32:十一歳の関心
猜疑心を燻ぶらせた私が十一歳を迎える前、ユーデス様は約束通り再び何食わぬ顔でストラス邸を訪れた。
「リーシャ、少し早いけど誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
まるで前世のように祝いの言葉と共に贈られたのは銀色のバレッタだ。
合間を彩るガラスの色合いは私の瞳の色。
ちょっと気を遣われたようだが、それでも彼の髪色を思わせる銀色は好きだ。
「ふふ、嬉しいです!」
「後ろを向いて」
素直に喜ぶ私にユーデス様も顔を綻ばせ、早速髪に着けてくれる。
今度は遠慮をすることなく彼に飾られる事を私も受け入れる。
春祭りでのあのぎこちなさが既に懐かしい。
「良く似合ってる、可愛いよ」
「ほぁ」
「ふふ、変な声」
ユーデス様が数か月しか離れていなかったのになんかもう凄い。
可愛いとか初めて言われたぞ。
どうしたユーデス様、久々の私に浮かれてらっしゃるのか?
いや顔を見れて浮かれているのは私の方なのですが。
お父様とお母様の手前、抱き着く事は流石にしないし、ユーデス様はやはり雪中の移動は慣れていないご様子だったので日程が押してしまっていた。
本当は我が家で数日休まれてから出立して頂きたいところなのだが、それをご本人が丁寧に断って私達と一緒に出立を願い出た。
いやそんな無茶して大丈夫ですか。
公爵家の護衛の目が死んでいますが。
という訳で暫くはユーデス様は我が家の馬車に乗って我慢してもらい、雪道の警護は慣れた我が家に任せてもらう事となった。
加え途中の宿も増やし休憩も多く挟んだ。
旅程に余裕は無いものの、とりあえず雪道から出ればそれなりに速度も出る。
それにいつもの東街道では無く今年は北街道を使用するので山道も少ない。
「前回も東街道を使われていたので私も東街道を行き来していたのだが、やはり北街道の方が雪道は少なくて済むのだな」
「街道の行き交いが段違いですからね」
ただその分通行税も高いが。
今回は特別である。
「ユーデス様であれば北街道でも問題はありませんでしょう?
東街道をお使いになる御用でもありましたか」
「…まぁ、そんなところだ」
隣に座る私の髪を玩びながらユーデス様は口を濁す。
ユーデス様は意外と隠し事が下手くそさんである。可愛い。
それとも私の前だからだろうか、なんてバカな事を考えてしまい頬が緩む。
「東街道の交通量が増えたと聞いていたし、巡視も兼ねていたんだ」
「左様ですか」
なんか似たような話を何処かで耳にしたな。
なんだっけ。
「どうやらストラス家が斡旋している移動業者が好調なようだな」
「まぁ、それで?」
「ストラス領内だけでなく東街道まで伸ばしたからだろうな、途中の領も随分恩恵を受けているようだ」
その辺りはお父様とギレムお兄様が調整した件だ。
でもそうか、それで東街道も少々ながら賑わいを得たのか。
そりゃ安心して雪道を任せられるのは心強いしな。
一応我が領主家が斡旋はしているものの一商会だから他領とも結びは付けられる。
休憩所の増設や運営も協力してくれるなら、猶更良い話だろう。
王都からでなくとも、近隣領の流通が活性化するなら何よりである。
だがそれでもやはり北街道には及ばないだろうな、と思い知らされる。
どの街の近くも交通量が凄かった。
道中ですらも体感だが小一時間に数台はすれ違うのだ。
私は馬車移動の回数が少ないが、それでも分かるくらい賑わいの違いを感じた。
宿の造りもこじんまりしているのが数件、あちこちにあって貴族が利用する頻度の高さを思わせるし、洗練された大通りを持つ街も多く文明格差すら感じる。
我がストラスだって良い所なのだよ、長閑で。
でも成程、こういう場所に慣れている人が我が領の街まで来るとなるともう一声味わいが無いと難しいのだろうなと私は感じた。
やがて日程通りに王都へ無事に到着するとユーデス様はお兄様達との顔合わせもそこそこにご自身の邸に戻られた。
何か本当に私の道中を見守るだけだったな。
はぁー、やっぱり『未来』に関して何かご存じなのでは無いだろうか。
聞くに聞けないのがもどかしい。
(ユーデス様がわざわざ東街道をお選びになるのも何かあるのだろうか。
それこそ、私が事故に遭ったのが東街道沿いとか)
推測ばかりが募り、もどかしい。
どうにかアロイーズにも相談したいところだ。
残念ながら私には彼程の頭脳は無いのに、一丁前に不安ばかりは抱く。
とりあえず今はそれを脇に置いて、お兄様達を今は満喫しようじゃないか。
一年振りのお兄様達もかっこいい!なんか増々大人になって魅力的!
恋人出来ましたか!可愛いお嫁さん候補は見つかりましたか!なんて絡みに行ったら真顔になられたのは何故なのか。
妹の方が先に恋をしたのがそんなに悔しいのですか。
「…リーシャは、俺達が他の人を大事にしても良いのか」
「家族への愛と恋人への愛は別でしょう」
「くっ…ユーデス様…!!」
「リーシャ、卒業式が控えているのだからそれくらいにしなさい」
お母様が何故か止めた。
良く分からないが可愛い妹としてイチャイチャしてあげました。
何度も膝の上に乗せられお腹触られた。ご安心下さいぷにぷにのままですよ。
お兄様達の為にキープしていました!褒めて下さい!!
恙無く卒業式を終えたのだが、お兄様達人気が予想以上だった。
同じ式典会場に私も顔を出して参列したのだが目線が一切寄せられない。
殆どの人がお兄様達ばかりみていた。
どうやら毎年、新年の宴で王子殿下に声を掛けられているらしく色んな家から将来有望な若者として色目を使われているようだ。
ほんとアイツ余計な事しかしねーな。
というか私聞いておりませんよ、ギランお兄様ギレムお兄様。
それは要報告案件では?妹の嫉妬を煽る極上の火種ですぞ?
まぁそういう訳で式典が終わるや否やお兄様達は野生の獣の如く素早い動きで馬車に乗り込み、王都を脱出せざるを得なかった。
挨拶周りは事前に済まされていたそうだ。
はー、仕事が出来る御人ですこと。
「王都はストラスよりも深刻な人材不足なご様子ですね」
「まぁな…」
「でも落ち着くまでは暫く近づかない口実にもなるよ」
お二人は苦笑を零されていたが本当に大丈夫だろうか。
ヤツが味を占めてお兄様達を呼び寄せない?大丈夫?本当に?
じとりと半目で見つめ返す妹をどう思ったのか知らないが、わざわざお兄様達は私側へ席を移動し、狭い座席にぎゅうと三人で並んだ。
なおお父様達は別の馬車だ。
「もう物事を理解された立派な御方だよ」
「俺達に声を掛けても、王宮には誘わないしな。
正直、俺はレムが何時引き抜かれるかとヒヤヒヤしていたが」
「僕はランが騎士になったらどうしようかと思っていたよ。
随分ボルドー侯爵にも可愛がられていたじゃないか」
ほほう、どちらもどちらですね。
随分引く手数多であったご様子ですが、令嬢の話をしないのはわざとです?
それともこれからして下さいます?うん?
「あれはグウェンが焚きつけるからだろ」
「お手紙でも良く出て参りましたボルドー侯爵御嫡男様です?」
「そう、ランに悪い事を教えたのは全部彼だからねリーシャ」
「ほう」
「他人事のように話すレムもそこそこやってるからな」
「ほほう」
「まぁ今年の夏にグウェンが遊びに来るから。
聞きたい事を忘れないように書き留めておきなよ」
そうさせて頂きますね。
お二人が揃って生贄にする程仲良しなグウェンダル様とやら、ご覚悟を。
夏が楽しみである。
そう、今年の夏はお兄様達も居るし、何よりマノンとエタンの結婚式がある!
流石にお兄様達もそれは耳にしていなかったのか、道中で話したらとても驚きつつ喜んでくれていた。
「戻ってすぐが祝い事なのは良いね」
「俺達も戻ったし、二人には早めに休みを渡さなければな」
「ありがとうございます!」
ちょこちょことマノン達も各自準備を進めていたようだが、やっぱり二人纏めてゆっくり休みと準備をしたいものだろう。
勿論その後にもお休みをあげなければ!
「マノンの後任の選定は?」
「お母様と進めておりますが、まだ」
「嫁ぎ先にも付いていける人材となるとストラスだと中々難しいか」
そうなのだ。
その辺りの調整で他家からもお母様と探している。
とりあえず今は他の人材で回しているものの、なるべく早く見つけなければ。
まぁ現世の結婚は十六歳からなので早くともあと五年はある。
ハッハー!何かそういうの前にも思ったな!
私の馬車事故までのカウントダウンは気が付けば残り僅か。
というか来年である。
ここ最近考える不穏な事もあるが、とりあえず来年馬車に乗る予定は無い。
お兄様達が王都からお戻りになって本当に良かった。
神の采配である。ありがとうございます女神ロテュス様!
敬虔な私の感謝が届いたのだろうか、私達は無事にストラス領へ帰って来た。
まぁ帰りも北街道を使っていたので交通量も多く、途中荷崩れの馬車や偶然を装いお兄様達を追って来た令嬢にお会いする事となる珍道中ではあったが。
なお費用はなんとユーデス様持ちである。
迎えに来て下さったのも驚きであるが戻りまでご心配されていた。
本当に彼は私に何が起きるのか知っているのでは。
そんな考えがどんどん私の中で推測から確証に変わってゆく。
(でもそれなら、何故ユーデス様は私と婚約を?)
もし馬車事故の事をユーデス様が知っているのであれば、先の無い私との婚約などしているだけ時間の無駄であろう。
例え公爵閣下に言われたからとしても心を下さるのはどう考えても悪手。
それとも彼もまた、アロイーズのように知っている『未来』をそのまま受け入れず、変えようとしてくれているのだろうか。
(…次に、お逢いした時こそ、聞こう)
私とアロイーズの記憶は繋がりがあるが所詮推測によるものだ。
しかしユーデス様の恐らく持つ記憶とアロイーズの記憶は、近い気がする。
それこそ私の馬車事故に関わる重要な記憶。
(…ユーデス様も、「忘れたくない」と思って下さったのかな)
私は前世の日本での記憶もアロイーズの証言もあるからこそ、この世界が繰り返されているのではなんて考えてしまうが、ユーデス様にとってはきっと『起こり得る未来』なのだろう。
それを一人で抱える事がどんなに不安なのか分かる。
私はついつい放って、問題を先延ばしにして逃げ出してしまうけれど、彼はそんな人じゃない。
(私だって、支えたいのですよ、ユーデス様)
幸せにしたいと思ったのだ。
私の事をトラウマなんかにさせないで、私が幸せにするんだ。
最初に思った通りだよ。
私、生きていれば、爵位差あるけどそこそこ婚約者を幸せに出来る自信があるよ。
夏の忙しさが本格的に訪れる前に挙式を上げ、幸せそうに笑うマノンとエタンを見て私は増々そう強く思った。
ドレスを纏ったマノンは普段よりももっと綺麗で、エタンや他の参列者だけでなく私も見惚れた。
エタンだって余所行きに整えられた姿がとても精悍で素敵だった。
お似合いの二人、これから一緒に幸せになっていこうねと手を繋ぐ夫婦。
良いなぁ、すごく羨ましい。
いつか私もユーデス様と、笑い合って穏やかな夫婦になりたい。
私から二人に贈ったのは揃いのシンプルな銀の指輪だ。
現世では結婚指輪の風習が無いが、私なりにそれを意識して作った。
仕事中でもつけて居られるようにチェーンも付けたのだ。
主からのゴリ押しプレゼントだが二人は眼を潤ませて喜んでくれた。
インフィニティの概念も無いけどね、緩やかに絡まり合う二本の線はとても二人らしくて素敵だよね。
もっともっと幸せになってね!
今年はユーデス様が来るのが遅いな、と思った矢先に届いた彼からの手紙を見て私はしょんぼりと肩を落とす。
どうやら去年の余波なのか、今年は御領地のお仕事がお忙しいらしい。
手紙が遅れた事に加えストラス領まで来れない旨が綴られていた。
『私にも兄君達程の機動力があればストラス領へ行けるかもしれないが。
今は乗馬の腕を上げるよりも仕事を片付けなければならない状況が悔しい。』
(一昨年だって急に仕事の変更をしていたし、きっと余波は去年の内からあったのかもしれないな)
それでもどうにか時間を作って私の元へ来て一緒に過ごしてくれた。
私は、本当に周りの人々の優しさと愛情に恵まれている。
(どうか、あまり無理はなさらないで下さい)
『絶対に来年はまた逢いに行くから、どうかストラス領で待っていて。
今年の春の様に私がリーシャに逢いに行く。必ず。』
清廉さの漂う文字をなぞりながら離れた場所のユーデス様を想った。
ああ、大好きなお兄様達が戻って来てくれたけど、彼じゃ無ければ埋められない何かがあるのだと知る。
確かに、これを喪うのはトラウマにもなろう。
あの繊細な人の事だ。
私なんかよりももっと、深く、傷ついてしまうのだろう。
そんな事をどうかさせないように私は改めて気を引き締めた。
少し大人になった私の代わりに、この夏の賑やかし要員ともいえる御人がストラス邸に滞在する事となった。
「やっ!キミが噂のリーシャ嬢か!」
わぁお、精悍で整った外見に似合わず陽気な御人だ。
数年前の遠目で見た時はもっとクールなイメージだったのに。
ギャップが凄いぞ何があった。
「お初にお目に掛かります、ボルドー侯爵家御嫡男グウェンダル様」
「グウェンで良いよリーシャちゃん」
「お前、ちょっと調子に乗り過ぎだぞグウェン」
「リーシャの教育に毒だから近づかないで」
「久し振りに会った友人に早速コレ?」
はっはと闊達に笑うグウェン様を見るお兄様達は笑顔だが、笑っていない。
仲良しだな。なんだこの年頃の可愛い塊達は。
「私もグウェン様とお呼びしてもよろしいので?」
「良いよー、寧ろグウェンお兄様で」
「グウェン」
「締め出すよ」
ワッ!お兄様達の圧が凄い!
そうですよね私のお兄様はギランお兄様とギレムお兄様だけですぅ!!
愛されているのをひしと感じ嬉しくなって思わずそれぞれの腕を取り抱き込む。
両方から注がれる眼差しが周囲の空気を穏やかにする。
「え、なにそれ可愛い」
「私のお兄様はギランお兄様とギレムお兄様だけです!」
「そういう訳だ」
「儚い夢だったね」
「何お前ら、その顔めっちゃ腹立つ」
悪友ムーブが凄いぜ!
私の知らないお兄様達にキュンキュンしてしまう!!
グウェンダル様、初っ端のチャラムーブには驚いたけどいい仕事するわぁ!
ギランお兄様がドヤ顔出来る相手なんか邸でも限られているし!
ギレムお兄様が皮肉を言う相手なんか見た事も無い!凄い!
これは書き留めていた以上に色々聞きたくなってしまう!
「グウェン様は私のお兄様ではありませんが、だからこそ聞ける事も御座います」
「お」
「待てリーシャ」
「ちょっと何を聞くつもりなの」
「私の義姉様達に心当たりは?」
「アッハッハッハッハ!いいねぇ!流石女の子だぁ!」
項垂れて顔を覆うお二人の事は置いておき、私は早速グウェン様をお茶会室にお招きして堂々とあれこれを聞き出す事にしようとしたのだが、それを息が合った動きでお兄様方が止めた。
「ムシが良いよ、綺麗なお兄様のままで居たいだなんて」
「グウェンはダメだ!ある事無い事言うだろ絶対!」
「これから語る事は全部真実だからねリーシャちゃん。
ぜーんぶ真に受けて良いからね?」
「あらまぁうふふ」
「もう既に嘘から始めるな!リーシャ!こっち来い!」
呼ばれれば素直に行く妹です。
ギランお兄様に捕獲された私は部屋の隅で打ち合わせをするギレムお兄様とグウェンダル様の姿を静かに眺めて待っていましたとも。
あー可愛い。お兄様達がとても可愛い。
こんな様子で王都でお過ごしされたのかなぁ。
そりゃ周囲の女子が騒ぐわ、可愛いが過ぎるもの。
「んふふふふ」
「なんだよその笑いは」
「だって、ラン兄様もレム兄様もとても楽しそうなんですもの!」
そうやって私が笑えばギランお兄様が私を膝に乗せようとする。
ええいもう私は十一歳ですし!此処は家族用のお茶会室ではありませんよ!
僅かに抵抗するもお兄様は遠慮せずに私を抱き上げ、膝に乗せて抱き締める。
何故溜息を吐かれるのだろうか。
「そんなに私には聞かせたくないのです?」
めちゃくちゃ私は聞きたいが、そんなにこれから話される内容が嫌なのだろうか。
であれば我慢はするけれども?と小首を傾げればまたぎゅうと腕に力が入る。
「違わないけど違うというか」
「あ、ランが抜け駆けしてる」
「あれをお前らは抜け駆けというのか…」
「そうだよ。リーシャ、僕にもさせて」
普段通りの穏やかな笑みで両腕を広げるギレムお兄様に、私も反射的に動きそうになるが此処はぐっと堪え時である。
この私の動きには、腕を解いたギランお兄様も首を傾げる。
「リーシャ?」
「どうしたの?」
「レム兄様のお膝の上に乗れば、グウェン様と打ち合わせた内容についても教えて頂けます?」
これに吹き出したのはグウェンダル様だ。
唖然とするギレムお兄様と、恐怖で硬直したギランお兄様。
そうですよ、お忘れのようですが妹は中々に強かですよ。
「すげぇ、流石ランとレムの妹!」
「はぁー…分かったよ、リーシャ」
「俺はいつの間にか前払いしていたのか」
「もう私だって十一歳の淑女ですよ」
「王都では許してくれたのにな」
それを言ってはダメですよ。
あれは私の失言もあったようですから、サービスなのです。
多大な揶揄い心もありつつ、王都でのお兄様達のお話をあれこれ聞けたのはとても良かった。
時間が溶けるとはこの事である。
今年の夏はまた違った賑やかさがストラス邸を満たしていた。




