16:六歳児の予感
ヴュルテンベルク辺境伯の護衛ピピさんの熱が入った受け身指導もあり、私は時間の取れたギレムお兄様が見守る中で初めてのポニー乗馬を果たした。
馬丁には悪いが手綱を握ってくれるのにギレムお兄様程安心できる人はいない!
私も、心なしかポニーもにっこにこである。
わーいわーい!!嬉しいなぁいつもと視界が違うけどギレムお兄様が傍にいて、時折振り返っては微笑んでくれるのめちゃくちゃに幸せだなー!安心するー!
こうして早々に私も双子の仲間入りを果たし、騎乗とは言え随分と大人数でゆっくりと東の物見塔見学にも行く事が出来た。
私も物見塔に行くのは初めてなのでわくわくしていたのだが、その勢いはみるみるうちに萎んだ。
エレベーターが欲しいと願う程には階段が凄かったのだ。
我が邸だって三階建てなので平民に比べれば階段には慣れている筈なのだが、段数が比べ物にもならない。
いつぞやに登った神社仏閣の石階段のように段数が多いだけで景色が変わるのなら私は耐えられただろうけれど、塔であるからぐるぐると心を虚無にさせる螺旋階段だ。
お察しの通り窓も少なく景色も変わり映えが無い。そもそも窓が小さい。
早々に飽き始めた私と打って変わって、オリアーヌとアロイーズは流石辺境伯領の城で慣れているのだろう、すいすいと「そういうものだ」と理解して階段を上ってゆく。
ああ…覚悟が足りていなかったのは私だけなのか。
道理で東の物見塔へ行きたいとお父様に話した時、「リーシャは大丈夫か?」と心配された訳だと今更腑に落ちたところで階段が無くなる訳じゃない。
因みに今日はお兄様達も居ない。
居たとしても、私だけ抱っこされるのも嫌だしお兄様達だってこの階段はキツイだろうから断固拒否して自力で上がる一択なのだが。
心の励みが足りない!エタンじゃ足りないよぉ!
お兄様方ぁ!邸から私への応援を飛ばしてくれぇ!妹は絶賛!全力で階段(物理的な意味で)を上っております!
「わ…っ!」
「凄い、凄い!!」
「綺麗…!」
最上階に到着し、用意されていた踏み台に上った途端視界が開ける。
ずっと冷たい石造りばかり見ていたからこそ、心の動きは一際だった。
意外にもオリアーヌよりもアロイーズの方が興奮していおり、飛び跳ねる彼が落ちないように護衛がそっと肩に手を置いていたくらいだ。
まるで武術大会の私である。
しかしそれも納得できる程、邸から見える景色よりもぐんと広い視界は、それこそ領からも街からも出た事の無い私には圧倒的だった。
色とりどりの家屋が大通りに沿い区画を考えて並び、更にその奥には緑生い茂る森の中に点在する青い湖の煌めきや何処までも伸びる街道や点在する農地と小さな街が見渡せた。
こんなに見晴らしの良い高い塔に居るというのに、それよりも遥かに高く雄大に聳える山並みは畏怖を覚える程静かでありながらもどこか優しい印象を与えるのだから不思議だ。
吹き下ろす風が、階段で息が上がり紅潮する頬を撫で冷やす。
所々を遠く山並が地平線を縁取るものの、思った以上に開けた景色を見ると思わず息を大きく吸い込みたくなる。
「あっちが僕らの通った街道だよ!ほらオーリ、あそこ、泊まった街だ!」
「上から見て良く分かるわねアロ」
「あの街には大きな教会があったからね!尖塔が見えるだろ?」
「んんー?」
アロイーズの指さす方を目を眇めてオリアーヌが見つめるが、青空の中に白系の細い建物はどうも見づらいようで首を傾げていた。
なお私には六本尖塔が見えるぞ。
それだけの尖塔を抱えるなど、本当に大きい教会のようだ。
我が領内にそんなところはない記憶があるので隣領かな。
「アロ、そこは隣領の街?」
「そうだよ!今年は去年とは違う経路で来たんだ」
「途中で野営もしたのよ!」
「えー!!野営!?大変だったね!」
それは驚きだ。
こんな小さい子どもに野営させるなんて本当辺境伯家の教育は凄まじい。
私の反応を見て何故かオリアーヌがちょっと眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる。
「オーリ?」
「…リーシャも野営が大変だって分かっているのね」
「アロ?」
オリアーヌのぼやきの意味を説明してくれとアロイーズを見れば、彼は少しだけ気まずそうに重い口を開いた。
「…オーリは、その…もっとピクニックみたいなものを想像していたみたいでさ」
「まぁ私達が森の中に行くなんてそれくらいだもの」
「でしょう?!お風呂も入れないなんて知らないわよ!」
理由がとても女子だ。
六歳児と謂えども立派に女の子しているオリアーヌが可愛い。
それにしても野営のイメージが沸かないまま夜を迎えたのなら、いろいろと予想と違いがあり身体の疲れだけではなく心労も溜まった事だろうに。
辺境伯ご夫妻も一緒だったとは言え苦い思い出になったようだ。
思い出しているのであろうオリアーヌの顔は少し顰め面だ。
「馬車での移動とは言え、この時期はお風呂入りたいよねぇ」
「そうなの!洗えないって知っていたら髪型だって考えて変えたのに!」
「それでもオーリは桶でお湯貰って落とせたじゃないか」
「もー!アロはそういうところがまだまだ紳士じゃないのよ!」
「あははははっ!」
先日とは打って変わって今度はオリアーヌが、「これだから男子はお子ちゃまなのよね!」ムーブをかましているのがとても可愛い。
日頃から指摘されているのかアロイーズはちょっと口を尖らせて拗ねているのもこれまたとても可愛い。
天使が天使過ぎる!なんだこの可愛さ!
「笑わないでよリーシャ」
「ごめんごめん、この中じゃ紳士淑女教育が一番身に付いてるのはオーリだねぇ。
アロも私と一緒にもっと頑張ろうね!」
「う、うん」
何故そこで目を逸らすのだアロイーズよ。
私は淑女なので言及はしないが、事と次第に因ってはずっと覚えているからな覚悟しろ。
それにしても、ヴュルテンベルク辺境伯はストラス領への道を毎年変えているのは何故だろうか。
今年彼等が隣領から使った街道は、主要街道よりも細く森も多い。
途中の街も少ないので一気に抜けないと大変だったろうに。
初日に来た時はそう遅くない時間だったので、大分早朝に出立したと考えればまだまだ双子天使には辛い行程だったかもしれない。
うーん、辺境伯家は実にスパルタである。
様々な経験を、折を見て子供たちにさせる姿勢が凄い。
(私が初めて遠出するのはお兄様達の学院入学の時かなぁ)
ぼんやりとそんな事を考えながら、どこまでも伸びる街道を見ていた。
帰りの下り階段の地獄などすっかり忘れていたのは言うまでもない。
どうやら乗馬はアロイーズよりオリアーヌの方が好きなのでは?と思い始めたのは、何度目かになる庭の林散策をポニーに乗って楽しんだ後の事だ。
「綺麗な木々の中を進ませるのは心地良いわね!」
今日もオリアーヌのリクエストで午前中から乗馬訓練だ。
乗馬服が随分様になる彼女の屈託ない笑みを見ていると私まで笑顔になる。
可愛いしとても綺麗だ。何とも品がある、六歳児なのにな。
これが生まれ持った美貌と血筋が成すものなのか。
私は転生しても得られなかったやつである。
「領地ではどんなところを走らせているの?」
「平野が殆どだよ」
「たまーに森に入るけれど、まだまだ速歩は怖いのよねぇ」
成程、辺境伯領はもっと開けた場所が多いようだ。
それに森の中と謂えども、恐らく私達が遊びに行った先や我が邸の庭よりもっと人の手が入っていない、それこそ倒木や木々の根があちらこちらに張り出して獣道すら分からないような具合だろう。
二人は、邸の庭の林なら難なく速歩でポニーを駆けさせられる。
私はというとまだ常歩しか許されていない。
調子に乗って速歩をしたら二度ほど落ちたからである。
体幹云々より身体が軽すぎてポーンと吹っ飛んだ。
初めて投げ出された時は恐怖よりも驚きの方が強く、「わー」と自分でも間抜けだなと思う声を上げて茂みに落ちてそのまま斜面をころころ転がり落ちた。
受け身の訓練していて良かった。茂みもありがとう。
これには周囲の方が慌てていたのだが、けろっとしている私を見て何かをエタンは悟った顔をしていたのが印象的だった。
懲りずに『慣れるより慣れろ』精神で間髪入れず速歩し、再びフッ飛ばされた時は流石に彼にも止められたが。
護衛対象が無鉄砲だと大変だねエタン。
だが痛い目を見ないと私は覚えない性質なのだよ。多分。
私も二人みたいにかっこよく速歩したいというのもあるけど。
ここ最近はこの様に午前中の淑女教育を削って乗馬レッスン三昧である為、お母様が物言いたげな眼をしているが双子と遊べるのは期間限定なのでどうか大目に見て欲しい。
というか二人が来ている間、淑女教育はお休みしたって良いじゃないか!
オリアーヌとアロイーズだってやっていないのだから!
そう文句を垂れたら垂れたで、絶対に双子を巻き込む事になるのが目に見えている私は敢えて口にしないずるい大人なのである。
その代わりと言っては何だが、領外へ売り出す民芸品について双子の意見をもらったり、図書室では新たに商品価値があるものが無いかと一生懸命探している。
ただ、オリアーヌもアロイーズもそれぞれ興味がある本、特にオリアーヌはお母様が私の教育用にと最近買い足した恋物語に夢中なので話し掛けても聞いてもらえないが。
流石女子である。
私はまだまだそちらには食指が動かないよ。
アロイーズが読む英雄譚の方が幾分か興味あるものなぁ。
ま、私は二人と違い冬などに時間を取って読めるので。
忘れなければ読んでおこう。
今年からは昼寝の時間も隔日となり活動時間が伸びた割に体力は追いついていないのか、未だ午後の武術訓練後は三人で白目を剥く。
私としてはこれこそ淑女教育で是正すべきものだと思うのだが、そんな遊び疲れている子供たちを見て我が家族は一日の疲れを癒されているかのようにほっこり笑っているので暫くは放置されるだろう。
今までよりお兄様方も忙しくしているから、一緒に遊ぶ時間も少ないのを気にしていらっしゃるようだ。
でも相変わらず六歳児達が元気いっぱいに毎日精魂尽き果てるまで遊んでいるのを見るのは安心するのだろうな。
安心の仕方がちょっと特殊過ぎて私には良く分からないが。
今年の夏も実にストラス伯爵家は平和である。
今年も、である。あれは私の中では記憶から消した。
そうした穏やかな日々が順調に過ぎ、もう夏も終わりかとポニーを速歩で走らせた風で感じていた頃だ。
珍しい事に、まだ双子が帰る時期でも無いのにヴュルテンベルク辺境伯閣下が邸をご訪問された。
私達との顔合わせもそこそこに、現在閣下はお父様やお兄様達と執務室側の応接間で話をされていらっしゃる。
久し振りに父親と顔を合わせられたのに短い時間しか会話出来ず、双子はちょっとしょんぼりしている。
夫人が邸を訪れる時は一緒にお茶会をしてくれる。
それと比べてしまうのも仕方が無い事だが、まぁわざわざ閣下が邸に出向いてまでお話する事となれば内容の重要度も高いのだろう。
私は二人付きの護衛を見上げ、閣下のこの後のご予定を尋ねた。
しかし彼も詳しくは伝えられていないのか、はっきりとした事は分からなかった。
「ラン兄様みたいに手合わせしてもらえる時間とか難しいのかしら?」
折角、避暑中も一生懸命武術訓練をしているのだ。
その成果をお父さんに見てもらえば良いのにな、と思い零した私の言葉に意外にも双子が首を振った。
「領に戻ったらで十分よ」
「父上の指導はうんと厳しいから…」
「そ、そっか」
ギランお兄様はとても楽しそうだったらしいが親子となると遠慮がないのか、それとも嫡男嫡女だからこそ熱が入った指導になってしまうのだろうか。
ただ、実演を見た事のない私には分からないものがある事だけは二人の様子から感じることは出来た。
「でも閣下ともっとお話したいでしょう?」
「それはそうだけど」
「なら『少しでもお茶をご一緒しませんか?』って招待状を書こうよ!」
邸内に居る相手にわざわざ招待状など書かないが、それはそれだ。
少しでも何かした方が気が紛れるだろうし、双子からの誘いの手紙などそれこそ閣下は貰った事など無いだろう。
私も自分のお父様に書いた事はない。
そっと顔を上げて見合わせるアロイーズとオリアーヌへ私は殊更楽しそうな笑顔を浮かべて見せ、マノンに私室から招待状用の文箱を持ってくるようにお願いする。
「言われてみればお父様に招待状、書いた事無かったわ」
「母様には練習で送った事はあるけど」
「じゃあとても新鮮でしょうね!思わず来てくれるかもしれない!」
どんな誘いの文面にしようかとあれこれ話している内にマノンが戻って来た。
私が普段使う物の為、やや少女チックなデザインが多いが比較的シンプルな物を選んで二人それぞれに渡して書いてもらう。
「連名にしないの?」
「それも良いね!もう一人はどんなお話がしたいのかとか気持ちを綴っても素敵」
「オーリ、僕が誘いの文を書くよ」
「そう?じゃあ私は領に戻ってからの誘いを書こうかしら!」
オリアーヌが天才である。
なんだその父親泣かせな可愛い娘のお手紙は!
ぐぅ羨ましい…この天使達から私もお誘いが是非欲しい…!
その想いを滾らせた私も筆を握り、せっせと二人へ向けてのお茶会お誘いの文をしたためていたら笑われた。
でもちゃんと喜んで受け取ってくれたので嬉しい。
私主催でお茶会を改めて開くのも淑女教育の練習になるし丁度良いかもしれないなと考えつつ、閣下達の話し合いが終わった旨を使用人から教えられた私達は応接間へ向かった。
「どうした」
「父上、こちらをどうぞ」
「む?」
アロイーズが差し出した封筒を執事経由で受け取ると、少しこわごわとした様子を見せながら閣下はその大きな手で慎重に封を切る。
一つ一つのその仕草をオリアーヌもアロイーズと並び嬉しそうに見ていた。
「ほぉ、これはこれは…嬉しい誘いだ」
ゆるりと鋭眼を緩めた閣下が背後の執事に手紙を見せれば、辺境伯付きの執事も嬉しそうに頷き返した。
どうやら予定を調整してくれるようだ。
巌のような身体がすっと立ち上がり、胸元に手を当て軽い会釈をすると一気に軍人から貴族の貌へとなる。
動きの一つ一つが品があり上等な獣のようなしなやかさがある。
「是非招待されよう、ありがとう三人共」
「はいっ!」
「ふふふ、私からのお手紙も後程お渡ししますわ!お父様!」
「オーリからもあるのか、それは楽しみだな」
双子の連名かと思いきや私も含まれていたらしい。
本当にこの天使達は可愛らしい。なんて気遣い。
そうだね我々は三つ子だもんな!嬉しい!
眼前で繰り広げられる微笑ましい三人の親子交流をにこにこと笑顔で眺める私にお父様からの視線が刺さるが敢えて気にしない事とする。
今回は閣下だけをご招待だ。
お父様も居た方が閣下は良いかもしれないが、双子が気兼ねなく時間を過ごせる事を優先させて頂きますよ。
ごめんねお父様。
「…お父様」
「!」
「お兄様方にも休憩を差し上げてくださいな」
「あ、ああ…」
私は淑女教育で身に着けた笑みを顔に浮かべ小首を傾げて見せた。
招待状、無いものは無いのですよお父様。
お兄様達には練習で付き合ってもらった事が何度かあるけど。
肩を落とすお父様を見て、相席していたお兄様達がくすくすと笑みを漏らす。
「父上、僕達もお茶をしましょう」
「ここのところ仕事の話ばかりでしたからね、学院のお話が聞きたいです」
ギレムお兄様とギランお兄様がお父様に優しく声を掛ける。
いい息子達だ、本当に優しくて温かくて素敵。
お父様も嬉しそうに頷いて家令を見上げ、男同士のお茶会の準備を指示する。
一方私達は先程のお茶会室へ戻り、閣下を持て成す茶会を開いた。
と、言っても何だか家族のお茶会のように緩やかな空気で笑い声が絶えない明るく気兼ねない時間だ。
特に双子が嬉しそうに閣下の両隣りに座り、ストラス邸滞在中にした事をあれこれと語り始める。
「ストラス領の馬をお父様も見ました?」
「我が領の馬と体格が全く違うのですよ!」
「そうだな、我が領は荷馬でもあそこまで大きい種は飼育していないな」
「馬の種類で体格があんなに変わるものだと驚きましたし、僕も何時かストラス領の馬にも乗ってみたいです!」
「ははは、立派な馬に負けないようにアロも体格や技術をしっかり学ばないとな」
「はい!楽しみです!」
「我が領では飼育は難しいのです?」
オリアーヌはヴュルテンベルク辺境伯領での飼育も視野に入れているようだ。
交配が少し進んだ種なら南でも十分荷馬や軍馬として活躍できるだろう。
私はそう思うのだが、閣下はどう判断されるだろうか。
ストラス領の輓用馬についてを思い出しながら飼育について話す閣下の様子からはそこまでは見えないけれど、もし検討してくれるのなら此方としては嬉しい。
お父様やギレムお兄様にもお伝えしておこう!
私とても淑女している!情報収集しているよ!むふん!
「それこそリーシャ嬢はストラス領の馬ではなく、南の馬の方が合いそうだが」
「ポニーにですら力負けしているのが現状ですからね。
ヴュルテンベルク辺境伯領で主流の馬はもっと小柄で早いと聞いておりますし、是非機会があれば相性を確かめてみたいところです」
「リーシャはポニーを速歩したら投げ飛ばされたのよ!こう、ポーンって!」
「投げ飛ばされた…」
「あれ、リーシャも飛ぶなって分かってた?」
森での衝撃的シーンを興奮気味に話すオリアーヌに閣下も言葉が少なくなり、その様子が先日の夫人の様子に重なりなんとも可愛らしい。
そしてアロイーズは流石鋭い。
当時の私の状況を思い出して気付いた事をそろりと尋ねて来た。
「何となくは。だから滞空に切り替えられたし」
「はぁ…分かっててアレだったのか」
アロイーズもオリアーヌもどこか呆れた面持ちをして私の顔を見る。
なんか時折こういう顔するよね、二人。
「ピピ殿に教えて頂いた受け身を早速実践出来ましたよ」
「ふっ、聞いておるよ。身を守る力になったのなら幸いだ」
「ええもう本当に助かりました。ピピ殿も随分身軽そうですし、とても分かりやすい指導をしてくださいました」
閣下は優しい目で微笑み、何度も頷く。
ああ、私が知らない顔つきの閣下だ。
きっとこの表情が彼の領で見せる顔なのかもしれない。
威厳の中に温かさと強さがある姿は、身体の大きさもあり安心感が凄い。
「乗馬に慣れれば脚への力具合も把握し、技術も伸びるであろうな」
「最初は筋肉痛が酷かったです」
「アロもオーリもそれは同じだった」
低く喉を鳴らし、懐かしそうに閣下が視線を落として茶を口にする。
辺境伯領で過ごす二人の姿はどんな様子なのだろうか。
この邸でよりものびのびと過ごしているのだろうかと思えば、是非見てみたいし私も一緒に混ざりたい気持ちが強くなる。
三人で宏大な地を馬で駆けてみたいし、鬱蒼とした森も探検してみたい。
城、と称される程の自宅も冒険してみたいが塔は遠慮したい。
もう暫く階段はいい。体力を付けなければ物見塔以上の高さは無理だ。
緩やかな時間は瞬く間に過ぎ去り、閣下との初めてのお茶会は恙無く閉められた。
玄関ホールまでお見送りをした双子はいつまでも嬉しそうにしていた。
今年もストラス領に居る間の大半は我が邸で過ごすのだろうけれども、偶には辺境伯夫妻もお招きし、親子で避暑らしい遊びも計画出来たらなと密かに考えつつ、結局それ以降も邸の外へ出る機会は今年訪れなかった。
と、言うのも双子の帰郷が予定より早まったからである。
閣下がご訪問され、双子とお茶会を開いた日の夜だった。
私は家族用の談話室で夕食後に家族だけで話があるとお父様から声を掛けられ、双子をそれぞれの部屋まで見送った後、遅れながら談話室へ出向いた。
既にソファーには両親、お兄様達が座っており、私は定位置となっているお兄様達の間に笑顔で腰掛けた。
普通、末子は末席に座るべきなんだろうけれどな。
我が家はまだ私を甘やかしてくれるので喜んでお兄様達に挟まれる。
うふー!幸せな空間!
「さて、ギランとギレムは日中にも聞いた話だが付き合ってくれ」
「ええ勿論」
ギランお兄様もギレムお兄様もお父様の言葉に頷き、続きを促す。
日中に閣下のご訪問があった事をお母様も知っているのであろう、少し緊張した面持ちで隣のお父様の横顔を見つめていた。
「実は夏前、貴族の別荘地区画に程近い被害地域を確認していた際にな、恐らく鉱脈らしきものがあるという報告を受けている」
「鉱脈?我が領でですか…」
「お父様!金ですか!」
「金だったら大事だなぁ」
私の息巻いた言葉にお父様が苦笑を零す。
僅かながらでも金が算出されるのならそれこそ国案件だが、その収益は我が領にも入ってくるので財政難な我が家にはありがたい話なのだ。
寧ろ国が主体となり管理してくれるので開発や掘削に掛かる費用も幾分か国庫で負担してくれるのは最高である。
借金しなくていい!
しかしお父様の反応から見ると金鉱脈では無い様だ。
雪崩で露出した程度で金が出るのか、それ意外ならどんな資源が産出されるのか私には分からないので皆目見当がつかない。
それを含めた視線でギランお兄様とギレムお兄様を交互に見上げるが、お父様の話を聞きなさいと頭を前に左右から手で押さえられ向けられる。
はーい、お父様のお話聞きますー。
「鉱石を含むであろう露頭が見つかっただけだからな、まだ調査段階だ」
「ではまだ鉱脈があると確定ではないのですね」
「開発してみないと埋蔵量含め分からないところだな」
夏前から見つかっていたのも驚きだが、調査段階としつつもこうして情報を開示したという事はある程度明らかになった部分やこれからの計画着手を視野に入れているのだろう。
「何の鉱脈かは見当がついているのです?」
「銀だ」
わぁー金や硫黄よりは物騒じゃない雰囲気あるけど、どちらにせよ大事な気がするのは私だけだろうか。
まだマイナーな宝石の方が良かったよ。
というか銀だけじゃなくて他も含んでるんでしょ。
怖いぞ、この話怖いぞ。
前世の社会科見学で見た覚えがあるぞ。
「秋にはもう少し詳しい話が出来ると思うし、国には一報を上げている」
「返答は?」
「開発の方向だな。
ただ、国の補助は少ないので共同出資先を募り、当家の事業とする計画だ」
財政の先行きが明るくない我が家が旗印になったところで、銀鉱脈ごと乗っ取られる未来しか浮かばないのだが大丈夫なのか。
鉱脈云々の話もお察しの通りふわっとご都合主義しております。




