↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/41

第二十話 薪と麦

四十六日目の朝、三人がラーデン村へ出た。


 罠の点検だ。掛けたのは五日前なので、これは初回の安全確認になる。定期の点検は、ここから半月ごとだ。


 出たのは罠師二人と、ロッドだった。四十一日目に行けなかった弟のほうだ。兄のトゥーレが「今度はお前だ」と言って、自分は解体に残った。


「一日で戻る」


 ロッドが言った。


「泊まってもいいぞ」


「いい。家に寄ると、母が長い」


 俺は帳面に書いた。四十六日目、罠点検、三名、一日。継続の仕事。


 継続、と書くのは二度目だった。一度目は十二日目の夜、まだ作ってもいない乾燥肉に書いた。



          ◇



 その日の夕方、村から荷車が来た。


 薪が二十束、麦が三袋。毎月の一回目だという。


 運んできたのは村長の使いで、三十八日目に来て、断られて帰った男だった。今日は片足を引きずっていない。よく見ると、引きずり方は変わっていない。歩く速さが違うだけだ。


「これで足りますか」


「足ります」


 俺は薪の束を数えた。二十束。城の竈と、余熱の部屋と、診療所の火。冬まで持つ量ではないが、買わずに済む分だけ、金が浮く。


 浮いた金は、銀貨に換算して十五枚ほどだ。


 小さい。次の精算に必要な三百枚に比べれば、無いに等しい。


 それでも、俺は帳面の右の欄に、新しい行を作った。


 ――継続。ラーデン村。薪二十束、麦三袋、毎月。対価、罠の点検。


 この行は、売っても減らない。


 書庫は売れば空になった。細工物も、金具も、石板も、売れば無くなる。


 薪と麦は、来月も来る。


 その違いを、俺はうまく言葉にできなかった。


 補給係のときは、こういう区別をしなかった。倉に何がいくつあるか、それだけを数えていた。倉の中身は、隊が進めば必ず減る。減る前提で数えるのが仕事だった。


 いまは、減らないものがある。


「なにニヤついてんの」


 ミラが横を通りかかって言った。


「薪だ」


「薪でニヤつくの、あんたくらいよ」


「二十束だぞ」


「二十束ね」


 彼女は荷車を覗き込んで、それから少し声を落とした。


「……村、大丈夫だった?」


「畑は半分やられたが、種は残ってる。冬までに戻せるそうだ」


「そう」


 彼女はそれだけ言って、行ってしまった。


 三十八日目に断ったことを、ミラはあれから一度も口にしていない。



          ◇



 その日の夕方、ロッドが村から戻ってきた。


 罠は十二か所のうち、四か所が壊れていた。二か所は獣に踏み抜かれ、二か所は木が腐っていた。掛け直して、位置を二つ変えたという。


「変えたのか」


「猪の道が、ずれてました。前の群れを片付けたから、次のが別の道を通ってる」


 彼は手を洗いながら言った。


「ミラさんの地図、あれ、三年前のでしょう。あのとおりには来ないです」


「じゃあ、地図が間違ってたのか」


「間違ってない。獣道は変わらないけど、どの道を使うかは変わるんです」


 俺は書いた。ロッド、四十六日目、罠の点検、四か所補修、二か所移設。獣道は不変、使用は可変。


「そんなことまで書くんですか」


「半月後に、また行くだろう。そのときに読む」


 ロッドは自分の名前が書かれた欄を、しばらく見ていた。村では、誰も彼の仕事を書かなかったのだろう。



          ◇



 四十八日目。


 三週間の試行が明ける日で、精算日でもあった。


 朝、俺は壁の紙を外した。二十四日目に貼ったものだ。三週間の試行としては全員同意、と書いてある。


「今日で三週だ」


 俺は言った。掲示したのは二十四日目だが、実際に割り当てを週四日にしたのは二十七日目からだ。そこから数えて、今日で三週になる。


「約束どおり、もう一度諮る。週四日を続けるか、やめるか」


「やめたら、七日に戻るのか」


「戻る。ただし、戻すと払えない」


 俺は数字を壁に書いた。


 週七日にすれば、五十二人で三百六十四枚。維持費と合わせて四百枚を超える。いま入ってくるのは、乾燥肉の週八十枚と、村の薪と麦だけだ。


「戻したら、毎週三百枚以上借りることになる」


「四日のままなら」


「毎週二百枚借りる」


 部屋が静かになった。


 どちらにしても借りる。差は、借りる額だけだ。


「アルドさん」


 トビーが手を挙げた。


「三日の分は、いつ払われるんですか」


「払われない」


 俺は正直に言った。


「週四日というのは、三日ぶんを後で払うという話じゃない。その三日は、城が仕事を出さないという話だ。日当も出ない」


「じゃあ、俺たち、週の三日は無職ってことですか」


 言葉が刺さった。


 誰かが小さく笑って、すぐにやめた。


「そうだ」


 俺は言った。


「三日ぶん、あんたらはこの城に雇われていない」


 言ってから、自分の言葉が耳に残った。


 二年半前、王都の広場で、俺たちは全員が同じことを言われた。契約は終了した。今日から、あんたらは雇われていない。


 あのときは、七日ぶんだった。


 いまは、三日ぶんだ。


 減らしたのは俺だ。



          ◇



 議論は長かった。


 ニコが最初に口を開いた。


「俺は、続けろに一票入れる」


「三週間前は、恒久化に反対したろ」


「した。いまもする」


 彼は壁を見ていた。


「三週間やって、分かったことがある。俺は休みの日に解体へ出てた。あれで十枚もらった。日当より稼いだ」


「全員が解体に出られるわけじゃない」


「そうだ。だから、恒久には反対だ」


 彼は俺を見た。


「もう三週、試す。そのあいだに、解体以外の出来高を作れ。それがあんたの仕事だろ」


 俺は返す言葉を探して、見つからなかった。


 結論は、もう三週間の試行だった。同意は全員。ただし、条件が一つ足された。


 ――三週のあいだに、解体以外の出来高の仕事を作る。作れなければ、次の再協議で週四日は廃止する。


 俺が課された最初の宿題だった。


 解体以外の出来高。


 思いつくものは、いくつかあった。乾燥肉の増産、書物庫の残りの千四百冊、地下区画の整備。どれも、売れる先が要る。


 売れる先は、いま二つしかない。ヴェルデの食料商と、ヴェルデ商会だ。


 どちらも同じ町にある。


 俺は壁に書いた宿題の下に、小さく一行足した。


 ――売り先を増やす。


 誰も読まない場所に書いた。読まれると、まだ何も決まっていない話が、決まった話になる。



          ◇



 その日の精算は、三度目の前渡しで払った。


 四十七日目に乾燥肉の八十枚が入り、手元は百八枚になっていた。必要額は三百枚。


 足りない百九十二枚を、コルトが持ってきた。


 三度目だ。額を聞かなくても、こちらが必要とする数字ちょうどだった。


 債務は、二百九十七枚から四百八十九枚に戻った。


 第一便を売って減らした分と、同じ額だ。


 俺はその二つの数字を並べて、しばらく見ていた。


 署名するとき、ヨルが横に立っていた。


「言うな」


「言わねえよ」


 彼はそれだけ言って、離れた。



          ◇



 コルトが帰る前に、もう一つ話を出した。


「アルド様。集荷と保管の件、ご検討いただけませんか」


「集荷」


「乾燥肉も、金具も、いまは御城から荷車を出しておられます。人と日数がかかります。弊会が城まで引き取りに参ります。あわせて、ヴェルデの倉庫をお使いいただければ、雨で品が傷むこともありません」


「費用は」


「品代から差し引きます。運搬費の実費のみで結構です」


 悪い話ではなかった。


 いま、乾燥肉を運ぶのに二人と馬を出している。週に二日ぶんの手が空く。二日ぶんの手は、解体か、村の点検か、まだ作っていない出来高に回せる。


 悪い話ではない。だからこそ、少し考えた。


「保管を預けると、こちらの倉には何も残りませんね」


「はい」


「品がそちらにある状態で、値が決まる」


 コルトは表情を変えなかった。


「弊会は、相場を下回る値を付けたことがございません」


 三度目に聞く台詞だった。


「返事は、次までに」


「お待ちしております」


 彼は馬車に乗って、帰っていった。


 俺は門のところに立って、その馬車を見送った。


 金を借りている。買い手も同じ相手だ。そこへ、運ぶのと、置いておくのも預けることになる。


 断る理由は、いまのところ一つもない。


 断る理由がないというのが、いちばん引っかかった。


 大広間に戻ると、リオンが卓の前に座っていた。


「断るのか、受けるのか」


「まだ決めてない」


「受けたほうが楽だろう」


「楽だ」


 俺は座った。


「二人と馬が空く。週に二日ぶんの手が浮く。宿題は解体以外の出来高を作ることだ。手が要る」


「じゃあ受けろよ」


「受ける」


「なんで、そんな顔をしてる」


 俺は自分の顔を触った。どんな顔をしているのか、自分では分からなかった。


「王宮に呼ばれたとき」


 リオンが言った。


「次の式典と、巡行と、南部の徴募の顔になれと言われた。全部、悪い話じゃなかったんだ。飯は出るし、宿も出る。俺は剣を振るだけでよかった」


「断ったろ」


「断った。理由を聞かれても、うまく答えられなかった」


 彼は卓の木目を見ていた。


「一つずつは、全部いい話だった。ただ、全部受けたら、俺の一年が全部埋まってた」


 俺はしばらく黙っていた。


「……お前、そういうことを、もっと早く言えないのか」


「言葉が遅いんだ」


 昔からそうだ。



          ◇



 その夜、俺は帳面の右の欄を見た。


 継続の行が、二つある。乾燥肉と、ラーデン村の薪と麦。


 どちらも、ヴェルデ商会を通っていない。


 いま、この城で商会を通らずに入ってくる物は、それだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。