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第七十二話

ああああ、死にたい。愛されたい。死にたい。愛されたい。死にたい。愛されなければ、死んだ方がマシだ。死にたい。愛されたいよ。

脳内は、グルグルと妄想に耽って回っている。耽美であっても、いづれ醜悪に呑まれていく。潔癖でいたって、綺麗ではいられないように、俺が愛したって、もう愛される気がしないのである。愛情の線引きがバグって期待値がカンストして、なのにこれ以上を求めてしまう。全く、酷な話である。だけどだけどさ、そんな俺のことを愛してよ。俺に幸せな夢を見させてよ。いつまで経っても君は、俺の中では理想的な王子様だから、どんなに病まれて怒鳴られ殴られたって、俺は君のことを愛していられるんだ。だから、お願い。この救われない気持ちに溺れてしまう前に、はやく君が救ってよ。キラキラでドロドロしたあまーいシロップを俺に飲ませて。その甘さで狂わせて。


「馨、行かないで」


「ダメ、勉強しなきゃ」


酷く俺を抱いた後の君は酷く冷めている。熱は全部俺の中に流し込んで、俺ばっかが辱めを受けて、その後に感情的になっているみたいだ。君に悟られないように、丸くなって布団に包まって泣いているは、たぶん君が優しく抱きしめてくれないから。そうやって君に期待する俺は、たぶん馬鹿だし、だけど律儀に傷付いてるし、いい加減諦めろよって何度も思っている。なのに、全く諦めがつかないのは、君とのキラキラした思い出が何度も夢で再生されるから。あーー、嫌になる。この落差をまざまざと見せ付けるくらいなら、夢なんて見させないで欲しい。俺の想像上の馨は、とっても理想的だけど、俺を悲しませるから不合格です。自慰行為して夢から醒めちゃって泣いてるだなんて気持ちが悪いね。お酒は涙を流すためにあるかのように、脆い部分を剥き出しにして、けど誰にも見せずに泣いている。どうしたら、どうしたらいい。普通の幸せを手にしたと思ってた。だけど、違和感を覚えた時には取り返しがつかなくなっていた。歯車は歪んだまま不器用にも空回りしながら回ってく。きっと君のハグ一つで俺は泣いてしまうだろう。そんなことすらしてくれなくなったね。俺のことを愛してるだなんて口先では言うけれど、おそらく俺がいなくなったとしても君は平気だよ。そんな自虐を考えては、さらに落ち込むんだから面倒くさいね。今の俺の本心はきっと、お願いだから、君にとって無価値な俺を愛してくれ。っていう矛盾したものだろうね。


「うっ、うう……死にたい」


けど、君が愛してくれるのならば、俺は喜んで『生きたい』と尻尾を振る。もう君は抱きしめられないから、俺は冷たい布団を抱きしめて、自分の体温で人肌程度に温まったそれを君に見立てて安心感を得るんだ。君にしては柔らかすぎるけど、それでもこうでもしてないと、生きていられない。



「みかちゃん、今日もまた泣いてる」


絶対に僕のせいだよなー、って思っているけど、心当たりしかなさすぎて聞き出せずにいる。その心当たりを改善しろとお説経くらうかもしんないし。俺は今のこの関係が案外心地よかったりもしているんだから、列記としたクズだろうと自覚しては虚しく一人で笑っている。みかちゃんを泣かす気はないんだけどなあ。キレる姿も見てみたい。



俺はいつも泣き疲れたらいつの間にか寝ていて、隣りにはいつも馨がいる。その寝顔に「おはよ」って軽くキスするフリをするのが、あの時からの習慣で、何だか幸せそうなカップルを演出できるこのひとときが、俺は好きになりつつある。



みかちゃんって、僕よりも早起きって自負があるけど、僕が寝起き悪くて、狸寝入りしてるの知らないだけなんだよね。僕の寝顔にキスするフリする時、いつも笑いをこらえている。そして、みかちゃんがベッドを出てから数分後、僕はやっと起きていくんだ。


「馨、おはよう。トースト焼いといたよ」


「ん」


「何にする?チョコレート?いちごジャム?」


と彼は両手にパンに付けるペーストを持ちながら、僕に聞いてくる。朝っぱらから可愛いなあ。


「いちご」


「分かった。塗っとくね」


「ん」


僕はその間に顔洗って、覚めない目を強制的に覚ました。今日も今日とて寝不足による真っ黒いクマが目の下に。クリームを塗って隠した。みかちゃんにもらった猫ちゃんクリップは目を隠したくて最近はしていない。鞄につけっぱなしだ。


「馨、できたよ」


「……やっぱ、いらない。ごめん」


「そっか。食欲ないの?」


今の僕には、睡眠欲と性欲しかなかった。ヤッたら寝れる。ヤラなかったら寝れない。単純な話だ。あー、このまま襲って、学校休みたい。


「食欲ないっていうか、何て言うんだろ。……忙しいから、食べる時間ない」


違う。本当は、食べたら気持ち悪さで吐きそうだから。みかちゃんには心配かけたくなくて嘘付いた。




馨と一緒に食べられたらいいなと思って、トーストを焼いてみた。けれど、馨には迷惑そうな顔をされた。トーストも拒否された。忙しいって言ったって、朝のこの時間は自習の時間なのに。俺とトーストを食べることよりも、馨には勉強のが大事だってつくづく思い知らされる。あーあ、せっかく作ったのに。いちごジャムまで塗ったのに。馬鹿みたい。


「咥えていきなよ。学校まで」


「嫌だよ、恥ずかしい。みかちゃんのお昼にすればいいじゃん」


俺は馨と一緒に焼きたてのトーストを食べられたら、って思っただけなのに。何でこんなにも惨めな思いをしなきゃなんないの?


「ふふっ、そうだよね。朝勉、頑張ってね」


とそれだけ言って、俺は席に戻って、自分のチョコレートトーストと馨のいちごジャムトーストを重ね合わせた。アポロみたいな味を期待してたのに、いちごジャムのドロっとした甘さと、チョコレートのふんわりとした匂いで、何とも酔いそうだった。嘔吐いてしまった。



ウザイ、死ね、消えろ、馬鹿、最低、ふざけんな、クソ、そんな単調な罵詈雑言が空っぽの脳内で反響する。こんな表現力の乏しい言葉しか思い浮かばないほど、疲れ切っている。きっと、僕は幸せになれない面倒くさい人間なんだ。己の環境がどうであれ、己の考え方次第で幸も不幸も一変する。死ね。勧善懲悪を信仰できないようならば、死んでしまえ。絶対神も絶対悪もこの世には無い。誰かを可哀想だと蔑む、その優越感がこの世の甘味ならば、俺はこんな世では生きていけない。自分を可哀想だと憐れむ、その自己陶酔もキモイと思ってしまったら、もう逃げ道はないね。きっと、狂人のように自己懲罰する理由は、誰にも理解されないよ。その苦しさだって、もう誰も慰めてくれないよ。だったら、だったら、だったらさ、いっそ、死ぬしかないじゃんって、絶望的に笑えるんだ。傲慢な人間が生き残るこの世を恨んで、己が死んでいく悪を憎まず。僕が死んだところで、おそらく誰も悲しまないって。死にたい欲のせいで認知を歪ませ、家族と距離を置く。そんな最低な僕は、やっぱ死んだ方が良いね。


「はあ、疲れたあ……」


毎日、そんなことを言っている気がする。毎日が違うはずなのに同じようなんだ。この繰り返しの中で僕の心は死んでいく。


「お砂糖ちゃーん、おっはよ〜♡」


「おはよう。いつにもまして元気だね」


「そーゆーお砂糖ちゃんはぁ、相変わらず疲れた顔してんね〜!」


と上機嫌に任せて頬をツンツンと触られた。


「あはっ、受験はよ終われ」


「それなあ!さっきね、歩夢ちゃんに会ってきたんだあ♡」


「それでか。いっそ、もう告っちゃえば?向こうも霰のこと好きでしょ」


と適当に言ったら


「え、まじで?まじでそう思う??」


と真剣に聞き返された。


「だって、用がない生徒なんてすぐ追い払うよ。……たぶん」


実際に、僕はみかちゃんにそうされる。


「えー、それは冷たくない!??」


「そうかな?でも少なくとも、嫌われてはないよ」


「まあ、そうだろうけどさあ。恋愛対象として見られてるかどうかが重要じゃん。ただの仲良い生徒で終わりそう……」


「飴ちゃんのその真剣さが伝わればいいのにね」


そしたら、三高必須の歩夢ちゃんだって、イチコロだろう。


「お砂糖ちゃんは?どうやって落としたの??」


「んー、普通に告ったら、『嫌だね』って言われたんだけど、その後も、しつこく騙すように口説いた」


「あはっ、お砂糖ちゃんらしいなあ!」


「嘘じゃないレベルの嘘ついてまで。ふふっ、どうかしてたね」


あの時はみかちゃんを僕のものにしたくてたまらなくて、焦燥に駆られて、頭よりも先に回る口で、あの時なんて言ったっけ?そうそう、『一緒に死亡フラグ作りでもしましょう』的なこと言ったんだ。


「嘘じゃないレベルの嘘って、何それ〜?」


「えーと、例えばあ、朝食は苺ジャムパン食べたとかね」


「嘘なの?」


「食べるはずだったの。気持ちだけが本当の、嘘だよ」


「へえ、事実は違うけどってことね」


「いっそ、ポジティブな気持ちは全部、見えちゃえばいいのに」


「お砂糖ちゃん、口下手だっけ?」


「いいや?そうじゃないけどさ、人間関係が京都弁の皮肉みたいに面倒くさい時があるんだよ」


「そーゆー愚痴を言ってくれるの嬉しいわあ」


「皮肉??」


「違うって!!本音聞けてる感が良いのっ!」


「あはっ。最近、見えないものだらけで、シュレっちゃってんだあ。表面上は笑顔でも内心では泣かれちゃうんだよね」


みかちゃんのことだ。みかちゃんには僕は何でも言っているのに、みかちゃんは何も言ってくれないんだ。


「待って。シュレっちゃってるって、何?造語??」


「シュレディンガーの猫状態ってこと。開ければ死んでしまうし、でも開けなければ生きてるかどうか分からない。つまり、恋人の地雷踏むかどうか悩んでんの」


「始めからそう言ってよぉ。分かんないじゃん」


「でも、地雷だと奇跡的に回避できる可能性が見えるじゃん?だけど、シュレ状態だと開けたら確実に死ぬんよ」


「ぷふっ、ごめん、そんな切羽詰まった状況って、何!?あははっ!!」


飴ちゃんが笑いを我慢できないままツッコんできた。


「ふふっ、何なんだろうね。傷口にナイフを突き刺すようなことはやめた方が良いんだろうけど、死なれる前にはやりたいんだよ。後悔しそうで」


「んーーー、『僕が殺した』って二度と言わないと誓えるのなら、やった方が良いと思うよ?」


「あ、飴ちゃーん♡ 僕のこと分かりきってんね?」


「三年間の付き合い舐めんな!」


と自慢げに言ってくれたのが、微笑ましかった。



馨が帰ってきた。ギューっておかえりのハグをする。いつもなら、「ただいま」っていう一言分の時間で終わる。けれども今日は「ただいま」も言わないで、俺を力強く抱きしめて離さないでいる。


「どう、したの?」


「みかちゃん、すごい好きだよ」


「え?」


「いつも支えてくれて、ありがたいって思ってる」


「何?急に」


「……大好き、愛してる」


それだけ、言いたいことだけ言って、鞄を学習机のところに置きに行く。俺は玄関で立ち惚け。……まじで何なんだよ急にそんなこと言ってくるとか訳わかんないんだけど。


「馨、正直に答えて」


「ん?」


「浮気したの?」


「……は?何でそうなんの??」


あ、逆ギレしてる。別に浮気されても良いけどさ。相手ぐらい教えろよ。


「急に優しくなったらそれ疑うでしょ。誰?粥川??」


「いや、そんなんじゃないから」


「じゃあ、何?」


「何でもない。そうゆう気分だったの」


「本当に?」


「ふふっ、みかちゃんのが酷いよ?僕の愛情を疑うなんて」


軽い口調で嘲笑された。全てが馨の言う通りだったら、まあ、一理ある意見だ。けれど、この謎の胡散臭さが、この空気と俺の精神を歪めていく。


「……疑わせるようなこと、するからじゃん」


「何?聞こえないんだけど。文句あるの??」


あるよ。あるに決まってんじゃん。


「馨ってさ、変わったよね!」


「あー、昔はもっと良かったって?」


「ふふっ、分かってんじゃん。俺のことなんか、もう好きでもないんでしょ」


どうしよう。今の俺、どんな顔してる?どんな顔して、笑ってんの?


「好きだよ」


「ただ都合良くヤラせてくれて、首絞めプレイだって拒まないし?、ここに家まであるんだから、俺を切れないだけだろ」


涙を拭っても拭っても止まらない。


「みかちゃん、落ち着いて」


落ち着けるかバカ。


「それでも、俺は馨のことが好きだから……ううっ、そんなこと、どうでも良いって。ひっく、でも、浮気されちゃなあ……。ああもう何で、何でこんなにも……好きになっちゃったんだろう……」


どーせやるならもっと上手く騙して欲しかった。馨ならできたでしょ?そんなことをこの期に及んでまで考えてしまう俺は心底、バカだろうね。

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