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パドマの箱庭  作者: 菌床
一章:蕾の香りも知らず
17/30

17:七歳児の教育計画


 怖いこわーいストラス領で発見された銀鉱脈の話はさておき、ヴュルテンベルク辺境伯一家が早めに帰郷する計画へと変更された旨も伝えられた。

何でこう、不安な時に癒しが離れてしまうのか。

嫌である。

ただでさえ今年は避暑に来るのが遅かったのだから冬まで、いやもう来年の秋まで居れば良いのである。

そう顔に出ていたのであろう、お父様が困ったように笑っていた。


翌朝の朝食で双子も同じような顔をするのを見てもっと困れば良いと思いますよ。

仕方のない事だと分かっておりますが。

子どもは大人の都合に振り回されるのです!ぐぅ!


本格的な調査員が国から派遣されるとの連絡があったのは情報共有されてすぐだ。

代わりにもならない来客に私の気持ちは盛り上がらない。

遊び相手ならまだしも調査員だなんて。

しかもお国の息が掛かった人だなんて怖くて近づきたくないわ。

いや、良い人も居るのであろうけれど、滞在先は調査現場付近になるそうなので私が関わる事は殆ど無いだろうとの事だった。


光の速さで夏が終わり天使達が去ってしまった後、私は寂しくて寂しくて再開した淑女教育に抗う事も出来ず、寧ろ粛々とこなしていたのを先生から褒められた。

お母様は何とも言えないお顔をされておりました。

そうだね、褒められた気がしないよ。


お陰でマノンにべったりである。

大人の事情は私でもよくよく分かっているので不満を口に出しはしないが、どうしたって寂しいのである。かといっていつも相手してくれていたお兄様達は件の打ち合わせ等で忙しく一緒に居られる時間が少ないと来た。


あー、寂しい。

寂しすぎてポニーで街へ遊びに繰り出す程には人恋しい。

久し振りにあった商店や工房の人達の笑顔が温かいよ。

でも「大人っぽくなりましたなぁ」って言葉には苦笑いをしてしまった。

私の大人への階段は寂しさで出来ていて欲しくないのだが。


私がしょぼしょぼしているのが想像出来たのだろうか。

昨年よりももっと双子からの手紙の頻度は多かったのは嬉しかったし、大変心の励ましになりました。


『ポニーの乗り方も忘れないでね!』というオリアーヌからのお言葉はあまりにも私を何だと思っているのかと一瞬途方に暮れたものの、来年は輓馬に乗る姿を見せてやろうと野望を抱かせるのに充分だった。

因みにアロイーズはそもそも私が大概の事を忘れている前提で手紙を寄越すので、忘れないでねとか書かなくなった。

それを私が把握していると彼は気付いているのだろうか。

忘れないからな、アロイーズ。

あれこれ前も何か思ったな。何だったっけ。


オリアーヌの言葉を受けた訳ではないが、今年は冬にも乗馬する計画だ。

いち早く技術を身に着けるのだ!私もギレムお兄様のように格好良く馬を操る北国の淑女になるのだ!

出来るようになったらギランお兄様とギレムお兄様と一緒に遠乗りに行くのもいいなぁという気持ちが大きいが、馬車事故回避対策でもある。

ちゃんと対策をしてるぞアロイーズ!

今年も対してその事について話が出来なかったけれどね!これは忘れていないぞ!



 そうこうしている内にストラス領でちらほらと雪が降る日が続き始めると、今度は夏の内にお母様が社交力を生かして集めた芸術家達がストラス領に来た。

画家は三人、彫刻家は二人の計五名だ。


彼等は試験的に運用を始めた、我が領斡旋事業でもあるストラス領内の移動業者を利用してもらった。

ギレムお兄様に仔細を伺ったところ、まだ雪が積もってもいないので特段問題は起きなかったようだ。

それに事前に順路を確認しておくことは何度しても良いだろう。

芸術家たちの移動だけでなく領内の人々も領民価格で使用し、具合を見ているそうだ。

道中の村に設置した支店兼休憩所も恙無く回っているとのお話には提案した私も一安心である。


村は街道に程近いとは言え、普段は外部から人が来ないような場所が殆ど。

それこそ避暑に来る貴族などは全く見向きもしないところだが、これから少しずつ人流を増やす目論見があるので彼等にも慣れていって欲しいのだ。

領主導で設置した建物での働き口が増える事は彼等にとっても良い事であろうし、閑散期は村の人々の憩いの場として活用するなどを予め推奨してはいるので今のところ反発は起きていない。

まぁこれから、使用する階級が上がるとそれなりに問題は起きるだろう。


故に試験段階から様子を報告し、気になる点を相談しやすい空気を養うのが大事である事をギレムお兄様も良く分かってらっしゃるのが大変ありがたい。

こういう柔軟性に富んでいるのはこの世界では稀だよなぁ。

ギランお兄様やお父様も共感はしてくれるものの、対策としての提案はまだ浮かびづらいような問題である。

その分を埋めるようにギレムお兄様や私が案を上げるのだ。

我が家は大変役割分担が上手く出来ておる。


さてこの冬、ストラス領を見て回る五人の芸術家だが、彫刻家の二人は街で過ごすのを希望していたので街の宿を手配した。

是非領民とも交流して色々伝承を聞いたりインスピレーションを貰ってくれ。

あと積極的に雪掻きに参加してくれてもいいぞ。

一人は雪を見るのが初めて、との事だったので是非楽しんで欲しい。

最初の内は元気があるので楽しくやれるんだよなぁ、雪掻きって。


残る三人の画家の内、一人も街を希望したのだが、街並みを見下ろせる高さの住居がストラス伯爵家邸しか無い事を改めて説明したら邸での滞在を納得してくれた。

そうだよねぇ、折角お金出してもらって初めての街に滞在出来るなら気兼ねない所で過ごしたいよねぇ。

でもな、それが出来るのは雪に慣れている人だけだぞ。

だから一軒家を手配しなかったのだ。分かってくれ。

そんなか弱そうな体つきで不慣れな北部の冬はキツイぞ。

キミ達は作品と共に元気な姿で凱旋してくれたまえ。


と、いう訳で今年の冬は我が家に三人の画家が滞在する事となった。

その内の一人、レオさんはヴュルテンベルク辺境伯夫人に紹介された画家だ。


殆ど雪の降らない温暖な南の辺境伯領に比べ我が領地の冬は大変厳しいだろうに、その華奢な身体のどこに詰まっているんだというバイタリティ溢れる動きと常に溌剌とした物言いは、良い意味で私の中の画家イメージを壊してくれた。

寧ろ南部の人がそういう気質なのかもしれないが。

まぁ雪の中でも元気にはしゃいで走るわ、私の遊び相手になってくれるわ。

一緒に作った雪ウサギを見て大笑いされたのは良い思い出だ。

是非オリアーヌ達に伝えて欲しい。


残る二人は融資元の貴族家から紹介された画家である。

彼等は室内の方が好きなようで、図書室で領地の植生や動物のスケッチなどを興味深く見ているのが印象的だった。

ふとした折りに図書館で顔を合わせた際に少しだけ会話をしたのだが、特に一人は約一年前に発生した大雪崩について興味があるようであれこれ尋ねてきた。


「リーシャお嬢様、二階から見えた抉れた山肌と森の箇所が現場ですか?」

「森の木々がぽっかりと途切れている場所ですから判りやすいですよね」


外部の人から見ても遠目で分かる程、まだまだ災害の形跡は残っている。

今は雪が積もり、全体的に白くぼやけているものの違和感があるのは確かだ。


「実際に近くで見る事は出来るのですか?」

「近くで見るの?一面雪よ?」


調査隊だって今は街へ引き上げて研究やら検証やらしているらしいのに近くに行ってどうするのだろうか。芸術家の考える事は凡人には分からないものだな、等と思い首を傾げる私に彼は渇いた笑みを零して言葉を続けた。


「中々自然の脅威を肌で感じる機会も無いもので…不謹慎でしたね」

「夏であれば案内を付けられたでしょうけど、今は雪崩も怖いし近づかない方が良いと思います」

「そうですねぇ」


そうホイホイ雪崩が起きないように対策を間に合わせたのだが、何が起きるか分からないからこそ脅威なのである。

念の為とは言えもう一度近づかない方が良い事を彼に伝えておいたお陰か、今年の冬は特に雪崩に巻き込まれた報告もなく穏やかな時間が過ぎていった。


私は時折、仲良くなったレオさんの作品を眺めたりオリアーヌのようにバケツを覗き込んだりと邪魔をしながら、何とも貴族らしい芸術を嗜む冬を過ごした。

時折ギランお兄様も顔を出し、一緒に「この画角はあの地区辺りか?」「いやでもこの建物の角度からすると」など話たり、見慣れている街並みも画家の手に掛かりキャンパスに映し出されれば味わいが違う事を愉しんだ。


「絵にする際は目に映ったそのものを描かないのね」

「ええ、一応街並みや建物に関しては気を付けますよ」


精緻な筆遣いと調和のとれた色使いからはきっとそんな差異を気付けない。

普段から見ている私やギランお兄様だからこそ分かるくらいだ。


「ラン兄様、他の画家さんも同じなんですか?」

「貴族のお抱え画家だからな、そのあたりは承知しているとは思うが一応最初に伝えてあるぞ」


どの画家も貴族経由で紹介を受けている通り、普段その家から支援され作品を手掛け生計を立てている。

つまり貴族との関わり方や守るべきルールなども把握をしているのだ。

レオさんはヴュルテンベルク辺境伯のみに支援されていて活動も辺境伯領のみに留めているそうだが、他の二人は複数の家から支援をされているという事なので、その辺りの考慮もあってギランお兄様は各画家の作品を細かに確認しているのだろう。


気軽に冬のストラス領の魅力を伝えたい、などと言った張本人の私はそんな領主目線の危惧を全く考えていませんでした。

ごめんなさい、そしてありがとうございます。

なお彫刻家の方はギレムお兄様が交遊を持ち日々必要なものが無いかなどを確認してくれており、そちらは早々に何体も練習で雪像を作っては街のあちこちに設置して領民ともの仲も良好だそうだ。



やがて新年の賑わいが落ち着いた頃、いよいよ五人の芸術家たちの作品が街で領民に公開された。

メイン会場として闘技場で行われたこの催しでは、いつの間に作っていたんだと吃驚する程巨大、かつ精密な氷像も出品され、一時ストラス領に芸術の風を呼び吹かせる事となった。


というのも、触発された領民が街のあちこちに雪像を設置したのだ。

ある家の屋根には可愛らしい動物の雪像が並び、またある家の窓辺には住人家族を模したのであろう雪人形が飾られていた。

入り口には本物と見間違うような竜を置いた商店もありそこは人だかりが出来ていたのも面白い。

そんな一大ブームに乗っかるのが流石商売魂というか、売店の串すら可愛らしく色付けして「雪像の飾りにどうぞ!」なんて奇を衒ったものから、買い物のおまけに雪像飾り用の鮮やかな花をおまけしてくれる店もあったそうだ。

これぞストラス領の観光特化領民達である。

楽しもうという心意気が凄い。まずはやってやろうぜ精神が強い。

提案した私も良い意味で驚きの連続だった。


催しが終わり余韻も落ち着いた頃、芸術家たちはまだまだ雪が残る中、領民に惜しまれつつ各地へと戻っていった。

その荷には、雪像作品のスケッチや見事な街並みや催しに楽しむ人々の様子を描いた絵画だけでなく、ストラス領の冬籠りで作る木工の組木細工や暖かい毛織物などが積まれていた。

画家たちが支援元の貴族へ報告に上がる際、一緒に渡してもらうためだ。

この辺りの手配はお母様の手腕にお任せした。流石である。


相変わらず我が家は王都での社交とは疎遠であるため、向こうでどんな反応があったのか直に確認することは叶わない。

今年の春には修繕が終わる別荘も幾つかあるので夏の反応を楽しみにしておこう。



 雪が溶ければ今年もストラス領に短い春が来た。

日差しの暖かさに微睡む頃、私とお兄様達はまた一つ歳を重ねた。


私は七歳、お兄様達は十四歳となった。


早いもので再来年には、ギランお兄様もギレムお兄様も学院に通うため春先より王都で過ごす事となる。離れる日々へ心を準備しなければなぁとしんみり考えていたのも束の間、また私は領民に驚かされる事となった。



「お祭りですか!」

「ああそうさ、領主様に話を通したとは聞いていたのだけどねぇ」


今日もポニーで街を闊歩していたら行きつけの露店のおばさまが、近日に春の祭りがある事を教えてくれた。

私はすぐさま護衛をしていたエタンを振り返り「私聞いていないよ!」という気持ちを込めて見上げたのだが、恐らくその眼は喜びと興奮で輝いていた事だろう。


「領主様は御存じだと思われますが、主催ではありませんからね」

「という事は領民が主催なのね!」

「ええ、街の役人が手配している筈ですよ」


昨年の春は慰霊の気持ちを込め領主が主催したが、今回は趣旨が異なるようだ。


「去年のような厳かな雰囲気は出ないだろうけどさ、見送りの気持ちや前向きになろうって心意気から春祭りをしようってのはあるだろうね!」


闊達に大きなお腹を揺らして笑うおばさまの言葉に私はまた心が躍って、思わずぴょこぴょことその場で跳ねてしまった。

淑女教育には無い私なりの喜びの伝え方である。


「素敵!とっても素敵!ねぇおばさま!春祭りではどんな事をするの?!」

「男も女も、誰もが白樺で作った花を身に着けるってのは聞いたね」

「エタンは?何か聞いているの?」

「白樺で作った籠に花や食事を詰めて販売する、とか話してましたよ」

「ああ、ウチもやるよお嬢様!」

「わぁーー!!楽しみね!」


去年は白樺の樹皮で作った花飾りは籠に付けるものが多く、皆には行き渡らなかったが、今年は準備が出来ているようで男女隔てなく誰もが身に着けられる上に売店でも販売をするそうだ。

きっと恋人同士はまたひと手間加えて交換をするなど、いろいろな楽しみ方が生まれていくのだろうと考えると笑顔から顔が戻らない。

例え何時か祭りの起源が風化しようとも形として残れば良いなと心から願う。

寧ろその分岐点に関われた事が誇らしく、領民の心の美しさに感動する。


「エタン!私もお兄様達を誘って当日は祭りを楽しみたいわ!」

「ははは、喜ばれるでしょうね」

「こうなったら居ても立ってもいられない!邸に戻るわよ!

 おばさまっ!素敵なお話をありがとう!おばさまも春祭り楽しんでね!」

「ああ、お嬢様も是非楽しんで!」


非常に気持ちが悦び勇んでいたからか、ポニーも上機嫌で駈け足をとっていた。

常足や速足とは全く違い馬の背が大きく揺れたが全く気にならなかった。

自然と身体も後方にずれ、腰も動かして波に乗るのは心地良い。

実にポニーと私が一つになってギレムお兄様達の元へ向かうぞ!という気持ちに満ち溢れた至福の時間であった。

寧ろギレムお兄様の乗馬姿を良く見ていたからか、駈け足の方がやり方のイメージが強かったのもあるのだろう。

ただ止め方が分からなくて大変ではあった。

助かったぜエタン、私は人間に戻れなくなるところだった。


そんな一波乱もありながら、後日お兄様達と勇んで春祭りへ繰り出す事には無事成功した。


祭りで賑わう街で昨年お世話になった商会の人々との再会出来たのは嬉しいが、私よりも早く情報を掴んで観光に来た彼等の腕の確かさに嫉妬したし、レースで出来た花の髪飾りを二人に売りつけるその根性に感服した。

私も領民もそれくらいの商魂を育みたいものだ。

勿論私は髪飾りを買ってもらった訳だが。


代わりに私からはシャモアの小さな毛糸人形をそれぞれに贈った。

是非学院にも連れて行って欲しい。実に重い女である。


三人で両親へのお土産や、私はアロイーズとオリアーヌへの品も選ぶなど、久々に兄妹水入らずで過ごす最高のお祭りとなった。

春祭りは開放の春!物欲の春!最高である!!

何気に領民以外の観光客も来てくれてるのも嬉しいのである!

さぁ此処で私と同じようにお金をばら撒こうぜ!!



こうしてあっという間に楽しい春は過ぎたが、喜ばしい事に今年は双子も早めに来てくれたのだ!

ヴュルテンベルク辺境伯閣下ありがとうございます!ありがとうございます!!

ご挨拶の時の護衛にピピさんが居たのも私はちゃんと見つけております!

ピピさーん!私、駈け足まで出来るようになりましたよー!

まだあれから落ちるヘマはしておりませんが駈け足の時でも無傷で済む受け身を教えてくださーい!!


まだまだこうして今年も学びたい事がたくさん生まれ優先順位がごちゃごちゃになるのだが、何たって私の家族はしっかりしているのでその辺のスケジュール修正は完璧である。


そう、私は!ついに!

ギレムお兄様の指導の下、魔法へ触れる機会を得た!!




ストックが切れたので投稿間隔が不定期になります。

とりあえずあと四話前後、今月中に投稿したいので頑張ります。

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