第二十九話 確かめる者
六十八日目の朝、商会の荷車が城まで来た。
こちらが出すのではなく、向こうが取りに来る。四十八日目に聞かれて、五十五日目に承諾した集荷の初回だ。
乾燥肉二十袋。積んだのは商会の御者と、うちの二人。二人は袋を渡すだけで、峠道へ出ずに済んだ。
「受領の紙です」
御者が差し出した紙に、額が書いてあった。
――品代八十枚。運搬実費六枚を控除。差引七十四枚。
六枚。
馬一頭と荷車一台、御者一人の一日ぶんだと言われれば、そんなものかとしか言えない。こちらは馬も人も出さない。その代わりに、六枚が減った。
浮いた二日ぶんの手は、解体へ回した。八人日の遅れのうち、二人日が埋まる。埋まる分と減った六枚は、同じ紙の上では比べられない。片方は人日で、片方は銀貨だ。
比べられないものを並べて決めるのが、この仕事の半分だと思う。
「品代は、いつも八十枚のままですか」
俺は御者に聞いた。
「そこは、私では分かりません」
運ぶ者に値のことを聞いたのが間違いだった。
俺は紙を帳面に綴じた。
――六十八日目。集荷初回。品代八十、実費控除六、手取り七十四。以後、納品ごとに同様。
◇
六十九日目の朝、大広間に全員を集めた。
五十二人。今日は誰も欠けていない。前の晩に、明日の朝に諮ることを一人ずつに言って回った。八行目を守るというのは、こういう手間のことだ。
諮ることは四つあった。
一つ、十二枚の行き先。二つ、ハンナとミラの五日目の扱い。三つ、三週間の試行をどうするか。四つ、六十二日目の署名について。
「順番に出す」
俺は壁に四つ書いた。
「一つ目。灯し脂の売上十二枚。出る前に決めていなかった。決めていなかったのは俺の落ちだ」
誰も何も言わなかった。言わないことが、いちばん重かった。
「案は二つある。共通資金に入れるか、作った者と運んだ者の取り分にするか」
「作ったのは俺です」
トビーが手を挙げた。
「けど、窯の余熱でやりました。薪は村から来た分で、壺は前からあった物です。俺が持ち出した物は、何もないです」
「運んだのは私とミラです」
ハンナが続けた。
「日当は出ています。五日目の話は別ですけど、四日ぶんは出てる」
「じゃあ共通資金でいいのか」
「いいと思います。ただ」
彼女は少し言葉を選んだ。
「今回はいいんです。次から、出る前に決めてください。それだけです」
挙手を求めた。共通資金へ入れることに反対、なし。賛成、四十一人。どちらでもない、十一人。
俺は三つとも書いた。それから初めて、十二枚を手元の数字に足した。
――六十九日目。灯し脂売上十二枚、共通資金へ算入。賛成四十一、反対なし、意思表示なし十一。出発前に取り決めがなかった事実を併記する。
◇
「二つ目。五日目だ」
案は二つ出した。翌週の割当を一日減らして二週間で均すか、超過した二人日に別の取り分を作るか。
「金は出せない」
俺は先に言った。
「今週の精算で、五日ぶんを払う。そのぶん来週は三日にする。二週で八日、四日の週が二つぶんになる」
「均すのでいいです」
ハンナが即答した。ミラも頷いた。
「ただ、来週三日になると、その週の割当が二人ぶん薄くなります。誰かが被ります」
「被る。だから、今のうちに言っておく」
ガルドが手を挙げた。
「解体はもう八人日遅れてる。そこへ二日だ」
「そうなる」
「言ったからいいって話じゃないぞ」
「よくない。だが、黙って組むより、言って組んだほうがいい」
彼は口を歪めて、それから頷いた。
今週の給金は、五十人が四日で二百枚、二人が五日で十枚。合わせて二百十枚。維持費四十枚を足して、必要額は二百五十枚。
手元は八十六枚。乾燥肉の七十四枚と、十二枚。
足りないのは、百六十四枚だった。
◇
「三つ目。三週間の試行だ」
六十九日目は、二度目の三週間が明ける日でもある。四十八日目に約束した宿題があった。解体以外の出来高を作る。作れなければ週四日を廃止する。
「灯し脂は、出来高として認めるかどうか」
「週に三枚だろ」
ニコが言った。
「三枚を出来高と呼ぶのか」
「呼べない」
俺は認めた。
「認められるのは、解体以外の売上が立ったことだけだ。出来高にはなっていない。十二枚は共通資金に入れた。作った者へ売上から分ける仕組みは、まだ動いていない」
「動いてないのか」
「動いてない。今朝、そう決めたばかりだ」
ニコは口を開いて、閉じた。言いかけたのは、たぶん札の話だ。二十一人が札を出した日、あれは始める前に決めていた。
「じゃあ、宿題は」
「できていない」
壁に書いた。
――灯し脂は解体以外の売上として成立。ただし週三枚。出来高としては未成立。宿題の答えとしては不足。
「増やす方法があるのか」
「原料が増えない。罠を増やせば脂は増えるが、見る人手が要る」
「じゃあ、ないんだな」
「城の中を押しても、ない」
言ってから、昨夜ミラが滑らせた紙を思った。城の外に、値が二つある。
まだ案ではない。案でないものを、案として出すことはしない。
「じゃあ、四十八日目の約束はどうなる」
ヨルが言った。
「作れなければ週四日は廃止する、と書いた。作れてない。廃止するのが筋だ」
「廃止すれば週七日だ」
「そうなる」
「五十二人で三百六十四枚。維持費と合わせて四百枚を超える。払えない」
「払えないなら、約束のほうが間違ってたことになるぞ」
そのとおりだった。
四十八日目、払える約束と払えない約束を並べて書いた。あのときは、どちらも成り立つように見えていた。
「約束を書き直すか」
ガルドが聞いた。
「書き直す。ただし、書き直したことを消さない」
俺は壁の古い紙をはがさず、その下に足した。
――四十八日目の条件は達成できなかった。廃止すれば週七日となり、四百枚を超えて払えない。よって週四日を継続し、条件のほうを書き直す。次の三週で、解体以外の売上を増やす方法を出す。
「都合がいいな」
ニコが言った。
「都合がいい」
俺は認めた。都合がよくない書き方を、いまは思いつかなかった。
週四日は、また三週の試行になった。反対、なし。ヨルは賛成にも反対にも手を挙げなかった。
◇
「四つ目」
俺は壁の四つ目を指した。
「六十二日目、俺は増えた条件を全員に諮らずに署名した。八行目に反している。帳面には書いた。だが、書いただけだ」
「どうするんだ」
ヨルだった。
「規則を消すか」
「消さない」
「じゃあ、どうする」
「四つ足す」
俺は壁の下に書いていった。
一つ、確認者。借入と条件の変更のとき、全員に言った事実を、整理官以外の誰かが確かめて署名する。
二つ、緊急条項。その場で決めなければならないときは、確認者の連署で署名できる。三日以内に全員へ諮り直す。戻せるものは戻す。
三つ、代理。整理官が城にいないとき、誰が判断するかを、先に名前で決めておく。
四つ、城外に出る仕事は、出る前に日数と取り分と割当の扱いを決める。
書き終えて、部屋を見た。
「規則が四つ増えただけじゃないか」
ニコが言った。
「増えた」
「増やせば守れるのか」
「守れるかは分からない。ただ、六十二日目に緊急条項があれば、俺は署名して、三日以内に諮り直す義務を負っていた。義務がなかったから、書いて終わりにできた」
「確認者は誰がやる」
ガルドが聞いた。
俺は答えを持っていた。持っていたが、少し迷った。
「ヨル」
部屋が静かになった。
「俺か」
「あんただ」
「俺は、あんたの決めたことに反対してきた側だぞ」
「だから頼む。確かめる役は、賛成した者がやると意味がない」
ヨルは腕を組んだまま、長く黙っていた。
「一つ聞く」
「どうぞ」
「確かめて、言った事実がないと分かったら、俺は署名しない。それでいいのか」
「それでいい」
「借りられなくなっても」
「借りられなくなる」
俺は言った。
「そのときは、払えない。払えないことを、全員に言う」
ヨルは腕を下ろした。
「受ける」
それから、彼は一つ付け足した。
「四つ目のやつ。城外に出る仕事は、出る前に決める。あれは俺も確かめる対象にしろ」
「あんたが確かめるのか」
「出る奴が、出る前に決まってると言えるかどうかを見る。書いてなけりゃ、出させない」
挙手を求めた。四つの追加に反対、なし。賛成、三十八人。どちらでもない、十四人。
全員一致ではない。反対がなかっただけだ。そう書いた。
代理の名は、この日には決めなかった。誰が城を出るという話も、まだ出ていなかったからだ。
決めておく規則を作った日に、決めなかった項目が一つ残った。それも書いた。
◇
その日の精算は、百六十四枚を借りて払った。第六回だ。
証文の担保欄は前と同じ。西翼、玉座の間、地下区画。額は百六十四枚。期限は九十日目。
署名する前に、ヨルが紙を受け取った。
「全員に言ったな」
「言った」
「昨夜、一人ずつ回ったのを見てる」
彼は紙の隅に自分の名を書いた。確認者の欄は、まだ枠を引いていない。だから余白に書いた。
――上記の借入について、全員へ説明があったことを確かめた。ヨル。
債務は六百七十五枚から八百三十九枚になった。
俺は自分の署名の隣にある他人の字を、しばらく見ていた。
◇
七十三日目の朝、門の外に荷車が二台停まった。
一台はいつもの集荷の車だ。もう一台には、荷が積まれていない。
降りてきたのはコルトと、もう一人。算盤と巻尺と、綴じた紙束を抱えた男だった。
「算定方の者です」
コルトが言った。
「担保物件の検分に参りました。七十三日目、証文のとおりでございます」
俺は帳面を閉じて、立ち上がった。
地下へ降りる段の埃は、九日前に落としてある。




