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パドマの箱庭  作者: 菌床
12/16

12:六歳児の祈り


 王都へ向かう道中、ストラス領で発生した大規模雪崩の報せを受けお父様とお兄様達が戻ってきてからは取れる対応手段も人手も増え、随分と大広間で働く皆の心持ちも安定した。


把握出来ている被害概況を聞きながら、三人はお母様と私が纏めた他家への協力要請についての資料片手にすぐさま訪問の旨を記した書面と順路確認、道中準備を始めた。

此処はお父様が向かい、各家と話をするようだ。

移動ばかりが続いて本人が一番大変だろうに、「こうも資料を纏めてくれていて助かった」と私達へのねぎらいが一番に出てくるのがお父様らしい。

だからこそ身体が心配である。早く落ち着きたいね。


領地に残る家族達の指揮系統は、ギランお兄様を筆頭にして、その下にギレムお兄様とお母様が両翼として付く。

私はお兄様達の不在中の頑張りを評価され、更にその下を任されました!

はーい!頑張りまーす!

ベルトランありがとう!キミがギランお兄様に報告してくれたんだね!


ギランお兄様の元には様々な情報が一括して上がるが、特に救助状況について力を注いでいた。

もともと邸の警備に精通されているのもそうだし、貴族別荘の冬季警備を仕事にする者の大半はウチの警備OBが多いそうで顔繋ぎもしやすいらしい。


私提案の日雇い雪掻き要員については、ギランお兄様から頭をわしわし撫でられる程喜んでもらえたので私もにっこりである。

被害を免れた領民だって自分の家の雪掻きがあって大変だろうに、積極的に手伝ってくれて嬉しい。

冬の手仕事代わりにもなっているようで何よりだ。


ギレムお兄様とお母様は主に貴族対応、貴族の別荘についてを担当している。

此処が特に鬼門であるというか、まず倒壊した別荘であってもその敷地は他家の敷地であり我々が勝手に立ち入る事は越権行為になるのだ。

そこを上手く往なす為、まず他家に芸術品の保護をしておきたい旨と、可能であれば回収の為に他家が信頼する商家の紹介や派遣をお願いする書面を大量に用意した。


この辺りは、お母様が護衛長に依頼して各別荘の被害状況を外見から把握して貰っていたのが生きた。

別荘地での救助活動が麓の区画よりも進んでいたのもあるし、見分するのなら文官で間に合うのでどうにか早急に準備が出来たのも大きいだろう。


これをもとにどこの貴族家に報せを送るのかを選出した。

勿論、被害の無い別荘もあるのでそれは希望制にするようだ。

今回の雪崩被害により巡回警備も出来なくなるので、それでも人を寄越すならどうぞご自由にである。

我が領民を割かずに警護してもらえるなら此方としては助かるぜ。


またその返信が来る前に領内の宿泊施設を幾つか押さえる連絡を落とす。

既に他領からの食料を卸す商家が入っているため、そこまでの数が押さえられなかったもののある程度の受け入れ準備数は確保できたようだ。

そう考えるとやっぱり早い段階で食料の追加輸送をお願いしておいたのは良かったかもしれない。


さて他家からの返信待ちの間に、今度は保管場所や巡回する者の人選などの準備も粗方しておく。

きっと領民からしたら、貴族など優先しないで領民の家財保護してくれよ!とか思うところなのだろうけど、我が領地の収入は貴族が避暑に来る観光が主である。

このイメージを崩さない立ち回りをしなければ、復興後に戻る貴族は目減りするだろう。


ただでさえ今回の雪崩で、あの美しい白樺の森と澄んだ湖の広範囲が被害にあった。

遠目からも分かるほど押し割られた森の有様は、今冬の時期では白く見えるだけだが、春になり雪が溶けた森を目にした時、きっと領民も我々が置かれた状況を分かってくれる筈だと願う。



一方私はというと、大抵の問題が邸に居るお兄様達とお母様で片付くようになったので、数日おきに外に出ては物価の確認や避難所周り、慰問などを行っている。

まぁ肩書的には避難所の管理補佐というところか。


これは武術大会用の飾り布を運ばせて敷布にした英断、いや責任をとっている。

だって!今使っていなくてすぐに用意出来る布が他に思いつかなかったんだ!

闘技場から吊り下げるからか中々しっかりした厚い生地だし!丁度いいじゃん!

聞いた話では避難所の領民が「武術大会の象徴を踏んで歩くなんて畏れ多い」とざわついたらしい。

でも踏み慣れたらただの布だよ。ね、ほら多少はあったかいでしょ。


この布は領民なら一目で何の布か分かる程の認知具合だったのもあるのか、領主一家の領民を配慮する心遣いに感謝してくれているという、予期せぬ効果も齎したようだ。

何よりである。考えて無かったけど。


そのお陰もあり、また、まだ年端もいかぬ幼女すらも領民を思い避難所を回っているのが衝撃的だったのか、街に降りたりそれこそ避難所へ顔を出せば下にも置かぬ扱いをされる。

高齢者に神の如く祈りを捧げられ泣かれた時には流石の私も驚いた。

やめてくれ、ただでさえ今キミ達は異常時で情緒壊れやすいのだから。


「うーん…」


今日も今日とて避難所へ出向いた後、帰りの馬車の中で最近私を悩ませている問題について考える。


流石に前世とは違い野外設営風呂などは出来ず衛生面にも気を配らなければならないし、それに物量も足りないので、彼等の過ごし方も穏やかというよりは無気力だ。

時には私が来ていてもお構いなしに大人の男達が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


まだ災害発生から一か月程だが、寧ろ一か月よく我慢したというべきだろうか。

徐々に懸念していた集団生活によるストレスが避難所の空気を淀ませている。


平行して空き家への移住をさせる手配をしているものの、宛がわれるのは街での働き口を持つ人だ。

彼等は農家や個人商店では無いので、家を引っ越した程度の心持ちだろう。

街の運営や人手不足を補いつつ財産を貯め直すのを是非頑張って欲しい。


昨日まで隣にいた人が、今は自分の生活を取り戻すために動き出しストレスたっぷりの集団生活から抜けてゆくのを何度も目にすれば、「どうして自分は救われないのだろう」と考えてしまうのは当然だ。

そうした人達に当たられる警備の人や手伝いに来ている領民、壁になる役人もしんどいだろう。

誰が悪いでもないのだ。

文句を言うキミならば現状を変えられるのか?と言い返したくなるのをぐっと堪えている。

誰だって最善を尽くしているのだ。

災害が起きる前までは当たり前のように自立して生活していたのに。

悲観する心に、与えられるだけの生活はそれを忘れさせてしまうのが恐ろしい。


(何か手仕事をお願いしよう)


私はそう心に決めると邸に戻り、身支度やら晩餐をとりつつ仔細を脳内で詰めた。

さて今夜の団欒は私のプレゼンタイムとさせてもらおう。


災害が発生してからの夜の団欒タイムは対応についての情報交換が主だ。

時折私の淑女教育に関する進捗が挟まるのだが、そんなに皆からしたら心配なのだろうか。

そりゃ猫脱走して追いかけなかった自覚ありますけど。

はい、反省している姿勢が見えないから不安なのですね。


「今夜はお母様達にご協力を仰ぎたいお話があるのです」

「何かしら?」


ハーブティを楽しんでいたお母様が小首を傾げ、ぱちりと眼を瞬かせる。

私の両隣りに陣取るお兄様達も此方に視線を寄越した。


「実は、避難所の領民たちがとても元気が無くて…」

「もう一か月、生活が立て直せないからね…不安にもなるだろう」

「活力ある者は警備や復興にも協力的だがなぁ」


お兄様達がそれぞれ私の言葉に追随する。

そうなんだよねぇ、やる事見つけられる人は先を見越して動いてるんだけどねぇ。

そうじゃない人も多いのが現実なんだよねぇ。


「ですから私、何か皆が心待ちにできる催しをしたいのです」

「その場で元気にする催しではなく?」


お母様は私の言葉を噛み砕くように、確認の言葉を投げ掛けてくれた。

意図をちゃんと理解しようとしてくださるそのお心が嬉しいです。

私は笑顔で首を縦に振り、更に話を続けた。


「心に即効性があるものを私では思いつきません。

 ただ少しずつでも、前を向けるように、春を心待ちにして欲しいのです」


雪が溶けて春になれば、きっと何かが変わる筈だ。

今だけの辛抱だ。

冬籠りは毎年してきた事じゃないか、と気持ちを切り替えて欲しい。

そしていよいよ訪れた春に元気な心で立ち上がって欲しいのだ。


「そうだね…春になれば壊れた家屋の片付けももっと進むし、建て替えも始まる」

「その時に精力的に動けるように、心を向けたいって事か」

「春に催しを執り行うのならばまだ時間もありますからね」


復興のスケジュールを共有しているからこそ、私の計画の意図や大筋にも当たりをつけたのであろうお母様達が口々に温かい言葉を返してくれる。

はー!たとえ間も無く六歳児の唐突な発言にもこうして向き合ってくれる家族が大好きだよー!

皆がみんな、領民の為に動いているのを痛いほど分かるから、私も何かしたいと抱く事を大事に大切に育んでくれるのが嬉しい。


全貌を話し終えていないのに、もう私はにっこにこである。

大好きですオーラが漏れ出していたのか両隣から手が伸び頭を撫でられた。


「えっと、春になったら慰霊のお祭りを…鎮魂祭を開ければと考えています」

「リーシャ…」


まだ被害の全貌が、亡くなった人の数は明らかになっていない。

雪の中に残された人が春になり見つかるかもしれない程、実は救助の進捗は芳しくないのだ。

いつもどこか歯痒い面持ちで大広間に居るギランお兄様が、私は居た堪れなかった。


悲しいね、遣る瀬無いね。

助けたいのに、こんなに頑張っていても進まないのに。

冷たい雪の中で待つ人の方が辛くて、寒くて、苦しいのを分かっているのに。

救助中の兵士が吐く息はまるでそれを悔やむ涙のようだ。


だから春になったら皆で悼んで、お別れをちゃんとしよう。

待たせてごめんね、もう怖かった冬は終わったよ。

どうか安らかに、と。


「湖の水面に、灯りを燈した木工を浮かべるのは如何でしょう?

 その籠飾りを避難所の領民に手伝ってもらえば気分転換にもなります」


今回雪崩で薙ぎ倒れた白樺を幾つか譲ってもらうつもりだ。

その樹皮を剥いで、柔らかい材質を生かした白い籠を組んでもらう。

出来上がったものを売り出しても良いが、今年だけは領民に配ろうと考えている。

そうなると数もかなりの量が必要になるので、今は何も知らずに避難所で昼間寝ていた男の人は地獄を見るかもしれないな!頑張ろうな!


灯篭流しは夜が特に綺麗だが、森の中の湖なら昼でもそれなりになろう。

大量の雪だけが湖に流れていれば良いのだが、恐らく土砂もあの青を濁している。

春になればもう少し水質も落ち着いているといいな。


「手間賃は歩合制でお支払いを考えております」

「だな、予算を付けよう」

「私の予算が余っていればそれを…」


正直なところ残っていないだろう。

既に商家から買い込んだ食料やら雪掻きバイトへの支払いで吹っ飛んでいるのでは、と思いながらも一応ギランお兄様に進言はしておく。


「儀式の段取りは僕が手伝うよ」

「レム兄様っ!ありがとうございます!」


そのお言葉をめちゃくちゃ待っていた!!

鎮魂を願う目的の祭りだから、催事というより神事色が強いのだ。

しっかりとした祈りを届けられるように、神学や神事に強いギレムお兄様が手伝ってくれれば百人力だ!


「では教会との渡りは私の方で手伝いましょうかね、リーシャ」

「心強いですお母様」


救助された遺体は現在教会の敷地外に、棺に入った状態で安置されている。

今猶野ざらしなのが申し訳ないが、避難先になっている教会の処理能力を超えているのだ。

降り積もる雪が、凍てつく寒さが今は彼等の安穏を守ってくれている。



こうして大したプレゼンもせずに受け入れてもらった春の鎮魂祭に向け、私は動き出した。


まずは倒れた白樺の樹皮を確保するために避難所で人員を募り、運んでもらう。

作業に必要な道具類は、おもちゃの舟でお世話になった工房の方々を頼った。

彼等には謝礼として新品の道具を、と申し出たのだが、壊れた場合だけでいいよと快く受けてくれた。


「リーシャお嬢様が心を尽くしてくれているんですから」

「それって避難所にいるヤツらだけしか作っちゃなんねーんです?」

「でなければ、俺等も作りたいですね!

 なんせ湖に浮かべるものを普段から作ってますからね!」


ガハハと大柄な身体を揺らして笑い飛ばしてくれる職人さんの言葉が心強い。

そうだねキミ達の領分だよね、頼もしいよ。

私はついでにその工房にあった白樺の樹皮で試作品を作り、手順を教えてくれる人を何人か雇う話も付けた。


後日、さぁやるぞと避難所に顔を出したら思ったより多くの職人さんや、街の奥様達が顔を出してくれたのでちょっとびっくりした。

どうやら工房の方が他の同業者にも声掛けをしてくれたようだ。

奥様方は旦那の話を聞き、それこそ奥様ネットワークで「なら可愛い飾りも作りましょう!男はそういうところに気が回らないのよね」と樹皮で作る花飾りの作り方を教えに来てくれた。


彼等が自発的に輪を広げていってくれ、どんどんと祭りが領民に浸透してゆく。

私が物価確認のために街を歩けば顔見知りの店のおじさんも、「春が楽しみだよ!」って寒さで真っ赤に染まった頬を緩ませて声を掛けてくれた。


嬉しいな、堪らなくうれしい。

皆がこの厳しい冬を一緒に歩んでいるのを感じる。

きっと災害が起きた翌日、お母様もこんな気持ちだったのかな。

うん、これなら頑張れるよね、頑張っちゃうよね。


避難所の人々も、代わる代わる来る人間に最初は戸惑ったものの、「ああ災害が起きる前はこんなの当たり前の交流だったな」とどこか思い出し安心したように、会話を挟みながら幾つもの籠を楽しく作り始めた。

やりたがる他所の子どもを膝に乗せながら作業する程にまで穏やかになった人も居た。

高齢の方々はそれを穏やかに見守りながら、まだ木の特性を知らない子どもに優しく知恵を与えては、しわくちゃの手でそっと何度も自分の緩む頬を撫でていた。


邸に帰って来たお父様からは予算を付けてもらった事を直々に教えていただき、久し振りに執務室の窓から冬の街並みを抱えられて一緒に見た。

街並みは、今までと大きく変わらず、雪の合間合間に色とりどりの家屋が並ぶ。

美しいな、可愛いなという感想しか抱かなかった光景は、今は私に「愛おしいな」と思わせた。


「代々、任せられた地だから守っているという側面だって勿論ある」


静かなお父様の声はとても優しい。

ギランお兄様に似た色の瞳がじっと街並みを見つめていた。


「でもそれ以上に、此処に暮らす人々が、その生活と心に触れる度に、俺は愛おしい」


だから守ろうと思えるのだと、語る声音に頷く代わりにその温かい首筋へ頭を寄せた。

もう随分私も抱えるのには大きくなりましたでしょう?マノンなど大変そうです。

でも、お父様はまだまだ、余裕で私より大きいのですね。

大好きです。この腕の中は安心いたします。



そうして迎えたある春の晴れた日。


大勢の領民がその手に白い小さな籠飾りを携え、爪痕の残る湖の畔に集まった。

涙を堪えた面持ちの人も居れば、どこか誇らしげに顔を上げた人も居るし、怒声にも聞こえる程大声で話す人だっている。

様々な人々が、様々な思いでこの春を迎えた。


教会から派遣された司祭様の隣には、真っ白な服を着た私達。

凛と蒼穹に響く鈴の音に皆で一斉に祈りを、女神ロテュスと湖へ捧げ、手に持った籠をそれぞれ手離す。

灯りの燈った籠が、春の日差しを照り返す水面の上を緩やかに撫で照らしていた。


眠りと祈りを妨げぬ温かで静寂に満ちた光景を、私は忘れない。


そう心に留め、段々と流されて遠くなるそれをいつまでも見送っていた。




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