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第77話『紫夏の呪い』



 何で、この人はここまでしてわたしを助けようとしてくれるんだろう?



「おい、待て……止めろ!」

「無理だよ。だって、もう『ボク(わたし)』は死んでいるんだよ……」



 彼が掴む青い手袋は濡れたままの所為でズルズルとわたしの手からすっぽ抜けそうになっている。


 彼も身を乗り出している所為でこのままじゃ二人とも落ちる可能性だってある。

 なら――


 そして、わたしは涙を浮かべ叫んだ。



「紫夏は死んだ! 紫夏の演じる『冬花』も死んだ!」



 紫夏の凄さも紫夏の才能も全部全部消えた! あの時、私には紫夏として生きる選択肢もあった……だけど、わたしは『紫夏』で生きることが怖かった! あの子の演じた『冬花』をわたしは超えることができない!


 紫夏と生きるのが重荷だと思ったから、あの時死んだ『冬花』をわたしは紫夏だって打ち明けた!


 わたしの所為で……わたしが、わたしがあの時『冬花』のままで死なせてあげれば紫夏は、紫夏の才能は皆に伝わったのに……お父さんが言っていた紫夏の中には見つけられない言葉があるって……




『紫夏という名前には見つけられない文字がある』




 それは『冬花』という才能だった! だけど、わたしが『冬花』と紫夏として死なせてしまった所為で誰も紫夏の中にある才能を見つけることができなくて……


 わたしは! 見付けられるべき才能は『冬花』だと思った!


 わたしじゃない! 紫夏の才能だった!


 なのに、わたしはあの火事が起こった時――、




(これで『冬花』はわたしだけだ……)




「二人の演技がバレるまでって、約束したのに……」



 火事の後、紫夏の遺体は両手が真っ黒に燃え尽きていた。


 それが脳裏にこびりついている所為か自分の両手を見るたびに「何故この手は綺麗なままなんだろう」という気持ちが襲い掛かって来る。


 わたしがどんなに『紫夏《妹》』になろうとしてもこの綺麗なままの両手が、わたしを『紫夏《妹》』じゃないと否定する。



 だから、紫夏が好きだった青い手袋で両手を隠すようにした。



 そして、私は毎晩、夜に紫夏の姿をしてあの場所で『紫夏』になって懺悔をした。

 何度も、何度も、何度も……っ!


 すると、わたしの中の『あたし』が紫夏として、お姉ちゃん……と語りかけてくるのだ。



(『わたし《冬花》』はなんで生きているの?)



 その度に、あの場所で『ごめんなさい』と懺悔を繰り返した。


 だけど、紫夏を、紫夏のことも元の冬花を知っている人も誰もいない!

 もう、この世には紫夏も冬花もいない!



「なら、こんな『わたし』は生きている意味が無いじゃない!?」



 それでも、この人はわたしの手を離さそうとせず、必死に上半身を乗り出しながら、屋上から落ちそうなわたしを助けようとしている。


 こんな、わたしなんて助ける意味なんて無いくせに……。



「意味ならある! お前が『助けて欲しい』って手を伸ばしたからだ!」

「――っ!」



 それはきっと、あの日、わたしが土手沿いの川に飛び込んだ時のことだ。


 あの時、わたしは確かに死のうとしたはずなのに、気づいたら彼の手を掴んでいた。

 でも、あれは……



「仕方ないじゃない! ボクだって死にたくないって……思っちゃったんだから!」



「死にたくないと思ったなら、その命はお前だ!」




 突如、言われたその言葉にわたしは不思議と彼の両手を握る手に力がこもった。



「紫夏でも冬花でもない! それが、お前自身の命なんだ!」



 そんなの言ったって……



「でも、ボクには……『冬花』でも『紫夏』でもない『わたし』が生きている理由なんて――」


「なら、僕の妹になれ!」


「お、お兄ちゃん……なにを?」



 ……流石に一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 え、妹? わたしがお兄ちゃんの……?



「お前に生きている『理由』がないなんて言うなら、僕が理由を作ってやる! お前が自分で『生きていたい』と思うまで、今日からお前は僕の『妹』だ! だから、死ぬな!」



「何それ? バカじゃないの……」


「妹が欲しかったんだ……。ダメかな?」




 本当に、バカみたいな理由だった。

 だけど、そんな冗談も言う時間は残されてないみたいで……


 私の手はお兄ちゃんの手を掴み続けるにはもう限界だった。



「無理に決まっているじゃん……お兄ちゃん」



 そして、わたしの手が離れた瞬間、まるで本当のお兄ちゃんが妹を助けるかのように、彼が叫びながら屋上から飛び出した。



「冬花ぁああああああああああああああ!」



そして、わたしは彼と共に屋上から墜落した。




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