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パドマの箱庭  作者: 菌床
一章:蕾の香りも知らず
18/32

18:七歳児の驚嘆


「今日を待ち侘びたよリーシャ」

「私もです!レム兄様っ!!」


今日私達は魔法を練習するため、庭の一画に設けられた弓道場程のそこそこ広さがある場所に来ている。

大人より少し高い背丈の石と土で出来た壁で周囲を覆っているこの専用練習場は、基本的にストラス邸関係者意外立ち入り禁止であり、特に訓練中は危険なため近づけないよう周辺に専用の護衛が配置される徹底振りだ。


こうした準備や手配が必要な事もあって、魔法の練習は武術訓練よりも気軽に出来るものではない。

また魔法使用時の特性から各家で指導をするのが一般的だそうで、私がギレムお兄様と魔法訓練をしている間、双子は邸で読書やゲームなどの自由時間を過ごす手配となっている。

冬の間にレオさん達が我が家に寄贈してくれた作品を興味深そうに見ていたので、もしかしたら絵筆を握っているかもしれない。

実に楽しそうである。後で話を聞いて混ざれるものは混ざろう。


こうして来客をほったらかしにしているのは問題じゃないかと本来は慎むべきなのだが、そこはストラス邸に慣れた二人だからこそ許されている挙動であるのは勿論、当初はオリアーヌとアロイーズが来る前に始めるつもりだったそうだ。

しかし鉱脈関連の調査が長引いてしまい、ギレムお兄様のお時間が中々取れなかったためややずれ込んだ。


私は武術訓練の遅れも既に取り戻し、いつでも魔法を学べる素地は出来ていたのだが、他の先生から習うのではなくギレムお兄様から教えて貰いたいが為に今日まで待ち続けた。

そりゃあ大好きで安心できるギレムお兄様に教えて貰いたいさ!

ポニーに初騎乗だってお兄様が絶対に見たいと調整してくれたのだから、魔法だって大人しく待ちますよ!


まぁお兄様達が学院へ移動する前に魔法に触れる機会が出来て良かった。

相変わらずどこまで指導されるのかは、私の魔法の適性によるものが大きいと思うので未知数なのは変わりないのだが。


「ではまず、知識の確認をしよう。基本の四属性は覚えているかい?」

「はいっ!火・水・土・風、の四属性です!」


今日のギレムお兄様は魔法使いのローブを着用している。

私もお揃いの生地で仕立てたポンチョを着用している!気分上がるぅー!

勿論二人とも、口元を隠す用の布地を開いて顔を見えるようにしている。

魔法使いにおける信頼の証である。うふー!


四大属性や派生属性、それに関連する神の御名や持つ伝承。

過去に起きた魔法使いの出来事などを、私はギレムお兄様から寝物語でよく語っていてもらったので基礎知識は大体仕込み済みである。

子供向けとは言え、神学の書を難なく読めたのもこの英才教育の賜物であろう。

ギレムお兄様は計画的なお人である!かっこいい!


その他各属性の特徴や注意点等をスラスラと答える私を褒めるようにギレムお兄様は笑顔で頷き、ついでに頭も撫でてくれた。嬉しいー!褒めて伸びるタイプだと自負しておりますのでもっと撫でてとばかりに頭を差し出せば、暫く優しく地肌を温かい指を滑らせて撫で、切り替えるようにぽふぷふと掌全体でよしよしされる。

幸せである!!最高である!!撫でスキルが高い!!


「よく覚えているね。

 リーシャは僕が魔法を使う時に意識している事も覚えているかい?」

「はい勿論!魔法を使う時は御力をお貸し頂く気持ちを大事にされています!」

「そうだね。魔法は誰にでも使える訳じゃない特別な力だからこそ、自己優越感に浸ってしまう人も少なくないんだ。

 でも魔法は自分の力ではなく神様の御業であるからね。

 自分一人で成し得た力では無い事、それをリーシャにも忘れないで欲しいな」

「はい!心に刻みます!」


自然の恵みを享受する意識が強い領地だからこそ、ギレムお兄様のこの謙虚で崇高なお心が育まれたのだろうと思うし、同じ地で育った私もすんなりと受け入れられる考えだ。

この地で生まれ育って良かったとつくづく幸福感で胸が一杯になる。

美しい湖面のようなギレムお兄様の瞳も優しく細められる。


「じゃあ早速、リーシャの適性を見てみようか」

「お願いします!」


適性の確認方法は実に単純。

四大属性の神様の御名を呼び、反応があるかを調べるのだ。

普段御名を口にしても反応が無いのは魔力を注いでいないからである。


「まず魔力を意識するよ、肩の力を抜いて」


ギレムお兄様は私の正面に立つと、両手をそっと持ち上げて温かい魔力を通してくれた。

それに触発され波立ようにさわさわと私の中で何かが動く感覚がする。

波紋はゆっくりと大きくなり、やがて己の脈動を指先まではっきりと感じるようなると私は閉じていた目を開く。


お兄様の指先から流れる魔力やその身体の存在感が際立つだけでなく、離れた壁までの距離、それを組む石の小さな気泡までもが自分の意識支配下に置かれたかのような、不思議な全能感が身体を満たしていた。


「うん、よく集中出来ているね。周囲の感覚が研ぎ澄まされるだろう?」

「不思議な感覚です…自分という意識が外にぐっと広がったような」

「今リーシャの魔力は外へ広がっているからね。

 自分の皮膚を一か所ずつ指先でなぞるような意識を持ってご覧」

「はい」


自分という形は此処までだ、と指先から手首、肘に肩、となぞる意識を持てばピタリと外界の情報が静まるのだが気を抜くとまた広がってしまいそうだ。

それを意識してしまったのか、私の上がり気味な肩をギレムお兄様がそっと優しく撫で摩る。


「適性が分かったら閉じ方も教えるから安心して良いよ」

「ありがとうございます!」

「では御名を一つずつ、丁寧に」

「分かりました!」


私は魔力を通されたままの姿勢、両掌を開き、賜るような形のまま神様の名前をお呼びする。

その声に特に呼応してくれたのは水と風の神様だった。

掌の上にふわふわと得体の知れない何かが乗せられ、形を変え、やがて静かに私の周囲を取り巻いてから散ってゆくのがはっきりと感じられたのだ。


続けて派生属性の神様の名を口にすると幾つか弱くも反応を頂けた。

中でも印象的だったのは闇だ。

掌ではなく背中、それこそ私の影から追い風のようにぶわっと何かが迫る感覚がして思わず驚いて目を見開いてしまった。

悪戯っ子のような笑い声が聞こえ、ギレムお兄様を見上げるが彼は微笑んでいるだけだったので、恐らく神様のお声なのかもしれない。

確かに伝承でもそのような話が多かったが実際に驚かされるとは!


「福音を頂けたのかな?」

「お声が聞こえた気がするのですが、それが福音でしょうか?」

「そうだね、他にも様々な事が起きた伝承もあっただろう?」

「風の神様が木の葉で形を成したり、水が躍り虹を作り出した、とか」

「そう、それも福音とされているよ」


神様の気まぐれで引き起こされる意図しない御力の発動や事象を、総じてこの世界では福音と呼び寿ぐのだ。

どうやら私は闇の神様とそこそこ相性が良い様だ。

愛し子呼ばわりされる程神様の御気に召された人間は、それこそもっと肉体に証印が現れるようだし福音が起きるのは日常茶飯事だったと伝承では残されていた。


「リーシャは水と風、それに闇の神様の御力をお貸し頂き易そうだね」

「お声が届くのってとても嬉しい!お返事ありがとうございました!」


私は空に向かってすべての神様へ向けて感謝を述べる。

かといってキラキラとした何かが降り注ぐような事は勿論起きず、ただ相変わらずストラス領を包み込むような優しい夏の日差しが降り注ぐだけだ。

それでもどこか別の世界と繋がれた悦びから、私は自然と笑顔になる。

ギレムお兄様も嬉しそうに、その成長を寿ぐように私の頬を優しく撫でる。


「お声が届かなくとも神様は見ていてくれるけれど、お返事が頂けるのは喜ばしい事だね」

「レム兄様も最初はそうでしたか」

「今もだよ」


こうした敬虔な穏やかさをきっと神様も喜んでいるのかもしれない。

ギレムお兄様はもっと多くの適性、それこそ四大属性の福音を頂いたそうだ。


「さて属性が分かったら御力ともっと触れ合いたくなるだろう。

 でもまずは自分の魔力を閉じる練習をしようか」

「よろしくお願いします!」


今は興奮気味で分かりづらいが、こういうのはきっと後でぶり返し疲労となるのが定例であろう。

早々に魔力の制御は覚えておきたいところなのでギレムお兄様の提案に否はない。

今度は自らの魔力を閉じる方法を教えて頂き、次に自分で魔力を開く訓練、そして再び閉じるといった事を繰り返して今日は終わりだ。


夏の間は自室などでこの魔力を開き閉じる操作訓練に精を出すのだ。

これが安定して出来るようにならないと次のステップには進めない。

遊び惚けていないで、ちゃんと自主練をしっかりやらなければ!

お兄様達が学院に行く前までに基礎まで習得するのが現在の目標である。



訓練場からの帰りは騎乗だ。

私はギレムお兄様と並走してポニーを速歩させる。

輓馬に乗るにはまだ体格が足りなかった。

ぐぅ悔しい。オリアーヌを驚かせたかったのに。

だがこの為に乗馬訓練を頑張ったと言っても過言では無いほどめちゃくちゃ楽しくて幸せである!

見て下さいギレムお兄様!私っ!横を見る余裕も出来ましたよ!!


「ふふ、来た時も思ったけど、リーシャは乗馬も才があるのかな?

 僕の時より早く輓馬にも乗れるようになるんじゃないかい」

「身体が大きくならないと乗るのも一苦労しそうです!」

「横座りの乗馬は習わないのかい?」

「輓馬は横座りで乗りたくないですね!」


何かちょっとかっこ悪い。

サラブレッドのような馬ならまだイメージが沸くが、やはり輓馬はしっかりと跨って操縦してなんぼだという意識が強いのだ。

是非、お兄様達程とは言わずとも私も背が早く伸びて輓馬を乗りこなしたい。

そして街や郊外への遠乗りも一緒に楽しむのである!


鼻息荒く息巻く私を見て、ギレムお兄様がくすくすと笑う。

そのお姿は馬上にあっても優雅でかっこいい!私のお兄様がかっこいい!


「街にも春祭りのようにまた一緒に騎乗で出掛けようね、リーシャ」

「ええ!是非!嬉しいですっ約束ですよ!忘れないでくださいね!」

「ああ、大丈夫、約束だよ。そんなに念を押さなくても忘れはしないよ」


妹の私と違いギランお兄様もギレムお兄様もしっかりされているので、忘れる事は無いと思うのだが一応念の為である。

冬から春にかけてお二人は忙しそうだったので私は寂しかったのだ。

構ってくれると確約出来るのなら是非しっかり構われたたい所存である。

午後のギランお兄様の武術訓練時にも約束を取り付けておかなければ!


「そういえば、冬の祭りについての噂はまだ遠方に及んでないようだね」


ふと、街へのお出掛けで連想したのかギレムお兄様が呟く。

私が冬の取り組みの反響を気にしているのをご存じなので、巡回がてらに耳にした情報をこうして共有してくれるのだ。


まだまだ夏の避暑へ来ている貴族も少ない時期だ。

去年よりは観光客が戻る見込みではあるし、今年の夏もお母様は積極的にお茶会などへ足を運ぶ心積もりのようなのでその時にも情報を得られればとも思う。

まぁ貴族の口振りよりも、実際に物流に携わる商会や領民にまで噂や話題が降りてきているのが理想的なのではあるが。

なお領民達は「今年の冬もまた祭りをしましょう!」と既に乗り気だ。嬉しい。


(今年はオリアーヌやアロイーズと一緒に街へ行くのもありかな?)


物見塔は街とは反対方向の郊外だったし、春祭りのお土産やそれこそ冬の催しについても双子は興味深く話を聞き目を輝かせていただのだ。

ふふふ、着実に彼女等の中でストラス領への土着愛が育ってきておる。



思い立ったが吉日と言わんばかりに、私は邸に戻ってすぐお父様の元へお邪魔し今年の夏のお出掛け計画を打診した。


「ヴュルテンベルク辺境伯家の二人を伴って街に、か」

「はい!二人にも是非我が領民の逞しさや温かい人柄に触れて欲しいのです!」

「ふむ…リーシャ、そこに掛けなさい」

「はい?」


何だ、お父様の面持ちが固いぞ。

私は促されるまま執務机の前からソファーへ移動し腰を下ろす。

その対面に座ったお父様が、大きな掌で額を撫で摩りながらどうしたものかと視線を彷徨わせていた。


何だ、この反応は予想外だぞ。

不安を顔に出してしまいそうになるが、ここは執務室だ。

家族専用のお茶会室ではない。

私は改めて背筋を伸ばし、お父様が口を開くのを静かに待つ。


「お二人もお呼びしろ」

「はい」


元々そのつもりだったのだろう、扉側に控えていた家令が廊下の侍従に声を掛け双子を呼びに向かった。

ちらりとその動きを見ていた瞳を再びお父様へ戻す。


「リーシャとお二人の仲も、もう四年目か?」

「半年も滞在しないのですから実質二年ですよ」

「そういう換算の仕方なのか」


少しだけお父様のお顔が緩み、私も安堵する。

この奇妙な緊張感は、執務室内というのもあって、より居心地が悪かったのだ。

叱られるのとは違うものの未だ硬い空気感を少しでも和らげたかった。


「それでもこれだけ仲が良くなるとは思わなかったな」

「お二人がとてもお優しく温かい人柄ですから」

「リーシャの怖気づかないところも相俟って、だろう」

「まぁ!お父様に淑女らしいと褒めて頂ける日が来るとは」


何でもかんでも淑女らしいで包装してしまう娘の悪癖を、お父様は可笑しそうに喉を鳴らして笑ってくれる。

ポニーから投げ出されようと慌てず、時に反骨心たっぷりの謀反を起こす事さえ厭わない胆力はきっとお母様と先生の淑女教育の賜物ですとも。

ええ、生来からのものでもありましょうが。


やがて呼ばれたアロイーズとオリアーヌが執務室に到着し、私の隣に座った。

今日は私を真ん中にせず、アロイーズがお父様の正面になるような席順だ。


「お時間を頂きましてありがとうございます」

「いえ、父からも聞き及んでおりましたので」

「ヴュルテンベルク辺境伯閣下が…」


お父様の面持ちが再び重さを伴う。

だから何だこの空気は。


思わず下げてしまった視線を上げ、お父様が閉じかけた口を再び開く。


「では隣国の動きは、まだ」

「目立つ形では無いとの報告は耳にしております」


おいおいおいおいおい。

ヴュルテンベルク辺境伯領が国境を接する隣国、きな臭いの?

えっ?アロイーズもオリアーヌも大丈夫なの?

本格的にストラス領で冬を越す計画とか出てる?私が喜ぶ展開?


「そうですか…では暫くのご滞在方針も変わりなく?」

「はい、ご迷惑をお掛けいたしますが」

「此方としてはお二人が恙無くお過ごし頂けるよう、したい事をさせて頂いているばかりですよ。それこそ我が娘など筆頭でしょう」


ふ、と優しい父親の目線が私に注がれる。

そうだね迷惑なんか一切感じておらんよ此方は。

寧ろもっと滞在して欲しいし、何ならウチの子でしょう?という気持ちだ。

向けられたアロイーズのベゴニアのような瞳に、私はにこりと微笑みを返す。


勿論彼も微笑み返す。

と、思いきや呆れた顔をされた。何故だアロイーズ。

途端に笑顔を収め真顔になった私を見てオリアーヌがくすくすと喉を鳴らす。


「…何か?」

「いや」

「答えになっておりませんが?」


先程までの立派な嫡男ムーブが消え去り、普段通りに戻ったアロイーズをじっと見つめれば視線を逸らされた。

だから何だと聞いているじゃないか!

キミは本当!途中で言葉を切るのが多くなったなぁ!

思慮深いつもりかもしれないが、ハッキリしないだけにも見えるぞ!

我々は三つ子の仲じゃないか!言いたい事は言い給え!


そんな私の視線に気付いているのだろう、彼は躊躇いながらもゆっくりと溜息を吐き言葉を紡ぐ。


「…あのね、リーシャ」

「うん」

「アロ、まずはリーシャが何処まで把握しているのかを聞いた方が宜しいのではなくて?」


語り出そうとしたアロイーズをオリアーヌが控えめに止める。

私に向き合っていた彼は少しだけ考えてから、場を譲る様に身体の向きを変え背凭れに身体を預けた。

私達の中では一つ頭が抜けそうなアロイーズが下がると彼女の顔が良く見える。


オリアーヌは私に視線をぴたりと合わせてからゆっくりと小首を傾げた。


「ねぇリーシャ。

 リーシャはどこまで私達ヴュルテンベルク辺境伯領の事情を聞いているの?」

「立地くらいしか聞いていないよ」


柔らかく、いつもの様子で話す彼女に合わせて私も口調を緩める。

もう私も淑女ムーブは終わりにした。お父様なら余裕で見逃してくれる。


「なら我が家が隣国や騎馬民族の動きに目を光らせているのは知っているのね?」

「うん…最近は緊張状態なの?」

「少しばかり、ね」


オリアーヌが視線を下げるも、すぐにまた真っ直ぐに勿忘草のような色の瞳を私へ向ける。

凛として、綺麗な視線だ。

もうその面持ちは領民を、国を思う領主一族だった。


「『こうした状況下では目に分かる、気付けるものが全てでは無い。』

 私達はそうお父様や騎士達から教えられてきたの。

 実際、塔から見える景色は何一つ変化が無いのよ」


それでも彼等の、土地を守護する者達が語る言葉を軽んじず耳を傾け、その瞳でも何か気付ける事があるのではと真摯に見つめ続ける彼女が健気で、立派で、私は言葉に詰まった。


諍いの予兆とは水面下で起きるものが殆どだろう。

勃発してから分かる事の方が多いのは前世の知識でも同じである。

戦争の準備であればそれこそ数年単位で、ともすれば十年単位で行われていた事だって歴史書で読んだ気がする。

そして一見繋がりが無く思える事象ですら関連している事だってあるのだ。


全てを把握する事は困難で、常に懸念を抱き続けなければならない辺境伯領の騎士や閣下達が如何に大変かは想像に難くないが、それでも私にはまだ実感の沸かない話だ。

けど双子にとっては日常へ潜む不安であることは確かだ。


「怖いね」


そんな、それこそ守られる側の人間の、ありきたりな言葉しか口から出なかった。

でもオリアーヌもアロイーズもそれを否定せず、小さく頷く。


「誰もが同じ。だからこそ、私達は立てるの」


矢面として、領主一族として。

土地や領民を守り国境を保つ役割を担う者として。


背筋を伸ばし言い切る二人の真っ直ぐな眼差しに何故だか泣きそうになる。

私と同じ、まだまだ守護される子どもなのにこれほどまでに覚悟があるのかと思い知らされ、その細い肩に掛かる重責は如何程のものかと考えてしまい胸が苦しい。


これがこの世界に生きる人の強さだと目の当たりにして、やっと先程のお父様とアロイーズの会話の重要さが私の中に落ちてくる。


「そっか…ねぇ、私に出来る事はあるの?」


大好きな二人がこんなにも不安に揺れながら責務へ懸命に心を砕いているのだ。

再会してから今まで表面上に全く出さず、純粋な笑顔で喜びや愉しい思いを表してくれていた彼等の優しさを改めて思い知って、やっと私は一歩踏み出そうと気付けた。

アロイーズやオリアーヌが少しでも安らげるように、その荷を長く抱き続けられるように出来る事があるなら協力がしたい。

大好きだから。大切だから。


思い返せば、いつも私は二人に助けられてきた。

きっと彼等が思うよりもずっと、多く、確かに、心の支えになっていた。


私は二人の支えになれるのであろうか?

いや、その為に今まで教育や訓練を頑張って来たと思いたい。

だって私の、両親やお兄様達を支えたい、愛する領民達を守りたいと努力してきた道はきっと、オリアーヌやアロイーズにも繋がっている。


そう己を信じてじっと二人を見れば、先程は呆れた顔をしていたアロイーズも、どこか虚勢を纏っていたオリアーヌも穏やかに、嬉しそうに微笑んでくれる。


「あるよ、勿論だよリーシャ」

「だから私達は今年も会いに来たのよ」


いつの間にか二人からそれぞれ手を伸ばされ、私も無意識で握り返していた。


「…ただ私達の事情で申し訳ないけれど、ストラス家との関係を外部に喧伝するような真似は出来ないの」

「うん、構わないよ」


執務室に入って来た時の目論みなど忘れたように私は首肯する。

それを見て、お父様が小さく笑っていた。

調子の良い奴だとは重々承知ですけどね!

だって二人がそう望むのなら我慢しますよ!もう心は三つ子ですけど!


「本当は嫌でしょ、リーシャ」

「そりゃ早く二人にはウチの子になってもらいたいもの」

「リーシャがヴュルテンベルク辺境伯家の子になれば良いのよ」


分かっているよとアロイーズが揶揄うのをまたすぐさま肯定すれば、オリアーヌが悪戯っ子のような笑みを浮かべて私にそんな提案をしてくる。

去年、武術大会観覧の話をした時も思ったがキミ達がウチに来い。

ウチなら平和だしお兄様達だって居るんだぞ!楽しいぞ!財政はちと厳しいが。


などといつも通りの三人に戻ってきゃいきゃいし始めたのをお父様が苦笑と共に宥め、その場はお開きになった。

結局、三人での街歩きは流れたものの彼等が望まないのなら仕方ない。

この面子が揃えば他にも楽しめる事はたくさんあるのだ。


そう私が気楽に構え直し、さぁわざわざ私に会いに来てくれた二人を楽しませようと、趣向を凝らした茶会や隠れている護衛を探せ(ピピさん提案)ゲームなど、邸の中で企画して遊び倒して暫くの事だ。




「え?鉱脈開発に公爵家程の名家が出資されるのです?」


暦では夏はもう終わるというのに、今年は随分と秋の訪れがのんびりしていると感じる月の明るい夜。

家族での団欒中にお父様が語った内容に私は茶器を置く。

隣に座るギランお兄様がちらりと私の挙動に目を向けていた。


「ああ、先方からの打診だ」

「それはまた…」


鉱脈と謂えど、この北の田舎である。

しかも実際に開発する場所は雪崩現場とは違うようで、ほぼ一からの調査や掘削作業になると聞き及んでいるのだ。


(もっと交通網の整った地への出資の方が利益も出るだろうに。

 随分思いきった選択をする公爵家もあるんだなぁ)


国からの補助金が思ったより出なかったのもあり、我が家としては太い資金源は助かるのだけれども一抹の不安を抱くのは致し方ない事だろう。

なんせ出て来た相手が相手である。ビックネーム過ぎる。


我が国には公爵家が三つある。

西岸部の領地を持ち流通に強く最も財力も影響力もあるネウストラ公爵家。

領地自体は広くないものの各地の教会を取り仕切り、血筋から多くの枢機卿を輩出しているアンヴァリッド公爵家。

そして特に長く続き由緒あるリュクスイユ公爵家。


リュクスイユ公爵家は先代、王女の降嫁競争に敗れた事もありやや落ち目ではあったものの、現在の宰相閣下の御生家という事もあり内政を支える実力も信も折り紙付きである。

流通、宗教、政務という各々の得意分野を生かして今猶名高い、所謂御三家だ。

貴族という一括りの中では我が家もそうだが、格も歴史も全く違う。


そんな殿上人に等しい御方からお声を掛けて頂いたのなら我が家の返事は一択。

どこぞの居酒屋である。

お父様もお疲れ具合から、さぞ取り繕って良い笑顔で受けたのだろう。

内心は今の私と同じように驚嘆と恐縮で一杯だろうけれど。


「因みにどの公爵家ですか?立地からすればリュクスイユ公爵家でしょうか?」


かの公爵領の立地もそうだが公爵閣下のお立場の方が今回は理由として濃厚だ。

王家が補助をケチった尻拭いでもさせられたのですか、宰相閣下。

そんな私の懸念をお父様が首を振り否定する。


「いや…ネウストラ公爵家だ」


マジか。一番潤っているところじゃないか!

そんなに稼がなくても良いのでは?!寧ろ余裕があるから投資するのか?!

いや宗教色の強いアンヴァリッド公爵家よりは納得出来るけれど、それにしてももっと損得勘定しっかりしている公爵家だろうに。


公爵家という肩書だけでも驚いたのに、更に驚かされた。

そして先方の意図が明確に予想出来ないからこそなのか、背筋に悪寒が走る。


待て、普通に聞いていたけれど『公爵家』?

あれ?これってまさか。


「そのネウストラ公爵家についてリーシャに聞かせておくことがある」

「はい」


おいおいおいおい、まさか、この流れで縁付くの?

私にトラウマを植え付けられる悲劇(予定)の公爵令息が!


もうこれ以上の驚嘆は不要だと構える私に、お父様ではなくギランお兄様が口を開いた。

ここで話し手が切り替わるのも怖いのですが。

何を伝えられるのですか、私は。

婚約ですか?だから次期伯爵のギランお兄様からなのですか?

いや此処はビビらずにお父様が話すべき事でしょうに!逃げたか!


「リーシャはネウストラ公爵家の大先代について知っているか?」

「大先代?」


私は予想外の切り口に小首を傾げる。

いや知らないからでもあるが、この話の着地点が予想出来ない。


「大先代、アロ達の曾祖父の代だな。

 当時隣国と我が国で戦争があってな、勝利国の我が国に隣国の姫が献上された」

「和平の誼でとしてですか」

「そうだ」


わぁー実際にそういうのやっぱりあったのか。

先代の我が国の王女は海を挟んだ他国へ嫁がれたが、こっちはもっと安心出来る和平の誼だったが為に、より過去の姫君の立場が偲ばれる。

しかも敵国だものなぁ、そりゃ大変だっただろう。


「そして数年後、その隣国の姫が下賜された先がネウストラ公爵家だ」

「…」


と、いう事は、ネウストラ公爵家には隣国の血が流れているという話か。

おいおい御三家に混ぜちゃいけないんじゃないのか!詳しく知らないが!

思いきり路線は大先代から始まっているのかネウストラ公爵家よ!


その考えが顔に出ていたのだろうか、特にその辺りの補足をギランお兄様はせずに言葉を続けた。


「当時の公爵、御隠れになった大先代が姫を熱望されたらしくてな」

「はぁ…それは、まるで恋物語のようですね」

「確かにな。

 その件で当時異を唱えた一派の筆頭が…ヴュルテンベルク辺境伯家だ」

「…」


それはつまり。



「ネウストラ公爵家とヴュルテンベルク辺境伯家の確執は、表面上沈静化しているものの今猶燻ぶって残っているとお聞きしている」



ネウストラ公爵家は、ヴュルテンベルク辺境伯家の仮想敵国じゃないですかー!!


やだーーーーー!!!!そんな公爵家と我が家は近づきたくありませーーん!

マジでどうして出資に手を挙げて来たんだネウストラ公爵家!!!やめろ!

来るな!キミ達、ウチの領地に別荘だって建てて無かったくらいに興味無かった筈だろうに何故だ!やめてくれ!此処には何もありません!!!鉱脈なんて幻だー!


「更に言えば、現ネウストラ公爵の祖母であらせられる姫はご健在だ」


ギランお兄様ぁ!!妹はもうお腹いっぱい驚きいっぱいですよぉ!!

完全にオーバーキルだ!先日のお父様の懸念が此処に繋がってくるのかよ!

隣国きな臭いって言ってたじゃん!その取っ掛かりになり得る姫がいらっしゃる公爵家とか、本当、ウチに近寄らないでくださいよぉ!!やめてよ!やめてよぉ!!


もう泣き出す寸前の私を見て、ギランお兄様が真剣な面持ちを崩し困ったように笑い、そっと手を伸ばして頭を撫でてくれた。

ううっ抱き着いて泣いても良いですか。

もうやだ、なんだこの展開。

よりによってこんなのってないよ。


つまり、鉱脈開発の出資にアロイーズ達と確執がある公爵家が手を挙げ、このストラス領に頻繁に立ち入るようになる。

しかも現在敵国はきな臭い動きがある、と。

となればどうしたって双子達はストラス領から距離を置くようになる。

やだ、やだやだやだやだ。

二人が来ない夏なんてもう考えられないのに。

私の心の支えなのに。支えたいって思った矢先なのに。


家族の誰もが口にはしないが、私が思い至った未来を分かっているのだろう。

全員から物悲し気な視線を浴びてついに我慢出来ず私は泣いた。

堪らず抱き着いたギランお兄様の大きな手が背を撫で、頭をギレムお兄様が穏やかに何度も撫で摩る。


それでも私の涙は止まず、その日はお兄様達に挟まれて眠った。


夢の中での私はいつも通りアロイーズとオリアーヌと一緒に夏の我が家の庭を笑いながら駆け回っていた。

それを少し離れた場所でギランお兄様とギレムお兄様が穏やかに見守っていた。

日常だ、毎年このストラス邸で見られる微笑ましい一幕。

何時までも続くと思って、願っていた時間。


それが何時か、近い内に無くなるかもしれないなんて。

それこそ夢であって欲しかった。



だが無情にも、遅れた秋をその身で感じる頃には共同出資の話が纏められ、その証として公爵家嫡男ユーデス様と私の婚約話が持ち上がった。




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