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パドマの箱庭  作者: 菌床
11/15

11:六歳児の前借


「―――ストラス領で、大規模な雪崩?」


王の居城らしい豪奢な飾り暖炉の中で薪が彼の心臓と共鳴したかのように爆ぜた。

ばちり、ぱちり、とした余韻が収まる頃に、やっとクロヴィスは次の言葉を紡ぐ。


「被害は」

「まだ把握出来ていないでしょ。

 なんせ道中にストラス伯爵へ届いた先触れがこちらにも来ただけだからね」


嫋やかなオパラン色の切り揃えた髪を揺らし、書物を捲る手も止めずに幼馴染が首を振る。

室内に控えている侍従達なぞ、それがどうしたと言わんばかりの視線をクロヴィスに向けていた。


(何故そんなに他人事のように構えて居られるのか!)


憤るまま大きく吸い込んだ息を発することは無かった。

窓辺の一人掛けに座ったままの幼馴染が、動きを止めた彼を怪訝な眼で見ている。

が、それも長続きはせず、彼は膝に乗せた重厚な本に再び視線を落として読書を続けた。


「残念だったねクロヴィス」

「…………イザイエは何か、他に耳にしていないか」

「特に何も。

 ただ、キミが再会を楽しみにしていた例のお兄様方が領地へとんぼ返りしたって事は予想出来るけど」


ぐっとクロヴィスは掌を痛む程に握りしめた。

何故、なぜこんな。


(どいつもこいつも…ストラス領が、彼等が心配じゃないのか!)


いつの間にか俯いていた顔を上げたかと思えば、クロヴィスは控えていた侍従を見据える。

視線で刺されたかのように彼はぴしりと恐怖で背筋を伸ばした。


「私の残っている今年の予算と来年の予算全額を、此度のストラス領の雪崩被害の補填へ回すよう父上…陛下にお伝えしろ」

「何を仰るのですか!」


思いも寄らぬ発言に侍従が声を上げる。

それに追随するようにイザイエも顔を上げラベンダー色の瞳を厳しく細めては頭を振る。


「クロヴィス、どうしたの」

「どうしたも何も今告げた通りだが」

「落ち着きなよ」


急に癇癪を起したかのようなクロヴィスを窘める声が窓辺から投げられる。

少し寒い方が集中出来るから、と毎回そこに椅子を用意させては自分の居城の如く振る舞うが、それを許しているのは誰でもなくクロヴィスだ。


今までで一番、心を許した存在だった。

クロヴィスより一つだけ年上だが、それも気にしない程気安く会話の程度も合う。

他に王宮へ連れて来られる同年代ではこうはいかない。

もう一人の幼馴染としてつけられた年下は達観し過ぎて無口過ぎて話にもならない為、必然とイザイエがクロヴィスの親しい友になったのだ。


だからなんでも話した。

それこそ、ストラス領で過ごした日々の楽しさも、今猶抱く悔悟の念も。


(なのに、何故)


イザイエは共感してくれないのだろう。

まるで自分を聞き分けの無い子どもを見るような目で窘めるまでして。


クロヴィスは途端に寂しさに襲われて、力無い足取りでソファーに腰掛けた。

発言の訂正を求めようと二の足を踏む侍従の動きが手に取る様に分かるが、彼は何も言わない。

それを見てイザイエが、大きな溜息を零した後に音を立てて本を閉じた。


「クロヴィス、まだ被害も分かっていないんだよ?

 それにキミが予算を使わなくとも国が手を回すだろうよ」

「……だが」

「まだ頭回っていないの?

 ストラス家にはキミと年頃の良い娘が居た事を忘れたの?

 下手に動けば痛い目見るよ、…それとも何、それが狙いなの?」

「そうじゃない」

「どうだかねぇ」


イザイエが暗に示した「痛い目」とは違うものをクロヴィスは思い描き、思わず顔が歪んだ。

それをどう捉えたのか、もしくは反応を返した事を玩んでいるのか相手はわざとらしく肩を竦めて見せる。


(私が想い馳せるのはあの領での日々と、優しかった人々…もう、妹君は顔すら朧気だ)


クロヴィスの記憶にはもっと鮮明に残る顔がある。

柔らかく美しいサンゴ色の髪を揺らし、まるで女神ロテュスの加護を持つと思わせるに充分な、幾重にも重なる薄紅色の花弁のような虹彩を持つ娘だ。


何時か出会う『未来』に、背筋を撫でられる心地を覚えてクロヴィスは唇を密かに噛んだ。



新年祝賀の夜会ではストラス領での雪崩について王が語る事は無かった。


一北部領の自然災害などそのような扱いであるのは当然であるのだが、今年の避暑にかの地へ訪れていた貴族たちは密やかに言葉を交わしては、王家の怒りを買ったからだと嘲笑いストラス伯爵家の斜陽を噂する。

ただその一方で、あの美しい自然美溢れる土地の今後を思えば残念でならない、と口々に零しては、己の別荘がどうなったのかを確認せねばと内心に留めた。


まだ雪の解け切らぬ春先、他領と同様に国へ被害状況の報告と補助申請を携え王宮へ上がった使者へ、王の手元で止まっていたクロヴィス王子殿下からの寄付金の申し出が告げられるが、その場で粛々と謹んで辞退された。

王家より預かる領地と領民を守り整える為に国の予算を請う事は納得できるものの、一個人として王子殿下の施しを受けるのは過剰であると王宮貴族の誰もが思っていたのだ。

持ち帰りもしない使者を詰る声はなく、寧ろ流石に弁えていると納得する者が殆ど。


聡明だと聞き及ぶ王子殿下のご温情の厚さにも困ったものだ、と笑う声が人気のない王宮の廊下によく響いた。




 ―――ストラス領で発生した大雪崩は、年末年始に備えていた領民に多大な打撃を与えた。


私はまず翌朝、祈りが届いた晴天の冬空を見上げて再び神への感謝を口にすると、すぐに着替えてエタンとマノンを伴いお母様の元へ向かった。

臨時対策本部と化した大広間へ足を踏み入れれば、クソ忙しい時に来るな!というお叱りの視線が四方八方から飛んでくるものの、一晩経て集まった情報をもとに私も出来る事がしたいのでどうか邪険にしないで欲しい。

五歳児だけどな!

春になれば誕生日を迎えるので今だけは「大体六歳児」扱いでお願いします!


「大変お忙しいところ申し訳ございません、お母様。

 被害状況と対応について、私にも教えて頂けませんか?」

「リーシャ…」


奥の部屋に入った瞬間目についたのは、一晩で随分と疲れた様子のお母様のお顔。

私はすぐさま駆け寄るとその手をそっと握り、何度も何度も撫で摩った。

ああもう、この人は本当!頑張り過ぎないように見張ってと言ったのに!と、傍らに控える家令を恨めしい目で見上げては私は密かに頬を膨らませた。

そんな面目ない顔してもダメですからね!家令も歳なんだから無理はしない!


「心労お察しいたします。でもどうか私も居る事を忘れないでください。

 お母様が倒れたら悲しみます、そりゃあもう大泣きしますよ」

「もう…この子は…」


ふ、と少しだけお母様のお顔に疲労とは別の感情が浮かぶ。

温かく柔らかい子どもの手セラピーに和んだのか、お母様は仮眠をする準備を侍女に命じ、その僅かな間で私へと状況を静かに語り始めた。


「雪崩被害が出ているのは貴族の別荘が多い地域よ」

「他の地域は?」

「連鎖して発生した雪崩に飲まれた麓の区画が幾つかあるの」

「避難先はどちらに」

「幸い、別荘地の警備駐屯所は被害を免れたのでそこを開放しているわ」


エタンのご親族も無事だと良いなぁ。


「他には?教会などですか?」

「ええ、教会にも建物内で受け入れを要請してあります…貴女、随分冷静ね」


時間を惜しんで矢継ぎ早に質問するも冷静さを欠かさない娘にお母様が少し驚いた顔をする。

私はにっこりと笑って、撫で摩っていたお母様の手を今度はぽんぽんと宥めるように軽く叩いた。


「家令にも伝えましたが、問題が起きたのなら解決して片付けるだけですから。

 お母様がいつもしておられる真似をしているだけですよ」

「…はぁ…本当に、今、私は一人では無い事を感謝しています」

「一人になどさせません」

「そうね、心強いわリーシャ…ありがとう」


感極まりつつあるお母様のケアも大事だが、起きていらっしゃる内に情報を下さい!

こんな私をまともに相手して下さるのはお母様だけなんですから!


「これ以上ないお言葉です。

 それで、各避難所への物資は足りているのですか?領民への協力要請などは?」

「領と我が家の備蓄しか回していないわ」

「不足が無ければよろしいのですが…その情報は?」

「まだこれからね」


成程、それなら私でも力添え出来そうな点かな。


「分かりました。

 どうかお母様、私に一人信頼できる補佐官を任じて付けて下さい。

 仮眠を取られている間に必要な決を出来る限り行います」

「そうね…」


お母様は少し逡巡するも、家令へ視線を投げて人選を任せた。

大広間から呼ばれた一人の男性が速やかに名乗り、私の補佐に付く事をお母様に命じられてしっかりと頷き返す。


「ベルトランと申します、リーシャお嬢様」

「どうか力を貸してねベルトラン。分限は超えませんので安心して」


人当たりも良さそうなおじ様だ。

きっと娘でも居るのかもしれないな、何となく私を見る目が優しい。

流石だ家令よ、人選素晴らしい。


お母様からその他に幾つか気になる点を聞き出して、やっと仮眠へ送り出す。

ついでに家令、お前もちょっと寝なさい。

その為の後身だろうに、キミの背後で彼等の眼が私に訴えているぞ。


どうにか二人を休ませたらすぐさま私も大広間に戻り、現時点で集まっている情報に目を通す。


「救助活動に回せる人員はこれ以上は難しいわね」

「雪を退かすのがどうしても手間取りますから」


邸の護衛も今は其方に大方回している。

ここの守備が手薄だとは誰もが思っているが、正直なところ時代的に領主や嫡男さえ守れれば女子供は、という考えがあるので仕方が無い。

私としても別にその点については異論はないので良い。

寧ろそれでも戻って来て護衛に付こうとする人たちをどうにかして欲しい。

キミ達休みなさい!ちゃんとお風呂入って身体温めて!寝ろ!


「領民への雪崩発生の触れは」

「出しております」

「雪かきの助力、求人は出しているの?」

「助力は分かりますが…求人、ですか」


私の発言にベルトランが小首を傾げる。

今は少しでも人手が欲しいのだ、費用が嵩もうがそれで増やせるのなら増やせ。

人命が掛かっているんだぞ。


「ただでさえこの寒さです。生き残ったのに凍死などさせたくありません。

 急いでください、私の予算を当てて求人を出してください」


それに、領の備蓄も今回の災害で開放しているのだ。

本来は対価を食料にしたいところだがそれも叶わない、でも買う事なら出来る。


「合わせて近隣領の商家に食料卸しの協力を仰ぎましょう」

「ああ、その購入に充てさせる賃金ですか」

「どのみち冬に商人が運ぶ荷は値上がりするもの」

「それこそ我が領の商家に伝手を頼みましょう」

「最高よ!ベルトラン!」


直接他領の主へ協力要請を出すには私では権利も伝手も足りず、無理だ。

しかしここが後手に回るのは痛い。

避難所の物資が足りているのかどうか把握してからの方が良いのは重々承知だが、どうせまだ続く冬の間に消費できるものなのだから手配しておいても良いだろう。


私は邸から人を派遣して依頼する意識でいたが、そこは確かに商家の繋がりを生かした方が段取り的にもスムーズだ。

そうであれば開放している領備蓄についても一緒に管理してもらおうかな。

チョロまかされたのならそれまで、背に腹は代えられないのだ仕方ない。


それに邸からの報せが近場の往復で済ませられるのなら人手不足の今は万々歳だ。

速やかにベルトランがその旨を記した書面を複数用意させ、届けるように指示を出す。

終わるや否や、次はと彼が少し楽しそうに私を見た。


「避難所の状況は入っていて?」

「幾人かついておりますが、大した情報はまだ」

「回した備蓄品と量を記した書類は」

「此方に」


ふむ、毛布代わりの布がもう少し欲しいところかな。

床に引くにも身体に掛けるにも使えるのだから。

商会から買い込んでも良いのだが、それこそ枚数が枚数なので値が張る。


「…武術大会の会場を飾る布はまだあるわよね」

「え?」

「毛布代わり、いや、敷布代わりに届けさせて頂戴」

「いやいやいや、お嬢様」

「もうあれも古いでしょうから買い替え時よ」

「…使えるものなら何でも使えっていう心意気、お兄様によく似てらっしゃる」


ベルトランの眼が悪戯をするギランお兄様そっくりに細められる。

あー!そのニヒルイケメン顔はキミの影響かー!

もしかしてお兄様の執務見習いの補佐としてついてるのか!


内心興奮しつつも抑え、私は二コリと微笑むに留めた。

はしゃいでいる状況ではありませんからね。


「これは私の書簡で通るかしら」

「ふむ…まぁこの異常時ですから、通しましょう」

「助かるわ」


ベルトランが席を外し、闘技場へ向かうであろう人間と話しを付ける。

相手が「正気ですか!あれいくらすると思ってるんですか!」と叫んだ言葉に、私は素知らぬ顔をしてそのまま避難所に詰めている人の詳細を確認し始める。

だが大まかな人数、怪我人の状況しか記載されていない。


「避難所の人々の内訳を調べて欲しいの。

 年配の方や女性、子供の数など詳細に」

「それは何故」


ベルトランの代わりに言い渡した執務官が怪訝な眼で私を見つめる。

そりゃほぼ六歳児にそんな無駄に思える仕事を振られれば、そんな目にもなるわな。

私は努めて真剣な眼で、内訳を求める理由を述べた。


「高齢の方はいつも飲んでいるお薬が必要かもしれない。

 女性は見知らぬ男性がずっと同じ建物内に居る心労が溜まっているでしょうし、子供が集まれば避難所でも騒ぐだろうからそれが嫌な人も中にはいるかもしれない。

 短い間ならまだしも冬の間ずっとよ?

 ただでさえ怖い思いをした領民が少しでも安心して過ごせるよう手配をしたいの。その為には避難所に居る領民の内訳と状況を細かく知っておきたい。

 それに全体像を把握したうえで必要な物資が他にあるとも思う」

「…成程」

「後、彼等の名前や家族についても聞き出して欲しい。

 別々の避難所にいる場合もあるだろうし、無事を知りたい知人だっていると思うの」

「そうですね…分かりました」


よし何とか飲み込んでくれたぞ。

調べる情報項目も量も多いため、他の人を誘うなりそれこそ避難所で元気な人の協力を仰いで手伝ってもらうように追加で言葉を添えた。

また、即時必要なものが分かればすぐに邸へ報せる事も忘れない。

これは纏めてから報告、などと悠長な事を考えないよう釘を刺しておく。


「おや、少し目を話した隙に」

「お帰りなさいベルトラン」

「お嬢様が他に気になる事はございますか?」


とりあえず、私が優先すべきと考えた事は人命救助と避難所についてだ。

どちらも私が及ぶ限りは考えたつもりだけれどベルトランの言葉はもう少し広範であろう。


「貴族の別荘の扱い…壊れた別荘関係はどう扱うのか教えてもらえる?」

「ははぁ、奥様譲りですねその見解」

「お褒め頂きありがとう」

「いえいえ、資料は後程お持ちいたしますし、その件は奥様にお任せしましょう」

「そうね。ところで被害のあった別荘へ賊は入らないようにしていたりする?」

「この雪の中でですか…いや、しかし建物が建物か」


ベルトランは少し考え込んでから他の人に護衛長の都合を聞いた。

どうやら警備関係については邸の外内関係なく護衛長が一括して担当をしているようだ。

一度昼頃に報告へ上がるそうなのでその時間を押さえておこう。


「気になされるのも分かりますが、警備させる人員がおりませんよ」

「そんな無駄な事はさせません。

 …これもお母様の判断が必要でしょうけれど、貴族の別荘に飾られている絵画など、持ち運べる高額の品物だけでも避難させておいた方が良いのではないかと考えたの」

「ほう」

「どうせ雪が溶けて春にならなくては他家は確認に来ないだろうけどね」

「そうですね、その際に目録翳されてこんなに盗まれたと叫ぶのは面倒だ」


家具などは難しいものの、価値が高いものだけは我が邸に避難させておけば多少なりと誠意を示せるような気がしているんだけれど配慮し過ぎだろうか。


「運び出すにも信用ある者にしか任せられないし、目利き人が必要ですな」


私が懸念している事を指摘し、ベルトランが補完する。

護衛長へも触れる程度の話は通すが最終的にどのようにするかは今後詰めなければならない。

彼は片手で引き寄せたその辺の紙にサラサラと要点を纏めたメモと素早く書き留める。

それが落ち着くや否や、私は次の懸念について相談する。


「あとは避難所の人達の仮の住まい。街の空き家の数は把握出来ている?」

「春に建て直すのを待たずに?」

「空いている無事な家があるなら使ってもらえば良いじゃない。

 暫くの家賃は私達が負担する形にして、彼等の生活が整えば好きにしてもらうし」


空いている土地に住宅を新設するのもきっと春にならなければ難しい。

ストラス領は白樺が大量にあるものの、建築資材としては内装向きなのだ。


春から建て、全ての避難民が住居を構えるまで全ての避難所を開放し続けるのは難しいだろう。

教会だってそこまでは、恐らく長期的な眼で受け入れていない。

誰だっていち早く日常を取り戻したいのは当たり前なのに、中々上手く行かないものだ。


「…希望する者については邸や商家で教育を施して紹介するのにも力を入れないとね」


職業斡旋についても考えている内にまた新しい被害状況が届く。

遺体を預けておく場所や、身元を特定し親族へ報せる手順へ少しばかり意見を上げ、よりスムーズに且つ皆の不安がいち早く払拭出来るように努めた。


空いている時間では他家へ助力を願う項目を打ち合わせ、その補填についてもいつの間にか持ってこられた領の簡単な財務諸表を見ながら相談を受ける。

この纏めた情報は戻って来るお父様への資料だ。

既に昨日の内に、被害状況云々より先に早馬を飛ばしたらしい。

だから、もう少しの辛抱だよお母様。


大広間で働き詰めの者たちにもしっかり交代しながら休憩を取る様に言い渡しつつ、被害地域の地図と領民名簿を見比べる。

救助をする護衛に役人を付け、家屋倒壊の状況を把握させ、モノによっては優先で解体させてもらい薪に回すように発言する私に皆が悪鬼を見る目を向けるが、ほぼ六歳児は分かりません。

寧ろ無事な薪があれば率先して頂戴しろ、備蓄を開いても到底足りないのだ。


そうこうしている内に昼食の時間となりお母様が起きてきた。

昼食を共にしつつ、私が担当した内容を記した書面を片手にお母様が溜息を吐く。

よく眠れませんでしたでしょうか?

私が添い寝しなかったからですね、今夜は一緒に寝ましょう。


「よくも…まぁこれだけ…」

「ほぼベルトランがやってくれました」


人のせいにする。


「本当に執務官の皆には頑張ってもらっているわ…」

「上に立つお父様お母様、共に支えようとするお兄様方の御力でしょうね」


私はこうして執務を齧るのは初めてだが、それでも彼等の仕事振りには感心する。

男手の無い今、不安に揺れながらもお母様が頑張れたのは、偏に支えようと真摯に働く彼等や裏方を回し続けてくれる使用人のみんなのお陰だ。

今年は本当、一丸となる年だなーと思いながら暢気に私は食事を頬張る。

今日も美味しいです!ありがとう!


「リーシャが泣き事も言わず、力を尽くそうとしてくれたのも大きいのよ」

「ふふ、嬉しいですお母様。ありがとうございます」

「貴女の考えた案も助かりました」

「お役に立てたのなら頑張った甲斐があります!」


食事中なので別の話をしたいところだが、気になっているのであろう。

どうしても内容は例の貴族別荘の補填や家財保護についてとなり、お母様の意見を伺いながら詳細を詰める。


此処でもまた商家に依頼し目利きと運び出しの手伝いを依頼するようだ。

邸で保護しておくにも、防犯上では二階以上が良いのだろうけれど数が凄い事は予想出来たので、運び入れながら特に価値の高いものは別室にするのかと問えば、お母様は首を横に振る。


「あくまでもこれは善意です。我が家の宝物室へ運べば盗人の謗りを受けます」


そういうものかーと、別に私の中で優先事項として低いからか頷きだけを返せばお母様は苦笑を零していた。

少しばかり社交についてと淑女の在り方についてお言葉を頂きながら昼餐を終え、外から戻った護衛長の疲れた顔を見ながら話をした。

あっちこっち気を回して大変だろうに、護衛長も。


元気を出してね、でも無理をしないでの気持ちを込めて退室際にぽんぽんと彼の手を叩けば、何だか感極まった顔をされた。

ほぼ六歳でも幼児セラピー効果は絶大なようだ。

もう部屋に入って時間が経っているのに、護衛長の手は随分と冷えていた。


そうしてまた大広間で届けられる情報を整理し、指示を出しては上がる問題に頭を突き合わせる。

出来る限り最良を、と選んだつもりだがどうなんだろうなと考えてしまっては手が止まるのを、振り切る様に何度か頭を振る時があったのを心配したのか、その日はお母様と一緒に眠った。

ほぼ六歳児でもお母様セラピーが大変効果的でした。

あったかーい!幸せー!いいにおーい!安心するー!



そんな数日を繰り返した後、待ちに待った三人が無事に帰って来た。

子どもたちの前なのにお父様がお母様を力いっぱい抱き締めていたのが、とても良かった。

もっと褒めてあげてくださいねお父様。

お母様は物凄く、本当に、力いっぱい頑張っておりました!


見届け人の私が誇らしげに胸を膨らませ元気いっぱいな様子を見て、お兄様達もやっとほっと息を吐き出して太々しい妹を抱き締めてくれた。

まだ冷たい二人の身体を温められるよう、私も短い手を精一杯伸ばして抱き締め返す。


さぁまずは早く温かい部屋に、家族の部屋に向かいましょう。

片付けないといけない問題はたくさんあるけれど、全員が揃って取り組めばきっと何とかなりますよ。

そう信じて、息を切らせ帰って来てくれたのでしょう?

私達もそう信じてお待ちしておりました。


まずはお茶で身体も温めて、笑顔だけでも見せてください。

それだけでもっと頑張れますから。


新年を寿ぐ間も無く月日は経ちストラス領は春を迎え、私は正真正銘の六歳になった。




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