第8話『見送り』
「雨……止んだな」
「そ、そうですね……」
あの後、見送りで僕達はちょうど黒猫をひろった土手のあたりまで戻って来ていた。
すると、今まで無言で歩いていた桜井さんが急に謝り始めた。
「迷惑かけて、すみません……」
「別に、謝らなくていいよ」
むしろ、この時間帯で彼女一人にし、送らない方が不親切すぎるだろう。
だから、姉が言わなくても僕は彼女を送っていくつもりだったし、彼女がそんなことで謝る必要はない。
そう僕は思っていたのだが、彼女が急に謝り始めたのは別の理由だった。
「それでじゃなくて、猫ちゃんのことです」
「あぁ、子猫のことね……」
「はい……巻き込んじゃって、すみませんです……」
「まぁ、それはそうだね」
……巻き込まれた。
うん、まさしくその言い方が正しいレベルで見事な厄介ごとに巻き込まれたよな。
すると、彼女はそんな僕を見てから笑顔を浮かべてつぶやいた。
「でも、安心しました……」
「安心したって……何が?」
「安達くんなら、猫ちゃんのこと安心して預けられるかなって……」
「いやいや、僕は一日預かるだけで飼うとは言ってないから!」
そもそも、僕がちゃんと子猫の面倒を見る保証もないだろう?
なのに、そんな笑顔で安心したなんて言わないでほしい!
「いいえ、安達くんなら大丈夫です」
「だから、何でそう言えるのさ……」
僕達は初めからそんなに仲が良いわけでは無かっただろ?
そもそも、最初は元クラスメイトとさえ覚えられてなかった関係だからな。
「わたし、分かるんです」
そう言うと彼女はその場で立ち止まった。
ちょうどここは、僕が彼女と黒猫を見つけた場所の土部沿いだ。
そこで、段ボールの中に入った彼女の姿を思い出す。
「あれは、なんとも衝撃的な光景だったな……」
段ボールの中に女の子が捨てられているとか何の怪しい客引きだよとか思うよな。
普通なら絶対に危ない子だから話しかけたりしない。
「でも、安達くんは……拾ってくれましたから」
「………」
別に、声をかけてしまっただけで、子猫を責任をもって飼うとまでは言ってないが?
「それでも、わたしは……安達くんに拾われて救われたんです」
「僕が救ったのはどちらかというと子猫の方だと思うけどね?」
ぶっちゃけ、あの黒猫はあのままにしていたらかなり危なかったと思う。
「あはは、そうですね……でも、わたしも救われたんです」
「そ、そう……?」
その時、僕は彼女の言葉に違和感を感じた。
だけど、僕は彼女の何に違和感を覚えたのかハッキリと言葉にすることができない。
一体なんだろう、この違和感は……
「あ、見送りはここまでで大丈夫です」
「そ、そう……?」
すると、まだ土手沿いだった。
この辺りは住宅街とはまだ通りけど……
「家はここから近いの?」
「はい」
出会ってからは妙にオドオドしていたのに、なんか見送るって言ってからはそのオドオドしさがなくなったな。
そのまま、彼女はハッキリと僕の疑問に答えるかのように話し始めた。
「帰り道によくここを通るんです」
「そうなんだ」
「はい、そしたら、猫ちゃんの鳴き声が聞こえて……声がする場所を探してみたら川から段ボールが流れてきて、その中に猫ちゃんがいたんでビックリしました」
「なるほどね……」
まぁ、そんなこともあるだろう。
土手の付近を歩いていたら、子猫の鳴き声が聞こえて、下の川沿いの方まで探しに来たら川から段ボールが流れてきて、子猫がその中にいたと……
「でも、子猫を捨てた奴も酷いよな」
「そうですね……」
あんな所に捨てたら、川が氾濫した時に子猫まで一緒に流されてしまう可能性がある。
しかも、あの時は大雨って程じゃないけど雨が降っていたから川が氾濫するケースだって全然あり得るからな。
もしかしたら、子猫を捨てた奴はそれでも良かったのかもしれない。
「とりあえず、僕は猫を一時的に預かるだけだからな?」
「わ、分かってます!」
それならいいか……。
ちょうど、明日は日曜日だし、元々予定もなかったからそれくらいなら手伝ってやってもいいだろう。
「まぁ、明日は子猫を飼ってくれる人を探すか……」
「そうですね」
「じゃあ、また明日な」
「あ、はい……」
このままだと家まで送らなきゃいけなさそうなので、見送りもここら辺でいいだろう。
「……あ、あのっ!」
「……ん?」
そう思って、帰ろうとする僕を彼女は呼び止めて、こう言った。
「わたしを拾ってくれてありがとうございました」
「お、おう……」
まぁ、なんか人聞きが悪い台詞なのであまり大声で言わないでほしい。
「じゃあね」
「はい!」
……しかし、なんだろうこの違和感は?
さっきから、彼女との会話で『何か』が引っかかるのだ。
「…………」
それは多分、本当に些細な疑問と言うか……謎だ。
『猫ちゃんの鳴き声が聞こえて……』
土手沿いの帰り道、
その土手沿いの川から流れて来た段ボールに捨てられていた黒猫。
『声がする場所を探してみたら段ボールの中に猫ちゃんがいたんでビックリしました』
そして、黒猫と一緒に段ボールの中に入っていた少女。
一つ一つは何も気にならない情報だ。
だけど、それらのピースをあわせると、ちょっとした疑問が浮かび上がる。
「……なぁ、一つだけ聞いていいか?」
「はい?」
多分、質問は一回で済むだろう。
なんなら、僕が単純に考えすぎなのかもしれない。
だから、僕はその些細な疑問を彼女に問いかけた。
「雨の中で何で子猫の声が聞えたんだ?」
「え……」
そう、彼女と会った時、子猫の鳴き声など雨の所為で聞こえるわけがないのだ。
だって、僕が子猫の鳴き声を聞いたのは段ボールの中に座る彼女を見つけたあとだったのだから……。
つまり、川から流れてくる段ボールの中にいる子猫の鳴き声など聞こえるわけがない。
「桜井さんは声がする場所を探して川から流れて来た段ボールを見つけたんだよね?」
「あ、それは……」
そこで、ようやく彼女は僕が言っていることの意味を理解したかのように黙った。
普通なら、ここで言葉に詰まるということは彼女が嘘を付いていたと思うだろう。
だけど、何故か僕はそう思わなかった。
だって、彼女は最初から嘘を付いているようには見えないのだ。
『はい、そしたら、猫ちゃんの鳴き声が聞こえて……声がする場所を探してみたら川から段ボールが流れてきて、その中に猫ちゃんがいたんでビックリしました』
……もし、それらが全て本当のことだったら?
本当に彼女が鳴き声を聞いて、子猫を見つけたのだとしたら?
もし、彼女が言っていることが『すべて真実』なら?
なら、彼女は違う目的で偶然子猫の鳴き声が聞こえる川の付近にいたのだ。
そして、元から『川を眺めていた』から、川から流れて来た段ボールの中の子猫の鳴き声が聞えたのだとしたら……?
わざわざ、この土手沿いから下の川にまで下りた『理由』があるはずだ。
多分、その理由を彼女は僕に隠している。だから、僕は彼女の違和感に気付いた。
そう、彼女は傘があるにも関わらずびしょ濡れだった。
「もしかして……」
「ちが――」
そして、導き出される結論は――
「キミは死のうとしてたのか?」
「それは……」
違う、僕の勘違いだ。
――そう、言って欲しい。
ただの……僕の考えすぎだと、笑って答えて欲しい。
それだけで、僕の疑問は解消される。
「違うよな?」
「はい……」
だから、その言葉を聞いて一瞬安堵した。
……良かった。
やっぱり、僕の考えすぎだった――
「わたしは死のうとしてました」
そう答える彼女から、笑顔は消えていた。




