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パドマの箱庭  作者: 菌床
二章:忘れ得ぬ温もりよ
29/50

28:九歳の凛冽


『――リーシャ嬢は変わりなく過ごしているだろうか。

 

 我がネウストラ公爵家領の港には、去年から引き続き他国よりクロヴィス殿下への婚約祝いの品々が多く届いている。

 毎日目新しいものに触れるのは新鮮だが時折ストラス領の静かさが懐かしい。

 それ程長く滞在した訳でも無いのに不思議だと思う。』


(それは随分お疲れなのですよユーデス様)


人間、息抜きの仕方を知ってしまえば煩雑さの重みも一際だ。


『だが次に訪れた時にも、ストラス領は良い意味で変わらずに受け入れてくれるのではないかという期待が高いのも事実。

 今年は読書ばかりだったが来年は外にも是非一緒に行こう。

 私も輓馬の乗馬に挑戦してみたい。』


おっと私より先に輓馬乗馬を果たすおつもりですか?

ユーデス様は素振り程度しか邸で武術をされない割に体格がしっかりしているからな、輓馬もすぐに乗り慣れてしまいそうだなぁ。

ぐぅー!私も次のギレムお兄様帰郷の際に挑戦しよう!

その為にサラブレッドにもっと乗り慣れなければ!


『来年になればリーシャ嬢も社交へ出るようになるのだろうか?

 キミの兄君達と同じように学院生になるまでは控える予定なのだろうか。』


その辺りはお父様に尋ねてみないと何とも分からないが、少なくとも十歳になったらどれに参加するなどの予告は未だ頂いておりませんな。

少なくとも今年の冬、王都の社交にはお父様だけで向かわれる予定だ。


『王都での兄君達の活躍はもう既に耳に入れているだろうか。

 華々しい外見も相俟って社交で人気者らしい。

 時折り語るリーシャ嬢への親愛の深さは子を持つ母世代は勿論の事、社交前の少女達にも憧れる者が多いと聞いた。』


聞いていないが。

寧ろめちゃくちゃ手紙のやり取りをしているのに女性関係を教えてくれないが。

そりゃ妹に語るのは恥ずかしいのかもしれないけれどさー!

私はめちゃくちゃ気になっているのに!これはユーデス様の方が詳しそうだ!是非そっち方面の情報を仕入れてお持ちいただけますと嬉しいです!!


というか他所の年下少女まで篭絡しているお兄様達何者なんですか。

王都で仮想妹を増やさないで下さい。


『北部では難しいかもしれないがキミも早目に人目につくようにした方が良い。

 王都であれば私も力になれるし、今なら兄君達が助けてくれるだろう。』


(社交かぁ…)


ユーデス様としては仮にも婚約者が居る身だし同席させたいのかもしれない。

というかこの手紙を読むに、悪評に関しても充分ご存じな様子だ。

だろうな、王都暮らしだもんな。

彼からしてもそれを払拭するためにも今のお兄様達の人気は有難いのだろう。

流石私のギランお兄様ギレムお兄様である。大好き。めっちゃ好き。


確かに私も顔を売っておいた方が良いのかもしれないが悪評はまだあるしな。

それを消し去るためにお兄様達が妹愛を語ってくれている最中ではあるし、下手に動かない方が良いのかとも思う。

しかし背を押してくれるのもお兄様達である事は確かだ。

二人が一緒に居てくれるなら百人力だ。怖いものなんて無い!


(と、言っても今年の冬もまだ社交には出れないし)


年始で歳を重ねるアロイーズやオリアーヌは何とか社交期終わり掛けに出席出来るようだが、私は完全に間に合わない。

となると再来年かとなる訳だが、同年の春に行われるお兄様達の卒業式にも出席する事を含めば長期でストラス領を離れなければならなくなる。

その塩梅が難しいところである。


そもそもお父様やお母様は私の社交デビューをどのようにお考えなのか。

此処はちょっと忘れずに確認しておかなければならないな。

最初は身近なところからやりそうだけど。


『寧ろこれを機に再びキミに注目する輩が増えるだろう。

 どうかこの夏は街へもっと降りて顔を出しておくよう提案させてもらう。

 物珍しさは早々に振り払うべきだ。』


おっとなんだ不穏だぞ。

お兄様達が語る噂の妹を見に来る暇な人達がそんな居るのかい?

だから今年の観光客は多いのか?いやそんなまさかハッハー!


やべぇな本格的な夏になってから銀粘土細工に夢中で殆ど外に出ていない。

ワッ!意図した訳じゃないのに!


ユーデス様からのありがたぁいご提案はすぐさまお父様やお母様に共有した。

お兄様達のご活躍を二人は耳にしてはいたものの、流石に領地にまで妹を見に来る人は居ないのではないかと零してはいらっしゃった。

別荘の再建が着々と進んでいるので貴族は戻って来ている様子だが、彼等は殆ど別荘から出る事も無い上に社交に出るのはそれこそ学院を卒業した親世代ばかりだ。


私と同年代も避暑に来てはいるようだが街で連れ歩いている姿は見かけない。

何故なら貴族は商人を邸に呼びますからね。

ホイホイ出掛けている私がさも異端に見えるが、これでも領主一族ですので市場巡回も兼ねているのです。

自身の領地ならままある光景ではある。

ちょっと頻度は可笑しいが。まぁそれはそれとして。


私の社交開始時期についてもユーデス様のアドバイスを聞き、お父様とお母様は悩まれていらっしゃいました。

そりゃ今後も王都で社交するならお兄様達が居る間に済ませるべきだろう。

だがこの婚約は見直されるのだとしている我が家からすれば、あんまり娘を大っぴらに高位貴族の婚約者として印象を残したくないのも事実。

王都での社交にユーデス様、つまり公爵家の御威光を分けて頂くのなら猶更だ。


その辺りはユーデス様はどうお考えなのだろうか。

婚約が解消されても仲良くなれそうだから今の内から力を貸すよって言ってくれているだけなのだろうかなぁ。

お父様に公爵閣下とのやり取りを聞くのはちょっと藪蛇過ぎて躊躇われる。

何か色々含みがありそうで怖いのだ。聞きたくない。

実に変な被害妄想が捗ってしまいそうである。



なおこの辺りの相談はアロイーズやオリアーヌにもした。

心強い私の親友、いや、魂の片割れ達である!

二人は私の社交には消極的だった。

そうだよねぇお兄様達が在学中しか王都に行かないだろうし。

であれば噂がもっと過去になるのを静かに待つ方が無難だ。


そんな会話を挟みつつユーデス様への返信を堂々と二人の前で書き上げる私を、オリアーヌが呆れた眼で見ているが気にしない。

いやだってこそこそしたくなるような事書いて無いし。


文を乾かしている暫しの待ち時間、アロイーズはテーブルの上に鎮座する可愛らしいシャモアの人形を手に取って転がしていた。

ちょっと可愛い過ぎたかなぁ。

アロイーズが持つと小さく見えるし彼の美貌の前では霞むというか、その人形のちゃちさが際立つというか。


「リーシャの髪色、シャモアの人形かぁ…本当に仲良いんだね」

「私達がリーシャからもらったものに、髪色や瞳の色はありませんのに!」

「去年ガラス玉贈ったのは違うの?」

「あれはまた別でしょう」

「そうなのかぁ」


なんだ、欲しがってくれるのか。可愛いなぁオリアーヌ。

私は全然良いので受け取ってくれるなら贈るぞ!

何にしようかなぁ、というか私も二人の色味で何か欲しいのだが。


ふんふんと贈るものを考えているとおずとアロイーズも口を開く。


「僕も何か欲しいな…」

「贈られないとでも思ってたの?!」


そんな訳あるかい。

もう私の中では完全に二人に贈る計画であったが?

アロイーズは頭が良いのに時折抜けているところがあるよな。

まぁそういうところも可愛らしいのだが。


アロイーズが驚いているが、驚きたいのは私の方である。


「ハッ…まさか、アロにも婚約者出来たとか…?!」


だから他の女からは受け取れないっていう事情かね?!

友人、いや魂の三つ子であっても許されませんか!?


「違うよ!それを気にするならリーシャの方でしょ!」

「ユーデス様なら『そうか、仲が良いな』で済まされそうだけど」

「仮にも僕等ヴュルテンベルク辺境伯家なんだけど…」


彼等の家の確執は私にはピンと来ないところだ。


「私の社交経験というか意識が勉強不足なんだろうけれどさ、それはそれというか、二人もユーデス様に実際に会ってみるのが一番だと思うんだよねぇ」

「…まぁリーシャがこれほど心配れる御人ならとは考えるけど」

「僕らもまだ社交に出ていないから、物差しが少ないんだよね」

「そりゃそうだ」


だから家の事情に引っ張られ気味になるのは仕方ない。

寧ろストラス家はそういうのが殆ど無いのでのびのびし過ぎているのだが。

私だけの問題じゃない筈である。

お兄様達が朗らかで優しいのはきっとストラス家のこの長閑さあってこそだ。

はーっ!私はストラスの地に転生して本当に良かった!最高ですね!!


「ま、何か言われるとしたら私だろうし気にしなくて良いよ」

「それもどうかと思う」

「少なくとも今年来た時とかも辺境伯家の話は出なかったしなぁ」


ユーデス様も何かとあれこれとお忙しいし、「ヴュルテンベルク辺境伯家憎し!」みたいな空気を出している瞬間も全く見た事が無い。

話題に上がらないからなのかどうなのか。

ストラス領でその痕跡を探すような素振りも、気付くような目敏さも無かったのは確かだが。


「…早春の社交でお会いできればね」

「そうだねぇ、そこで私の話題が振れれば良いんだけどねぇ」


そうかそれも出来ないのかぁ。

じゃあ社交場でお会いしてもぎくしゃくしてしまいそうだな。

成程、私の想像力がかなり欠如していたようだよアロイーズくん。

というかもうその隠すのがめんどくさい。

早く我々の仲の良さを世に知らしめようぞ。


だって色々と危惧しなくちゃならない状況下でもこうして会いに来てくれる程、二人はストラスの地もストラス家も大事に愛してくれている。

何故こんな優しくて温かい感情を隠さなくちゃならないのだ。

あー世知辛い。頑張って早く借金返して抵当令嬢を脱却せねば。

学院では二人とももっと仲良く過ごしたいしなぁ。

それこそヴュルテンベルク辺境伯家のタウンハウスとか行きたいし。

うーん夢が広がる!


「またリーシャ他の事考えてる」

「いいじゃない、楽しそうだし」

「オーリは甘いよ…」


甘くて良いですぅ。



 私は街へサラブレッドで降りカポカポと蹄の音を楽しみながら長閑に巡視へ向かいつつ、さて二人に何を贈ろうかと行きつけのガラス工房の進捗確認と激励を兼ねて顔を出していた。


夏の盛りも過ぎ、避暑に滞在していた貴族達もちらほらと王都への帰路に付き始めたので私は若干気を抜いてベルトランを置いて来ていた。

いやだってベルトランの笑顔が日に日に狂気じみて来ているし。

大丈夫か?なんかヤバいのやってないか?

家にちゃんと帰っているのかい?子供たちや奥さん抱き締めてられている?

ハグは万能薬だよ、心も体も休める時は休みなさい。


まぁ忙しくさせているのは私なのだが。

銀粘土研究も無事に引継ぎを済ませ、現在はまだ中古の銀を使用しているものの今年の冬からは領民の内職として領主斡旋で事業を起こす為に準備中だ。


寧ろそれが大変である。

何せ冬だから情報のやり取りが限られてくる中で民家で金属を取り扱わせるのだ。

もし何かあってからでは遅いので、集会所のような作業場を幾つか用意する方向へと切り替えたり、安全面の見直しを重点的に行っている。

どうせ焼き入れもしないといけないから作業場は必要だと思っていたけどね。


だがガラス等と違い材料が家に持ち帰れるものでもあるので、その管理的にも意識を向けなければならないのがまーた大変らしい。

思ったより内職向きでは無かったかぁ。

ごめんねベルトラン。でも領民の器用さは活かしていきたいよね。

なので私もその管理方法などについては彼とあれこれ頻繁に相談をしているので、彼の忙殺っぷりも良く分かっているのである。


だからと言って勝手に出て来た訳じゃない。

今回はちょっとだけ顔見た事あるな、程度の執務官に代打をお願いしただけだ。

あとでベルトランに私からも報告しておこう。


だがなぁ、こういう一瞬の気の緩みすら相手は見逃さないのだよなぁ。


「これはこれは、リーシャお嬢様ではありませんか!」


誰だねキミは。

ガラス工房の巡察を終え、丁度出たところで馴れ馴れしく声を掛けられるも名前が思い出せないし顔も見た気がするようなしないような。

私は二コリと社交的な淑女猫を引っ張り出して速攻で被る。


「こんにちは、ご散策ですか?」

「ははは、そんな堅苦しい口調をせずとも!私達の仲ではありませんか」


お忍び貴族っぽい格好だが、私の貴族の知り合いなど殆どおらんぞ。

それに仲の良い人なら猶更顔を思い出せないなど無い。

誰だねキミは。


彼の言葉に否定もせず笑みのままでことりと小首を傾げて見せれば、相手は少し慌てた様子で口角を震わせていた。


「もしかして今日は作業着で無いからお分かり頂けませんでしたかな?」

「…ああ、いえ」


ヒントありがとう、分かりました思い出しました。

キミは数年前にウチへ滞在した画家だな。

成程、支援元に呼ばれたか何かで夏場にもストラス領へ遊びに来てくれたのかな。

よぉし金を落としていけ。


「散策ではなく支援元のご挨拶周りかしら?」

「ああ、そうですね。何時お目に掛かっても良い様にはしておりますよ」


レオさんは街歩きの時もっと全力で気を抜いていたのだがなぁ。

画家によっては全く違うのだな。

確かに、この画家さんは支援元がたくさんあったような気がする。

そういう気遣いが出来る人だからこそなのだろう。


「だからこうしてお嬢様にもお目通り出来まして幸甚で御座います」

「私も元気そうなお顔が見れて何よりです。

 あなたのストラス領への尽力も聞き及んでおりますよ」


社交界へ作品を持ち帰り働きかけをしてくれているのは知っている。

中々まだ現実として冬の観光には結びついていないが、また是非描きたくなったらストラス領に来てくれて構わない。

もっとストラスの良さを報せて行かなければならないのだ!


「矮小な身ながらもお力になれたのなら光栄です。

 冬の間には中々見る事が叶わなかった街並みを、こうして歩くとまた新たな発見があり都度驚かされますよ。

 本当にストラス領は見飽きないですね」

「ふふっそう言ってもらえると嬉しいわ」


彼が気にしていた災害現場も見に行ったのだろうか。

あの辺りももう随分片付いているが、殺風景であっただろう。

しかし街はその静けさとは一変して賑やかである。

ストラス領民の逞しさと元気な様子は私達領主一族の誇りである。


「特にこの工房で見かけたガラスのペン先、あれは美しいですね」

「流石ね」


もう見つけたのかぁ。

まぁ結構避暑地の貴族へ商家も売り込みに行っていたようだし、貴族と繋がりがある彼なら耳に入れていても可笑しくはないな。


「軸を宝飾に変えたとしてもあの美しさは損なわれないでしょう。

 均等に放射状を描く切っ先のデザインも素晴らしい」


そこが肝要ですからね。

性能もさることながら、鑑賞にも適した品であるのは前世で証明されておるのだ。


「ところでこの工房は御領主一家のお抱えなのでしょうか?」

「良く世話になっているわ」


そでがどうかしたというのかね。


「はぁ成程、それでご子息達の瞳の御色をしたガラス玉があんなに」

「領民に慕ってもらえるのは嬉しい事よね」

「聞けば昨年は別の御色もお嬢様が発注されたとか?」


うん?


「ベゴニアのような赤と勿忘草のような青。

 領主様夫妻の御色とは異なるようですが…もしかしてお兄様方の御用で?」


おい、お前。

私から何を探ろうとしている。


「王都でもお兄様方の人気は高いですから、差し出がましいかと存じますがどうか工房には口止めを」

「ありがとう、私も気を配るわ」


そんな事を聞き出してくるヤツが何処に居るっていうんだ。

まぁ私の眼前に居るんだが。


かと言って工房に口止めをすればそれこそ触れられたくない秘密を抱えていると思われるのも確かだ。

一度情報を抜かれた場所はもうダメだ。目を付けられた。

これ以上触れさせない為にはどうするべきか咄嗟に思い浮かばない。

もしかしたら発注中の辺境伯夫人へのガラスペンまで情報抜かれてないだろうか。

クソっ私が出てきてから声を掛けてくるんじゃねーよ!


此処に居るのがベルトランだったらさっと工房裏に走って画家とのやり取りと調査する事くらいこなしてくれたのになぁ!

執務官くん!そこでぼけっとしていないでくれよぉ!

エタンを代わりに走らせたいところだが護衛として画家に認識されている彼を動かすのもそれこそ悪手だ。

はぁーーーやだやだ!街に降りた途端に事案発生だよ!


私は淑女猫シールドでこれ以上の画家とのやり取りを押し退け、予定通りに銀細工工房の下見等をこなしつつ邸に戻るや否やエタンをガラス工房へ向かわせた。

行けっエタン!走るのだ!ごめんな!!さっきも凄い気に掛けてくれてたもんな!


ほぼ小走りの速度で私もお父様の執務室へ向かう。

同行していた執務官には歩きながら先程の画家とのやり取りを記録させたメモを早急に用意させ、入室後にベルトランを呼び出す様に指示を出す。


「その後、かの画家の支援元一覧を持ってきて頂戴」

「畏まりました」

「失礼いたします、お父様」


杞憂だと思いたいのだが、それは私が断じて良い問題ではない。


「どうしたリーシャ」


挨拶もそこそこに険しい面持ちで立ち入った娘の様子に、お父様はさっと家令へ視線を走らせ他の執務官や使用人たちを退室させた。

それが完了する頃にはマノンがお茶の準備を始めていた。


「巡視に出ていたのだろう?何かあったのか?」

「先程街で画家に声を掛けられました。

 彼は私が六歳の冬、ストラス邸に滞在していた者です」

「レオではなく?」

「いえ、別の画家です」


レオさんだったらレオさんって言うよ。

彼こそ顔を見た瞬間に此方から声を掛ける程の仲の人物である。

それにレオさんはまだ王都に居る筈である。


「別の画家か…どちらか覚えているか」

「同行した執務官に当時の書類を持ってくるように指示を出しております。

 こちらが彼と私の会話記録です」

「見よう」


お父様は執務官のメモにさっと目を通し、口元を掌で覆い眉間に皺を寄せる。

傍から見れば私と画家の会話はお兄様達の婚約を匂わすものだろう。

しかし実際その方面は完全に本人達任せにしているため影も形もない。

痛くも無い腹を探られているだけだと思えば良いのか、どうか。


先程からやけに周囲が静かに感じられた。


私が昨年発注したガラス玉の用途はお父様も知る話である。

誰の色味を指しているのかすぐに見当が着いたからこそ零れた声音は重々しい。


「…たかがガラス玉だと思っていたが」

「私もです」

「失礼いたします、ベルトランが参りました」


廊下からのノックにお父様が諾の返答を返せばすぐに扉が開かれ、ベルトランが険しい面持ちで手にした資料を私達に差し出す。


「此方、リーシャお嬢様がお求めの資料です」

「ありがとう。忙しい時にごめんなさいねベルトラン」

「気遣いせずにお呼びくださった方がまだ心労は軽かったですよ」

「でしょうね…」


本当にごめんな。

変な気を回すとこうなるんだよなぁ、あーやだやだ。


とりあえずベルトランが差し出してくれた三年前の調書を読む。

一応、かの画家の支援元にネウストラ公爵家の名前は無い。

私は一安心をしつつ今度はそれをお父様に差し出す。


「…この商家、昨年公爵家と事業提携した先だな」

「…」


トン、と指先で押さえられた商家はストラス領では聞かない名だ。

もしかしたら王都で有名なところなのだろうか。

流石お父様、よくご存じである。


「考えすぎな気もするが、よもやと考えられてしまうのが何とも言えぬな」

「という事は矢張りあの画家が探っていたのは、ヴュルテンベルク辺境伯家についてという事でしょうか?」

「かもしれん」


お父様が深い溜息を吐きながらその背をソファーに預ける。

投げ出された書類を今度はベルトランが手に取り、じっと見つめる。


「閣下、この貴族も西部領の商家の嫁を得た筈です」

「そんな事を上げたらキリが無いのでは…」


私が眉を下げベルトランを見上げるも、お父様は小さく頭を振る。


「と、思いたいところだがな。

 寧ろ金のあるところこそ、かの家に繋がりたいと願うのだろうよ」


そして金のあるところに芸術家は関わっていく、と。

寧ろ手土産の情報など持っていれば懐に入りやすいのは道理だ。


「…どちらもここ数年のお話ですか?」

「ベルトラン」

「婚姻の話は十年程前です」

「そんな昔なら」


そっと息を吐くように呟く私にベルトランも頷く。

しかし面持ちが晴れる様子はない。


「西部領の商家と謂えども其方は小規模ですし随分疎遠な様子ですから、恐らく担当者も問題無しと判断をしたのでしょう。私でもそうします」

「だが可能性として挙げた理由があろう?」

「代替わりを一昨年致しました。精力的に社交へ出ていると聞きます」

「…そうか」


つまり調査段階では問題無かった筈なのに、あれよあれよと公爵家に情報を流しそうな家とあの画家の繋がりが出て来てしまったという訳か。

こうなると最早、公爵家の方が画家に近づいたのでは無いかと考えてしまう。

それがまた分かりやすく直接的ではないのが何とも嫌らしいのだが。


「我々が分かる範囲ではこの二家です」

「そうだな…公爵家に直接繋がらない家ばかりが彼の支援元だからと安心してしまったのが、私達の思慮が至らぬところなのだろう」

「リーシャお嬢様の所感は如何でしょう?」


私はベルトランに画家との会話記録を読ませながらゆっくりと口を開く。


「今、エタンを工房に向かわせているの」

「画家が残っているのでは?」

「であれば戻るでしょう」


エタンはその辺りの判断は出来る。

本当はベルトランに行かせたいところだったが、彼には此方に残ってもらって情報の精査をお願いした方が有用だ。


「私の所感よね。そうね…『あ、この人双子の瞳を知っている』って思ったわ」

「成程」

「王子が避暑に来た時は同年代の子供たち、そして一昨年の冬はオリアーヌが婚約の為に王都へ出向いて街中を観光したそうだし、その色を知られているのは不思議でもない」


双子天使のあの見目だ、そりゃ印象に残るだろう。

画家にヴュルテンベルク辺境伯家の双子の話をしたのは、もしかして出資元の家の子かもしれないし、王都で彼等を見た平民かもしれない。

何処で見られたのかは分からない。


「でも敢えてそれを示唆するような言い回しに、私には思えたの」


そう、それがこのストラス領のガラス工房で得た情報と結びつくのが異常なのだ。


敢えてあの画家はその色味をハッキリと口にした。

そしてそれがストラス領主一家の誰のものでもない事も示唆したのだ。


元からそうだと分かっているかのような口調。

推測を持ち、確認の為に語りかけられたように私には感じられた。


『ストラス家とヴュルテンベルク辺境伯家の双子は親密であるのだろう?』と。


念の為にと別の紋章馬車を使用して二人が来たのは本当に幸いだった。

もし例年と同じ型を使用していたらもっと早く感づかれた事だろう。

今年は閣下も来ていないので辺境伯家の別荘は稼働していない。

なのにヴュルテンベルク辺境伯家の馬車を見かけたとなれば、では滞在先は何処にと考えるのが普通。


辺境伯閣下がそこまで見越していたかは定かではないが、少なくとも画家が我が家に先触れを寄越したとは耳にしていないのは確かだ。

滞在歴がある彼なら我が家を訪問し、邸の内部を見る言い訳が立つ。

にも関わらず街で情報を集めていたのはきっとそういう事なのだろう。


ただ、ガラス玉の話を耳に入れたとしても、昨年の事だ。

当時の話題を聞こうにも覚えているような人間はそうそう捕まらないだろうし、それこそ情報規制に関しては辺境伯閣下の方が上手だ。


そう思っていた矢先、私が眼前に現れたのだからあの笑顔にもなろう。

あれは「良い鴨が現れた」と喜ぶ笑顔だった。

だから、そんな顔で私を見る人に心当たりが無かったのだ。


思えば思う程、幾重にもアロイーズやオリアーヌは閣下に護られてきた。

そして双子もそれを深く理解し注意深く、真摯に私達を慈しみわざわざ逢いに来てくれていた。

寧ろ、だからこそ、今まで隠し通せて来たのかもしれない。


なのに、私の気の緩みで綻びが出た。



「――忍従せざるを得ない、か」



お父様は小さくそう零すと、いつかのように双子を呼ぶよう家令に申し付ける。

家令は衣擦れの音もさせずに一礼し執務室を出て行った。


「リーシャ」


呼び掛けられた私は、返事が出来なかった。


「…お前は部屋に戻りなさい、俺が二人には話しておく」


執務室の中であると言うのに涙が止まらず俯いたまま深く頭を下げ、私は足早に自室へ駆け込む。

後を歩いていたマノンは気を利かせて入っては来なかった。

私はそのままの速度で自分のベッドへと飛び込む。


「…ッぁぁ…あああああぁぁぁぁああ!!!」


枕に顔を埋めたまま叫び、泣く。

予兆は、以前話してもらっていた筈なのに堪えられなかった。


今はあの時のように抱き締めてくれるギランお兄様の腕も、頭を撫でるギレムお兄様の手も無い。

貰ったストールをひったくる様にして頭から被って、声を押し殺すようにするが後悔と悲しみは止まず叫びが収まらない。


「ああっ、あああああ、あぁっあああ!!!」


私が安請け合いをしたから。

瞳の色だなんて分かりやすいものを頼んだから。

二人に喜んでもらいたいなんて自己満足で、結局迷惑を掛けてしまった。


あんなにアロイーズもオリアーヌも、気を配って、我慢をして。

それでもこうして毎年ストラス邸に何とか来ようとしてくれているその想いを私が台無しにした。


もう彼等は来れない。

ストラスに来れたとしても、もう私達は三人で揃ってストールに包まる事はない。


(あんなにっあんなに我慢をしたのに!!)


街を三人で歩いて、どれだけ仲良しか知らしめたかった。

愉しい思いを三人でたくさん共有して笑い合って、幸せを噛み締めたかった。

だって大好きだもの。一緒に幸せになりたい。


それが叶わないならばと邸の中でも精一杯遊んだ。

身体を動かし時には読書したり、ちょっとした悪戯もしながら。

三人で時間を共有してストラスで過ごしてきた。

幸せだったの。こんなにも側にいる事が心地良い。

何度も家族だと思った。愛おしかった。


なのにそれを私が壊してしまった。

もう二人はこの邸に来れなくなる。

お兄様達が戻って来ても、逢いに来ることは無いだろう。


(ごめんなさい…ごめんねっごめんね、オーリ、アロ)


欲を出さなければ良かった。

この温もりを失うくらいなら、もっと私がしっかりして二人を守るように心を引き絞めなければいけなかったのだ。


だが今更、取り巻く状況が如何に厳しいものだったのかと知ったところで、事実は変わりようが無い。

きっとヴュルテンベルク辺境伯閣下はこの有様を見て正常な判断を下すだろう。

ただでさえお目溢しをされてきたのだ。

政敵の出入りする邸に嫡男嫡女を向かわせる訳にはいかない。

そう、普通になるだけだ。


(だけどっだけど…!!)

「うううっううーーーーーーあああああっ!!!」


嫌だ。自分のせいだって分かっているけど嫌だ。

会えなくなるのは嫌だ。

会えたって抱き締められないのは嫌だ。

擽り合って笑い合えないのも、一緒に他愛ない話も出来ないのも、嫌だ。嫌だ。

馬を並走させて風を浴びて、時折泥だらけになって走り回って。

好物を食べる姿を微笑ましく思い、ちょっとした失敗を笑って励まして。


それが無くなるのか。

一緒に過ごせなくなるのか。


本当に?こんなに急に?


寂しい。寂しい。嫌だ、寂しい。



「―――リーシャ」


控えめなノックの後、そっと呼び掛けられる声に思わず顔を上げた。

私がベッドから起き上がる気配を察したのか、マノンが外から扉を開け二人を部屋の中に通してくれた。

ありがとう、もうそのまま突撃体勢だったよ。


同様に駆け込んできた二人を私も思いきり抱き締め返す。

また私が泣き叫ぶ声が、今度は朗々と廊下にも響いた事だろう。


「ああああああごめんねぇええごめんねっ二人ともぉおおおお!!」

「リーシャは悪くないっ!!何も悪く無いわっ!」

「謝らないでリーシャ!僕らだって嬉しかったんだ!!」

「ああああ、あああああぅっううーーーー!!!」


二人の言葉に申し訳無さが募り、体温にほっとして更に胸が苦しくなる。

大好き、大好きなの。

私は二人に喜んでもらいたかったの、嬉しかったの。おねだりが。

幸せだったの、私達を想い出しながら離れた地でも過ごしてくれるのが。

だから叶えたかったの、考え足らずでも。


でも、でもそのせいで、二人の大好きな居場所を私が、奪ってしまった。


ごめんね、ごめんね二人とも。

それでも私、オリアーヌとアロイーズが大好きなの。


ごめんね。寂しい、寂しいよ。




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