23:八歳の開発
「へぇ、ラン兄様とレム兄様に入学祝いかぁ!」
「素敵ね!何を贈るの?」
私が如何にお兄様達が大好きで甘えたなのかをよくよく把握しているアロイーズとオリアーヌには、家族でもお母様にしか相談せずこっそり進めている計画を打ち明ける事とした。
寧ろ連盟で贈ろうよ、という魂胆である。
絶対お兄様達は大喜びしてくれる筈!
この世界では誕生日や節目に贈り物を渡す風習はない。
贈られるとしても家に対してが多いため、前世のようにあれこれ個人へ贈りたがる私は中々の押し付け娘で最初は奇異の眼で見られたものだ。
まぁそこそこに生活は豊かだとは言え前世と今は物量が全く違う。
特に此処は王都のような物流はないので当然の流れだろう。
服の新調だって仕立て屋を呼んで日数をかけてと大変なのだ。
もうそれをしてくれるだけで充分個人への贈り物、という認識だ。
道理を把握した頃には花や菓子など消え物で攻める方向へ切り替え、毎年家族や特に仲の良いマノンやエタンなどの使用人には誕生日や祝い事の度に渡している。
厨房に入る事を許してくれる田舎かつ、花が毎年綺麗に咲く庭持ちで良かった。
ここ数年はアイシングに嵌っておりどんどん凝ったものになってきている。
なお双子の誕生日は新年を迎えてすぐなので、ストラス領に来た時のお茶会で出して私的にお祝いをしており毎回楽しんでくれているのは嬉しい限りだ。
アロイーズリクエストの竜の出来などどんどん凄くなっている。
多分、竜をアイシングで描くにかけては私の右に出る者は居ないぜ。
もう少し来訪日付がしっかり分かった上に前後しないのなら日持ちしないケーキにも挑戦が出来るのだけれどなぁ。
と、言っても主に腕を揮うのは料理人だが。
閑話休題。
来年から王都の学院へ入学されるギランお兄様ギレムお兄様への贈り物だが、ガラスペンを工房の職人と開発中なのである!
ふわっとした私の意見をもとに頑張ってくれている職人さんよありがとう!
「へへへへ!実は春先から試作品を作ってもらってるの!
ガラス玉を発注するついでに受け取ってくるよ」
「ガラス製品なの?」
「小さいリーシャの置物かしら?」
オリアーヌよ、私は自他共に認める重い妹だが流石にそれは無いぞ。
シャモアの毛糸ぬいぐるみは贈ったが。
「気に入ったら二人も閣下や夫人に贈れば良いと思うよ!」
「ははは、買わせる気だ」
「一体リーシャがどんな品物を頼んでいるのか楽しみね!」
折角ストラス領に遊びに来たのに今年も邸から出られない二人は文句も言わず、朗らかな笑顔で街へ出向く私を見送ってくれた。
去年描きかけの風景画にでも向かうのかしら。
今回はレオさんも居るし、無事に完成出来るといいね!
と、思っていたがどうやら双子は自然を描くのもそこそこに、驚く事に次はお兄様達を描くと話していた。
オリアーヌの素描が凄い上手なのだ。家令といい勝負である。
アロイーズは人物画は苦手なようだ。私もだよ。
もしかしたら彼らからの贈り物はそれなのかもしれないなと考えつつ思うのは、我々は最早家族だという事である。
やっぱり我らは三つ子だったか、キミらはストラス家の人間だ。
でも輓馬に乗るのは私が一番先だからな、それは譲らない。
向かう先への期待だけでなく、邸に双子が居る楽しさに心弾ませながら、私は更に絆を深めた愛馬のポニーと共に街へ降りた。
ギランお兄様に言われた通りベルトランも一緒だ。
彼と街に向かうのは初めてである。
「今日はよろしくね、ベルトラン」
「ええ、お任せください」
まさかのベルトランが騎乗するのはストラス領でも数が少ないサラブレッドだ。
ギレムお兄様を差し置いてキミが騎乗するのか?!と内心の驚きを隠せず指摘すれば、ベルトランがさも分かっていたかのように声を上げて笑う。
「許可を下さったのはギラン様ですよ。念の為です」
そうか、何かあった時に護衛は出来ないキミが伝令に走るのか。
何も起きないだろうから存分にサラブレッドの乗り心地を楽しむがいい。
道中、ギレムお兄様に相談していた領地外への民芸品輸出や冬の観光民送迎事業についての進捗を話しつつ程無くして目当ての工房へ到着した。
私は工房に入る前にベルトランへ正対する。
「ベルトラン」
「はい、何でしょう?」
「これはまだお母様にしか相談していない事です」
「はははは、早速問題ですか」
「別に問題では無いのよ」
邸で心配されているギランお兄様にもギレムお兄様にとっても心労にはならない。
その筈である。いやそうに決まっている。
「お兄様達への入学祝いの品も工房に依頼しているの」
「ほぅ、流石お嬢様ですね」
「ガラス玉の事はお兄様達も把握しているからそれの報告は構わないけれど」
「分かりました、内緒ですね」
「出来るの?ランお兄様付きなのに?」
「伝え遅れたという事でお叱りを受けたら助けて下さいね」
茶目っ気たっぷりに笑い頷くベルトランに私も良い笑顔を向ける。
遅れてしまったのなら仕方ないな、優先しなければならない事案が今も多いのだ。
漸くガラス工房の中へ入ると顔見知りの見習いさんがパッと顔色を明るくする。
もうその面持ちで、どんな試作品が出来上がったのかが分かってしまう。
「こんにちは、調子は如何?」
「最高ですよリーシャお嬢様!
親方ぁー!リーシャお嬢様がいらっしゃいましたよぉ!」
すぐさま彼は踵を返し、奥の作業部屋に居るであろう親方を呼び立てる。
程無くして奥から大きな身体を揺らし親方が走って出てくる。
その表情は見習いと同じく喜色で満ちていた。
「リーシャお嬢様!見てくだせぇよ!」
「こんにちは親方」
「おおっと!ははははこんにちはお嬢様!」
挨拶も忘れていそいそと幾つかの箱をカウンターに並べ、その内の一つを親方の肉厚な手が甲斐甲斐しく開くのはなんだか可愛らしい。
どうしたって箱が小さく見えるのだ。
「こちらが試作品です!」
「わぁ!もう商品みたいね!」
簡素な箱から取り出されたのは前世でも見た事のあるガラスペンだ。
全身がガラスではなく軸は白樺であるが、それも見事な彫や細部にはガラスと銀が使用されている。
後ろで見ていたベルトランも興味深そうに品物を覗き込む。
「へぇ、ペン先がガラスなのですか?書けるので?」
「勿論だ!」
「ほぉー!この溝は掘ってるのですか?」
「予め凹凸を付けたガラスを付けるようにしたの」
毛細血管現象の詳細は語れるほど詳しくはない。
なので大体こんな感じでとお願いしたところ一本一本手作業で溝を掘るよりも別で凹凸を付けたガラスを溶接した方がやりやすいとの話になったのだ。
お陰で安定した作業が出来るようになった!職人凄い!
流石に軸までをガラスにすると耐久性の課題があるのか、それは今後改良してゆくと親方達は意気込んでいたけれど私としては綺麗な品物が出来たので充分である。
インクを浸し、実際に文字を書いて試しているベルトランが真剣な面持ちで試作品をあらゆる角度から見ていた。
「書き味も悪くないですね」
「そこを拘ったからな!溝を潰しちゃ意味がねぇ」
「成程、この溝が肝要なのですね」
「ペン先だから消耗品でもあるが、強度も出来る限り上げたんだ」
「飾るだけでも涼し気で美しいですねぇ」
「でしょー?」
ふふんと胸を逸らして自慢げにする私だが、作業は何もしていない。
全部頑張ったのは工房の方々だ。
「で、感覚を忘れねぇウチにお嬢様からの依頼品も仕上げたぜ!」
「仕事が早い!凄い!!かっこいい!!」
「はっはー!!!もっと褒めてくれ!」
「最高!こんな綺麗に作れるのは親方だけ!天才!!」
きゃっきゃとはしゃぐ私達を尻目に、ベルトランはまだ何か考えている様子だ。
何だ、何か気になるのか?予算か?だからお母様に相談したんだぞ。
研究費も合わせて工房に収めたからそこそこしたが、私のお兄様達への愛はそんな事で妨げられるようなもんじゃないんだぜ。
「リーシャお嬢様」
「なぁに」
「ギラン様方へは何時お渡しに?」
「まだまだ先よ、王都に出立する直前かしら?」
「遅すぎる…!!!」
何がだ。
まさか事業にでもするつもりか。
そう言いたい私の面持ちが分かったのか、ベルトランが少し懐かしい真面目な話をする時に見せた執務官の顔をする。
「お嬢様、これは貴族にウケます」
「そんな品物をお兄様達が持っている事が重要なの」
「分かってて…」
「それに大量生産するには時間が掛かるわ」
まず、声を掛けているガラス工房がここ一軒しかない。
それに我が街のガラス工房はそう数が多くない。
技術さえ流出してしまえば模倣品は早く出回るであろうし、それこそ一体型の開発も進んでしまえばペン先だけの商品は淘汰される未来が見える。
「お兄様達なら大事に私室で使ってくれるだろうから大丈夫よ」
「でしょうね…そのお姿が目に見える…人に触らせないでしょう…」
「何も流行を発信させて欲しくてお贈りするつもりじゃないもの」
完全に自己満足である。
財政を立て直すのを目下第一課題としているのは重々承知しているが、それとこれとは別であるのだ。
まぁ実物を見たお母様がどう出るのかは分からないが。
ベルトランと今しているようなやり取りを、お母様ともするかもしれん。
だが譲らん。
これは!私から!可愛い妹からの!お兄様達だけへの贈り物なのだ!!
因みにギランお兄様へのガラスペンは、重厚な木製の軸と瞳に似た椿色のガラス飾りが付けられ銀飾りも施されたもの。
ギレムお兄様へのガラスペンはもう少し細めの軸に、藍玉色のガラス飾りが付けられ銀飾りを施したものだ。
二つとも微細は異なるものの揃いになっている雰囲気を残した。
うふふ、お揃いをお持ちになって欲しいのだ。
箱の台座はシャモア色である。私は譲らなかった。主張する。
思ったよりも早く納品されてほくほく顔の私に、エタンが本日の来訪目的をそっと耳打ちして教えてくれた。
流石だよエタン!!完全に忘れていた!タイミングもバッチリである!
「見事な品物をありがとう!ところで別口で発注をしたいのだけれど?」
「今度はどんな面白いものを作るんです?」
残念ながらいつもの仕事だよ、と口にはしなかったが内容を聞いた親方はちょっと肩を落としてしまった。
すまんな、前世ムーブじゃないんだ今回は。
「それでも領主様ご一族の瞳の色を依頼されるのは誉れですよ」
「というか既にそのお色味のガラス玉はあるしな」
「あるの…」
驚きである。
我が領民は領主一族への敬愛が深いな。
と、いう訳でオリアーヌとアロイーズの瞳の色を伝えて新規発注をお願いした。
それが出来上がった頃に、私達の色も含めて受け取る手筈を整える。
「リーシャお嬢様、他の発注は?」
「うーん」
まさかのベルトランからの声掛けである。
工房の人ならまだしも、何故キミがそんな事を言うのか。
我が家の財政を、私のお小遣いを分かっているだろうにコイツぅ。
「そうだなぁ…じゃあ、雪を王都でも思い出せるような品を作りたいの」
「ほう、雪ですか」
「山頂へ取りに?」
「いやいやまさか」
確かにこの時期の実物はそこにしかないが、何も実物を王都へ運ぶのではない。
「ガラスで出来たフィンガーボウルって無いかしら?」
「似たような形状のものならありますが」
「ではそれを3つ程頂ける?」
追加でガラス製の椀を購入してこの日は工房を後にし、邸へ戻った。
戻るや否やベルトランに引きずられるようにしてお母様の元に連行され、試作品やお兄様達への品を提示させられ先程工房でしたのとまんま同じやりとりをした。
お母様相手でも譲りません。
これはお兄様達だけが特別に持つ品物なのです!
田舎貴族だって!良い品物持ってもバチは当たらんのです!
「…なら二人が学院に入った後は出しても良いのね?」
「うーん、お兄様達が良いと仰れば」
まぁお母様から言われなくともお二人は商品化を考えそうだが。
折角可愛い妹がお兄様達だけに作った(作らせた)のにぃ。
その切り口からいじけて見せれば販売を渋ってくれるだろうか。
寧ろ一体型のガラスペンの開発を頑張って一足も二足も先に立ってもらい優位性を保ってもらう方向で行こうか。
しかしガラスペン軸の強度問題って私は良く分からんぞ?
あれか、真空なのがいけないのかな?
ガラス玉を受け取った時にでも話してみようか、等を他所事を考えているのがお母様もベルトランも分かったのか深い溜息を吐いていた。
そうですね、その件についてはもう完全に私の手を離れたと思っております。
お母様は試作品の、軸を白樺で作った柔らかい木のぬくもりが気に入ったようで何度も撫でながら自分用にしようとしているのが良く分かる。
職人さんは私向きで作ったのかもしれないけど充分淑女向けの良品だものな。
勿論お母様にそのまま差し上げたのだが、試供品で良いのか。
そういうところに拘らないのは我が家だよなぁ。
さて、私の側にはまだベルトランが居る。
何故かって?例のガラスの器で何をするのか見張っているのだ。
見張っている、で間違いはない。
今度は双子も誘って楽しい工作の時間である!
「二人にも雪をヴュルテンベルク辺境伯領で思い出せる品物を作りたいの!」
「雪を?」
「どうやって?」
「それをこれから作るのよ!」
だからどうやって、である。
そんな面持ちの二人を尻目に、私はマノンを見上げた。
「ねぇマノン、もったりとした水を作りたいのだけれど」
「もったりとした…水、ですか」
「サラサラした水じゃないものが良いの。あと白いキラキラした粉とかある?」
「…貝を砕いたものとかでしょうか?」
今度はベルトランが首を傾げながら思い浮かぶものを挙げてくれた。
しかし貝はこの北部じゃあまり主流じゃないのですぐには手に入ら無さそうだ。
「他に安価な鉱石とかは無い?」
白っぽい雲母とかで代用出来ないだろうか。
「きらきらしたミカを使った粉ならレオが持っているわよ」
なんと!オリアーヌからの情報を手にレオさんの元へ突撃をしたら、どうやら雲母を細かく砕いたものを絵画で使用する場合もあるそうで手持ちを分けてくれた!
わぁー!キレイだ!思ったよりも細かいけどまぁ良いか!
レオさんに御礼を言って部屋に戻った頃には、マノンがもったりした水を用意してくれた。
「すごい!もったりしてる!」
依頼した側が知能の低い台詞を吐く。
思ったよりももったりしているのだ。
グリセリンなどないこの世界で驚きのもったり水である。
「これはどうやって作ったの、マノン」
「洗濯のりを分けてもらい作ってみました。ご要望に適いますか?」
「最高!理想的!!」
大喜びする私にマノンもほっとした様子で胸を撫で下ろす。
そうだね、私の我儘は今に始まった事じゃないけれど「もったりした水」なんて頼むなぞ後にも先にも私だけだろうな。
私は集めている陶器の小さな人形を台座に接着し、もったり水とラメもどきをガラス器に目いっぱい入れ蓋をした。
そう、スノードームを作りたいのだ。
中身が漏れないように接着するのにはまた四苦八苦したのだが、思ったよりも綺麗な仕上がりが出来、ゆらゆらと液体の中を白い煌めきが舞う様子が見飽きない。
大人達も楽しそうに見ていたし、もったり水を運んできたまま室内に留まって作業を見守っていたエタンが意外にも特に気に入った様子だった。
マノンの為に作るがいいさ。そのもったり水のようにな。
双子もはしゃいで自分の好きな陶器飾りを配置しスノードームを作った。
接着が完全に乾くまでは動かすのは要注意だが帰る頃には充分運べるだろう。
仕組みも素材も簡単なので、例え壊れても修繕は可能だ。
「はぁー…また面白い置物を考えますね」
「私達は雪が毎年見れるからね、飾りにする程じゃないのよね」
「そこで飾りを考え付くのも凄いですし、水に粘度を持たせる工夫もですよ」
「これは売り出せるかしら?」
「素晴らしいと思いますよ」
ベルトランもにっこりで私も安心した。
ちょっとでも我が領の発展に寄与出来たのなら万々歳だ。
と、思っていられたのも数日。
ストラス邸の滞在部屋にスノードームを飾っていた双子が妙な事を教えてくれた。
「ねぇリーシャ、私のスノードーム、雪が増えたのだけれど」
「僕のも」
「んあぁ??」
実物を見せてもらったら、確かにふわふわとした白い塊が発生していた。
洗濯のりの成分が固まったのだろうか。
それにしてもなんかちょっと緑も入っているしふわふわしているな、と思いマノンに洗濯のりの成分について聞いてみた。
「小麦粉ですよ?」
「ほあー」
分かった、そうかカビかコイツ。
小首を傾げる双子には申し訳ないが、これはダメだ。
水だけでも同じような結果になるだろうな。
精製水のように不純物を除いたとしても、粘度を上げるカビない素材が難しい。
泣く泣くスノードームはバラされ、私はしょんもりとしながらベルトランに発売計画中止を伝えた。
短い前世ムーブだった。




