第十話 二十日目
二十日目の昼過ぎ、尾根の上に人影が見えた。
荷車が二台。歩いている者が、その周りに散らばっている。ミラが城壁の上から数えた。
「二十三」
「全員か」
「二十三人よ。約束の数と同じ」
俺は門の前へ降りた。
荷車が近づいてくる。先頭を歩いていたのは、聖堂の若い司祭だった。王都で話を通した相手だ。彼は俺を見つけると、少し疲れた顔で頭を下げた。
「お預かりしていた二十三人のうち、十八人をお連れしました」
俺は数を数え直した。二十三人いる。
「二十三、いますが」
「はい。十八人に、その家族が五人です」
司祭は荷車の後ろを示した。子どもが三人と、赤ん坊を抱いた女がいる。もう一人は、年を取った男だった。誰かの父親だろう。
「五人は、働けません」
「働けなくても、飯は食う」
「……はい」
「五人ぶん、増やします」
司祭は何か言いかけて、口を閉じた。それから、袖から小さな紙を出した。
「残る五人は、王都に留まりました。三人は別の仕事が見つかったそうです。二人は――」
「傭兵ですか」
司祭の顔が動いた。
「ご存じでしたか」
「聞きました。前金が銀貨三十だと」
「三十五になっています。今週から」
その数字を書いた。三十から三十五。五日で五枚上がっている。
「その口は、どこが出しているんですか」
「王都の掲示に貼ってあるのは、王国の名です。ただ、実際に前金を配っているのは商会だと聞きました。名前までは」
彼は首を振った。
「私は、人を集める側の話には詳しくありませんので」
◇
二十三人を中に入れた。
大広間は、それだけで狭くなった。三十一人でも広く感じた部屋が、五十四人になると、床の見える面積が半分になる。
俺は卓を出して、帳面を開いた。
「一人ずつ来てくれ。二つ聞く」
二つの問いは、二十日前と同じだ。冒険者になる前は何をしていたか。冒険者として何が一番得意だったか。
違ったのは、答える側だった。
「聞いてどうする」と最初の男は言ったが、その後ろで先に来ていた者たちが、自分の欄を指して見せていた。ガルドが、番号の彫られた札を掲げていた。
三人目からは、誰も理由を聞かなくなった。
槍だった男は、穂先の出し入れしかできないと言った。俺は右の欄に「間合いの測定」と書いた。左の欄は空けた。埋まらない者も、これから増える。
次に来た女は、赤ん坊を抱いていた。
「私は、働けます。子どもは母が見ます」
彼女は荷車の脇にいた老人を示した。誰かの父親だと思ったのは、彼女の父親だった。
「元は何を」
「乳搾りです。牛はもういませんけど」
「冒険者としては」
「炊事班でした。四十人分を、一人で回してました」
俺は書く手を止めた。
五十四人分の食事を、いま誰が作っているか。日替わりで、手の空いた者がやっている。それで回っていたのは、三十一人だったからだ。
「厨房を、あんたに任せていいか」
「……いいんですか」
「四十人を一人で回してたなら、五十四人は二人で回る。もう一人選んでくれ」
女は赤ん坊を抱え直して、少し口を開けた。
「名前を」
「マレン、です」
俺は書いた。マレン、二十日目、厨房責任。
働けないと司祭が言った五人のうち、一人が働き手になった。老人は子どもを見る。それも仕事だが、日当は出せない。俺は欄を作って、そこに「未定」と書いた。
決めていないことは、決めていないと書く。
最後に来たのは、老人だった。マレンの父親だ。
「わしは、日当は要らん」
「もらってください」
「孫を見とるだけだ」
「五十四人のうち、三人が子どもです。その三人が誰かに見てもらえないと、親が働けない」
俺は指を折った。
「あなたが子どもを見ている時間、母親二人と父親一人が働けます。三人分の日当が生まれてる」
老人は、しばらく俺の顔を見ていた。
「……あんた、変わった数え方をするな」
「補給係でしたので」
「補給係ってのは、そういうもんか」
「そういうもんです。誰かが持ってきた水を、誰が汲んだか書かないと、次に汲む人がいなくなる」
老人は笑わなかった。ただ、名前を言った。
「グレイフだ」
俺は書いた。グレイフ、二十日目、子どもの世話、三名。
日当の欄は、その場で「未定」から「一日一枚」に直した。
◇
夕方までに、二十三人分の欄が埋まった。
城の人口は五十四人になった。俺を入れて五十四だ。日当を払う相手は、五十人。
その日は、二回目の精算日でもあった。
十三日目から十九日目までの七日分。三十一人のうち、無断で離れた二人を除いて二十九人で二百三枚。戻った一人は十六日目までの四日分で四枚。合わせて二百七枚。
袋の八十二枚では、まるで足りない。
十八日目、商会の荷車十四台が城門をくぐった。書物六千百と細工物五百四十五を、二日がかりで積んでいった。数を突き合わせて、残額の三百四十枚を受け取った。
手付の四百五十と合わせて、契約は七百九十枚で終わった。
いま手元にあるのは、四百二十二枚。そこから二百七枚を払って、残りは二百十五枚。
残る二百十五枚のうち、四枚は戻らなかった男の未払給金だ。別の袋に分けた。いま使えるのは、二百十一枚。
あの男はもう来ない。それでも、十三日から十六日までの四日は働いている。働いた分は消さない。
城から換金できる物が、それだけ減ったということでもある。書庫の四十二列からは、売れる本だけが抜け落ちていた。残ったのは、湿気で膨れて値のつかない千四百冊あまりだ。
払っているあいだ、新しく来た二十三人が、それをじっと見ていた。
誰も何も言わなかった。銀貨が卓の上で数えられて、名前が呼ばれて、札が渡される。それだけのことだ。
二回目だから、もう誰も驚かない。ガルドは数えるのを一度でやめた。
驚いていたのは、新しく来た者たちのほうだった。
「……本当に払うんだな」
槍の男が、誰にともなく呟いた。
その言葉が、俺には二回目の精算そのものより重く聞こえた。
◇
精算が終わったあと、大広間の隅で子どもが泣きはじめた。
マレンの子ではない。荷車で来た三人のうち、いちばん小さい子だ。四つか五つだろう。母親らしい女が疲れきっていて、あやす力が残っていなかった。
立ち上がったのは、リオンだった。
彼は子どもの前にしゃがんで、しばらく黙って見ていた。それから、両手で持ち上げた。
持ち上げ方が、荷物を持つ手つきだった。子どもが驚いて泣き止んだ。
「……こう、じゃないのか」
彼は本気で困っていた。
「もっと下を支えて」
マレンが横から言った。
「腕を、腰の下に回して。片手で頭」
リオンは言われた通りにした。子どもが、彼の肩に頭をつけた。
俺はそれを見ていた。二年半、あの手が何をしていたかを知っている。魔王城の玉座の間で最後に振り下ろされたのも、あの手だ。
「アルド」
リオンが子どもを抱えたまま、こっちを見た。
「これ、日当つくのか」
「つく」
「本当か」
「五十四人いる。子どもが泣き止むのは、全員のためだ」
俺は帳面を開いて書いた。リオン・アーレン、二十日目、子守り。
「……そんなことまで書くのか」
「そんなことしか書けない」
ガルドが後ろで笑った。
◇
夜、大広間の隅で、子どもたちが眠る場所ができていた。
黒い石の彫像の足元だった。人の三倍はある魔族の像で、腕が四本あり、顔は削り取られている。討伐のときに誰かが落としたのだろう。その足の間が、風の来ない窪みになっていた。
毛布を敷いたのはエッダだ。
「ここ、いちばん暖かいんです」
彫像の膝に頭を預けて、四つの子が寝ていた。
その夜、ケインが俺のところへ来た。
「部屋が足りん」
彼は炭で床に線を引いた。東翼の見取りだ。
「使えるのが四つ。五十四人だと、詰めても一部屋十四人だ。寝るだけならいける。だが、荷を置く場所がない」
「増やせるか」
「石はある。だが、暖房の導管が届いてない。石を積んでも、冷たい部屋が増えるだけだ」
「導管を延ばすには」
「セロに聞け。俺は石屋だ」
俺はセロを呼んだ。彼は炭の線を見て、しばらく考えていた。
「延ばせます。ただ、圧が落ちます。いま四部屋でぎりぎりです。六部屋にすると、いちばん端は生温いくらいにしかならない」
「魔石を増やせば」
「増やせば、減りも速くなります。十六日で尽きる計算が、十二日になります」
三人で、床に引いた線を見ていた。
部屋が足りない。暖房を延ばせば魔石が減る。魔石を買うには金が要る。金を作るには資産を売る。資産は減る。
どこを引いても、同じところへ戻ってくる。
「地下だ」
俺は言った。
「セロ、封鎖されてる区画がまだあると言ったな」
「言いました」
「明日、開ける」
「危なくないですか」
「危ないかもしれん」
俺は立ち上がった。
「だが、部屋も魔石も、そこにしかない」
◇
夜、荷車の荷を下ろしていたとき、ハンナが油紙の包みを持ってきた。
「アルドさん。荷台の底に、こんなのが」
王都からの郵便だった。聖堂が預かって、荷車に載せてきたのだろう。
封蝋に、王国戦後処理局の印がある。
俺は開いた。
短い文面だった。
――魔王城戦後資産整理官 アルド・カレン殿。
――資産目録、拝受いたしました。書式、明瞭にて結構です。
――九十日後の裁定に向け、引き続き整理を進められたい。
――王国戦後処理局 メルヴィン
俺は、二度読んだ。
それから、三度読んだ。
目録は、提出していない。
九日目に作り終えた。十一枚の紙は、いま俺の背嚢の中にある。写しも取っていない。誰にも渡していない。
城を出たのは十日目で、行った先はヴェルデだ。王都には行っていない。
「どうしたの」
ミラが覗き込んだ。俺は文面を見せた。
彼女は読んで、それから顔を上げた。
「……出したの?」
「出してない」
「じゃあ、なんで」
「分からん」
俺は封筒を裏返した。差出は王都。日付は、十六日目になっている。
十六日目に王都から出て、二十日目にここへ届いた。荷車で四日。合っている。
つまり、十六日目の時点で、王都のメルヴィンは目録の書式まで知っていた。
俺が目録を作り終えたのは九日目。城の外の人間に見せたのは、十一日目の一度きりだ。
ヴェルデの、商会の館の奥の部屋。
番頭のラウが受け取って、めくった。
そして、窓際の椅子に座っていた老人が、卓の上に開いたままの帳面を覗き込んだ。
――その帳面、物だけじゃないのか。
見た人間は、その二人だけだった。
二人のどちらかが、あるいは二人ともが、五日以内に王都へ知らせている。
風が、崩れた門の隙間から吹き込んできた。城の中は暖かい。俺たちが直したからだ。
五十四人が、その暖かい部屋で眠っている。
俺は封筒を握ったまま、しばらく動けなかった。
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