第三十七話 受けない
百十日目から、坂に人が立つようになった。
昼から日暮れまで、四人で七日を分ける。サラが四日、ヘンドともう二人が一日ずつ。
待つというのは、何もしない時間ではなかった。サラは縄を繕い、飼葉を刻み、通った車を数えた。
最初の一台は、百十日目の昼過ぎだった。
サラは、車が曲がりに現れた時点で立ち上がる。歩くのは速くない。座ったまま待てば、四半刻が消える。
「タルグさんの車ですね」
御者が驚いた顔をした。轡の印を、ヘンドが町で覚えてきている。
手がついたのは、止まってから四半刻だった。
百十日目から百十三日目までに、タルグの車が三台来た。三台とも、坂の下に止まってから半刻のうちに手をついた。
三台のうち二台は荷役で、一台は積み直し。合わせて四枚。
枠の確保料十二枚半は、これとは別だ。ただし、払いの期限は百三十日目までになっている。
板の値で入った金と、紙の上にある金は、同じ袋に入らない。
ミラが、紙を四つに分けて綴じ直していた。
「一人で回せる量じゃないです」
いまは彼女が回している。帰れば、ノーラが毎日の名簿に四つを足して持つ。
そのことを、俺はまだ誰とも話していない。
◇
百十二日目の朝、決めていないものを三つ並べた。
どこまで償うか。いくらまで償うか。その金をどこから出すか。
「一つ目から」
――償うのは、預かった荷が減ったとき、濡れたとき、刻限までに返せなかったときのみ。
「道中で遅れたのは」
「入れません。坂を降りたあとは、こちらの手の外です」
「荷主が、もともと少なく積んでたら」
「それも入れません。だから、預かるときに数を書いて、両方が署名します」
「数え間違えたら」
「間違えたら、こちらの落ちです。二人が別々に数えて、合わなければ数え直す」
「俺は数えられる」
数えるのに手は要らない、という言い方だった。
――荷の数は二名が別々に数える。合わないときは合うまで数える。合わないまま預からない。
範囲を狭くするのは、逃げるためではない。狭くしないと、引き受けられる額が決まらない。
「二つ目」
――一件で約束できる額は、実際に減った分と、銀貨二十枚と、そのとき袋にある額の、いちばん小さいもの。
「なぜ二十だ」
「夜の預かりが一件二枚です。その十倍を置きました。荷の値そのものは基準にできません。麦十二袋の値を丸ごと引き受けられる袋は、ここにありません」
「荷の値は、書かないのか」
「書きます。荷主が言う値を、そのまま受取証に写します。ただし、償う額とは別の欄にします」
値と、約束できる額。並べて書けば、償われない分がいくらかも荷主に見える。
「三つ目は」
「預かり一件につき、一枚を別の袋へ入れます。使う袋とは分けて置きます」
ノーラが顔を上げた。
「袋に一枚しかないのに、二十枚と書くのかい」
「袋にない分は、約束しません。二十枚は、袋が二十枚になったときの上限です」
「四つ目がある」
「城の三人が坂に出た刻です。ハンナとミラとダン。あの三人には城が日当を払っています。ここから配ると、二重になります」
「じゃあ、数えないのか」
「数えます。同じ割合で数えて、その分は城へ渡します。本人には渡しません」
三人を呼んで同じことを言った。ダンが「かまわん」と言い、ハンナが「どちらにしても、私は城の割当で来てます」と言った。
五つ目は、夜番の刻の数え方だ。百五日目に決めたのは、今回限りだった。
「実の刻の半分で数えるのを、これからもそうします。変えるときは、変える前に諮ります」
挙手を求めた。五つとも反対なし。賛成八、意思表示なし一。城の三人も、自分の分に手を挙げた。
――百十二日目。償いの範囲・上限・原資、城の三名の扱い、夜番の数え方。着手前に提示、了承。
◇
百十三日目の昼、便が着いた。二日前に城で書かれた紙だ。
――百十一日目、精算。必要額二百四十八枚。乾燥肉七十四枚。不足百七十四枚。枠から百七十四枚。追加の累計五百二十二枚。債務千七百六十四枚。ヨルが確かめて署名。
千五百の枠の、三分の一を超えた。
その下に、ケインの字で一行あった。
――こちらは変わりない。変わりないと書くのが、いちばん難しい。
俺は返事に、決めた五つと、まだ決まっていない一つを書いた。決まっていないのは、二十枚を実際に払える当てだ。
その晩、タルグの車を一台預かった。受取証には、荷の値と約束できる額を別の欄に書いた。
――荷、塩の樽六。荷主の申告する値、十八枚。今回約束できる償いの額、なし。袋の残高、ゼロ。
「ゼロと書くのか」
「今夜はまだ一枚も積んでいません。それで預けるかどうかを、荷主に聞いてください」
御者は坂を下りて、半刻で戻ってきた。タルグは預けると言った。
百十四日目の朝に返して、二枚を受け取った。一枚を、別の袋へ入れた。
袋の中は、一枚になった。
◇
百十四日目の昼過ぎ、坂の下に二台が同時に着いた。
一台はタルグの車。もう一台は、板を読んで止まった飛び込みの車だった。
半刻のうちに手をつけると書いてあるのは、タルグの車だけだ。
坂にいたのは、サラと当番の一人。それにハンナとダンが手伝いに出ていた。四人だ。
荷役には、少なくとも四人が要る。四人をタルグの車につけた。手がついたのは、止まってから半刻の内だった。
飛び込みの車は、動かせない。
「ヤンを呼べばいい」
ハンナが言った。ヤンはそのとき、前の晩から預かっている荷の脇にいる。朝の返却は済んでいたが、次の荷がもう入っていた。
「呼べば、預かり荷が無人になる」
「四半刻です」
四半刻のあいだ、荷の脇に誰もいない。誰が見ているかを書いた紙だけが、荷の上に載る。
俺は呼ばなかった。
呼ばなかった理由を、その場で言った。
「半刻の約束と、預かりの約束は、どちらも約束だ。片方を守るために片方を空けると、空けたほうは紙に残らない。残らないほうを削るのが、いちばん楽で、いちばん悪い」
決めたのは二つだ。
――見張りは、どんな日も外さない。
――人手が足りずに半刻の約束を守れないときは、守れなかったものとして扱う。その週の枠の確保料は取らない。
今日は、四人で足りた。足りなければ、決めておかない限り、俺は外していたと思う。
飛び込みの車は一刻近く待たされた。荷役の代は一枚半、板のとおりに受け取った。下げれば、待たせたことを金で片づけたことになる。
「板には、半刻と書いてないな」
書いていない。半刻は月ぎめの紙にあって、板にはない。
「だが、あっちが先だったのは、なぜだ」
「先に約束している荷主がいるからです」
「それも、板に書いてない」
書いていなかった。
その晩、板に一行足した。
――月ぎめの荷主の車を先に受けます。そのほかの車は、来た順に受けます。
帳面には、もう一行書いた。
――百十四日目。同刻に二台。月ぎめの車に四人、半刻の内に着手。飛び込みは一刻待たせた。預かり荷の見張りは外さないと決め、外さなかった。人手が足りない日は半刻の約束を守れないものとして扱い、枠の確保料は取らない。荷主へ通知する。
◇
百十五日目、タルグの庭へ下りた。三つの紙を持っていった。
彼は範囲を読み、上限を読み、そこで顔を上げた。
「上限は分かった。それを、どの袋から払う」
「今日の袋には、一枚しか入っていません。だから今日約束できるのは、一枚です」
「二十枚と書いてある」
「二十枚は、袋が二十枚になったときの上限です。袋にない分は、約束しません」
タルグは紙を置いた。
「一枚しか払えん相手に、二十枚の紙を書かせてどうする」
俺はもう一枚出した。昨夜のうちに書いた紙だ。
――一件で約束できる額は、実損と、二十枚と、袋の残高の、いちばん小さいもの。
――同時に預かる荷は、約束した額の合計が袋の残高を超えない範囲まで。
――荷の値と、約束できる額は、受取証に別の欄で書く。償われない分を、預かる前に言う。
「一台しか預からんのか」
「一台です。二台目は、袋が四十枚になってからです。増えた日も、板に書きます」
「増えるまで、こっちはどうする」
「二台目は、御者に寝てもらってください」
商売の言葉ではないと思った。ほかに言いようがなかった。
タルグは黙って、帳面を開いた。
「受けないと言うんだな」
「受けません」
「受けられんものを受けると言う奴は、この道に何人もいた」
彼は書き写しはじめた。
「受けないと言うほうを、俺は信じる」
彼は一度だけ顔を上げた。
「二台目を預かれるようになるのは、いつだ」
「預かるたびに一枚積みます。週に二件として、四十枚までは二十週です」
「遅いな」
「遅いです」
速くする方法はある。積む額を一件二枚にすればいい。そのぶん、配る額が減る。九人に諮っていない話を、この場で決めはしない。
「そこは、帰って諮ります。減るのは、あの人たちの取り分です」
タルグは何も言わずに、また写しはじめた。
百十六日目の夜、麦の袋を十二、預かった。
数はヤンとサラが別々に数えて、二度とも十二だった。
受取証には、二つの数を並べて書いた。
――荷主の申告する値、二十四枚。今回約束できる償いの額、一枚。袋の残高、一枚。
「二十四枚のうち、一枚か」
「残りは償えません。それでよければ預かります」
御者はタルグの返事を持って戻ってきた。預ける、と書いてあった。
番をしたのはヘンドだ。朝に返して、二枚を受け取った。
そのうちの一枚を、別の袋へ入れた。
袋の中は、二枚になった。
受けられない数を、板に書いた。
――いま約束できる償いの額、二枚まで。同時に預かるのは一台。
書いた数が、こちらの背丈だった。背丈より高いところにある荷は、預からない。




