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パドマの箱庭  作者: 菌床
一章:蕾の香りも知らず
14/28

14:六歳児の武術大会


「リーシャ、何がいけなかったのか分かりますね」


「はい…」

「私にも相談していない内容を貴女が直接、辺境伯夫人にお話ししました。

 あの御方がお優しいから耳を傾けて下さいましたが、余りにも無礼ですよ」

「申し訳ございません…」

「例え家族内で詰めた内容だとしても、貴女から辺境伯夫人へ持ちかけるべき話でもありません」

「その通りでした…」


誠に浅はかでした。


「誰かに話しを持ちかける場合は、まず家族に話をしなさい。

 頼む相手によってはリーシャに話してもらうべきかも私達が相談に乗ります。

 一人で動こうとする必要はありませんよ、頼っていいのです」

「はい…ありがとうございます、お母様…」

「貴女が領を思って提案した事なのですから無碍になどしません。

 怖がる必要は無かったのに、どうして私達にお話するのが遅れたの?」

「……忘れて、おりました…」

「………そう…」


お母様ががっくりと肩を落とした。

家族専用のお茶会室だからね、ちょっとくらい素が出ても良いよね。

今、まさに淑女教育のお説教真っ只中だけどね、脱力しちゃう程の私のうっかり具合ですね。


かと言って話す機会を図り直す事をしなかったのは私だ。

ペロ滑りの勢いのまま、いっかーで済ませてしまったのも私だ。

この私の迂闊さよ。

痛い目みたばかりなのにおしゃべりなのがな、三つ子の時から変わりません。


冬にあれこれと自分の考えに耳を傾けてもらい、領主一族として采配を多少なりと振るえた。

ベルトランも修正を加えながら頭ごなしに否定しないでやらせる方向を採ってくれていたのも大きいのだろう。

人のせいにする。

でも増長していた自覚はしっかりとあるので反省はします。

おかしいな…私の意識、本当に成人女性か?迂闊過ぎないか?

いやまぁ、六歳児相当の考え無しではあるんだが。

うん、こうして年齢に逃げているのがいけないのだな、いかんいかん。


しっかりせねば!としょんぼり顔からキリっと表情を改めた私を、お母様がお疲れながらも優しい眼差しで見つめてくれている。

このまま万能感を歪んだまま伸ばしてしまったら例のアレになってしまう。

反面教師だ、私はああはなりたくない!


「お母様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。

 不勉強を恥じ、今後も淑女教育に身を入れ学びを深めて参ります」

「ええ…一緒に頑張りましょう」

「はいっ」

「明日の淑女教育は私も参観しますからね」

「はい…」


なんてこった。

この展開は予想していなかったぜ…目の輝きが失われていくのが分かる。


ヴュルテンベルク辺境伯の双子達が、武術大会終了まで別荘に滞在する事になったのは私のやらかしのせいではないと思いたい、信じたい。

こんな!こんな仕打ちって!ある?!!

どんだけ楽しみにしていたか!あれこれ話したい事だってめちゃくちゃあるのに!


しかも今回は邸の中ではなくて、街や領民に関するお話なのだ。

絶対に「私達も街へ行ってみたい!」の流れじゃないか!行こうぜ!

私もたくさん顔見知りが出来たのだ。

つまり外界に「私達実は三つ子でーす!」とお披露目する機会なのだ!!

世間の目を味方に付けろ!認識を誘導せよ!而して嘘は誠となろう!

これぞ淑女教育の賜物です!



「成程ね、冬の観光誘致かぁ」

「レムお兄様はどんな視点があるとお考えでしょうか?」


とまぁ目論見つつ、今私はギレムお兄様と絶賛お庭でお茶会中である。

少し離れたところでは武術大会に向けてギランお兄様が猛特訓をしている。


そう!今年はギランお兄様も少年の部で参加するのだ!

少年の部の参加可能年齢は十三歳から十八歳まで。

以降は群雄割拠となる青年の部に投げ込まれる形となっている。

因みに少女の部もある。性別で分かれているのだ。


ギランお兄様の腕前を私は不安視していない。

年齢は部内でも最年少になるが、日頃の鍛錬のお陰か体幹もしっかりしている。

お腹も割れているんだよ!すごいかっこいい!

ちょっとだけ見せてくれた時居合わせた若いメイドが頬を染めてガン見していた。

若様の肉体美、垂涎しちゃうよねー。


先日のヴュルテンベルク辺境伯閣下ご訪問の際に、念願の手合わせ時間も頂けたらしい!

良かったね!!ギランお兄様!!ずっと心待ちにしていたものね!

なおその喜ばしい瞬間を私は見ていない。

何故ならお母様からお説教されていた時間だったからだ。

すごい、効いた。


手合わせを見ていたアロイーズやオリアーヌは物凄い興奮して、如何に閣下がかっこよかったのかとかギランお兄様の凛々しさが素敵だったのかをこれでもかと話していた。

彼等は純粋に、とても真っ白な心で、見れなかった私へ伝えてくれているのだろうけれど、めちゃくちゃとんでもなく暴れ出したい程羨ましい自慢にしか聞こえなかった私の卑屈さを許して欲しい。

見たかったよう!!なんで!!お母様!!!なんで!!!!ぐぅ!!


なので今こうしてギランお兄様の猛特訓を見に来ているのである。

ギランお兄様成分を摂取しないと私は朽ちてしまう。

後でまた腹筋見せてもらおうかな。


なおギレムお兄様は部門参加はしないものの、開会式の奉納としてギランお兄様と一緒に剣舞をする予定となっているのである。

あーもー楽しみが凄い!

ギレムお兄様はあまり積極的に鍛錬しないが武術はちゃんと習っているのだ。

どちらかというと馬術の方がお好きだ。


我が領で繁殖している馬は、それこそ輓用馬である。

絵画などでよく見るサラブレッドなんかより足が短くて大きく、胴が長い。

蹄周りの太さも全然違っていて、走る度に力強い振動が身体を揺らすのだ。

気性も穏やかなので農耕にも適しているが、馬車に負けない体格が私はかっこよくて好きだ。

大の大人が跨っても馬が乗られている感じじゃない!大きくて重量感のある馬だ!

でもお父様のようにどっしり威厳を持った人が乗ると途端にまた絵になる重厚さが漂うのがめちゃくちゃにカッコいいのである。


ギレムお兄様の繊細なお顔立ちならサラブレッドも大変お似合いだが、重低音を響かせて走らせるお姿はこれまた人馬一体を体現しているように軽やかで、それこそまさに神話のよう。

私もそろそろ乗馬を習いたいところである。ポニーから始めよう。

もー周りが皆嗜むものがかっこよく見えてやりたくなって困ってしまう。

目移りばかりしてしまう!魔法だってまだなのにな!


「雪がどうしても流通を妨げるからね。

 領内で完結させるような消費活動を考えてはダメなのかい?」


話を戻そう。

そう、冬の観光客誘致の話である。


「強いて言えば外からの資金が欲しいのです」

「人流は資金確保の際たるものだからね」


人が動けば、宿泊施設の建設やそこでの働き口、関係商会の売り上げなど、様々な業種も携わりお金が動くのは前世も現世も同じである。

それを円滑にするために街道などの整備や巡回による治安強化など、私達がすべき事も多いが。


「暫くは別荘再建で街の収入は上がるでしょうけれども」

「上がり切る頃には今度は我が家が大変だからねぇ…」

「税とは別に、我が家が直接収入となるものも欲しいと考えております」

「観光で人を呼ぶのは目的ではない?」

「いえ、目的はそうですが、至るまでの手段にも価値があるかと。

 それこそ流動に必要な足の提供を斡旋するなどです」


冬の移動が大変なのはそれこそ我が家、我が領民は身に染みて分かっている。

況や他領地の貴族ならもっと大変であろう。

そこで冬の移動技術のある我らが街道移動を、ゆくゆくは定期便を出すのだ。

斡旋した者が街道を進むなら除雪の頃合いもいち早く把握し、対応が出来る。

費用対効果は少し低いだろうけれど、領に連れてきてしまえばこっちのもんである。

そこで消費活動をしてもらえば良いのだ。


「ふむ…業者の買い上げはせずに出資という形にはなりそうだけど、そうだね足があれば動く人はいるだろうね」

「それが安全であれば猶更価値はあるものかと私は思います」

「相場調査と回収計画まで仕上げた後、の提案にはなりそうだけど一考の価値はあるね」

「試験運用として今年の冬にお招きする芸術家をお運びしては?」

「ふふ、頑張ってみよう」


ギレムお兄様の方が断然、領の財政を把握している。

私はまだまだ、数年後までの見通しを持って領を治める者らしい視点は足りないが、こうして話を聞いてもらって、生かしてもらえれば良いなと諦めない心が大事なのだ。

そしてそれを聞いてくれる家族に恵まれている事に、何よりも感謝しなければならない。


「難しい話か?」

「ラン兄様!お疲れ様です!」


鍛錬が一息ついたのか、汗を拭ったタオルを侍従に渡しながらギランお兄様がお茶会の席に腰を下ろす。

すぐさま丁度いい温度の紅茶がギランお兄様の前に供される。

それを口にして息を吐き出し、肩の力を抜く。


「訓練終わりは気楽な話が良いんだが」

「じゃあ!じゃあ!まずランお兄様のお腹を見せてください!」

「まずってなんだよ、まずって」


笑いながらも、私にだけ見えるようにそっとお腹を捲ってくれた。

そうだねメイドには刺激が強すぎたからね。セクシー!

私は小さな手でぺたぺたとその硬さと温かさを堪能する。

んっふー!ギランお兄様はお腹までかっこいい!!


「私もいつかこのようになりたいです!」

「はははっリーシャが?リーシャはそのままで充分かっこいいよ」

「ぷにぷに腹のままでな」

「まっ!ラン兄様、淑女に向かってそのようなお言葉!」

「悪かった悪かった、ほらおいで」


両手を脇に差し込まれ持ち上げられるままギランお兄様の片膝に座る。

六歳児になってもまだまだお膝を許して下さるのです!嬉しい!大好き!


「ラン兄様が大好きなので許して差し上げます!」

「懐柔されるのが早い」

「ハハッ、ほらリーシャ、次はレムの膝だ」

「んっふふふ!」


抱き上げられ運ばれ、今度はギレムお兄様の膝の上に下ろされた。

優しく頭を撫でてくれるその手をぷにぷにお腹に誘導する。

背後でめちゃくちゃギレムお兄様が笑っていた。

ぷにぷにでかっこいいお腹でしょう?


「今はこのかっこよさですが、私がお二人と同じ年頃になったらきっともっとかっこいいお腹にしてみせますよ!」

「リーシャが十三歳の頃にはぷにぷにお腹じゃないのか…寂しいなぁ」

「リーシャ、俺達の触る楽しみを残しておけ」

「十三歳でもぷにぷにされるのです?!」

「するさ、なぁレム」

「するだろうねぇ」


ぎゅうとギレムお兄様が私を抱き締め、傍で立っているギランお兄様が頭を撫でてくれる。

こんな幸せな宣告は是非実行してもらわなければ!

十二歳に馬車事故で死ぬなど、断固回避するのだ!忘れてたけど!




 見事な青空の下で、あの見事な刺繍を施された飾り布が披露目された。

話を聞いていたのであろう領民達も遠くから、また近くから何度もそれを見上げては嬉しそうに笑っている姿に私も胸が誇らしさでいっぱいになる。

飾り布のお礼をした際に、避難所の人々にも観覧のお誘いをしてある。

ちらほらと見た事のある顔があって思わず手を振れば、皆控えめながらも嬉しそうに返してくれた。


まだすべての領民向け家屋が再建された訳じゃない。

でも避難所での厳しい冬を乗り越えた彼等は、待ち侘びた春を越えて夏の盛りを楽しめる。

その心持ちが何よりも嬉しかった。

秋が来る頃にはきっと避難所も閉じる事ができるだろう。


領民達の期待と笑顔で幕を開けた武術大会。

お父様のお言葉もそこそこに、以前春の慰霊祭で纏った衣服に手を加えたような真っ白な袖の長い衣装に着替えたお兄様達が舞台に上がり一礼をする。

その手にはそれぞれ、邸に収められていた優美な宝剣が握られており、胸の前で構えればシャンと玲瓏な音が静まった会場に響いた。


ゆったりと袖を揺らし、まるで映し鏡のように揃った動きで舞い始める。

上げる腕の角度も高さもピタリと同じ。

動き出すタイミングも揃っているのは何とも双子だからこその繋がりを感じさせる。

やがて横並びの陣形から対峙するように向かい合い、そこで二人が少しだけ頬を緩ませて笑うのだ。

楽しそう!もう!かっこ良すぎるこの絵面!最高!

家令よ!!この姿の絵を是非描いてくれ!目に焼き付けて欲しい!


制止は長く無く、二人は視線を絡めながら互いの宝剣を交差させるように、打ち合う寸前で止めては離し、振っては軽やかに袖を靡かせた。

舞台袖で奏でられる音楽も相俟って本当に美しい舞いだった。

練習するのを見てはいたが、衣装や舞台も相俟ってまた格別である。


舞い終えると二人はきちりと美しい一礼をし、会場は爆発したような歓声が方々から上がる。

多くの領民や、観戦に来ていた貴族でさえも立ち上がり二人の雄姿を讃えた。

勿論私も立ち上がってめちゃくちゃ手を叩いたし叫んだ。

かっこ良すぎて本当、もう、感動の嵐が止まない!

武術大会のクライマックスって今なのでは?!


「素晴らしかったです!!感動いたしました!!」

「おう、ありがとなー」

「頑張って良かったよ」


着替えて領主一家の観覧席に戻ってきた二人に飛びつきながら、興奮冷めやらぬ様子で喜び飛び跳ねる私をギレムお兄様が受け止めて抱き上げてくれた。

ギランお兄様も私の頭をわしわしと撫でて笑顔を零す。

んーー!本当っかっこよかったです!!そして幸せです!!


「見事だったぞ、ギラン、ギレム」

「ええもう、私も夢心地で見てましたよ」

「ありがとうございます」

「光栄です」


お父様お母様からの言葉に双子もはにかむ。

嬉しそうでかわいいー!もっと褒めてあげてお父様お母様ー!

きっと邸に戻ったらまた褒め倒すんだろうね!ふふふ私は分かる。


暫くするとギランお兄様は試合の為に出場者用控室へと下がってしまった。

私はギレムお兄様に抱きかかえられたまま席へ運び下ろされるも、隣のギレムお兄様へと身を乗り出しまだまだ剣舞についての感想をしゃべり倒している。

何時までもそうしているものだから、既に始まっていた少年の部をほぼ見ていなかった。


「ほら、ランが出て来たよ」

「えっ?!」


くすくすと笑いながらギレムお兄様が促してやっと舞台へ視線を向ければ、刃を潰した剣を携えたギランお兄様が堂々とした足取りで舞台に上がって来ていた。

私はギレムお兄様の隣席から降りて前に駆け寄ると、手摺から身を乗り出して手を振った。

追いかけて両肩にギレムお兄様の手が乗せられる。


「ランお兄様ぁーーー!!!頑張ってーー!」


周囲の歓声に負けじと叫んだ声が聞こえたのだろう、ギランお兄様が舞台から私達の方へ軽く手を挙げて応えてくれる。

あー!かっこいいーー!!あの嬉しそうなお顔が素敵ー!!

私の興奮は再び沸騰し、ぴょんぴょん跳ねるものだから背後のギレムお兄様は大変だったかもしれない。

ごめんなさい、でもこんなの興奮するなって方が無理ですわ。


少年の部は年齢枠が狭いものの、この年代の一歳差は中々に大きい。

ギランお兄様の初戦相手は領民の少年だったのだが、体格が全然違った!

でも顔のあどけなさは確かに少年だった。

何食べたらあんなに大きくなるのだろうか。


だがギランお兄様の腕前を以てすればその体格差も何のその!

相手の重心を崩すような身のこなしと剣技で圧倒し、数撃で決着が着いた。

またしても突沸する会場の歓声と、私のテンションは凄かっただろう。


「すごいっ!すごいっ!!ラン兄様とてもかっこいい!!」

「体格差を覆す訓練に力を入れていたからね、成果が出て良かった」

「私も!今度教えてもらいます!!それこそラン兄様に!」

「ふふっそうだね、たくさん教えてもらうといいよ」


自分の事のように嬉しそうな声音でギレムお兄様が話し、頷く。

ギランお兄様の努力が実を結んで、それをまた誰かに伝える尊さを慈しむギレムお兄様の心の優しさに、私までもっと嬉しくなってしまう。

もうこれ以上笑顔になれないのに!口角よ上がれ!

もっと嬉しいと伝えたくて、堪らずギレムお兄様に抱き着いてしまう。

受け止めてくれ、頭を撫でる優しい手。

ああ大好きだ!皆が皆を思い合えるこの家族が大好きだ!!


短い待機時間の合間を縫って何度もギランお兄様は領主一家席へ顔を出し、その度に興奮した妹に突撃されるのだがずっと楽しそうに笑っていた。

かわいいである!私のお兄様がかっこよくて可愛いである!


「こうも応援されるのが嬉しいと、クセになりそうだな」


照れくさそうに笑ってそう零すギランお兄様をギレムお兄様が嬉しそうに笑って、抱き着いている私はもっとぎゅっと抱き締め返す。

何時だって応援しているよ!いつだって家族の事が大好きなのだ!

大人になったって応援されて良いのだ!癖になってしまえ!!

そう思いながらにやにやぐりぐり顔を押し付けていたらギランお兄様に抱き上げられ、高く掲げられて顔を覗き込まれた。


「次の決勝もしっかり俺の応援頼むぞ、リーシャ」

「勿論です!!!私に気を取られないように注意してくださいね!」

「ハハハッ!席から落ちてくれるなよ?」

「レム兄様が居て下さるもの!」

「ふふ、そういうところは本当、リーシャらしい」


私の安全ベルトを快く受けて下さるギレムお兄様の優しさに、全力で甘える所存。

でもギレムお兄様だって前に出てギランお兄様を応援したいでしょう?

私はその理由になってあげているだけですからね!


その様子をお父様お母様がにこにこと見守ってくれている。

領主一家の仲の良さをさぞ領民は目に焼き付けるであろうよ!

こうした意味では、今年は観覧する貴族が少ないのは幸いかもしれない。

ちょっと領主の娘の淑女教育度がね、至らないのがね、目に見えるからね。


きっとヴュルテンベルク辺境伯のところはもっと大変だろうな。

主に護衛がな、あの双子のテンションも物凄い事になっていそうだ。

彼等は一応建前として、午後の大人の部の応援に来ているのだが絶対に午前中で燃え尽きる。

仕方が無いよなー、二人も大好きなお兄様達の剣舞から始まり、勇ましいお姿をこうも立て続けに見せられたら興奮せずにはいられないよな。

私も午後の部に邸の護衛が出場するので体力配分を考えなければならないのに御覧の有様である。

寧ろそれすら忘れてた、ごめんな。


そしていよいよ少年の部の決勝戦だ。

対戦者として舞台に上がったのは、まるで茜の根で何度も染めたような濃い赤紫の髪をした少年だ。

その瞳の色は陰りの為か少し黒っぽく見えたが恐らく青。まるで深夜を思わせる凛とした瞳をしている精悍な雰囲気の中に色気のある顔立ちの美少年だ。

こんな品の良い人がウチの領にいたのかと内心驚いたのだが、どうやら王都から避暑に来たボルドー侯爵家の子息らしい。

成程納得、立ち居振る舞いが育ちの良い騎士のそれだ。


私はギランお兄様の試合にしか意識が向かなったので全く気付かなかった。

寧ろこの状況下でも避暑に来て下さった侯爵家に感謝である。

お金を落として行ってくださいね!よろしくぅ!


彼は一言二言、開始前にギランお兄様と言葉を交わしているようだが歓声で内容は聞こえない。

ただ、対峙するギランお兄様がちょっと困ったように笑ったのは見えた。

挑発だとしたらお得意のニヒル顔をしそうなのにな、と私が思っている内に試合は開始された。


開始と同時に二人は駆け出し一撃、二撃と剣を交える。

ぶつかる度に玲瓏な音が会場に響いては観客の興奮を沸き立てる。

押し合うような鍔迫り合いを制したのはギランお兄様だ。

しかし相手の子息も、流石決勝まで残るだけの腕はあるのか追撃を躱して距離を取り直すとすぐさま詰めて反撃を見せた。


「わっ!あの方もお強いですね!」

「ボルドー侯爵家は近衛騎士の名家だからね、剣技は凄いよ」

「そんな名門のご子息に引けを取らないのがラン兄様ですね!

 ラン兄様ぁーーーー!!!頑張ってーーーー!!!!!!」


背後のギレムお兄様の解説もそこそこに私はギランお兄様に精一杯声援を送り続ける。

とどけーー!!この愛よとどけぇーーー!


素早さはギランお兄様に軍配が上がるものの、相手は攻撃を往なすのが上手い。

成程、攻撃の剣技ではなく護衛対象を守り、逃げる時間を稼ぐ剣技だ。

時折ギランお兄様が重い一撃を放つものの受け流されては反撃を受ける。

早々に自分の得意な戦い方へ持ち込んだ相手とは異なり、攻め手に欠けるギランお兄様の疲労が溜まるのが私から見ても分かった。


「ラン兄様ぁーーー!!!勝って私を抱き締めてーー!」

「ぶほっ」


背後でギレムお兄様が溜まらず噴き出した。

聞こえてしまったのだろう、ギランお兄様も一瞬隙が出来てしまった。

それを見逃してくれるほど相手は甘くない。

ここぞとばかりに距離を詰め連続で攻めたてられ、終にギランお兄様の胸元に剣先が突き立てられた。


「ああーっ!!!!」

「接戦だったね」

「ランお兄様ーー!!見事な試合でしたーー!!かっこいいーーー!!!」


まるで勝者に贈るかのように華やかな声援を飛ばせば、悔しそうにしていたギランお兄様がこちらを見上げた手を振って苦笑を零してくれた。


「リーシャ」

「何でしょうお母様」


見事な戦いを繰り広げた二人を観客が見送り、彼等が舞台から降りた頃にお母様が私を呼んだ。

振り返ると、美しくも厳しい雰囲気を伴った微笑みを浮かべる御姿。


「あのような言葉を、大声で、人前で叫ぶのはお止めなさい」

「…はい」

「淑女以前の問題ですよ」

「はい…」

「後は邸に帰ってからです」

「はい…申し訳ございません、お母様」


その横でお父様はまだ笑いを抑えきれないのか、肩を震わせていた。

暢気なものである。

私のこの性格は絶対お父様の血だと思うんですが。


「惜しかったね、ラン」

「はぁー悔しい。

 どちらにせよ攻め手に欠いたから時間の問題だったがなー」

「諦めずに攻めた姿勢も良かったぞ、ギラン」

「ええ本当、日頃から体力を付けた甲斐がありましたね」

「ありがとうございます」


戻って来たギランお兄様を皆が褒め称える。

私か?私は既に飛びついてそのお腹に顔を埋めていた。


「リーシャどうした?負けたから抱き締めさせてくれないのか?」

「抱き締めてぇ!」

「ハハハッ!ほらっ!」


力強い腕が私を高く持ち上げ、決勝へ見送る時と同じく顔を覗き込まれる。

ギランお兄様が負けて悔しいのにあのニヒルなお顔で笑うから、私は堪らず両手を広げて抱擁を強請る。

そうすれば待っていたように抱き返され、腕の中の温かさと嗅ぎ慣れた匂いに安堵が広がる。


「素敵でした、かっこよかったです、私のラン兄様が世界一です大好き」

「もっと強くなって何からも守ってやるからな、リーシャ」

「私だって!私だって負けずにお守りしますからっ!」

「勇ましいな!」


また声を上げてギランお兄様が笑い、抱擁を解いて私の顔を覗き込む。

愛おしいカメリヤ色が間近にある。


「愛してるよ、俺達の宝」

「愛しております、私達の誇り」


もう一度ぎゅっと抱き締めてもらいやっと私達は席に腰を下ろした。

私の両隣りを見上げれば、優しいお兄様達の眼差しと目が合う。

振り返れば穏やかな眼をして微笑む両親の姿があった。


幸せだ、何よりも愛おしく誇らしい、私の家族。

共に支え合い、苦難を乗り越えていこう。

来年も、再来年も何時いつまでも、一緒にいたい。


高くなる夏の太陽の眩しさもそれを肯定するように鮮やかに降り注ぎ、熱気に満ちた祭りを照らしていた。




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