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パドマの箱庭  作者: 菌床
二章:忘れ得ぬ温もりよ
27/50

26:九歳の憩い


 多少の行程変更は発生したがほぼ予定通り私達はストラス領に戻ってきた。


人員がぐっと増えたのにも関わらず速度を落とさず進めたのは、偏に旅慣れた公爵家の一員が揃っていたからだろう。

とてもベテラン感が凄かったなぁ。

慌ただしい旅程になると分かっていたからかなのか、それにしても過剰戦力な雰囲気もあるくらい屈強な護衛が多かったので道中の安心感が半端なかった。

我が家の護衛も勉強させてもらう事が多かったようだ。


こうして無事にストラス邸で一息を入れるかと思いきや、私は間髪入れずに春祭りへユーデス様をお誘いしてみた。

彼は少し考える様子を見せるものの返答は前向きだった。


「是非行きたいが、暫く馬車は遠慮したいな」


でしょうね。

公爵家の柔らかい座面と謂えど長時間の移動は飽き飽きしますものね。

私も暫くは馬車は遠慮したいところだったので助かります。


と、いう事でユーデス様はご実家の馬車を牽いていた馬に騎乗なさるとのお話だったので私も愛馬のポニーで並走するように手配したら少し驚かれた。


「乗馬も嗜むのか」

「ええ、まだ輓馬には乗れませんが」

「ああ…あの大きさは私もまだ無理だな」


ストラス領まで戻る我が家の馬車は輓馬が牽いていた。

その身体の大きさを思い出したのか、ユーデス様も深く頷かれていた。

やっぱり王都の馬より大きいですよね輓馬は。

でも働き者で穏やかで良い子達なのですよ。


にしても私もそろそろポニーは卒業してサラブレッドへの騎乗を視野に入れているのだが、ギレムお兄様も不在だしどうしようかな。

私が一人でサラブレッドデビューしたら寂しがるかなぁ。


とか思ってたら出掛ける当日、ユーデス様が公爵家のサラブレッドをお貸しくださる手配をしてくれていた。

迷いに迷ったが、ギレムお兄様へ内心めちゃくちゃ謝りながら乗りました。

ごめんなポニー!ごめんなさいギレムお兄様ぁ!!

ひょー!視線が高い!わー!ポニーより全然揺れる!

でもしっかり躾けられているので頼れる子である!楽しいねぇ!


私が余りにも嬉しそうだったからか、ユーデス様がご滞在中はこの子を貸し出してくれる手筈まで整えてくれたし何なら贈るとの事だった。

めちゃくちゃウチでお世話したいところだが!だが!

ここはお父様と要相談である。

サラブレッドが増える、しかもめちゃくちゃ品のある子が来るのは嬉しいが。


高位貴族なら馬の一頭や二頭など菓子を分け与える程度のお気持ちなのかもしれないけれどな、田舎伯爵家では結構な買い物なのですよ。

家格差が此処でも出て参りますねぇ、ええもう。


とりあえずお父様に投げてしまえおうとする私を、本日も付き添いで同行するベルトランがめちゃくちゃ笑いを堪えて見ていた。

他人事だと思ってるなキミぃ。この子の世話を任せちゃうぞ。



出掛ける前からこちらが驚かされる事態となったが、ユーデス様をおもてなしをするのは私の役目である。

忘れてなどいない。

お仕事が後発便でユーデス様の元に追いつく前の一時をお楽しみ頂くのだ。


騎乗してのんびりと街へ降りれば、春祭りの賑わいは離れていても分かる程。

帰路で竜探しをしている時にも見かけたであろう祭り飾りを見上げながらユーデス様は無表情のまま私に問い掛ける。

まだ騎乗での会話も聞こえるが、街に入ったら声が聞こえ辛そうだ。

あちこちから漏れ聞こえる楽しそうな楽器や人々の喧噪が凄い。

今年は更に賑わっているなぁ。


「例年この時期に祭りを?」

「いえ、今年は少し遅いのです」


というのも領主一家が王都へ出向いていたからである。

気にせず開催してくれても構わないのだが、領民達は是非領主一家の方々にも賑わいを届けたいとの事で開催日程をずらしてくれたそうだ。

相変わらず優しくて温かい領民達である。


勿論去年も引き続きお兄様達と一緒に見に来た。

領民も嫡男達の元気な姿を間近で見れるのを今年も楽しみにしてくれているのだろうけれど、すまないな数年お預けになるだろうよ。

私は来るからね!今年はビックゲストも一緒だぜ!

訪れる先々の顔見知りの領民が、私の隣に立つ気品溢れる御姿に硬直するのを何度目にした事か。

そうだね、どう見たって格が違う御方だよね。

わはは緊張してる。


例に漏れず硬直してガチガチに構えた馴染みの店主を横目に、私は毎年買っている白樺の樹皮で出来た花を前に物凄く悩んでいた。


というのも今年は昨年よりも樹皮で作った花が少ないそうだ。

資源保護もあるのだろうし、第一、春祭りの切欠となった慰霊祭では倒木の有効利用を目的としていたからこそ数が揃えられたようなものだ。

あの美しい木々の樹皮だけを剥ぎ取るのは領民じゃなくたって忍びない。


だが春祭りでの白い花飾りは最早欠かせない品物だ。

先程から行き交う人々が身に着けているのをユーデス様も気付いたのか、私が迷っているのを手助けするように一つの花飾りを手に取っていた。


「此方はどうだ?見事な出来だ」

「本当見事ですね、年々領民が腕を上げているのを感じます」


ユーデス様が手に取った花飾りは白樺の樹皮ではなく、他の木材で作った精巧な花飾りだ。

白樺よりも真っ白なその色は塗ったものだと良く分かる。

祭りの起源を知る人々からは白樺の樹皮で無いというだけで選択肢から外れるのかもしれないが、それでも手の込んだ作りは見事の一言。

祭りの飾りとしてではなく部屋の飾りにも充分な出来である。

我が領民は手先が器用な人が多いなぁ。

あとやり込み癖が強い。年々凝ってきている。


「これもストラス領の民が作っているのか」

「この店に置いてあるものは領民作ですよ。ね?店主さん」

「ええ!それはもう!お約束出来ます!」


まだガチガチである。

髭を震わせて可愛いな店主。


「冬が長いですからね、内職仕事に慣れている者が多いのです」

「それにしても器用だな」

「お気に召したのでしたらお贈りしましょうか?」


折角の春祭りだ。

今年は急遽ストラス領に来た上に祭りの日程もずれたからこそユーデス様も参加出来たが、本来の開催時期は冬にストラスへ移動を開始していないと間に合わない。

かと言って彼が思い出を飾る性格かどうかは知らないが。

部屋もシンプルっぽいもんなぁ。

予想通りユーデス様は緩く頭を振った。


「いや、リーシャ嬢に似合うと思っただけだ」

「光栄ですわ、ありがとうございます」


はははお世辞でも嬉しいよ。

私はそんな精緻な物を身に着けていたらすぐに壊しそうだから選べない。

例年お兄様達が代わる代わる買ってくれる花飾りは、私のはしゃぎっぷりも分かっていらっしゃるので耐久性も鑑みて選んでくれるのが流石である。

今も大事に部屋に飾ってあります!んふふ!

春祭りになると花飾りと髪飾りを贈られる妹です!


「自分用で迷っている訳ではないのか?」


そうなのだ。

私が迷っているのは自分用の花飾りではないし、申し訳無いがユーデス様への花飾りでも無い。

王都でお過ごしになるギランお兄様ギレムお兄様に贈る花飾りだ。


「毎年参加していたお兄様達へ贈ろうかと」

「本当に仲が良いのだな」

「ええ、とても敬愛しております。

 だからこそ二人にも領民達の元気な様子を届けたいのです」


だからこそ迷うのである。

足りない素材を工夫しつつも遜色を出さぬよう技巧を凝らした品物を仕上げようとした領民達の努力もお伝えしたいのだが、遠く離れたからこそ白樺の樹皮を見て故郷を思って欲しい気持ちもある。

迷う、非常に迷う。


「すみませんお待たせしてしまって」

「それは構わないが…迷っている理由を聞いても?」


ユーデス様は矢張り優しい。

表情は変わらずとも、寄り添い一緒に考えようとしてくれるのが良く分かる。

私が少し気恥ずかしくなりながらも迷っている理由を素直に述べれば、彼は相槌を打ちながら先程の精緻な花飾りを手に取った。


「で、あればこれをリーシャ嬢に私が贈ろう。

 兄君達へは白樺の飾りを贈ってはどうだ?」

「いえ、私には」

「兄君達が戻られた際に御見せしてあげればいい」


そう話し終えるや否や店主へ手にした花飾りを差し出し会計を済ませてしまう。

お、おわー考え方も所作も大人だぁ。


「で、ではお言葉に甘えて」


先程までガチガチだった店主が私を見てにこにこしている。

その視線は止めてくれ、居た堪れない。

さっさとお兄様達の分を自分で支払い店先を後にした。


「ユーデス様、ありがとうございます。大切にしますね」

「ああ」


彼は早速買った品を私の髪に付けようとしてくれるが、落とすのが怖いからとそのまま箱に戻させてもらった。

だって私はユーデス様に花飾りを贈ってない。

こういう時こそ婚約者らしく贈り合えばいいのだろうけど。


道中を経て少しは仲良くなったと思うものの、何と言うかまだ壁はある。

それに初めて贈るものならばちゃんと喜んでもらえる物を贈りたい。

ユーデス様の好みも把握して、昨年みた優しい笑みがまた拝めればと思う。



唐突にお誘いした春祭りも楽しんでいただけたようだが、彼は人混みよりも静かな場所を好む様子でそれ以降は街に降りる事はされなかった。


ストラス邸では専ら運び込まれたお仕事をするか図書館でお過ごしになる。

特に図書館では去年借りた書籍の続きだけでなく、このストラス領の植生や動植物に関する書物を特に好んでお読みになるようだった。

公爵家には無いジャンルらしい。

私も良く読みましたし、今も調べものでよく使います。


「銀を粘土状に?」

「ええ、そうなのです」


今私達は日課になっている散歩中である。

邸の庭をゆっくりと乗馬しながら進んでいる。

手入れされた森は馬も心地良さそうで何よりである。

ユーデス様もずっと机に向かっているので気分転換になるご様子だし、一応婚約者として私との交遊も果たそうとしてくれているようだ。


しかし専ら会話の内容は事業やら財政やら小難しいのだが。

そういうところはユーデス様は真面目である。


「可能なのだろうか、いやそれに挑んでいる最中か」

「石を粘土状にするのは出来たのですがやはり結合剤が問題ですね」

「今は何を?」

「芋です」

「芋…」


でんぷん質ならどうにかなると思っている。多分。

どうせ焼き入れするんだし燃える素材である事は大事である。

今は自然乾燥だが、銀粘土にした際にはそうした実験も行う予定だ。


「何と言うか…リーシャ嬢は画期的だな。

 避難所への気配りもそうだが、毎回驚かされる」

「こんなお話にもお付き合い頂いて申し訳ございません」


淑女らしい会話ではないのは重々承知である。

何処の令嬢が結合剤の話をするんだ。

そんなの開発担当者たちが話し合う内容だろうよ。

知見が豊富なユーデス様であっても回答に困ってしまうというか、こうした話は手足になる者がする話題であって彼の畑ではない。

ついつい最近悩んでいる事をペロっとしてしまった。


それでもお優しいユーデス様は軽く頭を振って私の謝罪を不要とする。


「私の反応が良くないだけだ、興味深いよ」

「反応が良くないなど」


ユーデス様はちゃんと一緒に考えてくれている。

オリアーヌだったら「そんな話は後にして頂戴!」って言う。

アロイーズは分からずとも聞くけど。アイツそういうところあるから。


ご自身が無表情なのを気にされているご様子は初対面時からあったが、ストラス領に居る時は特に表情が変わると思うのだがお気づきでないのだろうか。


「ユーデス様は隠すのがお上手なのだと思いますが」

「隠す?」


無表情ながらも分かりやすく小首を傾げて見せるのも、少しだけ瞬きが多くなるのも私に分かりやすくしてくれているのだろうか。

それともそれも無意識なのだろうか。


「ええ、感情を見せたくないのなら見せなくて良いのです。

 それに森の散歩の時は大体お顔が緩んでおりますよ?お気づきでない?」

「…そうか?」


ゆっくりと顔を戻し、視線は周囲に向けられる。

揺れる柔らかく生き生きとした初夏の緑と煌めく日差し、瑞々しい青い匂いにまだ時折冷たい風。

小鳥の囀りと馬がのんびり地を踏みしめ進む音は何とも心地良い。


きっと人混みよりも静寂を好むユーデス様は、こうした空気がお好きなのだろう。

王都でお会いした時よりも、長い馬車の中よりも、ストラス邸の中よりも、ずっとのびのびと居心地が良さそうな面持ちをしていらっしゃる。


「ユーデス様は別に無表情ではありませんし、無関心でもありません」


私はこの地で育ったからこうなっただけで、王都生まれだったらもっと表情の制御が上手に出来ていたかもしれない。

だからと言って育ちで比べるのも可笑しい話なのだけれど。

そんなもの人それぞれである。

ストラス領にだって表情筋が硬い人だって居るし、王都で生まれ育ったからこそ顔芸が豊かな王子だって居るだろう。


「だって特に我が家の蔵書を捲っている時は眼がキラキラしておりますもの」


図書室で時間を潰すのを本当に楽しんでいらっしゃる様子は、見ているだけで私もにこにこする。

あれだけの仕事をこなしながらまだ活字を追う気力は元気だなとは思うが。

いい気分転換になっているのなら何よりである。


「…そうか」


今度は疑問形でなく、噛み締めるようにユーデス様は零し、暫し森の中を眩しそうに眺めていた。

遠くを見るのも緑を眺めるのも目には良いらしいので存分に楽しんで欲しい。

ストラス領は癒しの土地である。

疲労など残さずに過ごしてくれたまえ。



どうやらこの会話が切欠となったのか、以降随分と壁が薄くなった気がする。


一緒に図書室で本を読んでいても当初は始終集中していたのだが、ふとした瞬間にユーデス様が視線を上げて此方を気にするようになった。

視線を感じれば私も顔を上げ、何か御用ですかと見つめ返す。

彼はただじっと私を見つめては小さく首を振り、何も語らずまた本へ視線を戻す。

まぁ何かあったら申し付けてくれるだろうと私も気にせず続きに戻るのだが。

こうした瞬間が多くなった。


他にも私の服装や身に着けているものに感心を示す様になった。

特によく羽織っている、お兄様達から贈られたストールは図書室でも目にする事が多いからか話題として触れられた。

そりゃもう自慢した。うふふふん仲良しでしょう私達。


「仲が良いとは常々思っていたが、兄妹でも頻繁に贈り合うのか」

「と言っても主に誕生日や折に触れての食べ物が多いですよ」

「誕生日か…リーシャ嬢の誕生日は?」

「春ですね、今年は旅先で祝いの言葉を頂きました」


というかもうこのストールがお祝いの品であろう。

充分過ぎる素敵な品物を頂いたのだ!

ギランお兄様とギレムお兄様の愛情をたっぷり感じられるし、こうしてご自身の色味を含んだ品物を下さるのは初めてなのでとても嬉しい。

愛されているって実感が深い。

こりゃ嫁に行き遅れるな私。


「リーシャ嬢の誕生日はもう過ぎてしまったのか」

「ユーデス様はこれからですよね?私から何か贈ってもよろしいですか?」

「まずは私がキミに贈ってからだろうに」


そう苦笑しながらお茶で喉を潤す彼の表情は柔らかい。

やっぱり無表情じゃないのだがなぁ。

王都に戻ったりお仕事している間は無表情になっちゃう教育なだけでは?


「そうなるとすぐに渡せるものと言えばやはり馬か」

「高価過ぎます」

「だが実用的ではあろうに」

「それはそうですけど」


いやプレゼントの格よ。

そこまで高価な品物を贈られるつもりは無いのだが。

このストールだって過度な贈り物であって、普段はお菓子だって話しただろ。


「ああ、そうです、実は昨年の御誕生日にお贈りしようか迷った品があるのです」


思い出した。

ちょっとあれを見せてユーデス様の贈り物定義を我が家レベルへご修正頂こう。

でも今度はちゃんとお伺いしてから婚約者らしい品物を見繕うからさ、あんまり高いものじゃなくても私が選ぶのだからそこは許容してくれ。


という訳で例の石粉粘土で作った狼くんの登場である。

マノンが楚々として持ってきてくれたのだがその笑顔はなんだ。

これが馬になるんですよ、とでも思っているのだろうか。

後でちょっと詳しく聞いておこう、忘れなければ。


テーブルにちょこんと置かれた灰色狼にユーデス様は眼を丸くされ、固まった。

はははやっぱり反応に困ってらっしゃる!贈らなくて正解でしたな!


「これは…リーシャ嬢が作ったのか?例の石紛粘土で?」

「そうです、芋で結合剤を作った石紛粘土です」


一年罅割れもせずに形を保っているのだからやはり芋は凄い。

配合量も良かったのだろうかな。後は外側の色塗りや薬剤か。

それともストラスの気候が狼くんには丁度良かったのかもしれない。


「私がもらってしまって良いのか?」


おや、意外にも気に入られた!狼だからか!

やっぱりユーデス様は狼みたいな雰囲気ですよねぇ!


「ふふふ、私もユーデス様にこそお贈りしたかったのですよ」

「ありがとう…大切にする」


こんな素朴な手芸作品なのに良いのかと思いつつも、嬉しそうにされているので謙遜するのも野暮かと思いそれ以上は言わなかった。

だが本当に良いのかそれで。

ユーデス様の本心は良く分からないが、彼はやはり狼くんと色味が似ている。

とても可愛い絵面だ。ほっこりする。


「今年は何か欲しいものがありますか?」


まぁ贈り物文化が希薄だし、去年の誕生日プレゼントが狼くんだとしても然程問題はないだろうよ。

いや、婚約者同士と考えれば問題大ありだが。

しかしそれはこれからの交流でちゃんとすれば良いと私は思う。

そう思わないとやっていけない。


「今年…?欲しいもの…?」

「ええ」


ユーデス様は掌の中に収めた小さな狼を見つめる。

何だね、もう流石にそういう品は贈らないから心配しなくてもいいぞ。


「今度はもっと婚約者らしく、ユーデス様に贈れるものを見繕いますよ」


苦笑しながら私が改めてそう口にするとユーデス様は数度目を瞬かせ此方を見つめるが、そっと視線をまた掌の中の狼くんに戻した。

何だよぉそんなに人の言葉が信じられないとでも仰るのかい。


「…すまない、すぐに良い答えが浮かばなくて」

「では刺繍したものは如何でしょうか?お許し願えますか?」


物語でも現実でもど定番であろう。

ハンカチくらいなら消耗品だし婚約が解消されてもすぐに雑巾に出来るぞ。

とても有効活用できる贈り物だと私は思うのだが如何だろうか。


「リーシャ嬢が刺してくれるのなら、喜んで」

「ありがとうございます。頑張りますね!」


うーん、ユーデス様の表情は真顔に戻ってしまったがどちらだろうな。

これは考え事をし過ぎて感情が消えているのか、抑えていらっしゃるのか。

まだまだ私は彼の表情が完全に読み解けない。


だからこそ彼の些細な動きにも注意を払っていたので、ユーデス様の唇が控えめに動くのを私は素早く察した。


「…欲を、出しても良いだろうか」

「どうぞ?」


此方としてはどんと出して頂いて構いませんよ。

叶えられるかは別として。

さっきから私はそれを待っているのだから。


ふとユーデス様がダブグレーの瞳を私に向けるも、またそっと掌の狼くんに戻す。

随分お気に召されたな、狼くん。

それはちょっと流石に予想外だったよ。


「欲を言えば、この狼と同じくらいのシャモアの人形も…欲しいのだが」


うん、それも予想外だったな。

何だよ照れるじゃないか。

ユーデス様の方が私よりよほど婚約者らしい事を考えていた。




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