きになっちゃうじゃないか!分かっていたけど!
「それにリーシャが可愛い天使様達と仲良くなりましたからね。
二人は年下を可愛がるのが好きみたいだわ」
「確かに」
歳も離れていたし、妹と同い年の子どもだったからか相手もし易かったのだろう。
それにしても大層我ら三つ子を纏めて可愛がってくれたなぁ。
あーだめだまた寂しくなってきた。
「とりあえず今は、リーシャ」
「はい」
お母様が急に顔を引き絞め私と向き合う。
今度は何でしょうか。
思わず私の背筋も伸びるのですが。
「扉の外でうろうろしているお兄様達を慰めなさい」
「…ふふっ!」
成程、流石家族だ。
私の誤魔化した怠惰は勿論の事、繕って隠せたと思った寂しい気持ちにすら気付いてくれて、更には心配させてしまっていたようだ。
ああ嬉しいな、大好きだ。
申し訳ない気持ちよりも先に顔を出す喜びと安堵感に私は思わず破顔し、お母様へ楚々とした淑女の礼をしっかりと見せたと思いきや、扉へと駆けだしマノンを待たずに自ら押し開く。
「わっリーシャ!」
「吃驚した!」
突然開いた扉に、廊下で話し合っていたであろうお兄様達は揃って目を丸くしたが、弾丸のように飛び出してきた私を当たり前のように抱き留めてくれるのだから堪らない。
気が付けば私も声を上げて笑って、愛おしい温もりに頬ずりをする。
「ギランお兄様っ改めて優勝おめでとうございます!!」
「ああ、リーシャより先に我が家に勝利を持ち帰ったぞ」
「私が持ち帰った勝利を横に早く並べたいですね!」
「ははは!それは是非早く見たいね!」
自然と視線が高くなる。
十一歳になっても変わらず、ギランお兄様は軽々と私を抱き上げて抱えてくれた。
闘技場で今年は出来ませんでしたからね!邸の中でならやり放題だ!!
私も満面の笑みでギランお兄様の頭を抱き締め、勝利を祝う。
大好きな匂いに顔を埋めれば、胸を満たすのは喜び一色。
寂しさなんか付け入る隙も無い。
そんな私を優しく撫でるギレムお兄様の掌。
大きく骨張った感触よりも、変わらない穏やかな触れ方が心を擽る。
私が大事だと仕草でも語ってくれるのが何よりも嬉しい。
顔を上げ、見守る瞳に微笑みかければ藍玉がゆるりと細まる。
「今年は勝ったのに抱き締めさせてくれないのかと思った」
「今年は優勝したのですから、私が抱き締めるのです!」
降ろされた瞬間に今度は私からギランお兄様の首に腕を回し抱き寄せた。
私だって昔よりずっと大きくなったのに身長差は変わらない。
必死に腕を伸ばし、踵を上げて縋るようにギランお兄様の身体を抱き締めた。
「最高にかっこよかったですギランお兄様!私の誇り!大好きです!!」
「ああ…優勝した甲斐があったな」
「良かったねラン」
「おう、最高だ」
最高なのは私の方です。
こんなに愛してくれるお兄様達に囲まれ、愛を返せて受け止めて喜んでもらえる。
幸せだ、私は幸せです。
どんなに沈んだって、寂しくなったって、大好きな家族が居てくれる。
この温もりがある限り私は前を向いて生きていける。
箱庭の中、私が出て誰も居なくなったとしてもきっとその温もりだけは消えない。
こうした家族総出のメンタルケアもあり、私はいつも通りの笑顔でグウェンダル様の見送りにも立てた。
というか私がちょっと寂しくなって沈んでいたのすら彼は気付いていないだろう。
「グウェン様、あまり羽目を外さず身体に気を付けてお過ごしくださいね」
「リーシャちゃんが母親みたいな事言うー」
私にこんなイケメンで手の掛かりそうな息子はおりません。
いやぁそこそこにしっかりしているんだけど、どっかちょっと抜けてるよな。
お兄様達みたいに相互補助関係があるのとは全然違う。
歳の近い存在が近くに居る居ないって、人格形成に大きく響くのだろうなぁ。
などと思いつつ、用意していた小箱をグウェンダル様へ差し出す。
私からの餞別である。
彼はちょっと照れながらその箱を開け、目に飛び込んだ品に息を呑んだ。
「…これ」
「俺達とお揃いだぞ、光栄に思え」
「ふふ、リーシャが作ってくれたんだよ」
ギランお兄様が自慢する通り、ギレムお兄様達ともお揃いのカフスリングだ。
使用しているガラス玉はそれぞれの瞳の色に合わせてあるが型は同じ。
グウェンダル様の爵位を考えると正式な夜会等では見劣りはするだろうから、またこうしてストラス領へ遊びに来た時やお兄様達と会う時にでも是非付けてくれると嬉しい。
「まだ我が領で採れた銀を使った装飾品は少ないのですが、遠くない未来には名が知れるように頑張りますからね!きっと後で値打ち物になるかもしれません!」
「リーシャが作ったってだけで値段が付けられない品だよ」
「だそうです、グウェン様。遊び過ぎてお金に困っても売れませんからご留意を」
「幾ら積まれようとも手放す訳無いよ」
やっと嬉しそうにグウェンダル様が目を細め、笑う。
ストラス領に来て初めての表情だ。
少しだけ潤んだ瞳を見せまいとしているのか、彼は顔を上げずにずっとシャモア色の台座に嵌った深い青色のカフスリングを見つめていた。
「つまりもう俺もリーシャちゃんの兄って事か」
「何言ってんの」
「それは無い」
「ランとレムが冷たくしようが、リーシャちゃんの気持ちが大事だと思う」
「御三方の友情を寿いでおります」
スンとグウェンダル様は一瞬真顔になるも、またいつものように闊達に笑う。
うんうん、その笑顔は安心出来ますね。気楽で良いですよ。
「ありがとリーシャちゃん!一生大事にする!」
「息抜きにいつでもお兄様達に逢いに来て下さいね」
「そうするよ、ついでにキミの顔も見に来るから」
「そうですね、私もついでに顔を出しますよ」
ふふふと笑って見せればまたとても嬉しそうに笑ってくれた。
何とも彼の安堵感が伝わる、良い表情だ。
泣かせる事は出来なかったが最後にそれが見れただけでも満足である。
気楽な関係が丁度良いグウェンダル様は、来た時以上に軽やかに出立なされた。
少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうなお兄様達の手をそれぞれ握って、我々は普段通り長閑な我が邸の中へ戻るのだった。




