表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パドマの箱庭  作者: 菌床
二章:忘れ得ぬ温もりよ
22/50

21:八歳の噂


 ネウストラ公爵達が我が邸に滞在したのは半日程度。

聞いたところでは領自体もほぼその日の内に離れたそうで、本当に事業契約と婚約の顔合わせだけを目的に訪問されたご様子だった。


それこそ耳にしていた不穏な話に構えていた私は一安心した。

高位貴族のご訪問に緊張しっぱなしだった邸の使用人たちもすぐに気が抜けたのか、いつも通りの穏やかな日々に戻るのは早かった。

ストラス領に緊張など似合わないのだよ。


お父様によると、ネウストラ公爵閣下もご多忙なため北の果てであるストラス領にわざわざ訪れる事は今回きりかもしれないとの事だった。

今後会談が必要な場合はお父様が王都へ出向くなどする予定だそうだ。

それを僥倖と喜ぶのは失礼であるのだが、ほっとしてしまうのが私の心境である。


アロイーズが語ったような企みなど杞憂で、本当にたまたま鉱脈開発に手を出した先がストラス領だっただけなのではないだろうか。

数日もしない内に私の仕事しない危機意識はそちらへ傾き、ユーデス様から手紙が届いた頃には危惧していた事すらすっかり忘れてしまっていた。


丁寧で美しく力強い文字はあの無表情のご様子を履き違えていれば高圧的に思えたのだろうけれども、夢中で本を読み、婚約者としての交遊を失敗し私を退屈させてしまったかもしれないと肩を落とす姿を思い出せばただただ微笑ましいだけだ。

どうやら移動中ですぐに貸した本は読み終えてしまったらしい。

帳簿を見る休憩に読書をするなど活字に溺れそうな生活だな。

生真面目そうだと対面して感じてはいたが、やはりそのようだ。


私も返信を書こうと机に並べた便箋を見渡し、いつもアロイーズやオリアーヌへ手紙を書く時に使用している飾りの少ないものを手に取ったが、一度置いて別の便箋に指を運んだ。

普段よりちょっとだけ可愛らしいものにしたのだ。

ふふ、実に婚約者らしいのでは?このシリーズをユーデス様専用にしよう。


彼に向けて書いた内容はそんな大した事じゃない。

お会いできた事やお兄様達が選んだ本を愉しんでもらえて嬉しいこと、本は次回ストラス領に来た時の返却で構わない旨を改めて伝え申した。


「んー」


加え、私が選書した本も追加でお送りすることにした。

竜伝説もお楽しみ頂いたようだが、ギレムお兄様が選書した動植物書籍にも随分興味を持ってくれたようなので私の好きな学者著書シリーズを紹介しておく。


『ストラス領だけでなく国内の動植物に関する書籍です。それこそ西方の事も書かれているのでユーデス様には馴染みあるものも見つけられる事でしょう。

 私は領から出た事が無いので他地域の実物は見た事がありません。

 故に書籍を読む度「本当にこのような動植物が」と驚かされ心躍るのです。』


前世の図鑑のように写真や絵が多様されている訳じゃないので、文章から動植物の姿を妄想するのがとても新鮮で面白いのだ。

もう私にとってはほぼ別世界の物語に等しい。

ユーデス様はよく他の領地などにもお出掛けになるのだろうかな。

でも今回の旅路でも外を見る機会は少なかったようだし、意外と実物を見る事は少ないのかもしれない。


あれこれと考えながら文を書き切り、乾かしている間にマノンと一緒に図書室へ向かい選書を愉しむ。

順調に滑り出した交遊をマノンやエタンは微笑ましそうに見ているが、手紙に添えて追加の書籍貸し出しを伝えにいったお父様は微妙なお顔をされていた。


まぁ娘が公爵子息と仲良くなるのは素直に喜んでいいやらどうなのやら。

微妙なお心になるのは分かるよ。

私も予想外ではあるのだ。


何と言うか、初対面からユーデス様が随分私に興味関心を持ってくれた。

名家の嫡男に期限付きとは言え宛がわれた婚約者がこんな田舎の伯爵令嬢だなんて、普通は馬鹿にされたと怒るなり見下すなりするのだろうに。

彼は真摯に私の為人を知ろうとしてくれたのだ。

勿論緊張もされていたご様子だったがそれは仕方ないことであるし、何なら最後にはエスコートしてくれるくらいには打ち解けていたと思う。

見極めてから対応を変えるようなお人では無さそうなので、多分最初からするつもりだったのかもしれない。

忘れてたのかな?はっはー私じゃあるまいしな。



ユーデス様から更にお返事が来て、私が返信を送り終えた頃にはもうストラスには心地良いさっぱりとした夏が来ていた。

丁度その頃、ヴュルテンベルク辺境伯家の双子もストラス領に訪れた。


「ようこそ!アロ、オーリ!今年も会えて嬉しい!」


邸前での団子は流石に卒業し、楚々とした挨拶を交わした後すぐに邸へ招き入れ玄関ホールで団子になろうと突撃する私をアロイーズが押さえた。


「もう団子は卒業だよ」

「ええー!!儀式でしょう?!」

「ふふふ!じゃあ私を思いきり抱き締めてリーシャ!」

「任せてっ!」


私はすぐに狙いをオリアーヌに絞ってぎゅうとその華奢でありながらもしなやかな身体を抱き締めた。

ああー!また背が伸びてるー!

でも温かさと安心感は変わらないの嬉しいー!大好きー!


オリアーヌも私をぎゅうと抱き締め返し、安堵したように身体の力を抜く。


「ああやっぱり、これをしないとストラスに来た心地がしないわね。

 アロ、本当にいいの?私となら平気でしょう?する?」

「領でもしないのに此処で?」


一人、抱擁をしていないアロイーズを慮ってのオリアーヌの提案が可愛いな。

やはり何時まで経っても私の可愛い天使達は天使達である。

私も笑いながら、オリアーヌを抱き締める片手を離しアロイーズを招く。

やっぱり三人で団子になろうぜ!と改めて誘えば、彼は苦笑を零しながらいつもより随分軽い力で私達二人を纏めて抱き締めてくれた。


「やっぱりアロ、凄く背が伸びた!」

「そうなのよ!此処に来てぐーんと差が出来てしまったわ!」

「まだまだこれから伸びるよ」


確かに辺境伯閣下は背が高く体格も良い。

可愛い顔のアロイーズも何時かあんな巌のような大人になるのか。

人体の不思議は奥深い。


「それよりもねぇリーシャ、私にお話する事があるでしょう?」


私を抱き締めるオリアーヌの腕の力がはっきりと増す。

既にアロイーズは脱出済みである。

捕獲されたままの私は何のことやら目を瞬かせているが、それを彼女は笑って見逃すような真似はせずずるずるとお茶会室へ連行してゆく。


一体何事であるのか。

オリアーヌに話しておくべき事って何だろう。


「ちょっと二人だけにして下さる?」


お茶会室に入った途端、アロイーズすらも追い出す姫様の暴挙。

いやキミ達長旅終えたばかりなんだからまずは一服すれば良いじゃない、と私が言い募るのをオリアーヌが首を振って断る。

なおアロイーズも、何ならマノン達使用人ですらも退室していた。


「さぁリーシャ、聞かせてもらうわ!」

「ええ…何を?」

「私がこの一年!どんな思いで居たのかお分かりになって?!」

「一年?」


という事は去年の出来事か、と私は記憶を探る。アッ。


「アッ」


そういえばアロイーズと密談をする為に吐いた嘘がオリアーヌにも伝わっているのだった。

いやいやでもそんな、どう考えたって有り得ない嘘じゃないか。

改めて「嘘だよ」なんて訂正する必要もないような。

しかし女心というものは複雑怪奇だからね、特に恋愛物語を愛読しているオリアーヌには何か思うところがあるのかもしれない。


「もしかして私がアロイーズを好きだったって話?」

「それはどう考えても嘘でしょう。そんな事じゃないのよ」

「違うのかー」


違うのかい。

そして嘘だと看破されているのかい、流石だねオリアーヌ!

しかしそれでは他に何が気になっているというのだ。

私はもう思い出せないぞとばかりに頭を抱えて唸る私に彼女が深い、それはもう深い溜息を落とす。


「リーシャ、あなた一体何を企んでいるの?」


企むなどとは人聞きの悪い。

別に何も、全く企みなど抱えていない私は素で目を瞬かせた。

それをオリアーヌは見つめて、少しばかり顔を引き絞める。


「何故私がそう思ったのか聞きたい?」

「うん」


是非解説をお願いいたします、オリアーヌ様。


「リーシャは今年、ネウストラ公爵家のユーデス様と婚約を結んだのよね」

「そうだね」

「まずそこもリーシャから聞いて無いのも納得していないけど、それはさておき」

「ごめん」


そうかー、そうだよなー。

恋バナは淑女の主食だものなー、オリアーヌに私から伝えるべき事だ。

ごめんよ私がこんなんなばっかりにさ。


「打診は去年の内に来ていたのよね?」

「うん、二人が滞在していた間だよ」

「そこでアロを呼び出して、二人きりの話し合い?」

「…」


ああ、確かに何となく不穏だ。

私がこんなんなばっかりに、何か仕出かすのではないかと思われても仕方ない。


「ねぇまさか、アロに略奪愛させるつもりなの?」

「ぶはっ!」


待って待って待って!オリアーヌが可愛すぎる!なんだその展開!

堪らず噴き出し大口を開けて笑い出してしまった私にオリアーヌが目を丸くする。


「ひぇ…ハハハッ!待って、オーリ、んはっ!」

「…違うの?」

「ひひふっあははは!ほんと、ごめ…ひぃっふふふは!」


凄いなオリアーヌ、出会った時から変わってない!可愛い!!

そうだよね私が倒れた時も「死んじゃう!」って泣いてたんだもんね。

あー可愛い、なにこの天使可愛い!ほんと大好き!

略奪愛ってなんだよ、私が略奪されるような女かい?

そしてアロイーズはそんな子じゃないだろうよ、なんだそれ。

というかそんな言葉がオリアーヌの口から出たのが本当可愛いし面白い。

昔から物語に感化された口調する時あったけどさ、ねぇ可愛いねキミ。

あー大好き、本当好き。愛しすぎて涙出て来た。


「はー…ごめんごめん、オーリが一年の間もヤキモキしていた内容なのにこんなに笑っちゃってごめんね」

「違うのなら別に良いのだけれど…本当に何も企んで無いの?」


今度はオリアーヌが泣き出しそうな顔で私の手を握る。


「ユーデス様との婚約を破棄するためにアロへ何かお願いしたのではなくて?」

「大丈夫、そうじゃないよ。

 二人は微妙な気持ちになるかもしれないけど、ユーデス様良い人だし」


私はオリアーヌの不安を少しでも拭いたくて、握られたまま腕を軽く振って微笑みを浮かべて見せる。

ただ聡い彼女は全てを納得した訳ではないのがありありと分かった。


もっと気の利いた言葉を紡げればいいのだがアロイーズと話した内容を彼女へ伝えるのは、全てが終わってからにしようと考えている手前、残念ながら話せる事は多くない。

かといって更に嘘を重ねるつもりもない。


「ね、オーリ。私婚約者が出来たの」

「…知っているわ」

「ユーデス・アウグ・ネウストラ公爵子息様よ」

「ええ、それも知っているわ」


手を緩くぶらぶらとさせたまま、私が話を逸らそうとするのを分かっているのか、少しずつオリアーヌの表情が絆されてゆく。

優しい子だよな、オリアーヌも。

混乱と疑念と、寂しい思いを一年も我慢してたのか。

仲間外れにしているつもりなんか全く無いんだよな此方は。

でも、気にしているのなら巻き込むのは吝かじゃないぞ。

まぁ話すかどうかはアロイーズとも要相談だな。


「オーリもユーデス様にお会いした事あるの?」

「それは、無いわ」

「はは!」


やっと会話の切り口を見つけたのが嬉しくて、私はまた破顔する。

それを見て、オリアーヌもそっと笑みを浮かべてくれた。


「じゃあアロも同じだよね?会った事無いんだよね?」

「そうよ、噂には聞いた事あるけれど」

「へー!どんな噂なんだろ!それも含めて皆で話そう」


オリアーヌと手を繋ぎ直して廊下で待たせていた皆をお茶会室へ招き入れる。

今が夏で良かったねぇ、アロイーズ。

これが冬だったらこんな長く待っていられなかったぞ、キミ。


私達の様子を見て安心したのかアロイーズも表情から緊張を消し去り、いつもの見慣れた微笑みでお茶会室の定位置に腰を下ろした。

私も定位置になっているその隣に据わろうとしたら、ずいっとオリアーヌが身を乗り出して先に腰を下ろしてしまう。


「今日は私が寂しいので二人で挟んで頂戴」

「ふふ、勿論だよオーリ!抱き締めても良い?」

「宜しくてよ」


お許しが出たのでぎゅうとオリアーヌを抱き締める。

んふふ、サイズ感はまだオリアーヌとは大きな差が無いので良い。

それにお母様ともマノンとも違う柔らかい香りはとても安心する。

何だかこのまま眠ってしまいそうだ。


「リーシャ、公爵子息様との顔合わせはどうだった?」

「リーシャ、寝ないでよ」

「おっと」


そういえばそんな話をしようとしていたのだった。

聞いていた訳じゃない筈なのに、アロイーズもやはり気になっていたのか驚くくらい丁度私が忘れそうになっていた話題を投げてきてくれる。

あとオリアーヌは私の様子に気付くのが早い。

抱き締めているから顔は見えていない筈なのにな。

まだうとうとはしてないぞ。


引っぺがされて姿勢を正す頃にはテーブルには茶器が綺麗に並んでいた。

マノンの穏やかな瞳が微笑ましそうに私達を見守ってくれているのが分かる。


「オーリには聞いたけど、アロもユーデス様にお会いした事は無いの?」

「僕らまだ社交に殆ど出ていないからね」

「でも冬は王都に居たのよ」

「へぇ!冬の王都かぁ!どうだった?どこか遊びに行った?」


王都は私も来年の春にはお兄様達の学院入学式を見る為に出向く予定だ。

その際は冬の雰囲気とは異なるだろうが、二人が面白かった場所には是非足を運んでみたい所存である。


「美術館にも大聖堂にも行ったの!特に大聖堂は凄く美しかったわ。

 薄っすらと積もった雪が大聖堂の白さを際立てていて、とても清廉だったの。

 王都での雪って珍しいらしいから幸運だったわ!」

「南は雪降らないんだっけ?」

「偶にちらつくけど、白くなるほどは降らないからね。

 王都の邸の庭も一面白くなったから驚いたよ。でもとても綺麗だった」

「そう!リーシャの話していた雪ウサギも作ったのよ!」

「わー!!楽しそう!可愛く出来た?どんなの作ったの!」


どんどん話は見事に脱線してゆくが、これが通常運転である。

その内しっかり者のアロイーズが軌道修正をしてくれるのだ。

大体その頃には、私は何の話をしようとしていたのか忘れている。


「丁度良いガラス玉が無かったから、庭の青い木の実を目にしたの」

「ふふっ!青も可愛いだろうねぇ!

 オーリの瞳みたいな色の木の実って無いからガラスで特注しないと!」

「そうなのよ、前以て分かっていたら準備したのに!

 でもアロの瞳に似た色の実はあったからそれでも作ったのよ」

「双子雪ウサギだー!絶対可愛い!いいないいな!私も今年皆の分作ろう!

 あっねぇそれ用のガラス玉、多めに発注して分けようよ!」


はしゃぐ私の提案にオリアーヌもきゃっきゃと手を叩いて同意する。


「最高ね!ねぇリーシャの色だけじゃなくてお兄様達の色も私欲しいわ!」

「そこで閣下達の色じゃなくてラン兄様レム兄様って言うの、オーリらしい」

「庭で遊ぶってなるとやっぱり父上母上より、浮かぶのはお兄様方だよね」


そこはアロイーズもオリアーヌと同意見なのか!可愛いである!

此処に今いらっしゃらないお兄様達が聞いたら嬉しそうににこにこする事間違いなしの会話である。

後でお伝えしておこう!きっと喜ぶ!


「来年はお兄様達も学院生になるだろう?冬の休暇も王都かな?」

「でしたら私達もまた冬の王都に連れて行ってもらいましょう、アロ」

「学院の長期休暇って冬なの?」

「社交期だからね」


そうなのかぁ。

学院が王都にあって、二年制である事くらいしか私は知らない。

まぁ十歳になれば社交に出られるのもあるし、社交が賑わう時期はそれに出られるように配慮がされているのだろうな。


お兄様達は交遊を目的に王都へ向かわれるのだから、もしかしたら冬の長期休暇もそちらでお過ごしになるのかもしれない。

うわー寂しいーなんだもう寂しすぎる冬だなー!!!

想像するだけで耐えられる気がしない!そういや五歳の時もそんな冬だったな!

大雪崩災害の対応ですっかり忘れていたけれど!

ストラス邸の庭がお兄様や双子天使の色合いの雪ウサギでいっぱいになりそうだ。


「んーッ!皆が冬は王都に居るなら私も行きたい…」

「そしたらリーシャは私達のタウンハウスに滞在ね!」

「お兄様達が許してくれるかな?久々のリーシャだから手放さないかも」

「やっぱり二人がウチのタウンハウスに滞在する流れが一番だよぉ」

「偶にはリーシャをウチに呼びたいわ。私の部屋だって見せたいのに」


頬を膨らませて拗ねて見せるオリアーヌが可愛らしい。

きっとタウンハウスの部屋とか、冬に王都で買い集めたものを並べているのかな。

ストラス邸の二人が滞在する部屋は毎年物が増えても、不在時は片付けられてしまうのが何とも私は物寂しいのだよなぁ。

まぁ二人が来ると分かれば使用人達がいそいそと嬉しそうに、二人専用の箱からあれこれ取り出して品物を思い出と共に並べ戻す姿を見るのは楽しくて好きだが。

私やお兄様達だけではなく使用人にも愛されている双子である。

ほんとウチの子だよ、キミ達はな。

完全に孫や子どもが実家に帰ってきた空気だもん、毎回。


「まぁその辺りは来年には分かるだろうし、手紙でちゃんと伝えるよ!」

「忘れないでよリーシャ」

「冬の王都で遊べたなら、私達が案内もするからね!」

「楽しみー!嬉しいなぁ!」


これは断然、今年の冬は王都滞在コースである。

頑張ってお父様とお母様を説得しなければ。


だが南東部の辺境伯領と違って度々気軽に王都へ行き来出来ないのがストラス領なので、以前のお父様達も一度だけの短期王都滞在で計画されていた。

そう考えると現実問題、ちょっと難しいかもしれない。

しかし言うだけはタダである。

突撃提案する際は何かいい土産を携えてゆこう!おねだりを通すのだ!

私は!出来る八歳である!


「そう、王都で私も婚約者にお会いしたわ」

「えっ??!オリアーヌも婚約したの??!!!」

「ふふふふ、驚いた?」


そりゃもう吃驚である!!私の天使が!もう!婚約だと!??

そんな話微塵も聞いていなかったが?!何故教えてくれなかったのだオリアーヌ!

これか!この気持ちか!キミが感じたのはこの寂しさと驚きと悔しさか!!!


「めちゃくちゃに驚いてる!!いつの間に婚約していたの?!前から?!

 えっどんな方なの?!レムお兄様より優しい?ランお兄様よりかっこいい??」

「アハハハ!凄い、予想通りの反応してる!」

「本当にねっ!期待を裏切らないのがリーシャね!」


アロイーズもオリアーヌもお腹を抱えて笑う。

何だ、二人して人の反応を予想していたというのか。

悪戯っ子のような事をしている双子が可愛い。実に可愛いである。


「ねぇねぇどんな方?教えてよオーリぃ!」

「良いわよ勿論よ、聞いて頂戴リーシャ」


どうやら以前より少しずつオリアーヌの婚約話は進められていたそうだ。

本決まりになったのは去年の秋、ストラス領から戻る際に先方の領地へ立ち寄り親同士の話をつけたとの事。


オリアーヌの婚約者リュカ様の実家であるセプタント侯爵領はストラス領からも程近い北部領地だ。

ただ、北部唯一の港を抱える領地であり流通は勿論の事、宝石の産地でもあり北部最大の都市でもあるという規模も家格も全く違う場所ではあるのだが。

おまけに主要街道の北最終地である。

ストラス領はこの街道と途中に逸れた先、もしくは東方面に伸びる街道を途中に北方へ逸れた先となっている。

どちらにせよストラスは主要街道から外れた領地、という事だ。


それはともかく、オリアーヌ達が冬に王都へ向かったのはそれこそ婚約者にお会いする為だったそうだ。

リュカ様は学院に通われているお兄様と共に王都へ滞在されているらしい。

年齢は私達の二つ上、つまり十歳になるので社交会への顔出しをされたようだ。

オリアーヌも十歳になればリュカ様と一緒に冬の社交へ出向くのだろう。

剣を振り回す姿は勇猛な美少女なのに、早くも社交もこなそうとするのは凄い。

良かったストラス家はゆったり教育で。


リュカ様はとても知的な方だそうで、事業の宝飾産業に大変見識深いようだ。

というか綺麗なもの全般が好きなようらしく、美術館も大聖堂見学もリュカ様が双子へ交流を深める為に提案し誘われたらしい。

オリアーヌだけでなくアロイーズとも仲良くしてくれる良い人だ。

そうです、双子は二人一緒だともっと美しくて可愛くて最高なのです。

二人とも良い子ですしね!仲良くなっちゃうよねぇ。


まぁそういうお人との縁だからか、オリアーヌも大変前向きな様子だ。

政略的な云々はあるかもだけど良好な関係が築けそうで何よりである。


「アロも誰かと婚約したの?」

「僕はまだだね、というかオーリの縁談も裏があるし」

「ええ…それ話していいの?」

「ふふふ、リーシャだから話すの」


内容を聞くと私だからというより、どうやら王都から離れており社交に縁遠いからこそ語れるというものらしい。


「クロヴィス殿下の婚約者が決まったからね」

「ふーん、それとオーリに何が関係あるの?」

「私にもお声掛けがあったのよ」


なんと、無謀にもあの王子殿下はオリアーヌへも婚約者候補として声掛けをされていたようだ。

家格を考えれば可笑しな話でも無いが、アイツにはオリアーヌをやれん。

私が断固拒否する。嫌です、オリアーヌはもっと優しくて温かい人が良いです。


しかもそれこそウチの夜会子供部屋が発端だそうだ。

お陰で早々に閣下は娘の嫁ぎ先を選定しなければならず大変だったそうです。

すみませんね、本当。

だが閣下なら何かと想定されていたからこそ、水面下で動きながらも良い縁を結ばれたのでしょうね。


王家からの打診を頂く頃には「現在婚約に向けて調整中」という回答をお返しできるくらいには仕事が出来る閣下だったらしい。

流石に王家も調整中とは言え婚約へ向け動いている家へ横槍を入れる事はしない。

良かったよその辺は良識があって。寧ろ宰相閣下の手元で止められた案件かな。

失礼極まりないがあの陛下夫妻はそんな事気にし無さそうな印象があるんだが。

おーこわ、おーこわ!


何にせよ、それでオリアーヌはのらりくらりと王家との縁を避けていた。

そうこうしている内に去年の春先には殿下の婚約者としてリュクスイユ公爵家の姫様が内定したようだ。

おめでとうございます宰相閣下!安泰ですね!権力持ちすぎでは?!


王都ではいろいろとそれに関する噂もあるようだが、とりあえず山は去った。

さてオリアーヌの婚約はどうしようかと両家が話し合った末、互いにとって悪い話でも無いのでこのまま婚約の話を進めようという結論に至ったそうだ。

だがこれもあくまで辺境伯閣下的には王家の横槍を防ぐのが目的らしい。

どうせあの王子なんか仕出かすかもしれんって思ってるんですね。

分かりますよ、私もそう思います。アイツ信用してねーから。知らんけど。


「つまり本当にリュカ様と結婚するかは分からないって事?」

「そうねぇ…私もリュカ様も相性は悪くないと思うけれど」

「婚約者っていう関係より、友達って感じだよね」


アロイーズの言葉にオリアーヌが深く頷く。

どうやらリュカ様は彼女の恋の琴線には触れなかったようだ。


「オリアーヌの好きな人のタイプってどういう人なの?」


ふと気になって私がそう尋ねると、彼女は驚いた猫のように目を見開き硬直する。

何だ、何が起きた。


「…………言わない」


おっとーーーー??!!!これは?!これは?!恋バナですかな!

私の知る人ですか!そうですかそうですか!!!後で聞こう!

そう思う気持ちが顔に出ていたのか、不貞腐れた顔をしたオリアーヌが私の緩んだ頬を軽く掴んで左右に引き延ばす。

可愛い反抗だなぁ。


「もう!リーシャは本当に!!」

「ひひひひひ」

「それでリーシャの方は?ユーデス様ってどんな方だったの?」


アロイーズが話題の軌道修正に入った。

ありがたい、情報共有ですね任せてください!


「ユーデス様優しい人だったよ」

「ふぅん」

「何かね、ちょっと可愛い」

「リーシャは大体なんでも可愛いっていうからなぁ」

「お兄様達もリーシャに掛かれば『可愛い』括りに入れられるものね」

「ラン兄様もレム兄様もかっこいいし可愛いもの」


事実である。大好きなので色んな感情が沸き立つのである。


「勿論最初は公爵家のご子息だから緊張したけどね」

「最初っていうか、一回しかお会いしてないのよね?」

「うん。でも手紙のやり取りもしているよ」

「リーシャは身内判定するとすぐに警戒解くからね…レオにもそうだったでしょ」

「レオさんは仕方なくない?!一緒に遊んでくれたし!

 ねぇねぇレオさんも元気?また馬小屋で寝て居たりしてない?」


一昨年の冬に滞在したヴュルテンベルク辺境伯が支援する画家のレオさんは、華奢な外見の割に活発な人でフィールドワークがお好きなようだ。

何でも辺境領でも馬を借りて遠出したり、馬小屋で昼寝をしていたらしい。

馬のあの肢体が好き、と熱烈に語っていたし、輓馬にも興味津々だった。

ギレムお兄様とは方向性の違う馬好きである。


「レオも相変わらず元気だよ。というより今年、後発便でストラス領に来るよ」

「そうなの?!わーーー会いたい!」

「本当は冬にストラスにまた行こうとしたのよ。

 でも我が家が王都へ出向く事になったから我慢させちゃったの」

「気にせずまたレオさんだけでも来てくれて良いのに」


多分我が邸でも良いが、彼なら街の一軒家でも充分生活できるだろう。

好きな方を選べばいい。

私としては遊んで欲しいので邸に滞在だと嬉しいのだが。


「お父様かお母様が伯爵夫妻にお話していると思うけれど、レオは来年の春頃までストラス領に滞在を希望しているのよ」

「何それ最高!わーーー!嬉しいっ!」


楽しみである!夏のストラス領の良さは他家も認める通りだ!

存分に満喫していって欲しい!寧ろ二人もそうすれば良いのに!!


「ユーデス様って夏にいらっしゃるの?

 ストラス邸にレオを長期滞在させても大丈夫なの?」

「夏はご領地で過ごされるみたい」


おっと再びアロイーズが軌道修正してきた。

すいませんね早速脱線してしまいました。

私の脳内は完全にこの夏に何をしようかへ切り替わっておりましたとも。


「ネウストラ公爵家領は海沿いだからね、あちらも夏場は賑やかだろうね」


泳ぐ訳でもないのに貴族も夏場は海を眺めるのが好きらしい。

潮風は確かに夏を感じさせる良いものだ。

自領で楽しめるからネウストラ公爵家は我が領に別荘を構えていないのだろう。

夏の北部の森も良いものですよ。風も爽やかです。


「そういえば王都で?ユーデス様の噂があったの?」

「ああ、それね」

「厳密に言うと殿下の側近に関する噂なんだけれど」


おいなんだそれは。

つまりユーデス様はあの王子殿下と親しいというのか。

嘘だろ、やめてくれ。あんな良い人が可哀そうだろ。


「クロヴィス王子殿下とユーデス様は、幼い頃に顔合わせを済ませているっていうのは御本人から聞いていない?」

「全く初耳」


そもそも顔合わせでも、手紙でも王子殿下の話題は出ていない。

忘れてんじゃないの?


「一応幼馴染且つ後の側近候補らしいわよ。

 ただユーデス様は、あまり殿下からお声が掛からないそうだけど」

「そうなんだ」


良かった、寧ろマブダチだったらちょっと驚いたところだ。

どう考えてもあの王子殿下じゃユーデス様をお堅い人だと早々に断じてしまいそうなところがあるからな。

そのまま適当な距離を是非保っていて欲しい、私の為にも。


「寧ろもう一人の、アンヴァリッド公爵家子息の方が仲が良いみたいよ」

「ユーデス様と?」

「王子殿下とよ」


めちゃくちゃどうでもいい。

私がトラウマを植え付けてしまうのはユーデス様であって、そのアンヴァリッド公爵家の子息様ではないのだ。

どうぞあの王子殿下の生贄になってください。

仲良く出来るなら良いだろ、頑張れ。


「公爵令息の二枚張りかぁ」

「言い方」

「ふっふふ、やめてよリーシャ笑わせないで」


まごう事無き事実であろうよ。

高水準教育が施された子息を二人も張り付けてあの王子殿下である。

もう察するに余りあるな。


「リーシャはアンヴァリッド公爵家については知ってる?」

「ちょっとだけだけど、多くの枢機卿の御生家でしょう?」

「そう、クロヴィス殿下と仲の良いイザイエ様も恐らくその道を目指されている」


んー、という事はネウストラ公爵家よりもアンヴァリッド公爵家の方が次代では力を持つ可能性が高く、政教が近しくなるかもしれんという話かな。

とりあえずネウストラ公爵家の勢力が抑えられる程、アンヴァリッド公爵家が力を持ってくれるなら私達としては嬉しい事なのかちょっと私では分からない。

この辺りは後程お兄様達に解説をお願いしよう。


「家業に精力的だなんて御立派な子息だね」

「…そういう、感想になるのかぁ」

「リーシャだもの。この辺りはラン兄様達にお任せしましょう」

「そうだね」


二人が解説をお兄様達に丸投げした。

正しい選択である。私もそう思っていたから。


「他にユーデス様のお話って何かあった?

 色味が狼みたいでカッコいいとか、何を好まれるかとか」

「…思慮深い御方だとリュカ様は仰られてたけれど」

「趣味とかについては聞いた事は無いけど、曾祖母様に溺愛されているそうだよ」


出たぁー、確執の根源んー!!

いや他国から連れてこられた姫様は別に悪くないのかもしれないけどさ!

内心で悲鳴を上げる私の表情を見てアロイーズもオリアーヌも察したのだろう、ユーデス様の曾祖母に関する仔細は述べずに言葉を続けた。


「リーシャがユーデス様を狼みたいって言ったのは、瞳の色?」

「そう、飴色とかじゃないんだけど、よく見ると紫がかった綺麗な灰色」

「隣国王家の瞳ね」


ひぇ。


「現公爵閣下もユーデス様もダブグレーの瞳を持っているからこそ、隣国から離れて久しい曾祖母様が殊更にお二人を可愛がっているそうだ」

「そんな可愛い可愛い曽孫(ひまご)が、北方領地の名も聞かぬ伯爵令嬢と婚約をした、と」

「どうやら公爵閣下はそれを祖母様へご相談していなかったご様子だよ」


ひぇ…。


「王都で知られているリーシャの噂、聞く?」

「聞きたくないいいいい」


王都、行きたくない!!!!!!!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ