第四十話 壁
百二十七日目の夕、城門が見えた。
ケインが門の内側に立っていた。板が一枚、門柱に打ちつけてある。荷を運ぶ値と、受けられる日が書いてあった。
「誰が書いた」
「俺です。値は変えてません。書いてなかったから、書きました」
報告は短かった。夏のうちに罠を上げ、石の切り出しを秋へ回した。罠は夏が終われば取れなくなる。石は逃げない。
俺は石を先に見ていた。見誤ったのは俺だ。
その晩、ハンナとダンを呼んだ。
「均しの日数が出ました。一人十七日です」
「十七日、休むのか」
「割当から外れます。給金は払います」
「払わんでいい」
「払います」
俺は数え直した紙を見せた。三十七日いて、日当は二十日ぶんしか出ていない。差の十七日は、二人が働いた日だ。
「二人が先に働いた分を、休みで返すだけです。給金を止めれば、返したことになりません」
「城の金が足りてないだろう」
「足りていません。足りないから条件を変える、というのはしません」
ハンナが、少し間を置いて言った。
「増産の手伝いも、頼まないんですね」
「頼みません。休みのあいだに働かせたら、同じことです」
――百二十七日目。ハンナ・ダン、百三十二日目から一人十七日ぶん割当を外れる。給金は払う。休みの期間、増産の手は頼まない。
◇
百二十八日目、大広間の壁に紙を貼った。
全部貼った。都合の悪いものを抜かずに貼るのに、半日かかった。
――今週の必要額、二百四十八枚。収入、乾燥肉七十四枚。不足百七十四枚。
――追加の枠、累計八百六十八枚。残り六百三十二枚。
――このまま何も変えずに借り続けると、枠が切れるのは百五十三日目。そのとき、六十四枚が埋まらない。
――百八十日目の期限までに国へ示す数は、売却によらない週の収入百二十四枚。いまは七十四枚。
――百八十日目の債務見込み、二千五百枚を超える。
ヨルが来て、一枚ずつ指でたどった。二百四十八枚のうち二百八枚が日当で四十枚が維持費だと言うと、それも書けと言われた。書いた。
彼は最後の紙まで見て、それから壁の端の空きを見た。
「ここは」
「まだ書けません」
「書けない理由を書け」
――どう減らすかは、決めていない。決めるのは俺ではない。
それを貼ったとき、大広間を通ったコルトが足を止めた。壁の数字を読んで、何も言わずに出ていった。
◇
百二十九日目から二日、案を作った。
減らせるところは二つしかなかった。日当か、維持費か。
維持費四十枚の内訳を並べた。粥の材料と水路の掃除と火の番で十五枚。残りの二十五枚が、壺の直し、板の替え、樋の石だ。
前の十五枚は止められない。止めれば朝夕の粥が消える。地上の部屋は空いているものを使っているだけなので、金はかからない。
止められる二十五枚を全部止めても、不足は百四十九枚残った。だから日当に手をつける案になった。
週四日を、週三日にする。必要額は二百四十八枚から百九十六枚へ。減るのは五十二枚。
そのぶん、一人の週の手取りは四枚から三枚になる。四分の一が減る。
次に、減った一日で何をするかを書いた。
乾燥肉の増産。週三十五袋まで上げれば品代は百四十枚。運搬の実費が十一枚、増産の実費が六枚。手取りは百二十三枚になる。
灯し脂。解体で出た脂を煮て、壺に詰めて売る。月三十六枚で引き取る話がある。週に直すと八枚。壺と薪の実費が二枚。手取りは六枚。
そこで、改善額を書き直した。収入が増えても、城に残る額は同じだけ増えない。増えた分の四割は出来高へ回り、週百二十四枚を超えた分の半分は商会の元本へ行く。
――週三日にする。不足は百七十四枚から百二十二枚へ。減るのは五十二枚。
――乾燥肉を三十五袋へ。不足は九十二枚へ。減るのは三十枚。
――灯し脂を入れる。不足は九十一枚へ。減るのは一枚。
ケインが最後の行を読み直した。
「六枚入って、一枚しか減らないのか」
「四割が出来高で三枚。超過の半分で二枚。残るのが一枚です」
「線を越えたあとは、十枚稼いでも一枚だな」
「そうです。稼ぐ話だけでは足りません」
紙の一番上に、不利益を先に書いた。
――週三日にすると、一人の手取りは四枚から三枚になる。四分の一の減収。
――出来高に出られない者は、三枚のまま。増えない。
◇
百三十日目の夕、大広間に五十一人が集まった。俺を入れて五十二人だ。
雇われているのは五十二人で、欠けている一人はミラだ。彼女の分をどう扱うかは、先に壁へ貼っておいた。
壁の紙を端から読み上げた。案の前に、不利益の二行を読んだ。
読み終わってすぐ、前のほうから声が上がった。
「三枚では足りません」
リゼだった。子どもが三人いる。
「何が足りませんか」
「靴です。冬までに三人ぶん。去年は四枚の週を八つ貯めて、二人ぶんでした」
俺は書いた。靴、と書いた。
「粥と部屋は」
「続きます。朝夕の粥は維持費の中です。地上の部屋も、日数では減りません」
「薬は」
「自分の金です。靴も、冬の燃料も、自分の金です。そこは我慢してもらう話になります」
言ってから、我慢という言葉を自分で使ったことに気づいた。書き換えなかった。書き換えれば、言っていないことになる。
「出来高に出れば増えるんですか」
別の声だった。
「増えます。原資は増えた収入の四割で、週二十二枚まで。出た者の実績で配ります。平均すれば、一人あたり銀貨の四割です」
誰も、その数を言い直さなかった。
リゼが言った。
「私は出られません。子どもを置いていけない」
出られないと言った者は、その場で六人だった。
「出られない者には、出来高の原資から先に三枚を分けます。六人で半枚ずつ。週三枚半になります」
「半枚で靴は買えません」
「買えません」
言い返す言葉がないまま、紙に書いた。
――出来高に出られない者は週三枚半。冬の靴には足りない、との申し出。リゼ記す。
彼女は自分で書いた。字は大きく、線が深かった。
挙手を求めた。賛成二十九、反対八、意思表示なし十四。
五十一人の半分は超えている。決を取れば、通る。
通る数を見ながら、俺は決を取らなかった。
「いつまで三枚なのかが書いていません。明日、期限を入れて、もう一度諮ります」
リゼが一度だけこちらを見た。
◇
百三十一日目、もう一度集まった。
期限から先に読んだ。
――週三日は、百七十四日目までとする。その日に枠が切れる。同じ日に、この決め方を全員で見直す。
――週三日は、百三十二日目から始まる割当に使う。百三十二日目の精算は百二十五日目からの週のもので、四日のまま払う。
「さかのぼらないのか」
「さかのぼりません。もう働いた日の値を、あとから下げることはしません」
次に、出来高の中身を、始める前に読んだ。
――出来高に回す仕事は、乾燥肉の増産と、灯し脂の壺だけ。ほかの仕事は割当のまま。
――出来高の原資は、増えた収入の四割。百三十九日目の精算では十九枚。百四十六日目からは二十二枚。端数は城の運転に残す。
――原資のうち三枚は、出来高に出られない者へ先に分ける。働いた側に残るのは十六枚、のちに十九枚。
――ハンナとダンの均しの休みは、出来高で埋めない。
十六枚、と読んだところで手が挙がった。
「三枚を引くのか」
「引きます。原資の中からです。先に言わずに配ってから引けば、額が変わったことになります」
「最初の週だけ十九枚なのは、なぜだ」
「乾燥肉は初めの週から三十五袋出ます。灯し脂は、壺が詰め終わって代が入るのが次の週です。最初の週は乾燥肉の分だけなので、原資が十九枚。三枚を引いて十六枚になります」
それから、まだ来ていない金の分け方も読んだ。
――第四便の代金の見込み二百四十枚。六割の百四十四枚は元本へ。四割の九十六枚は、取り決めに基づき五十二人へ一枚半ずつで七十八枚。残る十八枚は共同の繰越とし、増産の道具の替えと運搬の実費にのみ使う。
――以上、便が着く前に決めたものとする。
「着く前に決めるのか」
「着いてから決めると、そのときに立っている者の都合で決まります」
最後に、ここにいない一人のことを読んだ。
――ミラの割当は、返事が来るまで四日のままとする。今日の決と数字を便で送り、返事が着いた日から先の割当に適用する。
「本人がいないのに減らすのは、決めたことにならないのか」
「なりません。ここにいない者の取り分を、ここにいる者だけで減らせば、次は誰の分でもできます」
「その一日は、誰が払う」
「城が払います。百三十九日目の精算だけ、必要額が百九十七枚になります。不足は九十三枚です」
一枚のために、表の数字が一つ動く。動かしたままで貼った。
挙手を求めた。
賛成三十八、反対九、意思表示なし四。
反対の九人の名を、ヨルが書いた。リゼの名も入っていた。
「名を消す者はいるか」
彼が大広間へ聞いた。誰も手を挙げなかった。
「消さないなら、理由も書く」
九人が一人ずつ言った。靴、薬、仕送り、子どもの数。同じ理由が三つ並んだが、ヨルは三つとも書いた。
――百三十一日目。週三日制と出来高、百七十四日目までの期限つきで成立。賛成三十八、反対九、意思表示なし四。反対九名の名と理由を併記。ミラの分は返事を待つ。
書き終わって、壁へ行った。三日前の行の下に、もう一行を並べて貼った。
――何も変えなければ、枠が切れるのは百五十三日目。埋まらないのは六十四枚。
――今日の決のとおりにすれば、枠が切れるのは百七十四日目。埋まらないのは九十枚。
二十一日、延びた。延びた先で埋まらない額は、二十六枚増えた。四分の一を減らして増産を二つ立てて、出た答えがそれだ。
その下に並ぶ数字は、百四十六日目から百七十四日目まで、ずっと九十一枚だった。
古いほうの行は、外さずに残した。




