33:十一歳の成熟
「へぇ、意外。リーシャちゃん結構本格的な武術教えられているんだね」
「あれだけ素質があれば鍛えたくもなるだろ」
「まぁねぇ」
少し離れたところでのギランお兄様とグウェンダル様の会話を小耳に挟みながら、私は手合わせする護衛の剣撃を最小限の動きで避けて背後へ滑り込む。
そのまま相手の足元を崩すように打ち込めば大きな男も身体の軸がぶれる。
畳みかけるように急所目掛けて柄を持ち上げ、寸止める。
「いいな、いい、めっちゃいい」
「崩すの上手くなったなリーシャ」
「ありがとうございますっ!」
ギランお兄様が教えてくれた事をここ数年はしつこく反復練習していたのだ。
途中、ピピさんが重心の使い方等もアドバイスしてくれたから思ったよりも迷わずに目指す身体の動かし方を習得できたのは嬉しい。
目指すのは「何かあってもとりあえず自分で逃げられる令嬢」である!
因みにオリアーヌは「何があっても相手を殲滅した上で逃走出来る御令嬢」だ。
物々しさのレベルが違う。なんだよ、殲滅って。
ピピさんが笑顔で言っても誤魔化されないぞ私は。
まぁ兎に角、相手の体勢を崩してから急所を狙って隙を作れば即座に現場から遁走するのを目標としており、身を隠すための手段や場所の見つけ方についてはそれこそピピさん仕込みだ。
ギランお兄様達の前ではそこまで披露出来ないのが残念である。
めちゃくちゃ森で訓練したのだがなぁ。
偶に庭や邸を使った場合もやったりとそこそこ本格的であった。
ギランお兄様の知らぬうちに妹は森で罠も作れる程度には斥候兵化し始めておりますが、まだまだひよっこなのでそこはお目溢し頂けるだろう。
これだけ私は戦えるようになったのだ、身を守れるようになったのだ。
その事が伝わって安心してくれたのなら嬉しい。
ストラス領は長閑だし、邸の中には護衛がたくさんいる。
それでもギランお兄様やギレムお兄様が武術や魔法などの戦う術を学ぶのは、現世で生きていく中で必要だからだ。
勿論それは、傍で生きる私にとっても同じ。
私が何か出来るようになれば、お兄様達にも選択肢が増える。
そう信じて懸命に励んで来たのだ。
汗ばみ額に張り付く髪を厭うことなく、ギランお兄様が撫で剥がし整えてくれる。
細められた椿色の瞳は何処か嬉しそうでもあり、悲し気だった。
「ラン兄様!ご褒美に久々のご指導をお願いします!」
「おう、褒め倒してやる」
もっと素直に喜んで笑って欲しくて私がそう強請れば、願い通りにギランお兄様は歯を見せて獰猛に笑い模擬剣を侍従から受け取り、そっと私の背を押す。
こうして一緒に訓練場の真ん中へ向かうのも久々だ。
「私も十三歳になったら、武術大会に出られますか?」
「今度こそ我が家に優勝を齎してくれよ」
向かい合い、数撃を交わしながら軽口を叩く。
こんな事が許される歳にまで自分が成長出来たのが嬉しい。
離れていたのはたった二年なのに。
「今年ラン兄様がグウェン様に勝つのが先でしょう!」
「ハッ!それもそうか!」
重い一撃が私に落とされる。
細腕を走る久々の痺れに慄きよりも悦びが湧き上がった。
今まではすぐに逃げて、受ける事もしなかった一撃を敢えて模擬剣で構え取り鬩ぎ合えばギランお兄様も口角を上げて私を見つめる。
「まだまだ俺はお前の目標であらねばな」
調子に乗って受け流しもせずにいたら速攻で叩き落とされた。
腕力差が全然違うよぉ!
というかギランお兄様っ王都で相手の体勢崩し以上に、手元を狙い無力化する技術を磨かれましたね?!
ぐぅ姑息な!でも好き!
より実践的ですね!こんなことばかり王都の騎士達とやってたのですか!
相手めちゃくちゃ怒ったんじゃないですか。
その後はグウェンダル様とも手合わせをした。
あー、この人も守りが堅いよぉ。
私はどちらかと言えば相手が手を出してきたところを往なすから、対戦相手がこういう人だとジリ貧なのだ。
くっそ、まるで昔のギランお兄様の気分だ!
「武術大会までの課題が見えたな、リーシャ」
「精進しますぅ…」
「リーシャちゃんの剣撃は速いからそれを鍛えなよ」
「ありがとうございますぅ…」
頼れる先達の言葉を真摯に受け止める。
そうだな、正直反撃はビビってしまい精々繰り出しても柄だしな。
あー、オリアーヌ達の覚悟が私にも欲しい。
まだまだ人を攻撃するとなると躊躇いがあるんだよなぁ。
それを見透かしたのかそれとも暇なのか、グウェンダル様は滞在中、結構な頻度で私の武術訓練に立ち会い指導や打ち合いをしてくれた。
意外にも面倒見が良いなと思ったらどうやら弟妹が居るらしい。
「ウチの弟妹共もリーシャちゃんくらい可愛げがあればなぁ」
「私の相手をして下さるくらいには良い兄君をされているじゃないですか」
「そう?俺もリーシャちゃんのお兄様になれる?」
「懲りませんね」
出会い頭にそんな冗談を言ってギレムお兄様に怒られていたのに。
隙さえあればグウェンダル様は私のお兄様達に混ざろうとする。
どんだけお二人の事が好きなんだ。
確かに夜な夜な三人で集まって談話しているくらいには仲良しだが。
「本当さー、当初からランとレムに話を聞いてたから他人な気がしないんだよね」
「大変光栄な事ですが他人ですねぇ」
「フッハ!そういうとこほんとレムそっくり!」
「だってレム兄様の妹ですもの!」
「良いよねぇ、キミら兄妹。というかストラス家なのかな」
休憩中だから良いものの、隙だらけの顔でグウェンダル様が微笑む。
うーん顔が良い。
どちらかと言えば涼し気であり儚さもある繊細さはどこか色気すらある。
普段はきゃらきゃら笑っているから忘れがちだが、この人は元から顔が良い。
黙って真面目な顔から一転し、この嫋やかな笑みを浮かべて見せればご令嬢はコロリと恋に落ちてしまうだろう。
まぁ私はお兄様達やヴュルテンベルク辺境伯家の双子で美形慣れしてますが。
そしてユーラス様という素敵な婚約者がおりますので大丈夫ですが。
ええい!そんな事をつらつら考えて居ないと正気を保てないくらいの破壊力がある笑みをこちらに向けるんじゃない!!やめろ!
「あの御方じゃなくとも居心地良さを抱くよ」
ふと漏れた言葉に私は眼を瞬かせる。
誰だよ、あの御方って。
そんなまどろっこしい言い方しなくちゃいけないような話ならお止め下さい。
何か聞きたくありませんね。
私の仕事しない警戒心が急に集合し始めましたよ。
「…リーシャちゃん、俺が武術大会に出ていた事覚えているんだよね」
「ラン兄様の対戦相手でしたから」
「俺ね、あの時ランの顔を拝みに来ていたんだよ」
そりゃまた急に話が飛ぶな。
というかなんだその言い方は、喧嘩売りに来たって事か?
だから試合前にギランお兄様が困ったように笑っていらっしゃったのか。
「俺が王宮に上がる時に年頃も同じという事で護衛見習いで付けられてさ。
っていうか正直遊び相手というか、それこそランの代わりだと言われた」
はぁー、待ってくれ。
その頃ってグウェンダル様もお兄様と同じ十二、十三歳くらいだろ。
多感なお年頃で名家の嫡男に向かって『誰かの代わり』だと言い放つ大人よ。
恥を知れ。何て大人げない態度を取るんだ。
それともよもやあの王子殿下が言ったのか?おい失言重ねてんぞ。
「心無い言葉を投げる方が居るのですね」
「その御方は前々からそういう方だと知っていたし、別に良いんだけどさ」
「良く無いでしょう、怒って当然の侮辱です」
「ははは、良いなぁランもレムも。…こういう優しさが当然なんだね」
「その優しさを私に与えて下さったのはギランお兄様とギレムお兄様で、お二人にはお父様とお母様が注いでくださったものです」
「成程ね、うん、良く分かる」
別に私が優しい訳でも何でもない。
周囲の人々がそうあるからこそ私も心穏やかに在れただけだ。
「まぁそういう事言われて凹む性格もでも無いからさ、顔を見に来た訳よ。
その時にストラス一家の仲睦まじさも見ていたつもりだったんだけどな…。
実際に邸の中で過ごすのと傍から見るだけなのは全く違うね」
「それはグウェン様がお兄様達と仲が良いから、殊更なのでしょう」
「だろうかねぇ、欲しがってはいけないものだと思うんだけどさぁ」
「人間ですから欲しがるのは自然でしょう?羨むのも卑しい事とは思いません」
「リーシャちゃん達観してるねぇ」
からりとした笑いをグウェンダル様が浮かべる。
その笑顔の方が私は安心出来る。
「ただそれを奪ったり、口に出して人に阿らせるのが振る舞いとして許容できるか否かが、それこそ誇りや自我に因るものでしょうに」
「…そうだね、殿下もそれに気付けたようだよ」
「健やかにお育ちのようで喜ばしい事です」
「はは、急に硬い」
もう匂わせもしなくなったのは其方じゃないか。
だから私もその話題に触れるのに相応しい口調に切り替えただけだい。
でもそうか、確かボルドー家は近衛の名家なんだっけ。
ギレムお兄様がそのような事を話していたような気がしたけど、やはりグウェンダル様も近衛としての道を歩まれているのか。
良いのか、こんなところで油売ってて。
「噂についてはね、ちゃんとランとレムから聞いた後に殿下にも確認したんだ」
ギランお兄様とギレムお兄様が話したのなら、それほどにグウェンダル様は信頼している相手なのだろうな。
常々仲が良いとは思っていたけど納得である。
私と違いストラス領で年頃の友人を持てなかったお兄様達が、王都で良い出会いを得たのは心から嬉しい。
どうかこのまま仲良くしていてね。
私やヴュルテンベルク辺境伯家の双子のように重い事情も無いようだし。
「口にはされなかったけれど…。
きっと二人だけでなく、リーシャちゃんにも謝りたいんじゃないかな?」
「繊細に主人を慮るのは臣下の鑑ですが、幾ら田舎領地だとしても口にすべき事ではありませんよ」
我が家の庭先であろうと口にするな。
幾らお兄様達の誼であろうと私は首を縦に振らんからな!
何だよ!グウェンダル様は武術大会が目的で遊びに来たと思ったのに、あの御方のメッセンジャー役まで担っていたのかよ!道理で堂々と遊んでいられる訳だわ!!
「ははは、やっぱな、ランとレムの言う通りだ。
リーシャちゃんは絶対に許さないって本当だったね」
「赦しを求めるのは私の方です」
「あー、やだやだやだ、その話し方止めようよ。
ね、いつものリーシャちゃんに戻って?俺はそっちの方が良い」
「そりゃそうでしょう、私もですよ」
「うん、ありがと」
屈託のない笑顔を浮かべながらグウェンダル様は私をじっと見つめる。
綺麗な青みがかった瞳は見つめ返すと引きずり込まれそうな程、美しい。
何だろうな、邸に滞在してもう幾日か経ったのに初めてその瞳を覗き込んだかと錯覚するような心地を覚えた。
「グウェン様が言わされたのか、ご自身で口にされたのかは聞きませんけど。
…良い関係が築けているのなら素直に悦ばしいとは思いますよ」
果たしてお兄様達程の近さでは無くとも、私と接するくらいには朗らかな関係があの王子殿下の側にあるのならとても救いだろう。
グウェンダル様は真っ直ぐな性根をお持ちな方だ。
一緒に悦びもすれば、本気で叱ってもくれるだろう。
誰かの代わり何かじゃなくて彼として共に在ってくれる、そんな御人だ。
王宮がどんな魔窟か知らないが少なくともストラス家のような長閑さは無い。
この自然の中を自由気儘に走り回れるような伸びやかさも許されないだろう。
ストラスの地を知ってしまえば窮屈さを覚えるのは道理だ。
でも、心の穏やかさは共に在る人との関わりで変えて行ける。
ま、それは私の知ったこっちゃ無いがな。
見知らぬ仮想ヒロインよりも見知ったグウェンダル様に幸せにしてもらえ、王子。
「―…リーシャちゃん、ユーデス公爵令息との婚約、困ってないの?」
「話が随分飛びますし遠慮が無いですね」
本当に何なんだ、今は休憩じゃないのか。
此処は取調室かよ。
勿論、我がストラス家の庭先にある武術訓練場である。
「まぁユーデス様が悉く茶会や夜会でご令嬢を袖にしていたからね。
俺も今年になってやっと本気なんだぁって納得したし」
「何ですかそのお話」
此処に机があったら完全に私は身をグウェンダル様側に乗り出していた。
それくらいの乗り気である事が伝わったのか、彼は少し身を引いて目を丸くする。
「え?聞いて無いの?」
「ユーデス様が他家のご令嬢に言い寄られているのです?
まぁかっこいいですから周囲が放っておかないのは重々承知しておりましたが」
「めっちゃ早口じゃん」
「だってどう見たって清廉で物静かで理知的な雰囲気があって素敵でしょう?!
丁寧だし物腰だってきっちりしていつつも優しいのです!
偶に零す笑顔とかも可愛いのです!それを見たのなら誰だって恋に落ちます」
「いや、ユーデス様超鉄仮面じゃん」
「今何と?」
「ごめんなさい」
聞き捨てならん。
グウェンダル様アウトです。
次に失点を重ねたらグウェン様呼びから戻しますからね。
容赦ないとお思いだろうが、大事な人に関しての失言は私にとって大変度し難い事で御座いますから。
寧ろ一度見逃されたのを感謝して欲しい。
「はぁー…これは聞いて無い。ランもレムも忠告してくれれば良かったのに」
「妹の婚約事情に友人が首を突っ込むなどお兄様達も思いもしないでしょう」
「首を突っ込む…いや、うん、そうなんだけどさ」
何故そこで口を濁すかな。
グウェンダル様の先程からの探りは完全に余計な世話だぞ。
自覚が無いのか?
妙だな、もっと周囲に気配りが出来る御人なのに。
「ああ、まぁ確かに俺が勇み足をしたところもあるか。
後で大人しく二人に怒られよう」
「ユーデス様の王都でのお話をして下さるなら秘密にしても構いませんが」
「秘密にした方がよっぽど後が怖い!せめて口添えを頼む」
「お安い御用です」
大体膝に乗って甘えれば懐柔されてくれる。
何時も私がされていると思うなよ、まさに深淵のソレである。
懐柔していると思った時、お兄様達もまた私に懐柔されているのである。
その後邸の中に戻り洗い浚いギランお兄様とギレムお兄様に話したら、思ったよりも長く捕獲されて猫可愛がりされたがまぁ許そう。
私としては幸せなので全然困らない。
グウェンダル様が構って欲しそうにこっちを見ていたくらいだ。
お兄様達、グウェンダル様にはそれなりに塩対応するからね。
「ラン兄様もレム兄様も王都の社交でユーデス様ともお会いしたのですか」
「ああ、特に年末年始の王宮での社交は殿下の側にユーデス様は控えるしな」
ほあーそうなんだ。
私が公爵夫人とかになったらクロヴィス殿下とも顔合わせる機会増えるのか。
まぁその頃には猫も立派な虎になっているだろうし大丈夫だろう。
一度も社交に出ていないので正直分からんが。
「その時は言葉も交わせないけど、それ以外の社交では良く声掛けて下さるよ」
「一昨年か?ストラスの長期滞在についてもご相談されたしな」
「ああ、吃驚したよね、即答出来ないくらいには」
一昨年と言えばオリアーヌとアロイーズが十歳を迎える直前の年末年始か。
その頃はまだ情報が届いていないのか、お兄様達は双子がストラス領で夏を過ごすのを慮って返答を濁したのだろう。
結局、ストラスの夏に起きた一件を耳にして駆けて来てくれたが。
それの後押しもあってユーデス様が長期滞在されたのだろうなぁ。
本当、色々な人に心を割いてもらっているのだとしみじみ思う。
「ああ、アレ?俺も驚いたよー、ランとレムが受け入れたのもだけど。
一瞬里帰りだってして顔見たのにさぁ」
傍から見ればその前年だってギランお兄様ギレムお兄様が不在だったのだ。
二年目だって寂しさを堪えられると思われて当然だろう。
というか、もう十歳を迎えた妹が兄達寂しさに堪え切れないなんてな。
はいはい分かっております、私は立派な重度のブラコン甘え妹ですよ!
「顔を見たからこそ猶更だったんだよ」
「お前は兄じゃないからな、分からんよな」
「俺だって一応弟妹居ますけどぉ」
半目で勢い無く言い返すグウェンダル様に、お兄様達は誇らしげな面持ちでご自身の耳をこれ見よがしに触れて見せた。
そこには私が卒業祝いに贈ったイヤーカフがそれぞれの耳を彩っていた。
目敏くグウェンダル様が邸に到着後、お兄様達が卒業時には身に着けていなかった特徴的な装飾品に気付き尋ねると、それはもう尊大に語っておられましたとも。
ええ、丁度私の兄悶着があった後だったので。
ギランお兄様ギレムお兄様がとても可愛い。自慢してるの超絶可愛い。
私は終始にやにやにこにこしていた。
良かったね自慢出来る相手が出来てー!
その自慢を一身に浴びるグウェンダル様が仲間に入りたくなるのもそりゃ道理だ。
何かほんと、日に日にお兄ちゃんムーブかましてくる。
そういうのは自家に帰ってから弟妹にしてあげてくださいねぇ。
でも時折、その姿があんまりにも寂しそうなので、お兄様達とお揃いの何かを贈ろうかなとは考えている。
銀粘土にも慣れたので結構早く出来上がるだろう。
よぉし、イケメンを泣かせるぞぉ。




