第三十八話 二枚
百十七日目の朝、一週ぶんを卓に並べた。
城へ十五枚を送ると決めた日だ。決めたのは俺だけで、まだ誰とも合意していない。
まず、入った金を数えた。
――荷役、四件で六枚。積み直し、三件で三枚。夜の預かり、二件で四枚。合わせて十三枚。
月ぎめの枠の確保料は、ここに入れない。紙の上で十二枚半が立っているが、入るのは百三十日目までだ。
峠の報せも入れない。月ぎめの荷主へは代を取らないと書いた。ほかに買い手はいない。実収入はゼロだ。
――出た金。縄一本、灯り油、楔の直し。締めて三枚。
――残り、十枚。
償いの袋へ、預かり二件ぶんの二枚。
――配る元、八枚。
働いた時間は十六刻だった。八枚を十六で割ると、一刻が半枚になる。前と同じ割合だ。
そこで手が止まった。
十六刻のうち四刻は、ハンナとミラとダンの手だ。
百十四日目の荷役に、ハンナとダンが出ている。ミラは預かり荷の数を二度数えた。どれも二つ目の紙に書いてある。書いてあるから、気づいた。
書いていなければ、気づかずに配っていた。
◇
百十二日目に決めてある。城の三名が坂に出た刻は、同じ割合で数えて、その分は城へ渡す。本人には渡さない。
決めてあるものを、初めて使う日だった。
九人を集めて、四刻と二枚を読み上げた。
「城が取るのかい」
ノーラだった。
「働いた本人じゃなく、城が」
「本人には、城が払っています。ここから出るのは、城が払った分の戻りです。百十二日目に、三人も入れて決めました」
言いながら、これは十五枚とは別の話だと気づいた。
十五枚は、こちらが引き受ける仕組みを置いておくための代だ。まだ決まっていない。
二枚は、坂で働いた四刻の代だ。誰がいくら働いたかは、二つ目の紙に書いてある。
値のついている手と、値のついていない仕組み。前者は今日払える。
「ダンさんの四半刻ぶんも、城に行くんですか」
サラが聞いた。
「行きます」
「本人には」
「城の日当が行きます。ここと同じ割合ではありません。城は四日で四枚です」
「こっちの倍ですね」
「倍です」
誰も、その数を言い直さなかった。
「城が高いのは、なぜだい」
ノーラが聞いた。
「城には、壊して売る物があるからです。ここにはありません」
「売り切ったら」
「終わります。だから城は、売らないで入る金を探しています。それが、この坂です」
言ってから、自分がどちら側の話をしているのか分からなくなった。
城のために坂を使うのか。坂のために城の紙を使うのか。どちらも本当で、どちらか一方だけを言えば嘘になる。
――百十七日目。百十二日目の取り決めにより、城の三名が坂で働いた四刻ぶん、二枚を城へ渡す。作業の代であって、負担の求めではない。十五枚の件とは別に扱う。数字を九人へ読み上げ、異議なし。
配ったのは六枚。九人の十二刻ぶんだ。百七日目に繰り越した半枚も、そこで一緒に渡した。
◇
便には二枚を入れた。
――百十七日目。オルデンより城へ、二枚。内訳、城の三名が坂で働いた四刻の代。一刻半枚の割合は、現地の配分と同じ。
――十五枚には、十三枚足りない。
――足りない理由。板の値で入る金が、週十三枚しかない。実費と償いの積立を引くと、配る元は八枚になる。八枚は働いた者の取り分で、城へ回す分ではない。
――次の見込み。百三十日目までに、月ぎめの枠の確保料十二枚半が入る予定。入ったら、実費と現地の配分を引いて、送れる額を決める。いくら送れるかは、いまは書けない。
――週十五枚は、まだ現地の合意になっていない。合意のないまま送る金は、作れない。
書いてから、最後に一行足した。
――二枚は、少ない。少ないと分かって送る。
この便が城に着くのは百十九日目だ。百十八日目の精算には間に合わない。
間に合わないことも書いた。
その日の夕方、もう一つ諮った。償いの袋へ積む額を、一件一枚から二枚にする話だ。配る元がそのぶん減る、と先に言った。
「一件で一枚減るのか」
「減ります。週に二件なら、二枚です」
「二枚は、四刻ぶんだぞ」
ヘンドが言った。四刻というのは、彼の一週ぶんだ。
「四刻ぶんです」
彼はしばらく黙って、それから言った。
「減ってもいい。一台しか受けられんのは、俺が断る役だからな」
断るのは坂に立つ者だ。板に二枚と書いてあるのを読ませて、それ以上は受けませんと言うのは、彼とサラの口になる。
「減った分は、どこに書きますか」
サラが聞いた。
「償いの袋の中身を、板に書きます。減った先が見えるようにします」
反対はなかった。賛成六、意思表示なし三。
四十枚まで、半分の日数で届くことになった。半分になっても、遠い。
◇
百十八日目の昼、塩の荷主が坂を上がってきた。
名はギリス。タルグより若く、痩せている。
「あんたのところの紙を、タルグが見せた」
「見せましたか」
「見せた。あいつは、うちが同じ値で入るのを嫌がるはずなんだがな」
彼は板の前で足を止めた。
――いま約束できる償いの額、二枚まで。同時に預かるのは一台。
「これを消さずに書いてるのは、あんたか」
「俺です」
「うちは夜荷が多い。一台じゃ足りん」
「足りません」
「増やせんのか」
「増やせます。ただ、増える速さは、預かった件数で決まります。いまの数なら、四十枚に届くのは二十週先です」
言ってから、昨日決めたことを足した。
「一件につき二枚積むことにしました。昨日、九人で決めています。二十週が十週になります」
「四十枚まで、十週か」
「うちの数だけなら、そうです。あなたの荷が入れば、早くなります」
ギリスは笑わなかった。
「入れれば早くなる、と言うのは、勧誘だな」
「勧誘です」
「正直だ」
彼は板をもう一度読んだ。
「昼の荷はどうする。うちは坂で二度に分けてる。あれが減るなら、話は聞く」
「聞いてください。ただ、今日は決めません。坂に立つ人に諮ってからにします」
「タルグのときも、そうしたのか」
「そうしました」
「だから、あいつはあんたの紙を見せたんだな」
ギリスは板の前から離れて、宿舎のほうを見た。
「あそこは、二年ずっと閉じてたはずだ」
「閉じていません。錠がないだけでした」
「同じことだろう」
「違います。錠がないところに、二十七人います」
彼は何も言わずに坂を下りていった。
その晩、朝から昼までの枠を、坂に立つ四人へ諮った。タルグの昼から日暮れまでとは重ならない。ただ、朝から日暮れまで誰かが坂にいることになる。
サラが手を挙げた。
「朝は、樋の水が濁らない刻です。先に見てから出れば、間に合います」
間に合う、と彼女が言うときは、たいてい間に合う。ただ、休む日がまた一つ減る。
そこは、四人で日を組み直した。彼女の四日は動かさないことにした。
◇
百十九日目の夕方、ギリスの署名した紙が届いた。
条件は七つ。タルグと同じ形で、時間帯だけが違う。朝から昼までだ。
――百十九日目、月ぎめ二口目、成立。履行と課金は百二十一日目から。次の月の頭に合わせる。
――百二十一日目から百五十日目までの三十日は、二口とも同じ丸め方で一口三十四枚。合わせて六十八枚。払いの期限は百六十日目まで。
紙の上の売上は、週十六枚になった。
払いの期限は、百三十日目に十二枚半、百六十日目に六十八枚。期限であって、入る日ではない。
板の値で入る金は、週十三枚のままだ。
◇
百二十日目、一口目の締めだった。
百十日目から百二十日目までの十一日。十二枚半。払いは百三十日目まで。
タルグが庭で紙を確かめて、頷いた。
「守ったな」
「守りました」
「一度、危なかったろう」
百十四日目のことだ。彼の車は半刻のうちに手がついている。危なかったのは、こちらの内側だけだ。
「危なかったです。同じ刻に二台来ました。預かり荷の見張りを外して、こちらへ回そうという話が出ました」
「回したのか」
「回しませんでした。あの荷は、あなたの荷です」
彼の顔が、そこで少し動いた。
「回していたら、あんたは俺に言ったか」
「言いました。空いた刻と、その間の紙の置き場所まで書いて、持ってきます」
そのうえで、決めたことを出した。
――見張りは、どんな日も外さない。人手が足りずに半刻の約束を守れないときは、守れなかったものとして扱う。その週の枠の確保料は取らない。
「半刻は守ったんだろう」
「守りました。だから今回は、一度目には数えません」
「数えんのか」
「数えるのは、半刻を外した日だけです。見張りの空きは、別の取り決めにします。同じ紙で数えると、どちらの約束も曖昧になります」
タルグは紙を畳んだ。
「二度続けば終わる、と書いたのは俺だ。何を一度目と数えるかを、あんたが自分で狭く書いてくるとは思わなかった」
百十八日目に、夜の荷をもう一台預かった。申告の値は九枚、約束できる額は二枚。荷主はそれで預けた。二枚を受け取り、二枚を袋へ入れた。
その晩、卓の上を数えた。
月ぎめの紙が二枚。どちらも、金はまだ入っていない。
償いの袋に四枚。二台を受けられる四十枚までは、三十六枚足りない。
手元の現金は、ゼロだった。
紙の上では週十六枚が立っていて、坂では週十三枚が動いていて、手に残っているものはない。
城へ送ったのは、二枚だ。




